2004227

2003年度学術交流支援資金

研究成果報告

 

都市災害の社会経済的影響とその管理方策

総合政策学部教授 梶秀樹

 

1.研究の背景

平成11年から、国際連合地域開発センター(UNCRD)、米国太平洋災害センター(PDC)、アジア防災センター(ADRC)の3機関と共同で実施してきた、アジア太平洋諸国の防災情報ネットワークシステム構築プロジェクトの最終年度となり、本年度は「災害後の社会経済的影響への対処」が共通課題となった。慶應チームは、韓国の研究者の協力を得て、2001年9月のソウル大洪水や2003年2月の大邱(テグウ)市の地下鉄火災を事例として、都市型災害の経済的影響とその対処を担当することとなった。

 

2.研究の目的

 漢江の支流の決壊により580億ウォン(約60億円)の被害を出した2001年9月のソウル大洪水や、世界の地下鉄災害史上最大の被害となった大邱市の地下鉄災害は、都市型災害の典型と言えるものであり、直接的被害の大きさのみならずその後の社会経済的影響は計り知れないものがある。しかし社会経済的影響と一口に言っても、空間的・時間的範囲や、扱うべき事象をどこまで採るかについては、科学的研究に耐えられるほどにその概念が確定していない。そこで、本研究では先ず、これらの災害について「社会経済的影響の計測枠組み」を構築することを第1の目的とし、次いでその枠組みに従って、事例調査を行い、マイナスの影響を軽減するための政策的課題を抽出することを目的とした。

 

3.災害の社会経済的影響

先ず、洪水被害を中心に、それが如何に都市活動と密接に結びついているかを考察する。

 

3.1 洪水の原因―特に「都市型洪水」について

洪水の原因としては、

自然的要因  降雨量、

社会的要因  都市化による不浸透面の増加

都市化による水田・低湿地開発(遊水地の減少)

連続高堤防方式の治水事業による洪水規模の拡大、

20009月 名古屋大洪水など)

と言うように、社会的要因が大きい。

 これは、人間の開発活動の過程で自然への大規模な介入が行われ、自然の均衡が破壊された結果、均衡を保とうとする力が自然の破壊力となったものである。したがってそれに対処するには、自然の破壊力に対する充分な備えが必要となる。とは言え100年に一度の洪水には対処するには莫大な投資が必要であり、それを実行するか否かは、常に経済性との考量問題が発生する。すなわちその考量の結果が防備の限界を決める。

 どのように決めたとしても、それを上回る自然の破壊力があり、通常は450年程度の生起確率の災害に対処する程度が目標とされるため、被害は不可避となる。したがって、被害を完全にゼロにするよりは、被害をどう最小化するかが課題となる。これが災害防御から管理の考え方への移行で、近年の防災研究の合意となっている。

 

3.2 都市型災害の特徴

次に、都市型災害の特徴について考察しておく。

災害の被害は、以下のように分類される。

 

直接被害 物的被害 財産被害

          物的機能被害

     人的被害 生命被害

          人的機能被害

間接被害 直接被害は0でありながら、市場機構の中で経済的損失を生ずるもの

     例えば、観光客の減少による収入減など。

 

 直接被害の機能被害とは、財や人命の損失が、それ自身の物理的損失だけでなく、それが従前果たしていた機能も同時に失われることを表したもので、時間的な継続性と空間的波及性を特徴とする。したがってこれは、通常のストック被害に対しフローの被害と言え、被害の軽減には迅速な復旧が決め手となる。

間接被害は、主として災害後の需要構造の変化によって引き起こされる。需要の全体量は変らず、単に移転しただけの場合は被害が局地的となり、より広域で見た場合は、差し引きされる事が起こる。例えば、阪神・淡路大震災で、神戸港に出入していた船舶が名古屋港や横浜港に移ったケースなどでは、神戸地域だけで見れば大きな減収でも、日本全体でみれば、釜山港に移った船舶分だけの小さな経済的損失となる。したがって地域別に観測することが必要といえる。例えば、日本における過去の災害で推計されている間接被害額は、以下のとおりである。

伊豆大島近海地震(1978)、直接被害 8億円 間接被害 167億円

長崎水害(1982)、直接被害 2,120億円 間接被害 3,000億円

神戸地震(1995)、間接被害 四国の94年度の観光収入減=16億円

 災害の社会経済的影響とは、こうした被害の類型から言えば、機能被害と間接被害を指すことになろう。

 

3.3 経済的影響について(表1)

 前節での考察から、災害後に予想される機能被害ならびに間接被害を「社会経済的影響」としてとりまとめたのが表1である。


表1 災害の社会経済的影響

大分類

小分類

項    目

経済活動への影響

生産活動

生産力の低下

倒産(設備破損、手形不決済、顧客減)

輸出減少、輸入超過

GNPの落ち込み

卸売り・小売

売上減少(顧客減)

仕入れ減少(生産減)

金融活動

手形取引の困難(決済不能手形の多発)

預貯金業務の停滞

保険金支払いによる保険業務悪化

外国為替相場の変動

外債の不売化

社会的活動

行政活動

税収の低減

復旧・救済業務の遅れ

一般事務処理の停滞

公共サービスの機能低下(郵便・教育他)

社会

人口の減少

業種間の労働力移動

物資流通への影響

応急・復旧・復興物資流通

水・食料の不足

医療品の不足

日用品の不足

住宅建設資材の不足

その他復旧資材の不足

一般生産活動

原資・製品搬送

個人生活への影響

家計

物価高騰

所得の低下

住宅の困窮

借入金の増加(住宅ローンなど)

失業の発生

インフレの発生

社会

疎開、転居の促進

孤児・母子世帯の発生

生活環境

(教育)学力低下

(医療)罹病率・死亡率の増加

(治安)治安の悪化・犯罪の多発

 

 表1に示した内容を因果連鎖を考慮してまとめると、以下の通りである。

@       企業の生産活動

生産基盤の破壊 → 生産力減

被災者 → 需要減

流通経路の破損 → 取引停滞 → 操業短縮・倒産

A       社会事象

  通貨の増発・物資の不足 → インフレ、国際収支悪化、不景気

B       公共の歳出入

公共財の破損・被災者救援 → 復旧支出

死傷・疎開による人口減+生産・販売額減 → 税収減・歳出超過

上位機関からの補助金・義捐金による補填は多少見込まれる

C       家計経済収入減

家計支持者の死傷・失業 → 収入減

住宅・家財の損失、母子家庭 → 支出増 → 家計困窮

阪神・淡路大地震においては、直接物的被害は約10兆円で、復興補正予算として約2.5兆円が支出された。しかし、一部の予想では、経済被害は地震後の1年間だけで約20兆円に上ると見られている。

 

3.4 間接被害軽減の方策

こうした社会経済的な負の影響を軽減するには、いわゆる構造的な災害対策は無意味である。社会の早急な復旧を可能とする諸制度、事前の防備、災害復旧計画の準備、人材の育成、各種の情報支援体制の整備など、いわゆる非構造的対策が重要となる。

 さらにその影響が一国全土に及ぶことを考えると、それらの非構造的対策は単に当該被災地にのみ限定されるものでないことは明らかである。表2はその具体的内容を、予防対策、応急対策、復興対策に分けてとりまとめたものである。

 

表2、具体的内容

 

予防対策

応急対策(短期)

復興対策(長期)

当該地

保険、

機能のバックアップ

街のゆとりとブロッキング

(社会)治安維持

(家計)救援物資供給

仮設住宅支給

モラトリアム

災害手形発行

全国

機能の分散化

迂回路ネットワーク整備

復興計画策定

支援協定

通貨コントロール

機能代替性確保

 

3.おわりに

 本枠組みに基づき大邱地下鉄災害を対象に、韓国研究グループの協力を得て現地調査を行った。結果は、現在韓国グループが取りまとめ中であり、作業が完了次第報告したい。