2003年度学術交流支援資金助成研究

大都市大震災後の住宅供給に関する国際共同研究

 

 

政策メディア研究科

教授   塚越 功

 

 

 

 

研究の背景と目的

阪神・淡路大震災を上回る大地震が人口と社会資本が集積している大都市圏を直撃した場合には、極めて大きな被害が予測され、これに対応する研究開発を促進するために、文部科学省は「大都市大震災軽減化特別研究プロジェクト」を2002年度から5ヵ年で発足し、慶應義塾大学都市防災グループが「住宅喪失世帯への対応」を担当することになった。この文部科学省研究では藤沢市におけるアンケート調査など国内の調査を実施して最終的に仮設住宅建設計画モデルを提案する予定で、原則として、国内の大都市圏の地震被害を想定して、仮設住宅の供給体制を提案することになるが、同時に、この分野における近隣諸国との国際協力体制を確立しておくことも重要であるため、標記の研究を文部科学省研究の枠外で実施することにしたものである。

災害の復旧・復興過程においては、さまざまな国際協力が考えられるが、本研究では、仮設住宅の相互供給体制に焦点を絞り、将来の大規模地震に際して、日本が近隣諸国から住宅供給を受ける可能性を含めて相互支援体制を確立するために必要な課題を明らかにする。

国際交流の相手方は台湾国立大学であるが、これは、1999年9月21日に発生した「九二一台湾大震災」(1999集集地震、1999 Chichi Earthquake)に際して、阪神・淡路大震災で使用し解体した仮設住宅を台湾の被災地に供給した実績があるため、この課題の共同研究者として、同大学地震防災研究所陳亮全教授が最適と考えたためである。日本の援助による仮設住宅の供給実態とこれに関連する将来課題を明らかにするとともに、今後、台北のような大都市で921を上回る被害が発生した場合の仮設住宅供給の体制を調べ、同時に、将来の災害に備え仮設住宅資材を備蓄しておく可能性についても調査することを研究目的とする。

 

 

研究成果

 台湾地震に関連する文献調査および台湾大学を訪問して確認した住宅被害の概要と仮設住宅供給の概要について、下記に報告する。

 

(1)   九二一台湾大地震の概要と住宅被害

 1999年9月21日に発生した九二一台湾大地震(以下台湾地震と言う)は、マグニチュード7.3の直下型地震であり、地表面の断層変位、地表面加速度による震動の大きさからすると阪神・淡路大震災を上回る地震ということが出来る。震源は台中市の南に位置する集集鎮近傍で、農山村部の被害は大きかったが、台中など大都市では断層の位置が都市縁辺部にあったため、幸運にも大規模な被害は免れている。集集鎮の人口・戸数は各々12,250人、3,536戸であり、全壊戸数は1,819戸で、半数以上が全壊していることになるが、絶対数は少ない。全壊数が大きかった自治体は、南投県の哺里市で6,220戸、南投市で5,231戸、台中県の東勢鎮 5,139戸であり、この他は全壊数3,000戸以下の被害の自治体であるが、全域合計で全壊戸数52,220全壊棟数29,806半壊戸数54,372半壊棟数21,539となっている。日本の被害に比べて戸数と棟数の差が大きいのは集合住宅の比率が高いためである。この数字は2000年時の行政データに基づき中林が積算したもの1)であり、初動調査であるため全壊・半壊の区別が不確定な部分、戸数と世帯数の混同などの要因が含まれている。その後の報告2)によると、全壊世帯数50,644、全壊戸数38,935、半壊世帯数53,317、半壊戸数45,320に改められている。この被災数は2002年12月の重建(再建)委員会の見舞金対象世帯数と住宅被害調査戸数に基づくもので最終的な住宅被害実態と考えて良いであろう。

 

図1 地表面断層変位の例99年11月撮影)

 

図2 断層によるダムの崩壊99年11月撮影)

 

図3 集合住宅の被害99年11月撮影)

 

(2)応急仮設住宅の供給

 被災直後の住宅喪失者は、阪神・淡路大震災では大部分が学校等の避難所に収容されたが、台湾でも、公有地に救災指揮中心が設けられ、避難所(安置所)として学校などが利用された他、公園内のテント村がつくられたりしている。災害直後に被災地を訪れた際には、多くの住民が余震の発生を恐れて、自宅の庭先や路上でテント生活をしていた。

図4 救災指揮中心9911月撮影)

 

図5 公園に設けられたテント村99年11月撮影)

 

応急仮設住宅の建設は112箇所、5,854戸であり、このうち1,500戸が日本からの寄贈によるものである。応急仮設住宅の建設量は、全壊住宅戸数の15%に過ぎず、阪神・淡路大震災における約30%の供給量に比べるとはるかに少ない。これは、もともと公的賃貸住宅という概念が定着していなかったこと、被災量が阪神・淡路大震災に比較して小さかったために国民住宅(低利融資つき分譲住宅)への優先入居、家賃補助などの恒久住宅確保の支援策が応急仮設住宅入居と同時期に展開されたこと、日本に比べると血縁関係が強く、親戚等に身を置く被災者が多かったことなどが理由として考えられる。阪神・淡路大震災の仮設住宅は48,000棟を建設するために約7ヶ月を要しているが、台湾地震では、全体の戸数が少なく、集集鎮の例では地震から1.5ヶ月で入居している。

 応急仮設住宅の役割は既に終了しており、2003年1月の残存戸数は、中林によると、2003年1月時点では2,893戸で、南投縣に2,013戸、台中縣・台中市に820戸、その他に60戸となっている。台湾の場合も日本と同様に貸与期間は原則2年であるが、延長・再延長措置を行って継続使用を容認している。ただし、応急仮設住宅の建設費は、12坪で15万NTD(約60万円相当)であり、9坪で250〜300万円/戸を掛けている日本の仮設住宅にくらべてはるかに安い。

 日本の仮設住宅は9坪の2Kタイプが標準であるが、家族規模が大きく、多世帯同居の割合も高い台湾の場合は、これでは不十分とされ、12坪が標準となっている。多数の仮設住宅をまとめて建設し、「仮設住宅臨時社区」を形成する方針があるが、被災者にとって利便性の高い地区にまとまった土地を確保することは困難が伴ったようである。公園などの公有地の他、営林署などの国立機関の敷地を利用したり、民有地の借上げも行なわれている。仮設住宅自体も民間団体(仏教系宗教団体など)からの寄贈も含まれている。

 

図6 東勢縣営林署に建設された仮設住宅99年11月撮影)

 

図7 宗教団体滋斎功徳会による応急仮設住宅99年11月撮影)

 

(3)台湾地震からの教訓

 台湾地震に対する台湾政府の対応が迅速であった背景には、阪神・淡路大震災の被害とその対応を良く研究していたからと言われているが、台湾地震における応急仮設住宅供給は、日本における今後の地震対策にとって、大いに参考とするべきものを含んでいる。

 応急仮設住宅は一定期間の使用後に解体・撤去することが原則であり、資源と労力、資金の面から考えると必要悪という性格を有している。台湾地震で、全壊戸数のわりに仮設住宅の建設量が少なかった背景には、手狭な仮設住宅が嫌われたということもあるが、国民住宅の優先配分、民間賃貸住宅入居のための家賃補助などの恒久住宅確保のための支援策を仮設住宅と横並びで選択させた結果であると考えられる。

 我国の場合も、台湾に見習って、災害復興公営住宅への入居、民間賃貸住宅家賃補助の道筋を用意することは可能と思われるが、これには、幾つかの問題が含まれている。数十万戸の住宅需要が発生した状況では、公営住宅の空家利用には戸数の限界があるし、公営住宅を新設するためにはかなりの日数を要する。また、民間賃貸住宅自体も被災している状態で、手近なところに空き家を見出すことは困難と考えられる。したがって、災害後2〜3ヶ月の時期に入居可能な恒久住宅のメニューを複数用意し、可能な限り仮設住宅への依存割合を低減するということであろうか。

 応急仮設住宅の建設方法も多様化を図り、早期大量供給を実現する必要がある。現在の体制は、プレハブ建築協会企画部会に加盟する企業による鉄骨造連棟長屋型仮設住宅が主力で、阪神・淡路大震災の時のようにプレハブ住宅や輸入住宅で補完したとしても、現場組み立ての建設労働力がネックとなって、3ヶ月後の供給量は3万戸程度ではなかろうか。工場の生産能力そのものを増強する可能性はあると思われるので、現場労務の確保が出来れば、供給量の向上は期待できるので、この限界量については改めて検討する必要がある。規格建築の仮設住宅(現場小屋型)ではない通常のプレハブ住宅の生産能力は高く、これに期待することは可能であるが、平常時に供給している住宅と規格建築の仮設住宅では建設単価の差が大きく、仮設住宅の標準価格で供給することは簡単ではない。プレハブ住宅は、応急仮設住宅としてではなく、被災住宅の再建メニューとして早期の恒久住宅供給を行なえば、その分だけ応急仮設住宅の需要低減に結びつくと考えられる。それと同様な意味で活用可能な住宅供給源は木造在来工法である。在来工法といっても、現在では、工務店ごとに何らかの早期建設に繋がるシステムを持っているものが多く、設計発注体制を整備すれば、3ヶ月程度で完工できる可能性はある。


 台湾地震では、山間部に住む少数民族(原住民)のための住宅再建方策としてセルフビルド型住宅供給が行なわれた。住宅の構造躯体として工場生産された鉄骨骨組みだけを公共が供給し、地域住民の労働力で組み立てを行い、竹などの地域産材を用いて恒久住宅を完成させる方式である。上述のプレハブ住宅にしても、木造在来工法にしても、最大の問題は、さまざまな公共施設の復旧工事が優先される地震直後に必要な現場労務量を確保できるかどうかという点であり、この問題を解決する方策として、被災住民やボランティアなどの未熟練労働力を活用する方策は検討に値する。

9 台湾少数民族Shao族の復興住宅

 

 

 

(4)戸建住宅型応急住宅

  日本の都市の現状では、一戸建ての持ち家が多いから、上述の未熟練労働力を活用して、被災した住宅の敷地内で応急仮設住宅または被災住宅の再建を行なうことができれば、建設労働力不足の問題を緩和するだけでなく、仮設住宅建設用地不足の問題も軽減できる。この利点に着目して、自力建設を前提とした一戸建て型応急住宅の提案をまとめ、03年度の地域安全学会で発表した3)。この内容を詳述することは避けるが、水回り・台所などの設備ユニットを工場で生産し、これを構造体として在来木造などと組み合わせて応急住宅を建設するシステムである。当面は、最小限のスペースを仮住まい用に建設し、その後時間を掛けて増改築を行なって恒久住宅を完成させることを考えている。

 図10は藤沢市の住宅地で行なったアンケートの結果であり、仮設住宅では入居までの日数とともに水回りの設備が重要視されていることが分かる。このような住宅設備は生活を支える上で重要なだけでなく、多くの工程が交錯して未熟練労働力で施工することは困難であるから、工場でユニットとして製作されたものを供給することが望ましい。

10 仮設住宅の内容の優先順位(アンケート結果有効票481票)

 

 このシステムでは敷地の条件、家族の要求に応じて様々な規模の多様な設計が可能であるが、図11は設計計画の1例で、当初は最小限の応急住宅であるが、次第に拡張して2階建ての恒久住宅に拡張する過程を示す。図12はこの設計計画に対応する構造骨組みの模型写真である。

 

2階

 
                            

1階

 
          

11 設計計画の1例(応急住宅から高級住宅への拡張過程) 

 

12 構造部材の模型写真

 

(5)まとめ

 この研究では、台湾地震後の住宅供給の実態を調べ、この中から日本の大地震災害後の仮設住宅供給について検討した。とくに、一戸建ての住宅を被災した住宅敷地に早期に供給する方法に焦点を当てて検討したが、このシステムだけで全ての住宅喪失世帯に対応すると言うものではなく、従来型の仮設住宅も必要なことは当然である。仮設住宅の建設用地確保の困難性を考えると、敷地効率の高い共同住宅型の多層式仮設住宅も考えておく必要があるが、これについては今後の検討に委ねる。

 仮設住宅の部材は、何らかの形で平常時に生産され流通していることが望ましい。現行の応急仮設住宅は、平常時に工事現場事務所などで使用されているから、常にある程度のストック資材があり、小規模な需要に対しては早期に対応することが可能である。前項で説明した一戸建て型のシステムは構造体となる設備ユニットが平常時の多様な住宅建設で利用されていることを前提としている。

現行のシステムでも新しいシステムでも、流通のためのストック量には限界があり、大規模な仮設住宅需要が発生した場合には、生産工程をフル稼働して新規に部材生産を行い、これでも対応できない場合には生産設備の増強を行なって対応することになるが、仮設住宅の需要には永続性が無いから、所詮、早期大量供給には限界があり、一定の生産能力で長期間稼動して大量需要に応えるしかなくなる。

大規模需要に対して早期供給を実現するための方策として、住宅部材の備蓄を考えておく必要がある。大規模な仮設住宅需要を具体的にどの程度と推計するかについては改めて検討する必要があるが、仮に、3ヶ月で10万戸の仮設住宅を供給すると考えると、生産者備蓄が1万戸、公共備蓄が2万戸くらいあれば、残り7万個を3ヶ月で生産することは、多様な生産分野を動員するという前提で考えれば全く不可能な目標ではなくなる。

建設資材産業は、業種によって事情が異なるが、一般に年間生産量の1割程度の資材在庫は直接・間接に確保しているものとすれば、生産者備蓄1万戸は、それほど問題が無いと思われるが、公共備蓄2万戸については検討するべき事項は多い。

資材の調達価格が250万円/戸と仮定すると500億円であるから、国と都道府県の共同事業で10年間くらい掛ければ実現性はある。全国の国・公有地で利用殿低い土地を使えば備蓄用地を確保することは難しくないと思われるが、長期の備蓄であるから、格納庫の建設費用が必要になる。

大量の備蓄資材を使用するような大規模な災害の発生頻度は100年に12度くらいと考えられるが、全世界的に見れば大規模災害は毎年のように発生しているから、備蓄資材の一定割合を国際協力資源と考えて活用することにより、全体のリサイクルを図り、耐久・耐用限界に対応するべきと考えられる。国際協力は相互支援が原則であるから、少なくともアジアの地震国として、中国、インド、インドネシア、フィリピン、台湾などと協力協定を結び、互いに国家備蓄した仮設住宅資材の提供を行なう体制を整備しておきたい。

この提案は、現状では構想の段階で、気候条件や生活習慣も異なる国の間でこのような構想が実現できるかどうかは、今後の検討を必要とする。台湾に対しては前述のように、日本から1,500戸を供給した実績があるから、これに関連して今後解決するべき課題が明らかになるものと考えられる。

上記の研究成果は、別途実施中の「大都市大震災による住宅喪失世帯への対応」の研究に反映させる計画である。研究の実施に当り、ご協力いただいた台湾国立大学陳亮全教授に感謝申し上げる。

 

参考文献

 

1)中林一樹「第4章 1999年921台湾大震災からの復興状況その1」都市防災美化協会「地震・火山災害における住民・行政の対応と被災地の復興 その1」 p. 2001.7

2)中林一樹「第3章 1999年921台湾大震災からの復興状況その2」都市防災美化協会「地震・火山災害における住民・行政の対応と被災地の復興 その2」 p.47-60 2002.7

3)塚越 功,梶 秀樹 2,佐藤慶一,原野泰典一戸建て型応急住宅供給システムに関する基礎的研究」2003年度地域安全学会研究発表梗概集、2003.11