2003年度 慶應義塾大学 学術交流資金研究報告書

研究テーマ名:大都市郊外地域の世代交代とコミュニティの変容
研究代表者名:大江 守之(総合政策学部)

共同研究者:藤井 多希子(政策・メディア研究科博士後期課程)
         片桐 暁史(政策・メディア研究科修士課程)
         坂戸 宏太(政策・メディア研究科修士課程)


1.研究の背景と目的
20 世紀が驚異的な人口増加の世紀であったのに対し、21世紀は一転して人口減少の世紀となることが確実である。東京大都市圏は2000年現在3,340万人 の人口を擁する世界最大の都市圏でもあるが、2015年には3,460万人から3,490万人の間でピークを迎え、その後は緩やかな人口減少過程に入ると 予想されている。1990年代後半からは都心回帰現象がみられる一方で郊外地域においては人口増加傾向はもはや停滞し、定住人口の高齢化が一斉に進行して いる。

現在高齢化しつつあるのは高度経済成長を支えた人口転換期世代であるが、高度成長期に首都圏に大量に流入してきた彼らの多くは、地方の長男長女以外の者で あり、親の面倒は長男長女にまかせ、自分たちは大都市に職を得て核家族を形成し、郊外地域に住宅を購入した。現在子育て期を終えつつある彼らは、そのまま 現在居住する場所で高齢期を迎えると考えられる。また、彼ら自身の子供は平均2人であり、子供と同居することよりも夫婦のみあるいは単身で高齢期を過ごす ことを選択する割合が増加すると予想され、今後の郊外地域における高齢者の家族構成やコミュニティは、前の世代とは著しく異なると考えられる。

本研究は、一斉に高齢化が進行しつつある東京大都市圏郊外地域を対象に、高度経済成長期に初めて郊外地域に居住するようになった「郊外第1世代」人口と、 その子世代にあたる「郊外第2世代」人口の世代間バランスという観点から、市区町村レベルでの人口構造を分析することにより、子世代人口が親世代人口と比 較して多く居住する地域、また、それとは逆に、子世代が独立し地域外に流出した後に高齢者が居住し続けている地域の分布とその特徴を明らかにする。

2.分析方法と分析対象
東 京圏郊外地域は、1960〜70年代に子育て期にある比較的若い核家族世帯のためのベッドタウンとして開発されたが、高齢化を迎えている現在、親世代人口 のみが居住する地域とそうではない地域とではコミュニティのあり方に差異があると考えられる。そして、このような差異は、高齢者施設の配置計画のみなら ず、子育て期の世帯が必要とする施設やサービスの供給計画など、地域が抱える課題の差異に繋がるだろう。そこで、本研究では市区町村を単位として「郊外第 1世代」である親世代人口と「郊外第2世代」である子世代人口との世代間バランスを明らかにする。

具体的にはまず、高度経済成長期に持家取得時期にあったと考えられる1931〜35年生まれのコーホート(1965年時点で30〜34歳、1975年時点 で40〜44歳)を「郊外第1世代」の代表的コーホートとして着目する。そして「郊外第1世代」の実際の子世代である1954〜65年生まれのコーホート (「郊外第1世代」女性が生んだ全子ども数の82.0%を占める)を「郊外第2世代」とする。この「郊外第2世代」人口の実際の母世代にあたる女性人口か ら推計される1954〜65年生まれ人口の理論値で、実際の当該年齢人口を除した値を「世代間バランス係数(Generation Balance Index, 以下「GBI」という)」とした。GBIはある特定の年齢人口(例えば65歳以上人口など)の占める割合とは異なり、実際の出産行動に基づいた親世代人口 と子世代人口のバランスを子世代人口の理論値を媒介として表すものであり、親子関係という観点から年齢構造を分析することに特色がある指標で、本研究のた めに考案したものである。さらに、人口の世代間バランスが市区町村レベルでどのように変化しているのかをみるために、ほとんどの郊外地域が市街化のピーク を迎えた後となる1980年と2000年の2時点でGBIを計算し、その比率を特に地域全体の世代交代の進展状況を示す指標として用いた(「郊外第2世 代」は1980年時点で15〜26歳、2000年時点で35〜46歳である)。GBIの2000年/1980年比率が1未満であれば、子世代人口が親世代 人口に対して減少している地域であり、1以上であれば増加している地域であるといえる。この指標によって、子世代が多く流入している地域や、逆に子世代が 独立し、地域外に流出した後に高齢者が居住し続けている地域を特定することが可能となる。
具体的な手順は以下の通りである。

@) 1954〜65年の人口動態統計を用いて、それぞれの年に生まれた子の母親の生年別にマトリックスを作成し、生まれた時点での各歳別郊外第2世代人口に対する母親の各歳別人口の実数を求めた。母世代にあたるのは1905〜1950年生まれである。

A) 完全生命表を用いて、1954〜65年生まれの郊外第2世代が1980年と2000年の各時点まで生存する確率を各年齢別に計算し、@の郊外第2世 代母親生年別人口に各年齢別の生存率をかけ、1980年と2000年における郊外第2世代各歳別の母親生年別理論人口(a)を計算する。

B) 1980年、2000年の2時点における母世代にあたる各歳別女性人口(b)と、Aで計算した郊外第2世代各歳別母親生年別理論人口(a)の比p (a/b)を計算する。これにより、全国レベルで郊外第2世代人口の理論値を算出することが可能であるが、国勢調査との差をみると、1980年での 1954〜65年生まれ(15〜26歳人口)の実数は19,442,719人、理論値は19,152,572人、差は290,147人であり、実数に対し て1.5%の差、2000年時点での1954〜65年生まれ(35〜46歳人口)の実数は、19,219,776人、理論値は18,879,576人、差 は340,200人であり、実数に対しては1.8%の差であった。この乖離が1954〜65生で母親を亡くしている割合にほぼ相当する。

C) 各市区町村の母世代(1980年時点では30〜75歳、2000年時点では50〜95歳)にあたる各歳別女性人口にBで算出した比pをかけ、 1954〜65年生まれの各歳別人口の理論値をそれぞれ計算する。これにより、各市区町村別に母世代にあたる女性人口から算出される郊外第2世代人口の理 論値が明らかになるので、郊外第2世代人口の実数と理論値の比を求め、これを世代交代の進展状況を示す指標である、世代間バランス係数(GBI)とする。 上記の手順に従い、GBIを市区町村ごとに算出し、分析を行った。対象市区町村は東京大都市圏70km圏の市区町村のうち、1960〜2000年にDID 面積比率が急激に上昇した129市区町村の郊外地域と、1960年時点でDID面積比率が1であった23市区町村の、合計152市区町村についてGBIを 求め、分析した。

3.GBIによる人口構造分析の結果
図1、図2はそれぞれ1980年、2000年各時点でのGBIを5段階で図示したものである。
図1 1980年GBI

表1 1980年GBIと2000年GBIの
平均値・最大値・最小値・標準偏差

図2 2000年GBI

1980年GBIをみると、1未満の低い値となっているのは神奈川県沿岸部のほか、東京都心部から40〜50km圏に位置する市町村である。一方、1.3 以上、すなわち子世代理論値人口と比較して子世代が30%以上多く居住していた地域は東京23区西部から南西にかけての各市区町村と、厚木市、成田市、浦 安市などである。1980年GBIが高い地域の理由としては、1980年時点での郊外第2世代は15〜26歳という就学年齢を含む年代にあるため、木賃ア パートが多い東京23区西部から中央線沿線、川崎市にかけての地域には若年単身層が多く居住すること、そして厚木市や成田市などについては若年層の就業が 多いこと、などが挙げられよう。また、GBIが1.0〜1.09と親世代と子世代のバランスがとれている地域は都心部から30〜40km圏に多く、独立前 の子どもが親と居住している世帯がほとんどを占めていることといえる。  

一方、2000年GBIをみると、1未満の低い値であるのは都心部と三浦半島の各市が目立つのみとなり、それ以外の地域ではおおむね上昇していることが分 かる。特に都心部から20〜30km圏の各市区町村と埼玉県の東武線、JR東北線沿線は1.3以上の高い値を示す。東京23区は西部が比較的高い値を示 し、西高東低の様相を示している。 なお、1980年GBIの平均値は1.14、最大値は1.67、最小値は0.78であるのに対し、2000年GBIの平均値は1.23、最大値は 2.25、最小値は0.79となっており、東京圏全体としてみれば、子世代人口の親世代人口に対するバランスは上回る方向で崩れていると同時に、値のばら つきも増大していることから(1980年の標準偏差は0.17、2000年は0.22)、東京圏は人口の世代間バランスに地域差が拡大する傾向にあるとい えよう。

次に、2000年の世代間バランスが1980年のレベルと比較してどのように変化したのかをみるために、2000年GBIと1980年GBIの比率をとり、図示したのが図3である。

表2 GBI比率別市区町村数
図3 2000年/1980年GBI比率


この2000年/1980年GBI比率が示すものは、1980年の世代間バランスを基準とした場合の2000年の世代間バランスの変化であり、1であれば 1980年と同水準、1未満であれば1980年よりも子世代人口が親世代に対して減少、1以上であれば上昇の方向でバランスが変化しているといえる。図3 をみると、東京都23区と中央線沿線の各市、そして都心部から50〜60km圏などの地域で1980年より子世代人口が親世代人口に対して減少する方向で バランスが変化していることが分かる。都心部からの距離が比較的近い地域で1未満となっている理由としては、若年単身層が多く居住する地域であり、 1980年でのGBIが極端に高かったためにGBI比率は低い値となっている。また、一方、子世代人口が大きく上昇しているのはJR東北線、東武伊勢崎 線、西武線、小田急江ノ島線などの沿線に立地する市町村のほか、横浜市港北区や浦安市などの大規模な開発が進行した市区町村でも高い上昇率をみせているこ とが明らかとなった。

4.まとめ
以 上、東京圏郊外地域を対象に、世代間バランスという観点から人口構造を分析した。その結果、約2/3の市区町村で子世代人口の親世代人口に対するバランス は上昇していたことが明らかとなった。特に1980年レベルと比較して20%以上上昇していた市区町村は40にも上り、これらの地域については「郊外第2 世代」の純流入が大きかったことを示しており、年齢的には「郊外第2世代」に属するが、実態としては東京圏「第1世代」であると考えられる。そしてこのよ うな地域は鉄道路線に沿って分布しており、新たに開発された地区に子世代が流入していることが考えられる。 そこで、2000年時点のDID面積比率と1980年時点のDID面積比率との差をx軸に、2000年/1980年GBI比率をy軸にとり、各市区町村を 散布図にしたものが図4である。
図4 DID面積比率の差とGBI比率(2000年/1980年)


この図が示すのは、1980年以降20年間で新たに宅地化した面積の割合と子世代と親世代人口のバランスの変化との関係である。この2つの指標の相関係数 は0.523(1%水準で有意)、決定係数は0.273であり、宅地化した面積の割合が大きければ大きいほどGBI比率も上昇する傾向にあることから、新 たな宅地開発が子世代人口の流入を促進してきたといえるだろう。逆にそのような開発の余地のない市区町村や、子世代のニーズに合わない立地の市区町村では 開発が行われない結果、GBI比率は比較的低いということがいえよう。 本研究では市区町村の分析にとどまったが、市区町村内部をみてみれば、戸建分譲住宅地や集合住宅団地などの大規模計画住宅地ではGBI比率が極端に低く、 そうでない地域とは世代間バランスという観点からみた人口構造に大きな差異が生じているだろう。特に戸建分譲住宅地は、もともと子育て期の若い核家族向け の住宅地として開発されたために、高齢者となる居住者が必要とする施設やサービスの適正配置という問題だけでなく、新たに流入してくる若い世帯が必要とす る施設やサービスの適正配置という問題も生じる。現在までの子ども数の減少に伴って保育施設や育児サービスが廃止されたり縮小されたりしていると、そこに 居住する若年世帯のニーズに応えられないことになり、新たな若年世帯の流入を阻む可能性もある。異なるステージにある居住者のニーズを満たすための施設配 置の課題に対しては、現在ある施設や利用できる土地を誰がどのように提供もしくは転換し、どのような主体が運営していくのかが問題となろう。これらの課題 に対応していく際には、全市的な観点からのまちづくり政策とミクロ的観点からのコミュニティ政策を整合させる必要があるだろう。

参考文献
藤井多希子・大江守之(2003)「東京圏郊外における高齢化と世代交代−高齢者の安定居住に関する基礎的研究」『総合政策学ワーキングペーパーシリーズ』No.3, 慶應義塾大学政策・メディア研究科

大江守之(1996)「コーホートからみた東京圏内の居住構造」『総合都市研究』第59号

大江守之(1999)「東京都市圏の人口構造の変動と地域社会」渡戸一郎(研究代表)『大都市における都市構造の転換と社会移動に関する実証的研究』,平成8年度〜平成10年度科学研究費補助金研究成果報告書