2003年度学術交流支援資金 成果報告書

研究課題名: ベイジアンネットワークによるパフォーマンススキル抽出方式の妥当性の検討

古川 康一

 

パフォーマンススキルの自動抽出を実現するための有力なツールとして、我々はベイジアンネットワークを取り上げて、その妥当性の検討を行った。当初、スキルに含まれる不確定性をモデル化することを狙って、とくに弓の返しにおけるスナップ動作を行うか行わないかを他の動作と関連付けるモデルの構築を狙ったが、事例の収集が困難であったことなどから、そのアプローチの妥当性を再検討することになった。

 一方、ベイジアンネットワークは、ホームページの個人適応などを目指した個人化の研究が進んでいる。我々は、その研究成果をパフォーマンススキルに応用することを考えた。パフォーマンススキルにおける個人適応は、レッスンにおける個人適応と考えられる。すなわち、個人適応を必要としている理由は、演奏者(演技者)間の個人差が大きいことである。個人差が大きい理由は、体格差、筋力差、柔軟性の差などが考えられる。また、姿勢などの個人の癖もその要因の一つである。これらの個人差を的確にモデル化できるか否かが、スキルの自動抽出の成否の鍵を握っていると考えられる。また、スキル研究一般の妥当性も、この個人差を解決することが最も重要である。

 ベイジアンネットワークの利用を可能にするためには、データの収集が重要である。確率分布の推定値の精度を上げるためには、離散確率分布の場合、各離散値ごとに最低5サンプルは必要となる。個人差をモデル化する際、まず決めなければならないのが、どのような個人差のクラスが存在するかと言う問題である。このクラスが決定されれば、そのクラスごとに、サンプリングをすればよい。個人差の要因として上に挙げた3つの成分を考えると、それらはすべて、さらに幾つかの部分系を持つので、そのクラス化はそう単純ではない。チェロの演奏の場合、楽器の大きさを基準にして、大きい,小さいを論じることが出来る。この2水準で体格差を表現できると考えられる。筋力差は、もっと厄介である。それは、腹筋力、背筋力、上腕力、前腕力、握力などが関係してくるからである。これらのすべてに対して、2値の水準を設定しても、その組み合わせは25乗の32通りになり、手に負えない。チェロの演奏にとって重要なパラメータを特定することから、始めなければならない。とくに重要と思われるのは、背筋力、および弓を持つ握力の二つである。この二つに対してそれぞれ2水準を想定すると、組み合わせは4通りとなる。柔軟性の差についても同様であるが、ここでは全体として柔軟であるかないかの二通りと考えればよい。一方、演奏スタイルの分類も必要である。これが、各クラスでどのように分布するかをモデル化するのが、目標となる。演奏スタイルの分類は、さらに厄介である。現在分かっている分類としては、弓を返すときの返し方、肘の軌跡、演奏中に体をう動かすか動かさないか、どこでバランスを取るか、などである。これも、課題によって異なるので、課題を吟味して選ばなければならない。我々は、これまでの経験から、弓の返しが重要な課題であると考えている。弓の返しに着目して演奏スタイルの分類を考えると、返すときにスナップ動作をどこで起こすかによって、いくつかのタイプに分かれる、肘、手首、指のいずれかである。また、肘の使い方も、何通りか考えられる。肘の進展・屈曲をよく行うか、あまり行わないか、肘を高くして演奏するか、あるいは低くして演奏するか、肩の回旋を利用するかしないか、などが重要なポイントである。これらの演奏スタイルもこれらすべての組み合わせを考えると膨大である。これらの中から、幾つかを選んで、モデル化をすることを考えたい。演奏スタイルの分類クラスとしては、2から5程度を考えたい。そして、それらを含んだベイジアンネットワークのモデルを作成することが、次の目標である。

 

 本研究では、このほかに、英国ブリストル大学のPeter Flach教授との研究協力を行った。より具体的には、我々の演奏データを提供し、それを彼等の提案する2段階階層ベイジアンネットワークの研究の実証に協力した。

 

これらの研究成果は、人工知能学会の「近未来チャレンジセッション」のプロポーザルに生かされた。また、産業総合研究所の本村陽一氏との共同研究を実施し、上記アプローチの妥当性についての検討を行った。