2003年度 学術交流支援資金「電子教材作成支援」報告書

 

研究課題名:ドイツ語発音教材『SFCドイツ語発音導入コース Vers.2』の開発とその応用研究

申請者:藁谷郁美 総合政策学部助教授 兼政策・メディア研究科委員

共同研究者:平高史也 総合政策学部教授 兼政策・メディア研究科委員

      木村護郎クリストフ 総合政策学部専任講師

      アンドレアス・リースラント 総合政策学部訪問講師

      古川康一 政策・メディア研究科教授

      玉川直世 政策・メディア研究科修士1年

 

 本研究は2003年度「電子教材作成支援」の資金援助を得て、以下の内容で研究活動をおこなった。以下に本研究の目的、手法、仮説、および結論を述べる。

 

1.研究の背景と目的

 初習言語学習の場合、その学習初期段階で発音習得のために用いられる教材は、未だ音源をMDやCD等の媒体で再生するものが一般的である。その場合、音声に伴う顔の表情、筋肉の動き、筋の緊張等を総合的に「発音」習得のための要素としてとらえることは重要であるにもかかわらず、これらの要素を発音教材に反映させることは困難であった。

 この外国語発音教材の現状を踏まえて、1999年以降、『ドイツ語発音導入コーススソフト』の開発を試みた。学習者が自分のPC上にSFCでドイツ語授業を担当しているネイティヴ教員の発音とその様子を再現できるものである。ドイツ語のアルファベート、母音や子音の様々な組み合わせによる発音、そしてSFCドイツ語授業で扱う初級の挨拶表現が内容として盛り込まれている。

 この教材を1999年、2000年の2年間に渡って実際の授業に適用し、使用状況およびその効果に関する調査と分析を行なった[1]。その結果、ひとつの重要な問題が明らかになった。それは、学習者が音声を聞きながら画面上の先生の顔を観察する場合、ある程度の表情を見て取ることは可能であっても、より客観的な判断 − 実際の筋肉は、いつ、どの時点で緊張したり弛緩したりするのか − を、見極めることはほとんど不可能である、という点である。画面にあらわれる動画を前に、それぞれの学習者が主観的な判断で筋肉の動きをみる結果となる。従って、学習結果が果たして本当に達成されたかどうか、その判断も客観性を欠く。

 

 本研究は、この背景を踏まえたうえで、これまで構築してきた発音教材研究の応用研究として、新たな段階のドイツ語発音導入コース用ソフトの開発を目指すものである。学習者が、発音習得時に、主観的イメージではなく、具体的な発音技術を認識することが目的である。

 

 本研究プロジェクトの目的は、このための発音シミュレーション画像の構築とその応用研究にある。対象教材はSFCのドイツ語教育に使用されている教材の語彙である。

 

 

2.研究手法および展開

 

 本プロジェクトは現在、以下の3つの領域分野で研究を進めた。それぞれの研究内容は次の通りである。

 

1)ドイツ語発音導入コース用ソフトの構築・更新

これまでに構築してきた練習ソフトの更新。下記(2)の調査の分析結果をもとに、学習効果の点から構成および仕様の更新作業。今後、学習者の学習環境への対応(CDRからWeb教材への移行等)も含めた模索。

 

2)ドイツ語発音導入コース用使用追跡調査と分析

これまでのVers.1段階では、1999年から2002年までのSFCドイツ語インテンシブコース初級I受講者に対する同教材の使用とアンケートを試みた(アンケートは2002年までのデータ)。今学期はインテンシブコース初級IおよびベーシックI受講者に対し教材CDの配布および調査を実施。これに基づいた分析は(1)および(2)の作業に密接に関わる。

 

3)応用研究

ネイティヴ教員のドイツ語の発音時における顔の筋肉の緊張、弛緩の変化をモーションキャプチャリングシステムおよび筋電図により観測し、時系列データを獲得。そのデータを解析して、学習者がドイツ語の様々な音声を聞くと同時に、それに伴う筋肉の動き認識することを可能とするシステムを設計し、試作する。

 

その他

本ソフトウェアは、語学教育におけるプラットフォームのひとつとなることを目標に作成する。従って、完成後はこれを広く解放し、他語学教育への適用へ道を開くこととする。

 

3.実施内容と結果

 

3.1.ドイツ語発音導入コース用ソフトの構築・更新および使用追跡調査と分析について

 

 ドイツ語教材開発研究プロジェクトでは、新たに更新したCD-ROM版の発音導入教材について、あらためて履修者に対しいくつかのアンケートを行った。対象はインテンシブドイツ語1、ベーシックドイツ語1履修者とし、2003年5月26日に一斉に実施、その結果、109の有効回答を得た[2]。このアンケート調査をもとに、使用状況を追跡したところ、全体的な傾向として1)Web化を望む声、2)インストール方法の改善要望、3)他のOSへの対応要望 の3点が浮き彫りとなった[3]。この結果を踏まえ、ドイツ語発音導入コースのWeb化を1)〜3)の解決策とすることにした。

 

3.2.ソフトウエアのWeb化

 

 上記の分析を踏まえたWeb化に関しては以下の段階を経た。以下はこの点に関しては本プロジェクトメンバーである加藤周作(2003)に以下のように説明されている:

「もともとのCD-ROM版の教材は、オーサリングツールと呼ばれているMacromedia Directorを利用して作られていた。すでに述べられているように、オーサリングツールを用いてweb版の教材を作成することは可能であるため(この場合は、Macromedia DirectorがCD-ROM, webの両者に対応しているため可能となっている)、それを用いる方法もあった。しかし、以下に挙げる理由によって今回はオーサリングツールを用いずに、より自由度が高く、自分の求めることの実現が容易な、Web用のプログラム記述言語であるPHPを用いることとなった。」[4]

 上記のようにWeb化された発音導入用教材は、利用者がソフトをインストールする必要もなくスムーズに使用できると共に、教員側にとっても、その使用状況が把握しやすい、という利点をもたらす結果となった。これは、学習者がどれくらいの頻度で、何に重点を置いて練習しているのか、という状況のみならず、現在の学習者にとって何が学習上の問題なのか、という教授法への発展にもつながる。

 

3.3.音教材運用への応用研究について

 

3.3.1.従来の発音支援アプリケーション

 

 従来の発音支援アプリケーションにおいては、特定の単語が発音され,(または発音記号が表示され),ユーザーはそれを聴いて(見て),真似る,というものが主流であった。各種教育用教科書,視聴覚教材に関するWWWによる発音支援サイト(英単語の発音ファイルを公開)http://dictionary.goo.ne.jp/ 他にみられるように、当該研究に関する最近の傾向は、従来型を発展させたもので, ユーザーが何らかのフィードバックを得られ,それを発音する際に利用できる形になったものが多い。この傾向を受け継ぐ教材ソフトとして代表的なものとしては、ほかに発音支援ソフト「花鼓」(アニモ社)が挙げられる。これはヘッドセットを用いて,振動などにより,正誤の判定を付けられるものである。

 その他、フィードバックの更なる発展型でユーザーが視覚からのフィードバックを得られ,発音の正誤判断の支援研究となるものとしては、以下のソフトが挙げられる:

・「グラフ利用発音発話訓練用ソフト」の開発(岡山県工業技術センター)

       発音自体の機構の解析および発音自体の機構解析(エアリード楽器発音機構の3      次元流体解析)

・エッジトーンにおけるフィードバック効果の数値流体解析(東京大学大学院) 

       http://garlic.q.t.u-tokyo.ac.jp/~tsuchida/presentations.html

・形態素解析とチャンキングの組み合わせによるフィラー/言い直し検出(NLP2003)(奈良先端科学技術大学院大学)

・高速スペクトル推定法を用いた混合音からの音程と音色の同定(信州大学)

       http://ysserve.cs.shinshu-u.ac.jp/~xakira/soturon/s2.htm

・波形のスペクトル解析をして音楽音を構成する要素を抽出(信州大学)

       http://ysserve.cs.shinshu-u.ac.jp/~xakira/slide/slide.htm

 

3.3.2.研究成果に期待される応用上・実用上の意義

 

 研究傾向は,ユーザーへのバイオフィードバック,発音機構の解析へと向かっているようである。自然言語の音声認識などでは,機械学習を用いた研究が盛んであるものの,発音支援への機械学習を用いたアプローチは現段階では未開分野であるということが,本サーベイを進めるに当たり明確になった。人間では発見出来ない何らかの特徴を機械学習を用いて発見し、更にバイオフィードバックとしてユーザーに還元出来れば、多大な貢献が出来ると考えられる。

 本技術自体は決して新しいものではないが、昨今の研究開発における進展に芳しいものはみられない。実用上の研究進展が強く望まれているという点においては、今回のプロジェクトが発音支援という分野を活性化させる切り口となろう。また、本プロジェクトがこのように技術面と教育面の両視点から推し進められることによってこそ、言語教育における新たな教授法の開発が可能となると考える。

 

 

参考資料

 

・関係学会

情報処理学会www.ipsj.or.jp

人工知能学会www.ai-gakkai.or.jp/jsai/

日本音響学会wwwsoc.nii.ac.jp/asj/menu.html

ヒューマンインタフェース学会www.his.gr.jp/

日本リハビリテーション工学協会http://resja.gr.jp/

 

・参考文献

P.H.リンゼイ・D.A.ノーマン:『情報処理心理学入門−感覚と知覚−』,サイエンス社(1983).

原裕一郎・井口征士:複素スペクトルを用いた周波数同定,計測自動制御学会論文集,19,718−723(1983).

井口征士:音楽情報の処理−電算機を用いた自動採譜,計測と制御,19,314−319(1980).

日野幹雄:『スペクトル解析』,朝倉書店(1986).

難波精一郎他:『音の科学』,朝倉書店(1989).

戸田浩:特集 サウンドチューニング,c magazine,10,28−62(1997).

新原高水・今井正和・井口征士:歌唱の自動採譜,計測自動制御学会論文集,20,940−945(1984).

安居院猛・中島政之:『コンピュータ音声処理』,産報出版(1980).

植田護・橋本周司:音源分離のためのブラインドデコンポジショナルゴリズム,情報処理学会論文誌,vol.38, no.1,146−157(1997).

白土保:混合音からの基本周波数分離抽出,日本音響学会公演論文集,627−628(1998).

辻井重男・鎌田一雄:『ディジタル信号処理』,昭晃堂(1990).

平高史也・藁谷郁美他:『ドイツ語発音導入のためのCDROMソフト 開発・実践・評価』慶應義塾大学語学視聴覚教育研究室 紀要33(2000).

加藤周作動画を用いたweb上の言語学習自習教材の研究 -web版ドイツ語発音導入教材の試作-』卒業制作(2003).URL:http://dmode.sfc.keio.ac.jp/~katoshu/intro/を参照。

 



[1] 平高・藁谷他『ドイツ語発音導入のためのCDROMソフト 開発・実践・評価』慶應義塾大学語学視聴覚教育研究室 紀要33、2000参照

 

[2] 内容については加藤周作「動画を用いたweb上の言語学習自習教材の研究 -web版ドイツ語発音導入教材の試作- 」(2003年度卒業制作)に詳しい。詳細はURL:http://dmode.sfc.keio.ac.jp/~katoshu/intro/を参照。

[3] アンケート調査の内容については注1を参照。

[4] 同上