2003年度 学術交流支援資金 研究報告書

「情報教育論」のためのメディア・リテラシー電子教材の構築
VIDEO-PCを利用したメディア・リテラシー講義のストリーミングコンテンツ

2004年2月27日
大岩 元
慶應義塾大学 環境情報学部
ohiwa@sfc.keio.ac.jp
http://www.sfc.keio.ac.jp/~ohiwa/
本研究では「情報教育論」における学習項目であるメディア・リテラシーの学習支援を目的とする電子教材の構築を行った.メディア・リテラシーの教材を電子化することにより,1).「メディアの利用」を意識したメディア・リテラシーの学習の実現 2).電子教材化によるメディア・リテラシー教育の普及 という効果を得ることができると考える.具体的な成果物として,授業のストーリーミングコンテンツと指導要領を作成し,統合されたWebサイト(http://www.crew.sfc.keio.ac.jp/projects/media)として公開した.

目次

共同研究者

斉藤 俊則
慶應義塾大学 環境情報学部 講師(非常勤) tsaito@crew.sfc.keio.ac.jp
杉浦 学
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程1年 gackt@crew.sfc.keio.ac.jp

1 研究背景

本研究では「情報教育論」における学習項目であるメディア・リテラシーの学習支援を目的とする電子教材の構築を行った. 「情報教育論」は2003年度からの普通科高校における新教科「情報」の実施に代表される近年の情報教育の一般化の動向を踏まえつつ, 教育の観点から見た情報, 並びに情報の観点から見た教育を取り上げて論ずる講座である. この講座においては,将来の情報教育の教員養成を視野に入れつつ,情報に対する多面的な理解の形成とともに, 教育者と学習者の双方の観点に立脚しつつ具体的な教育カリキュラムの企画・立案を行う実践力の形成が目標とされる.

本研究において教材電子化の対象とされるメディア・リテラシーは,「情報教育論」の中心となる学習項目の1つとして2001年度より取り上げられている. メディア・リテラシーとは,一般にはメディア(マスメディア,電子メディア)を主体的に活用するために必要な能力としての情報に対する批判的な解釈能力と情報生産のための各種能力の獲得をめざした教育活動として理解される. 「情報教育論」においては,上記の一般理解を踏まえつつ記号学の観点を情報の批判的な解釈能力の土台として位置づけ, 主に講義を中心とする記号学の観点から見た情報の本質に関する学習と,学生によるメディアテクストの実例の読解によるメディアの批判的な解釈の実践を行っている. 基本的なカリキュラムの原案は,研究代表者かつ「情報教育論」授業担当者である大岩の指導のもと,本研究の参加者の一人である斎藤の『情報がひらく新しい世界9 メディア・リテラシー』(共立出版, 2002, 全181ページ)の内容に沿って構成した.

2 研究目的

節[研究背景]で述べた問題意識に基づき,メディア・リテラシー教育カリキュラムの電子教材化の目的を述べる.本研究は主に以下の目的を有する.

以下,これらの詳細について述べる.

2.1 「メディアの利用」を意識したメディア・リテラシーの学習の実現

「情報教育論」におけるメディア・リテラシーのカリキュラムには, インターネット上の掲示板や電子メールなどの電子メディアを題材とする学習が含まれている. 一方,本研究により構築される教材は,そのような電子メディアの一部を利用することがあらかじめ前提とされる.

学習者による特定の電子メディアの利用が前提とされる点には, メディアに対する意識を高めることが本来の主旨であるメディア・リテラシーの教育にとって積極的な意義が認められる. ただしそのような意義が現実のものとなるためには,授業担当者は学習者に対して,現在使用している電子メディアを単に学習の手段としてだけではなく, 一つの考察対象として認識するように促すことが重要である.

そうした観点から練り直されたカリキュラムを現行の教材に追加することができれば, これまで以上に「メディアの可能性と限界を反省的に捉えなおす」という学習体験を学習者にもたらすことができると考えられる. 現行のカリキュラムを電子化する際に,電子メディアをカリキュラムの表現手段としてだけではなく, 同時に題材として利用するようなカリキュラムの改変も研究課題として俎上に挙げ,取り組むものとする.

2.2 電子教材化によるメディア・リテラシー教育の普及

本研究者らは「情報教育論」にとどまらず,日ごろよりメディア・リテラシーの一般化と普及を目指し, そのための取り組みや実践を続けている.本研究者らが提唱するメディア・リテラシー教育のカリキュラムは, 書籍(『メディア・リテラシー』)として出版されることで,すでにその内容が公の場で問われている.しかし,より一般に幅広くカリキュラムを閲覧・利用してもらい, 多様な観点からの評価を得るためには,教材を電子化しWebを通してカリキュラムを公開することが有効であると考えられる.

このことから,パッケージ化された電子教材をWebサイトで配布する等のかたちで, SFCに限らず,様々な教育機関で本研究者らの作成したカリキュラムの閲覧・利用と評価を促進することが, 本研究の目的の一つとして位置づけられる.

ただし,本研究において構築される教材は,完全に講師から学習者が自立した形で教育を受けることができるようなシステムではない. これは本研究者らの考えるメディア・リテラシー教育があくまで対話的な解釈の積み重ねを通して学習者それぞれの知見を深めるものであり, 限定されかつ定型化された知識の習得だけを目的とするものはないという理由からである.

3 研究成果

本研究により製作された研究成果物のリストを以下に示す.

これらの成果物は全て,http://www.crew.sfc.keio.ac.jp/projects/mediaに統合されたWebサイトとして公開している.

ストーリーミングコンテンツ

メディア・リテラシーをテーマにした講義を収録したストリーミングコンテンツを公開する.用途は第一に授業出席者の予習・復習用,および授業欠席者の自習用を想定しているが,その他に学生による情報教育の授業計画立案(これは情報教育論の履修者に課される主要課題である)の際の参考資料として用いられることも想定している.

このストリーミングコンテンツには全4回分の講義が収録されている.講義内容は2003年度秋学期の情報教育論において実施した講義を元に構成されている.

講義資料
ストリーミングコンテンツとして公開する全4回の授業において用いられる講義資料を掲載する.ストリーミングコンテンツの利用者は,この講義資料を同時に参照しながら学習する.
指導要領
ストリーミングコンテンツとして公開する全4回の授業の指導要領を掲載する.指導要領の内容は,各回の講義の目標,授業概要と時間配分の目安,および提出されたレポートの読み方などについてである.これはこの講座を履修する学生,および同様の授業を担当する教員によって,授業計画立案の際の参考資料として用いられることを想定している.

以下,これらの詳細について述べる.

3.1 ストーリーミングコンテンツおよび講義資料

3.1.1 電子化の手法

本研究では,教材を含めた授業内容を電子化するにあたり,慶應義塾大学環境情報学部 千代倉弘明 研究室で開発が行われている,VIDEO-PC(1)を使用した. ストリーミングコンテンツはこのシステムによって作成されたものである.また,講義資料はPDFファイルの形式で公開する.

  1. http://coe-el.sfc.keio.ac.jp/vpc/vpc_index.html

3.1.2 内容

ストリーミングコンテンツとして公開する全4回の講義内容の概要を示す. 併せて公開する講義資料はこれらの内容に沿ったものである. また,講義資料には演習の際に用いる題材(雑誌広告の断片など)も含まれている.

第1回
第1回はメディア・リテラシーに関する学習の導入をおこなう. はじめに,情報教育とメディア・リテラシーとの関係についての講義をおこなう. 特に一般的には「コンピュータ操作の教育」というイメージが根強い情報教育において, なぜメディア・リテラシーを取り上げる必要があるのかを説明する.つぎに,メディア・リテラシーの実質的な学習へと移行する. メディア・リテラシーにおいてメディアテクストを読み解いていくことの意味,その際のモデルとしての記号学の位置付け, さらに記号学における記号概念を説明する.さらに,これらの講義内容の理解を促すための2つの演習課題を提示する.
第2回
第2回は,メディア・テクストと制作者との関係を再考することをテーマに講義と演習をおこなう. 特に,あらゆるメディアテクストが制作者の恣意によって“構成されたもの”であることを, 読解を通して実感させることに主眼を置く.演習においてはメディア・テクストの実例として, 雑誌広告の批判的な読解をおこなう.雑誌広告の中から単に記号を見いだすだけでなく, そのような記号が制作者の価値観に従って取捨選択の過程を経て配置されることを理解させることに重点を置く.
第3回
第3回は,メディアテクストを読み取る際の“読み手の価値観”と“社会的コンテクスト”の影響を取り上げる. 特にこの回では,メディアテクストの読みには読み手の価値観が反映されること, 読み手の価値観は読み手自身が認識する自己のアイデンティティと関連すること, アイデンティティのあり方は単に個人の問題ではなく社会的コンテクストの関わりにおいて把握されるべき問題であること等の理解に重点を置く. 最終的に,講義と演習を通して,各学習者に対してテクストの読み手としての「あなた自身のアイデンティティ」や「あなたの立場」を問いかけることになる.
第4回
第4回の講義の主題は,読み手としての“自己の相対化”を行うことである. その主題を学習者自身の問題として捉えてもらうために, 各学習者の置かれている具体的なコンテクストとして「湘南藤沢キャンパス(SFC)の学生であること」をとりあげ, そのコンテクストがもたらす影響を意識的に読み取り,批判的な観点から相対化することを試みる. これは,2003年度秋学期の授業において,出席者たちのアイデンティティが「SFCの学生であること」という点に強く規定されることが分かったためである. 「SFCの学生であること」の持つ意味を記述によって顕在化させ,その結果として受講者各自が自己の相対化をする契機とすることを目指す.

3.2 指導要領

3.2.1 電子化の手法

指導要領はWebページの形で公開する.

3.2.2 内容

指導要領においては,メディア・リテラシーの指導者の立場から授業の進行に役立つ情報を掲載する.まず,各回の授業について以下の内容を解説する.

講義の目標
全4回のメディア・リテラシーの講義全体の目標, および各回ごとの講義の目標を明記する.指導者はこの目標を指針として授業をおこなう.
授業概要と時間配分の目安
各回の授業の概要を示す. 概要は単に授業内容を示すだけでなく, 授業の目標に対して指導者は何をすべきかという「行為」の観点からの示唆を与える. 同時に,各回の授業について,講義や演習の時間配分の目安を示す.

さらに,毎回の演習の結果として学習者から提出されるレポートの読み方についての示唆を付加する.主に質的な観点からレポートの内容を読み取る手法や,その結果を図解にまとめて学習者に提示する方法などを示す.学習者から提出されるレポートの内容は,指導者にとっては学習者のメディアテクストに対する意識や彼/彼女らの置かれている社会的コンテクストを読み取るための格好の材料である.毎回の演習の結果を読み取ることによって,指導者は次の回の授業の内容に工夫を加えることが出来る.

上記に加え,これまでの授業実践研究によって得られた,指導者にとって有用と思われる知見についても適宜解説する.

なお,公開する指導要領の作成に当たっては,情報教育論において授業計画の立案に取り組む学習者に対する参考となることを意識する.特に情報教育の指導者を目指す学生にとって役立つ内容となるように丁寧な解説を心がける.

4 今後の課題とまとめ

本研究では「情報教育論」における学習項目であるメディア・リテラシーの学習支援を目的とする電子教材の構築を行った.

今回は,授業のストリーミングコンテンツと指導要領の作業を行ったが,授業運営を補助する課題提出システムや, 授業議論に使用するための電子掲示板をサイトに盛り込むことも有益であると考えられる. こうしたシステムの構築も今後の研究課題として考えられる.