アラブ・イスラーム圏との学術交流ネットワークの拡張

研究代表者:奥田 敦   

総合政策学部助教授

T プロジェクトの概要

SFCが進めてきたアラブ・イスラーム圏との学術交流を充実し、さらなるネットワークの拡張を目指す。SFCでは、ここ数年来、シリアのアレッポ大学学術交流日本センターとの緊密な連携によって、研究、教育の両面でアラブ・イスラーム世界との実践的な交流の確実な萌芽が育ちつつある。拠点構築プログラム、相互理解のためのビデオ作成、アラビヤ語現地研修、アラブ人学生歓迎プログラム、アラビヤ語e-辞書プロジェクト、あるいは院生を中心としたフィールドワークなどである。本研究では、これらの個別プログラムを統合的に発展、充実させ、シリアアレッポ以外も視野に入れた学術交流ネットワークの拡張を図っていく。

 

U 活動の概要

■春学期■

イスラーム圏研究は、5月27日(水)山本達也氏による「中東諸国のIT化政策」についての研究報告から始まった。また、6月9日(水)世界認識における宗教的視点の重要性についてエリアーデの著作をもとに奥田が報告を行なった。学期の後半にはプロジェクト外からの講師を招いて、研究会を開催した。630)17時〜19終了予定山本条太教授による「人間の安全保障に関する特別レクチャー」、7月14日(水)17時〜19時、田村幸恵さん(津田塾大学大学院国際関係学研究科博士候補)による研究発表「委任統治のパレスチナからパレスチナ国家」である。前者においては人間の安全保障が政策的概念であるということを、そして後者においてはイスラエル内のユダヤ人移民の厳しい現実を学んだ。

学部レベルでは、日本紹介のアラビヤ語スキットを作成。技術研修をかねて「梅雨」と「キャンパスツアー」という2本の作品の撮影と編集が行なわれた。アレッポ大学日本センターにおいても山本氏によるビデオクラスの募集が行なわれ、授業が開始された。辞書プログラムについては、春休みの研修で集められた単語の入力と修正が行なわれた。

アラブ人学生歓迎プログラムを中心とした交流活動の部門においては、6月14日外務省文化交流部政策課を、7月20日には国際交流基金を訪問し、プログラムの説明を行ない理解と支援を求めた。

 

■夏休み■

特別研究プロジェクトを申請し、学部生を中心に、シリア、レバノン、エジプトへの訪問研修旅行を行なった。前半は、アレッポ大学日本センターの日本語履修者から選抜されたビデオクラスの学生たちと日本語ビデオスキット撮影のコラボレーションを行なった。それまで、全員が監督志望であったシリア側学生が、撮影の個々の役割の重要性と、チーム全体としての協力の大切さを、日本側とのコラボレーションで深く認識し、実際の撮影活動の中で生かされたことが最大の収穫であったといえる。「大丈夫」「よろしくお願いします」という2作品を日本側の監督で、日本側の作成したシナリオと絵コンテで撮影した。

交流関係では、特別研究プロジェクト参加メンバーとともに9月10日にシリアから陸路レバノン入り。11日には、日本の大学との交流先を探していたセント・ジョセフ大学のハリール・カラム教授と会う。また9月13日午後在ベイルート日本大使館の村上大使を表敬訪問し、佐川文化担当官から、レバノンと日本の文化交流の現状について伺った。同夜には、日本大使館の若手外交官5名と夕食会を催し、意見交換を行なった。翌14日には、ハリーリー・カナディアン・アカデミーを訪問し、学長先生に表敬すると同時に、国際関係担当のラマダーン博士に会い、日本語担当の向井先生のクラスを見学した。同アカデミーは、ASP2003で来日したラナ・フサイニーさんの母校である。ラナさんには、9月14日夜に会い、旧交を温めた。9月15日朝にはベイルート、セント・ジョセフ大学学長らと包括的な交流スタートへ向けてのミーティングをもった。修士1年三枝君の受け入れと日本語教室の担当への就任が内定した。さらに昼前には外国語教育センターのヘンリー教授とラナ教授を紹介され、同センターにてオリジナルの教材ビデオを見ながら、アラビヤ語の教育方法などについて意見を交わした。午後はヘンリー先生とラナ先生から学生ともども昼食に招待された。

イスラーム圏研究のグループは、シリア、アレッポとレバノンにて研究会を開催。シリアでは、9月8日にアレッポ大学日本センター他にて公開講演会(佐野光子(SFC研究所研究員)「映画から見たアラブ」と研究ミーティングの開催(参加者:アレッポ大学からマンスール日本センター副所長他学生多数、日本側、奥田、佐野、山本、牧田直哉(修士2年)、三枝奏(修士1年)他学部学生)、9月11日にはベイルートにて研究ミーティング(参加者:上記日本側メンバー中心)を開催した。

特別研究プロジェクトのグループは、さらに16日にカイロに移動し、19日には、日本学術振興会カイロ事務所、国際交流基金カイロ事務所、日本大使館を訪問し、日本側からの文化学術交流の現状と問題点を伺った。日本大使館では、日本語教育振興会の行なっている日本語教室も訪問し、約100名に及ぶ学生たちを2回にわけ、グループ別のディスカッションを行なった。同夜には、日本大使館の増田文化担当官と夕食をともにし、ASP2004の説明と協力の要請を行なった。翌20日には、カイロ大学文学部日本語学科を訪問した。日本語学科長カラム・ハリール教授の案内で文学部長への表敬の後、学科にお邪魔し、アフマド教授の授業に参加した。

 

■秋学期■

ORF2004(11月23・24日)への参加。SFCにおけるアラブ・イスラーム圏研究の現状をポスターとDVDの上映で紹介した。イスラーム圏研究の全体像、大学院を中心とした具体的な研究、交流活動(とくにASP)、アラビヤ語教材作成、については、ポスターを用意。ビデオ撮影については、夏にアレッポで撮影しその後編集を施した「大丈夫」「よろしくお願いします」のほか、これまで作成したものの中から、「鎌倉」、「そらまめ」、「ザルズィータ」、「キャンパスツアー」、「梅雨」が常時上映された。また同時に、「2003年度春アラビヤ語研修」、「アラビヤ語ガイダンス」のビデオも流された。奥田がここ3年間にわたって取り組んできた「イスラームにおける人間と人権の総合的研究」(科研費)のパワーポイント展示も行なわれた。

12月に入ると、ASP2004として、アレッポ大学日本センターで日本語を学んでいる2名のシリア人を招いて、ビデオ作成を中心にして実践的な日本語研修を行なった(1日から15日)。9日には、イスラーム圏研究グループのミーティングが開かれ、今年度これまでの活動と今後について議論が交わされた。18日に京都で行なわれた同志社大学のCOEプロジェクト「一神教の再考と文明の対話」の2004年度第4回研究会では、奥田「イスラーム法における人と人権」、見市建(京都大学東南アジア研究所・日本学術振興会特別研究員)「インドネシアのイスラーム主義における寛容性と排他性」の発表が行なわれたが、アラブ・イスラーム圏のメンバーから山本と野中が参加した。さらに1月19日(水)15時からは、福井研究室より学術フロンティア「デジタルアジア構築と運用による地域戦略構想のための融合研究」の鈴木維一郎先生を招いて、人工知能、とりわけオントロジーについてプログラムのデモも含めた講演をいただき、クルアーンのテキスト分析、あるいはイスラーム研究全体との関係を考えた。

なお、11月末になって国際交流基金より中東市民青少年交流プログラムからの助成が決定し、春のチュニジア、シリア訪問が現実味を帯びた。学部生を中心とする参加予定者は、チュニジア訪問および砂漠での撮影の具体的な準備に入った。

夏休みも含め秋学期にかけては、イスラーム圏研究の面々が盛んにフィールドワークを行なった。牧田が8月末から10月のはじめまでアレッポに滞在し、スークの研究。同じく9月には、松原が1ヶ月のモロッコ滞在、博士論文執筆へ向けての最終的な調査を行なった。11月には野中がラマダーン中のインドネシアでフィールドワーク。9月にアレッポからベイルート、ヨルダンでIT化関係のフィールドワークを行なった山本が、11月には、2年半に及ぶアレッポ滞在から帰国した。また、三枝は、9月にカイロからベイルートに戻り、アラビヤ語とフィールドワークに入った。

 

■春休み■

特別研究プロジェクトを申請し、学部の奥田研究会1の履修者の中からチュニジア、シリアの訪問をおこなった。チュニジアでは、ASP2004で来日したムラド・ダミーさんの勤務する南部山岳地帯の町トゥジャンの高等学校を訪問し(2月26日)、彼の主宰する日本文化クラブで活動する高校生約50人と交流活動を行なった。さらに、サハラ砂漠に向かい、チュニジアのサハラ砂漠の北端に位置するドゥーズという町から砂漠に入り、「星の王子様」の中から5つのフレーズについてアラビヤ語によるスキット撮影を行なった。

3月3日には、シリアに入り、アレッポの日本センターで同地のビデオクラスの面々と再びコラボレーションを行なった。今回は、シリア側がシナリオも絵コンテも用意し、シリア人の監督の下、同じシナリオを2つのチームに分かれて撮影した。作品タイトルは「アル=ハムドゥリッラー」。撮影は、約5日間にわたって行なわれた。3月9日に特別研究プロジェクトのみに参加した学生は帰国。インテンシブおよびアラビヤ語現地研修中上級のコースが11日から始まった。

これらの活動がすべて順調に進むのは、山本氏が事前に現地入りして入念な準備を行なっているからに他ならず、研究拠点はまさにそういう努力によって磨かれていることが実感できた。

3月24・25日には、日本より熊坂賢次環境情報学部長を迎えて若干の研究ミーティング(出席者:熊坂、奥田、山本、野中、三枝、植村さおり(総合4年)、柚村詩乃(総合4年))を行なった。3月26日午前には、これまでの交流実績が実った形でアレッポ大学との包括的学術協定調印が交わされた。夕刻にはアレッポ大学学長主催公開講演会が開催され、奥田が「シリア・日本間の文化交流における相互理解の地平」(アラビヤ語)という講演を行なった。両サイドから多くの出席者を得た。

 

V 活動の成果

l         イスラーム圏研究:大学院生がそれぞれに豊富なフィールド・ワークを行えたことは何よりの収穫である。説得力のある研究成果に結実することを望む。

l         スキット撮影:シリア側との本格的なコラボレーションが始められた。日本人のよいところすなわち互いの持ち場を尊重しながらしかも協力して一つ物を仕上げていく姿勢が、シリア側に移転、すなわち納得され行動に変化をもたらし、コラボレーションが成功したことは何より大きい。

l         スキット撮影:砂漠でのスキット撮影の敢行。星の王子様を砂漠でという数年来の計画が、実験的な形ではあったが実現した。冬の砂漠であれば、しかも砂漠の縁であれば、それほどの重装備も必要ないことがわかった。

l         アラブ人学生歓迎プログラム:ASP2005という形で開催できた。日本語教育を教室での座学から、ビデオ撮影という実践的なものへという大胆な変更が功を奏したと見ている。シリア側へ撮影の細かい技術伝達が行なえたことも大きい。

l         さらに、ASP2004で招待した学生、レバノンのラナさん、エジプトのアマーニーさん、チュニジアのムラードさんを訪問できたのもよかった。これで言葉通りの「交流」になると考えている。それぞれに皆さんには本当にお世話になった。この場を借りて心より御礼申し上げたい。

l         また、そうした関係が新たな学術交流関係につながりつつあることも見逃せない。レバノンのセント・ジョセフ大学では、2月より三枝さんが初代の講師として日本語教育に携わっている。SFCからの経営関係の連続講座も開講される予定である。カイロやチュニジアについても今後の関係の展開が期待できる。

l         アレッポ大学との学術協定の締結:SFCとアレッポ大学の関係が始まってちょうど6年。学生たちによる地道な努力が実を結んだ。実体のある協定の締結であることを強調しておきたい。日本からわざわざ調印にお越しいただいた熊坂環境学部長には衷心より感謝申し上げる。アレッポ大学学術交流日本センターが研究、教育の拠点として成長した証し考えたい。

 

W 今後の課題

l         アレッポ大学日本センターには、さらなる充実を期待したい。フィールドワークの拠点として、また教育を中心とした情報発信の拠点としてある。

l         レバノンのセント・ジョセフ大学が、アレッポ大学のような形で、新しい研究拠点として成長することが望まれる。そうしたときに、イスラーム圏とSFCがネットワークの形でつながることになる。

l         しかしながら、研究拠点は、それを拠点として活用する人の存在によってはじめて成長する。その意味においても、交流や研究活動の辛抱強い継続と積極的な展開によるいっそうの充実が求められる。

l         具体的には、本年度も単語の収集が中心になってしまったe-辞書プロジェクト、あるいはアラビヤ語教育における遠隔授業の取り組み、さらには専門的な分野での研究プロジェクトを、今まで以上に拠点間の共同プロジェクトとして位置づけて行なうことが求められている。