学術交流支援資金「海外の大学等との共同学術活動支援」活動報告書

慶應義塾大学環境情報学部 

今井むつみ

 

研究課題名:助数詞カテゴリーが人の事物認識と類似性に及ぼす影響:日本語、中国語、英語、ドイツ語の比較

 

メンバー:

代表 今井むつみ (慶應義塾大学環境情報学部・助教授)

共同研究者 

重松淳 (総合政策学部・教授)

斉藤幸子(政策メディア研究科・修士1年)

Henrik Saalbach (MaxPlank Institute, doctral student)

Hua Shu (北京師範大学,教授)

Li Lianjing (北京大学心理学部大学院 修士2)

Barbara Malt (Lihigh University, Professor)

 

研究目的

 

我々はモノを数えるとき、1個、1本、1台、1頭など、モノの種類によって異なる助数詞を用いる。助数詞は日本語、中国語、韓国語、タイ語などのアジア諸言語の他、アフリカのバンツー語、メキシコのユカテック語など世界の多くの言語において存在する。助数詞は、欧米の言語でよく見られる可算・不可算の区別、性(ジェンダー)の区別と同様、名詞を限られた数の文法クラスにクラスわけしているのであるが、可算・不可算や性の標示が名詞を非常に限られたクラス(通常2つないし3つ)に強制的に分けるのに対し、助数詞は80-100程度のクラスが存在し、閉鎖クラスと開放クラスの中間に位置するような正確を持つ。助数詞は名詞同様モノを意味カテゴリーにクラス分けするが、助数詞によって形成されるカテゴリーは名詞カテゴリーとは大きく意味基準が異なる。名詞カテゴリーがモノを分類学的なオントロジーによってカテゴリー化しているのに比べ、助数詞はモノの形状、大きさ、生物性、機能性などの意味特徴によってカテゴリー化している。その結果、例えばバナナ、鉛筆、道路など、分類学的にはまったく異なるカテゴリーに属するモノが同じ助数詞に属し、バナナとリンゴのように分類学的オントロジーでは同じカテゴリーのものが別の助数詞カテゴリーに属することになる。

 この助数詞カテゴリーが我々の概念体系にどのような影響を及ぼすのかという問題は人間の思考、認識がどの程度言語によって決定されているのかという、いわゆるサピア・ワーフ仮説を評価する上で非常に興味深く、認知言語学、認知心理学をはじめとするなど認知科学の諸領域で注目されている。

 本研究はアメリカ(リーハイ大学)、ドイツ(マックスプランクインスティテュート)、中国(北京師範大学)の研究者たちとチームを組み、助数詞が我々の概念体系、特にモノ同士の関係の認識に影響を及ぼすのか、及ぼすとしたらどのような形でなのか、という問題に取り組む。英語、ドイツ語はともに非助数詞言語であるが、英語では可算・不可算の区別のみで名詞が文法的に分類されるのに対し、ドイツ語は性による分類も加わる。中国語、日本語はともに助数詞言語であるが、助数詞が言語において用いられる頻度、ディスコースにおける役割が大きく異なる。このような言語特性を持つ4ヶ国語の話者を対象に、可算・不可算、性、助数詞によるカテゴリー化と事物のカテゴリー認識、事物同士の類似性の関係を実証的に探っていくことを目的に本研究は計画、実施された。

 

研究の実施状況・経過と本年度の成果

 

 研究はほぼ計画通り順調にすすみ、すでに国際学会で発表可能な成果を出すにいたった。164月から8月までに日本語・中国語・ドイツ語・英語での4ヶ国語比較実験の大枠と実験刺激制作が終了した。9月より中国・ドイツ・日本では実験がすすみ、データ収集は完了し、データ分析も順調に進んでいる。アメリカで行う英語母語話者を対象にした実験は研究協力者(Barbara Malt教授)の都合で若干実施が遅れているが英語版での実験実施準備は完了しており、4月に実施の予定である。

  日本語、中国語、ドイツ語でのデータについては分析が完了した成果の一部をすでに国際会議(Cognitive Science Society)と国内学会(日本認知科学会)で発表するためエントリー済みである。(Cognitive Science Societyに応募した論文を資料として添付する)。

 

研究成果概要

 

助数詞は世界の事物を言語カテゴリーに分類するが、その分類基準は名詞の場合と大きく異なり、モノの形状、サイズ、柔軟性、機能性、動物性などの組み合わせによりカテゴリーが形成される。本研究はこの助数詞という文法カテゴリーが我々の事物間の関係の認識、ひいては概念構造にどのように影響するのかという問題を、助数詞言語である中国語、日本語、そして非助数詞言語のドイツ語の3言語比較によって検討した。中国語と日本語はともに助数詞言語であるが、日本語では助数詞は名詞の数に明示的に言及する場合に使用が限定されるのに対し、中国語は英語の”this” ”the”のように一般名詞の特定の個体、事例に言及するときの限定詞の役割もするので、助数詞の使用頻度、助数詞と名詞の結びつきの強さは日本語よりも強いと考えられる。

 本研究では類似性判断と属性の帰納的推論という二つの観点から3言語の話者の二つの事物間の関係の認識を比較したが、その際、単に助数詞の影響の有無の検証ではなく、人の概念構造にとって重要とされる分類学的関係、共起・連想関係と比してどの程度の影響が見られるのかという観点から刺激が構成された。被験者は類似性判断、属性推論のどちらの場合にも以下の異なる関係性を持つ二つの事物を提示され、そのペアの間の類似性、あるいは同じ属性(未知の属性)を共有する可能性を7段階で評定するよう指示された。ペアは(1)分類学的関係(2)分類学的関係+日本語・中国語で同じ助数詞(3)共起・連合関係(4)日本語・中国語ともに同じ助数詞(5)中国語のみ同じ助数詞(6)日本語のみ同じ助数詞(7)上記のいずれの関係性ももたない、という7つの関係を持つものを用意した。

 結果,(1)類似性判断においては助数詞カテゴリーの影響は見られたが,属性推論においてその影響は見られない,(2)同助数詞ペアにおいて言語間の差異は見られたが,全体的にはどの言語群でも分類学的関係と共起関係が類似性判断、属性推論のもっとも強い基準になっている (3)ともに助数詞を用いるにも関わらず,助数詞カテゴリーが中国語話者にもたらす影響は日本語話者に対するそれよりも非常に強いことが示された.これにより,(1)ある言語カテゴリーが存在すればそれが絶対的に概念構成に影響を与える,といった一元的な区分ではなく,助数詞カテゴリーは類似性判断には影響を与えるが、属性推論の基準としては用いられない、(2)人の概念構造において言語の影響は認められるがそれらはあくまで言語普遍的な知覚・概念システムに制約された上でのことである,(3)ある言語カテゴリーが存在するか否かのみではなく,その用法や性質が概念構成に非常に大きな影響を及ぼす,という、言語相対説を議論する上で非常に重要な知見が得られた.

 

  研究 成果

Cogsci 2005 submittion