2004年度学術交流支援資金 報告書

10Gbpsインターネットを用いた動画像遠隔編集アプリケーションの開発

研究代表者:稲蔭 正彦慶應義塾大学 環境情報学部 教授
研究分担者:根津 智幸慶應義塾大学 SFC研究所
 中村 修慶應義塾大学 環境情報学部 助教授
 杉浦 一徳慶應義塾大学 政策・メディア研究科 講師

稲陰研究室ではかねてより10Gインターネット回線を用いた、次世代型映像編集、配信環境の構築についての各種研究、実験等を行ってきた。その成果物の1つとして、ハイビジョンサイズの動画像を用いた遠隔協調型映像編集環境であるBAJA ソフトウェアがあるが、今回、学術交流資金のサポートの下、米国南カリフォルニア大学との間に10Gインターネット回線を敷設し、実際の環境下での検証実験を行った。

以下はその検証実験に関する報告である。

1. 概要

2004/09/14 に行われた米国南カリフォルニア大学ロバートゼメキスセンターゲームラボオープニングレセプションにおける研究成果展示の1つとして、SFC 10g プロジェクトのブースを設けて参加し、現時点でのシステムの展示と、日米間を結んだ遠隔編集の実証実験を行った。

当日は南カリフォルニア大学学長、センター長であるロバートゼメキス、ゲームラボのスポンサーであるエレクトロニックアーツ社の役員をはじめ、大学関係者、ゲーム業界、映像業界関係者がブースを訪れ、彼らにたいしてのデモンストレーションと、今後、いかにこのシステムが映像製作現場に変革をもたらすかについてプレゼンテーションを行った。

2. 詳細

WIDE Project の協力の下、SFC - 南カリフォルニア大学間に 10Gbps インターネット接続を確立し、その環境上で開発中の遠隔編集アプリケーション BAJA を用いたの実証実験を行った。

実証実験は、SFC に監督が、南カリフォルニア大学に編集者がいる事を想定し、編集対象の画像データを南カリフォルニア大学側に用意、それを編集者が編集すると同時に日本側へ送信し、SFC 側の監督がその映像をチェック、細かい指示を南カリフォルニア大学の編集者にフィードバックする、というシナリオで行った。

また同時に WIDE Project にて開発された DVTS と呼ばれる DV 動画像をインターネット経由で転送するアプリケーションを用い、SFC、南カリフォルニア大学双方の様子をお互いに送信し合うことで、監督と編集者のコラボレーションのサポートを行った。

3. 結果

今回用意したネットワーク、およびシステム上で、米国側で HD 動画像を編集し、それを表示しながら日本側に 8-10fps の速度での動画送信が出来た。またDVTS によるコミュニケーションサポートにより、日米間という状況においても白熱した議論を交えての編集作業が行えることを確認した。

同時にレセプション来場者に対しても、われわれの開発しているシステムのアピール (*1)、および、このシステムが国際間での協調作業が増えていく事が確実な映像製作現場に影響を及ぼす事を印象付けられたと思っている。

(*1) DV ストリームを日米間で相互に送りあうと同時に、非圧縮のハイビジョン動画像を送っている、それもすべてリアルタイムである、という事を説明すると、みな一様に驚いていたのが印象的だった。

4. 判明した問題点

今回の実験を通じて、いくつかの問題点が判明した。

a. ネットワーク速度

今回の実験での実効速度はおよそ 600-700Mbps であり、規格上の 10Gbps よりは遥かに低い。10Gbps をフルに出すことは原理的に不可能ではあるが、ハイビジョン非圧縮動画像を複数ストリーム送るために 1Gbps を超えていく為には何が必要か、どのようなネットワーク構成が必要かを調査研究する必要がある。また、今回のような実験目的のネットワークではなく、通常のインターネット環境でいかにこれらの環境を実現していくか、も重要なテーマである。

b. ハードウェア仕様

今回の実証実験で使用したマシンは Intel XEON をベースとした PC ワークステーション環境であるが、ハードディスクからハイビジョン動画像を読み出し、それを表示しながら更にネットワークへデータを転送しようとした場合に、ハードウェアのバス速度がボトルネックとなり十分な速度が発揮できない事が判った。これは現状の Intel ベースのアーキテクチャ上では解決のしようが無いので、別のアーキテクチャである AMD、および Mac などを使うと共に、1台のマシン上で画像の読み込みから編集、送出までを全てまかなうのではなく、機能に応じた分散処理を実現する事でも解決するのではないかと考えている。

c. ディスクスペック

今回の実験では SCSI320 RAID カードを用い、ハードディスク4台をストラインピング接続をすることでハイビジョン動画像1ストリームの読み出しが可能な約150MB/secの速度を実現した。ただし、この速度も本格的な動画像編集では最低限必要な2ストリームの読み出しには対応できない速度であり、より高速なファイバーチャネルディスク等の環境を構築していく必要がある。

また、動画像ファイルが日米間に分散したような場合でも、すべてのデータがローカル環境にあるかの如く編集作業が行えるように、高速かつ、分散されたファイルシステムの構築も合わせて行っていく必要があるのではないだろうか。

d. アプリケーション

実験で用いた編集アプリケーションは、今回の実験で使うための必要最小限の機能しか実装が行われておらず、また、既存の映像編集環境との親和性があまり高く無い。より本格的な、実務に耐えうるような編集作業が行えるよう、機能の拡充を図り、既存の映像編集環境の中へシームレスに接続していく必要がある。

5. 今後の展開について

判明した問題点や改善点の解決を図ることが重要な作業となるが、ストレージシステム、および、ソフトウェアの機能拡充に関しては既に作業を開始しており、今年の初夏を目処に再び実際の環境下での検証実験を行う予定である。また、高速ネットワーク上での効率的なハイビジョンサイズの複数の動画像転送についても、村井研究室、Wid project 等と協力しながら作業を進めている。

また、今回の実験を通じて南カリフォルニア大学との間に10Gインターネットの接続が確立され、南カリフォルニア大学、およびゲームラボの中で高速ネットワークを用いた映像伝送、編集に興味を持っている人々との接点が生まれた。この関係を生かし、今後ともこのネットワーク環境下での実験を相互に進め、より強固な強力関係を築いていこうと考えている。