慶應義塾大学安村研究室においては人と人/人と情報をつなぐ「インタフェース」のデザインを研究してきた。特に、日常生活を対象としたアプリケーションやサービスの分野において、インタフェースの設計手法やユーザビリティの評価を行ってきた。
こうした取り組みに際しては、今後のユビキタス環境を考慮すると、1)個別の機器やソフトウェアを対象として研究を行うだけでなく、それらが日常生活に入り込んだ上での新たな生活スタイルの包括的な提案を行なうことが求められる。また、2)研究成果を学問の場に留めるのではなく、現代の生活者の実態とニーズを把握し、実用化を念頭に置いた検討が必要である。
これら二つの観点から、安村研究室を中心としたプロジェクトチームにより、未来の情報機器が作り出す生活のイメージの提案、具体的には我々の提案するインタフェースを取り入れた実際の家に近い空間でのデモンストレーションを構築した。特に家の中に蓄積されていく「記憶」としての情報と、その活用方法としての家庭内のコミュニケーションに着目した。
その成果を「家展〜記憶のかたち〜」と題した展覧会の形で公開し、企業/研究機関を中心とした200名を超える来場者を得た。来場者へのアンケート調査から、生活の中へ我々の提案するアプリケーションを取り入れること、また事業化についてポジティブな評価を得た。
研究代表
環境情報学部教授 安村通晃
メンバー
修士2年 児玉哲彦
修士1年 渡邊恵太/石山琢子
学部4年 赤池輝幸/後藤幹尚/福田奈都子
展覧会の共同開催
ミサワホーム株式会社/セイコーエプソン株式会社コーポレートデザインセンター/美崎薫
本研究の目的は、ユビキタス化する環境における情報機器のデザインの検討である。そのために、アプリケーションとそのインタフェースの設計手法を複数提案する。それらをまとめて一つの家の空間を構築し、実用化の可能性を検討する。
本研究の経緯、また背景となる家と家族の現状についての分析を述べる。現状の情報機器のインタフェースにおける我々が着目した問題は以下の三点である。
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上記の問題を解消するための、今回の研究内容に共通した方法論を述べる。それは以下の三点である。
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AwareEntranceは"玄関に情報提示をする"ことにより家族のコミュニケーションを促進していこうというシステムである。元来玄関には,革靴があったら父親が帰ってきている、というような家族への気付きがある。それは間接的な家族同士のコミュニケーションと言える。AwareEntranceではこの気付きの情報に別の情報を付加することによってこのコミュニケーションを更に発展させる。玄関での靴の脱ぎ履きを利用し自然な流れで意識することなく利用できるという特徴もある。
AwareEntrance | 展示の模様 |
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メモリーランドリー(渡邊恵太との恊働)
一日着ていた服には一日分の思い出が詰まっている。その思い出は、忘れたいもの、もう一度見たいもの、など日によっても人によっても様々である。メモリーランドリーはそのような思い出を気分に合わせて再生する。例えばデートで楽しかった日などはメモリーランドリーに入れることでその日の思い出が明るいリズムにのって写真と音で再生される。また忘れたい思い出がついた服をメモリーランドリーに入れてスイッチを押すことでその服についたデータを消去する。「記憶する服」と対になって利用するアプリケーションである。
メモリーランドリー | 展示の模様 |
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記憶する服
私たちが毎朝服を選び外出し、帰宅する間にさまざまな情報を蓄える。そのうちの1つに、「思い出」がある。例えば入学式に着ていった服を見れば、初めて学校の正門をくぐったときの緊張感や、友達ができるだろうかと不安に思ったことを思い出すだろう。このように、服はユーザの思い出を思い出させる引き金となり得る。本システムでは、服を選ぶ際鏡の前で洋服を合わせると、その服を着たときの思い出に関するデータをユーザのPCから探し出し、スライドショー的に次々と提示する。これにより、ユーザはその服を着ていた時の思い出を思い出し、懐かしむことができる。
記憶する服 | 展示の模様 |
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ちらりドア
ウェブカメラを使ったコミュニケーションは面白く便利だが、個人の部屋の映像や音声に常にアクセスしてほしいとは限らない。ちらりドアを使えば、家の中の他の部屋からウェブカメラへのアクセスを、ドアの開閉で制御できる。ドアが全開になっていれば他の部屋からウェブカメラの映像にも音声にもアクセスできる、半開きであれば音声だけ、また全部閉めていれば音も映像もアクセスできなくなる。家の中の部屋の間だけでなく、遠隔地、例えば一人暮らしの家と実家を繋ぐような場合にも使うことができる。
ちらりドア画面 | 展示の模様 |
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団欒でコミュニケーションしながら食事をすることは楽しいものである。でんわんは、食卓で自然なかたちで遠隔地と音声コミュニケーションを可能にする茶碗型のインターネット電話である。
でんわん | でんわんアップ |
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現在のインターネットの世界では我々が積極的に検索サービスを利用し、キーワードを考えて検索をする。メモリウムでは、自分の気になるキーワードをあらかじめ登録しておくだけで、そのキーワードに関連する情報を自動的にインターネット上から取得してくる。目的の情報を「探す」システムではないが、生活のなかで人は、それを眺めるだけでいい、インターネットと人がゆるやかに接することのできる仕組みをもっている。
部屋にさりげなく飾ってある掛軸を通じて,外界の情報を提示してくれるものである。掛軸にかかれた絵の素材は、外界の時間や環境の変化連動していく。生活するなかでさりげなく眺めるだけで、気になる場所の情報をゆるやかに取得できる。絵画にも窓にもなる、それが借景カケジクの特徴だ。
メモリウム | 借景カケジク |
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すいすい写真立ては、貯まったデジタル写真を手軽に「眺めたり」「じっくりみたり」を可能にするシステムだ。デジタルカメラの普及により、写真をたくさん扱うことが多くなってきた。たくさんの写真はパソコンに保存しっぱなしという状態も少なくないと思われる。そのようなたくさんの写真をスライドショーなどで活用しようとすると、マウスやキーボードを使ってパソコンの細かい操作が必要で煩わしい。すいすい写真立ては写真立てを押したり引いたりすることだけで、眺めたり、じっくり見たりを可能にするシステムである。
窓を開けると、それとともに天気の情報が聞こえてくる。それがお天気窓である。天気を気にするとき、テレビで天気予報を見るというのが一般的だろうか。あるいは窓から外の様子をうかがう。気温を確かめるために窓をあける…。そんなことも少なくないと思われる。この具体的な天気予報を聞くこと、実際に家の外を確かめることは共存していると考えられる。そこで、お天気窓は、窓を開ける行為とともに、音声による天気情報がさりげなく聞こえてくるシステムである。私たちの日常をさりげなく支える。
すいすい写真立て | お天気窓 |
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雑巾や布巾と同じように、机や廊下を拭くと同時に、その場所に蓄積された音声記憶がよみがえる。ほこりと同じように、なにもしなければ記憶がそこにたまり、ふきとればなくなる。長い時間拭き取らなければ、それだけの時間の記憶が蓄積されることになる。場所と記憶の自然に関係付ける新しい記録/ 再生システムである。
メモリー雑巾 |
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慌しい毎日で、子供たちと会う時間も少ないけれどもコミュニケーションして、家庭の事を大切にしたいと思う主婦の為のデバイスである。おやつシートデザイナを使えば、子供へのちょっとした書置きや家庭の知らせ、子供の関心を誘うようなニュースを簡単に紙面上にデザインでき、おやつシートとして紙に出力できる。おやつシートデザイナを使えば、子供のおやつがより一層楽しいものとなる。
おやつシート |
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高齢者とその孫との会話が少ない場合がよく見られる。それは孫と高齢者共通の話題や事柄がないためではないだろうか。また、高齢者は新しいことを覚えることに時間がかかる。そこで高齢者がすでに知っている将棋をアレンジし、孫たちが興味を持てるよう色や音を加えたコミュニケーション・ツールとしてこの想起将棋を提案する
想起将棋 |
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展示会は一時間毎の事前登録/入れ換え制で、二日間で計9コマが行なわれた。計214名の来場者を得た。また安村通晃教授、美崎薫氏による講演会と、研究コンソーシアムの設立準備会も併せて行なわれた。安村研究室の展示に加え、セイコーエプソン株式会社コーポレートデザインセンターと美崎薫氏による展示も二点参考出展した。
会場の概観 | 会場テーブル付近 |
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解説ポスター | |
来場者には2枚のアンケートを通じて展示への意見を聞いた。アンケート用紙を以下に掲載する。
有効回答数は二日間を合わせて167件、来場者の内訳は以下の表のようであった。表のように、来場者は男性が多く、年代は20〜40代が中心。大学等の研究機関が最も多かったが、電機やハウスメーカーの来場者も多かった。
来場者について
性別 | ||||||
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男 | 女 | 無回答 | ||||
125 | 40 | 2 | ||||
年代 | ||||||
〜19 | 20〜 | 30〜 | 40〜 | 50〜 | 60〜 | 70〜 |
0 | 59 | 53 | 38 | 14 | 3 | 0 |
職種 | ||||||
電機メーカー | 家具、ハウスメーカー | IT関連 | マスコミ、ジャーナリズム | 大学、研究機関 | その他 | |
42 | 25 | 17 | 5 | 56 | 22 |
次に、興味深かった展示の投票数である。これ以降のアンケート項目は全て複数回答可である。下左の表にあるように、「ちらりドア」/「記憶する服」/「AwareEntrance」の三つが高い得票を得た。展示の興味深かった理由としては、下右の表にあるように研究の問題意識、コンセプトが半数を超えた。実用性、また見た目も上位だった。生活の中へ入っていくイメージが持ちやすかったといえる。
興味深かった展示の投票数 | 展示の興味深かった点 |
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ここでは、回答者が展示内容について自身の生活の中で利用したいと思うかどうか、またその理由を尋ねた。結果的には下左のグラフのように「思う」「やや思う」の合計が75%近くを占め、ポジティブな反応が得られたといえる。その理由としては「ニーズ」がもっとも多く、次いで「使い勝手」や「機能」が続いた。提案する内容に対するニーズは存在することが確かめられた。また、我々の研究のポイントであるインタフェースの使い勝手については高い評価を得られた。
自分の生活の中で利用したいと思うか | 回答の理由 |
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事業化の可能性についての意見を求めた。下左のグラフのように、「思う」「やや思う」の合計が自分で使う場合に比べてやや減少し、「どちらともいえない」が増えている。理由を見ると、下右のように「ニーズ」の回答数が大きく増加し、また「実用性」「機能」等が理由の上位に来ている。幅広いニーズや実用性があるか、という点については、まだ検討の余地があるといえる。
事業化可能だと思うか | 回答の理由 |
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その他のコメントにおいては、事業化の可能性を評価するものが複数得られた。例えば
実用化可能のものから順次して欲しいです。そのために企業に相談してください。我々も積極的に実用化に協力したいと思います。
記憶する服については,商品化の可能性がとても高いと思います.具体的に商品化の検討をしたいのですが可能でしょうか?
着眼点がとてもおもしろい。実用的なものが多かった。今はすぐに実用化(事業化)するのは難しいかもしれないが、将来的には受け入れられそうなものも複数あったので、がんばってほしい。というようなコメントである。一方、コンセプトや分析は評価しながらも見せ方やパッケージングについてはまだ改善の余地があるという意見が多かった。例えば
・コンセプト展示は発想はユニークだと思ったが様々な立場の人が使うことを考えた時、どれだけニーズがあるのか?コストはどうなるのか?といった点やもう少し機能を工夫したら実用化もできるだろうと思いました。(後略)
全体として「見せ方」に気を配らなさ過ぎだと思います。学外で展示する場合、せめてPCとか配線とかはもっと見えない場所におくべきだと思います。
生活の中にユビキタスが入っている点は面白いと感じたが、なぜその行為にその機能を入れる必要があるのか、なぜパソコンじゃいけないのか、といった所が重要であるはずなのに、それが明確に示されている作品が少なかったのが残念。(後略)等である。
本研究においては、ユビキタス化する家における情報機器のインタフェース・デザインを用いた家を構築した。それは、1)個別のサービスに留まらない総体としての生活イメージを提示すること、2)産業界に対してそれを提示し事業化の可能性を探る、という二つの目的のために行なわれた。
既存の家で使う情報機器のインタフェースの問題点は
さらに、その成果をハウスメーカーの展示場という実際の家に近い空間に配置し、それらが導入された家での生活を提示した。展覧会を開催し、メーカーや研究機関を中心とした214名の来場者を迎え、実用性や事業化の可能性について多くのフィードバックを得た。特にコンセプトについては高い評価を得た。
今後の展望としては、評価の高かった研究内容の実用化を目指す。そのために、運用実験等の評価を行なう必要がある。またコメントにあったように、個々のサービスや使い勝手についてのニーズの調査も求められている。商品化を念頭に置いた場合、目的の達成に向けてデザインのディテールを磨き上げることが必要である。
これらの活動を通じて、情報機器が実現する将来の家と、そこでの生活を構築していきたい。
美崎薫氏には研究内容の共有、展覧会の実現、展示など研究全般にわたり大きな支援を頂きました。深い感謝の念を表します。国際メディアの福山直文氏、飯島雅人氏をはじめとするミサワホーム株式会社の皆様には、展示会場の使用に際して頂いた大きなご尽力に感謝いたします。田渕史、平林伸夫両氏をはじめとするセイコーエプソン株式会社の皆様には展示に参加していただきより豊かな内容とすることができました。感謝いたします。
安村研究室の樋口文人先生、石田直子さん、大橋裕太郎君、佐藤公宣君、長井多葉紗さん、福井進吾君、関口智子さん、加藤晋輔君、河田諒介君、里見佑太君、また多摩美術大学の柿沼春香さんには展示会場の解説や誘導を務めていただきました。感謝いたします。慶應大学の清水愛子さん、高木淳君には調査段階で多くの有益な示唆を頂きました。感謝いたします。また214名にのぼる皆様に展覧会にご来場者いただき、貴重なご意見を頂きました。感謝の念にたえません。
本研究は2004年度学術交流支援基金の支援の下に行なわれました。
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