2004年度 学術交流支援資金
研究成果報告書
研究課題名: 遠隔教育を利用した博士学位取得モデルの提案と実装
研究代表者: 環境情報学部教授 村井純
共同研究者: 政策・メディア研究科助教授 大川 恵子
政策・メディア研究科専任講師 土本 康生
政策・メディア研究科後期博士課程2年 三川 荘子
政策・メディア研究科後期博士課程1年 片岡 広太郎
環境情報学部4年 工藤 紀篤
1.
はじめに
本研究は、アジア地域における遠隔教育を利用した博士学位取得のモデルの提案と実装を行い、アジア地域の人材育成に貢献することを目的とする。これまで多くのアジア地域では、高等教育以上の学位取得は海外留学を通して行う学生が多く、そのまま海外で就職してしまうケースも多いため、知識のある人材が海外に流出してしまうという問題があった。各国内の大学での教育が行われないため、国内の大学に戻って学生の指導をする人材も欠乏しているという現状がある。これを改善するには、各国内の大学を強化し、各国内での高等教育機関における人材育成が必要不可欠である。特に、博士学位を取得し、海外の大学にも引けを取らない高度な内容を教えられる人材は、各国の高等教育レベルの底上げを図るために必要である。日本はアジア地域に地理的に近い場所に存在しており、高水準の教育レベルを保持していることから、アジア地域に対する教育貢献の期待が大きい。また、アメリカやヨーロッパとは異なり、時差が少ないことからリアルタイムの講義やディスカッションを行うのに適している。博士課程のような密接な研究に関するコミュニケーションの欠かせない教育課程では、時差が少ないのは非常に有効である。 以上から、各国内の大学において博士学位を取得するプロセスにおける教育協力を行うことで、アジアにおける高度な人材の育成が可能となると考える。本研究では、博士課程の研究指導のプロセスにおいて、大学の自律性を尊重しつつ教育協力を実施するモデルして、遠隔教育基盤を利用した、Co-Advisor制度の導入を提案する。
2.モデルの提案
SFCにおける博士課程の研究プロセスを参考に、学位取得までのプロセスを、1)研究テーマの絞込みとCo-Advisorの決定、2)研究手法と方針の確立、3)実験・研究・ジャーナル投稿、4)本論文執筆、5)論文審査、という段階に分類し、それぞれのプロセスにおいて発生するコミュニケーションを分析し、それを元に、各プロセスで遠隔教育基盤を有効利用する研究指導体制とその手法を以下のように提案する。
図1に本研究で提案する、遠隔教育を利用した博士学位取得モデルを示す。
図1. 遠隔教育を利用した博士学位取得モデル
フェーズI:学生の選定(マッチメーキング)
学生は、Co-Advisorとして教育協力を行う教授の授業を半年間受講し、テーマの絞り込みを行い、Co-Advisor の選定を行う。講義の最終課題として研究計画書を提出し、教員は授業と遠隔での面接を通して指導する学生を選定する。
フェーズII:日本に滞在
選定された学生は、1ヶ月〜3ヶ月来日し、タームプロジェクトを通して指導教員 の元で研究を行う。研究テーマを決定し、学会論文執筆に向けた方向性を決定し、帰国する。また、帰国前に研究方針についてのプレゼンテーションを行う。
フェーズIII:各大学での研究活動
学生は学会論文にむけて研究を進める。Co-Advisorはメールベースで指導を行い、月1回ベースで遠隔コミュニケーションを行う。学生はこの期間に学会論文を2通執筆し、2通終わった段階で遠隔で研究方針のプレゼンテーションを行う。
フェーズIV:日本に滞在
フォーマル合格相当と認められた学生は日本に半年〜1年滞在し、Co-Advisor下で博士論文の執筆を開始する。各大学のアドバイザを含めて遠隔で研究成果のプレゼンテーションを行う。
フェーズV:最終段階
公聴会合格後は日本あるいは各大学において博士論文の執筆を仕上げる。Co-Advisorは各大学の最終審査に遠隔もしくは直接出席する。
3. 本年度の研究成果
ミャンマーでは、工学系大学はUniversity
of Computer Studies, YangonとUniversity of
Computer Studies, Mandalayの2校が中心となり、ミャンマー全体にある24のコンピュータカレッジを率いている。UCSYでは2001年5月に博士課程がスタートし、その学生に対する研究指導の体制を模索している途中である。
本研究では、遠隔教育指導を行うための基盤として、UCSYに衛星受信アンテナを設置し、衛星回線を利用したインターネット基盤を構築し、このインターネット基盤を利用した遠隔教育環境の構築を行った。本インターネット基盤は、SOI Asiaプロジェクトの遠隔教育環境の一サイトとして構築した。
SOI ASIAプロジェクトでは、比較的安価で短期間にパートナーサイトにおけるインターネット基盤を構築し、効果的な遠隔高等教育環境を提案するため、それぞれのサイトを講師サイト、学生サイト、中継サイトに分けて設計した。 講師サイトは中継サイトまで講義の映像・音声を配信するために十分なネットワーク帯域が存在すれば場所の制限はなしに構築可能である。 中継サイトは、講師サイトとの安定した接続性を提供できるよう、日本のインターネットバックボーンに近く、アジアの衛星サイトへ安定したマルチキャスト通信を提供しやすいという点から、C-band衛星アンテナでアジアとの衛星インターネット通信基盤を保持する慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに構築した。
一方、学生サイトは受信専用の衛星アンテナを設置し、UDLR(Uni-Directional Link Routing,
RFC3077)技術を利用して構築した。これにより、中継サイトからパートナーサイトへは AI3 (Asian Internet Interconnection Initiative)プロジェクトの9Mbpsのダウンリンクを利用し、パートナーサイトからの戻りのネットワークは各組織に既存のインターネット基盤を利用するという、リンクの非対称なインターネット基盤の構築が可能となった。この環境を利用し、リアルタイム授業において安定した品質で講師サイトから講義の映像・音声を配信し、学生サイトからは各サイトのインターネット環境に最適なアプリケーションを利用したフィードバックが可能となった。本ネットワークの概念図を図2に示す。
図2. ネットワーク概念図
これにより、SFCからUCSYへは 9Mbpsのダウンリンクを利用し、UCSYからの戻りのネットワークはミャンマーのローカルプロバイダへの128bpsのインターネット接続を利用することで、双方向のコミュニケーションが可能となった。
本年度は、SOI Asiaプロジェクトのインターネット基盤を利用して、遠隔公聴会における指導・審査の実施手法を提案・設計し、2004年6月にUCSYで行われる博士の公聴会にSFCの教員が遠隔から参加して十分な指導・審査を行えるかどうかを評価する予定であった。しかしながら、2003年夏にはアウンサンスーチーが再び軟禁され、同年冬に軍事政権のトップが入れ替わり、ミャンマー国内の政情が不安定であったため、UCSYとの十分なコミュニケーションが取れず、実現されなかった。コミュニケーションが取れたのは、公聴会が終わった後であり、博士の学生は既に学位を取得し、大学講師として働いていた。このため、遠隔公聴会への参加実験は来年度に持ち越されることになった。
本年度の試みとして、現在UCSYで授与している博士課程学位の品質および学生の特性を知り、今後の指導体制についての議論を行うための参考情報・参考意見をまとめることを目的として、既に学位を取った学生の博士論文を慶応SFC及び理工学部の教授にレビューを依頼した。レビューフォーマットを付録に添付する。
レビューは、UCSYから送られてきた5名の博士論文で、それぞれのトピックに合った環境情報学部 萩野達也教授、理工学部
高田眞吾助教授、理工学部 寺岡文男教授、理工学部 山本喜一助教授、環境情報学部 清木康教授に依頼した。PART1のレビュー結果を表1に示す。
表1. PART1 集計結果
質問 |
結果 |
国際的な論文として英語レベル |
(1)
特に問題ない:2名 (2)
改善が必要:3名 (3)
大きく改善が必要:0名 |
研究分野における問題点認識・基礎知識・他研究動向の把握度 |
(1)
十分:3名 (2)
やや不十分:1名 (3)
不十分:1名 |
博士論文としての新規性 |
(1)
十分:0名 (2)
やや不十分:3名 (3)
不十分:2名 |
分野における技術力 |
(1)
十分:1名 (2)
やや不十分:3名 (3)
不十分:1名 |
博士論文としての品質(慶應の平均的品質と比較して) |
(1)
非常に高い:0名 (2)
やや高い:0名 (3)
同程度:0名 (4)
やや低い:2名 (5)
非常に低い:3名 |
レビュー結果より、英語力に大きな問題はなくサーベイは十分にできており、学生の能力としては問題ないが、博士課程が新規に開設されたもので指導する教員が少なく、また指導を行うにあたってのネットワークやコンピュータの整備が不十分であるため、博士論文としての新規性に欠け、全体の品質が慶應義塾大学と比較して劣ることが明らかになった。システムの実装や実験を行うための環境を十分に整えるか、システムに左右されない研究テーマを選択する必要であるというコメントや、同じ研究分野の学生や教員と頻繁にディスカッションを行える環境が必要であるというコメントがあった。また、どの教授も学生の能力はあるので、学生を正し指導できる教員が必要でるあとコメントしており、Co Advisory システムの重要性が再認識された。
これを踏まえ、現在は次学期に行うフェーズI:学生の選定(マッチメーキング)のための授業コースの準備を行っている。
4. まとめ
本年度は、ミャンマー国内の政情不安により、UCSYとのコミュニケーションが密に取れず、研究が予測したように進まなかった。しかし、UCSYの学位論文のレビューを通して、UCSYでは学生の能力があっても指導する教員の不足や、機器の不足により、十分な指導を受けられない学生が多いことがわかった。
本研究で提案する遠隔教育環境を取り入れたCo-Advisory制度を導入することにより、学生はその分野の最先端の教授からより適切な指導を受けることが可能となる。学生はUCSYでの学位取得により、その後もミャンマー国内の大学に残り後輩を指導することになるため、国内の高等教育の底上げが行われる。来年度も引き続き遠隔教育を利用した博士学位取得モデルの確立を目指して研究活動を続ける予定である。
付録
Thesis Review Form
本博士論文は、2004年3月にUCSY(University of Computer Studies in
Yangon)が学位を授与した学生の博士論文です。本評価は、博士学生指導国際協力プログラム(p3の資料「博士課程学生向け研究指導国際協力プログラム概要(案)」参照)を実施するにあたり、現在UCSYで授与している博士課程学位の品質および学生の特性を知り、慶應大学(KAP)としての指導体制についての議論を行うための参考情報・参考意見をいただくことを目的としています。PART-Iは論文の質(学位の質)の評価、PART-IIは指導方法についてのコメント、PART-IIIは、本論文を執筆し現在本国(ミャンマー)で教員となっている著者に向けての研究についてのコメントで、その部分は本人およびUCSYにフィードバックとして送るものです。
Paper Title |
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Author Name |
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Author
Organization |
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Reviewer Name |
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Reviewer
Title/Org |
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Review Date |
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PART-I:博士論文としてのレベル評価のためにお答えください(日本語)
1 |
国際的な論文として英語レベル: (1)特に問題ない(2)やや改善が必要(3)大きく改善が必要 |
2 |
研究分野における問題点認識・基礎知識・他研究動向の把握度: (1)
十分 (2)やや不十分 (3)不十分 コメント:大変良く関連研究を理解し、サーベイしている。 |
3 |
博士論文としての新規性: (1)
十分 (2)やや不十分 (3)不十分 コメント:新規性はやや不十分であるが、記述内容の質は高い。 |
4 |
分野における技術力: (1)
十分 (2)やや不十分 (3)不十分 コメント:研究の新規性、実装について、十分なレベルに至っていない。 |
5 |
博士論文としての品質(慶應の平均的品質と比較して): (1)
非常に高い (2)やや高い (3)同程度 (4)やや低い (5)非常に低い コメント:関連研究のサーベイについて質は大変高い。新規性が不十分である。 |
PART-II:今後の指導方針・手法について
評価いただいた学生をケースとし、プランされているモデルで博士課程の学生指導を実施するとしてどういった点に注意すべきか?また効果的な方法など、ご自由にコメントをお書きください。(日本語)
III:学生へのコメント(英語)
学位論文を書いた学生へのフィードバックを英文で記述してください。この部分のみが学生に戻されます。
博士課程学生向け研究指導国際協力プログラム概要(案)
University
of Computer Studies in Yangon (UCSY) での試験的な実施
1.目的
本プログラムは,教育協力の協定を結んだパートナー大学に対する,博士課程教育における教育協力プログラムである。受け入れ教員は、パートナー大学の博士課程学生に対する研究指導を Co-Advisor として実施する。本プログラムの実施により、本塾大学は、国際的な人材育成に貢献し、かつアジアの優秀な人材を本塾に招聘するなどのブリッジ的目的もある。本プログラムは、学生がより長く本国にいながら高度な指導を得られることによって、留学プログラムを比較してコストが削減される点のみならず、人材の流出を防ぎたいというパートナー大学のニーズにこたえるプログラムである。パートナー大学の学位プログラムへの支援という形で開始し,将来的には、本塾の学位授与・ダブルディグリーなども視野に入れる。
2.指導プロセス
1)学生の選定(マッチメーキング)・・・1年目前半
学生は本塾が指定した授業を半年間受講し、テーマの絞り込み、Co-Advisor の選定を行う。教員は授業での業績および研究プロポーザルなどを評価して、指導する学生を選定する。
2)フェーズI:日本に滞在・・・1年目後半
選定された学生は、1ヶ月〜3ヶ月来日し、指導教員 の元で研究を行う。研究テーマ、研究方針・手法を決定し帰国する。帰国前に研究方針についてのプレゼンテーションを行う(SFCのインフォーマルにあたる) 。
3)フェーズII:UCSYにて研究・・・2年目
学生はホームキャンパスに戻って、決められた研究方針に従って研究を進め、学会論文の執筆を行う。この期間は、メールベースで指導を行い,月1回程度、遠隔コミュニケーションによるレビューを行う。
査読付学会誌に1通程度提出した段階で、遠隔で研究方針・今後の方針のプレゼンテーションを行い、博士号取得に向けての方向性、現実性について評価する(SFCのフォーマルにあたる) 。
4)フェーズIII:日本に滞在 ・・・3年目
フォーマル合格相当と認められた学生は日本に半年〜1年滞在し、Co-Advisor下で研究を続ける。2本目の査読付論文執筆および博士論文の執筆を開始する。博士論文がほぼ終了に近づいた時点で、UCSYのアドバイザを含めて研究成果のプレゼンテーション(遠隔)を行い、USCYとしての審査を行う(SFC の公聴会にあたる) 。
5)フェーズIV :最終段階
公聴会合格後は、日本あるいはUCSYにて博士論文の仕上げを行い、最終版提出後、UCSYとの合同で最終審査を行う(教員がUCSYに出向くこともある)。