2004年度 慶應義塾大学 学術交流資金研究報告書

 

研究テーマ名:東京圏郊外地域における郊外第2世代の居住地選択行動とコミュニティの変容

研究代表者名:大江 守之(総合政策学部)

   共同研究者:藤井 多希子(政策・メディア研究科 博士課程3年)

            坂戸 宏太(政策・メディア研究科 修士課程2年)

            水口 満(政策・メディア研究科 修士課程1年)

 

1.  研究の背景と目的

我が国では、196070年代にかけての高度経済成長を背景に、大量の若年層人口が大都市圏へ流入した。彼らは子育てをする場として郊外を選択し、もしくは選択せざるを得ず、郊外地域は子育て期にある大量の核家族世帯が居住する場として機能した。特に千里ニュータウンや多摩ニュータウンといった大規模ニュータウンの開発目的は、故郷から離れて暮らす若年核家族世帯の要求に応えることであり、従来の地縁社会とは異なる新しい居住スタイルを具現化する場となったのである。

しかし、開発から四半世紀以上が経過した現在、大規模ニュータウンでは急速な高齢化、エンプティネスト化1) が進行しつつある。高齢者単身世帯や高齢者夫婦のみ世帯の増加は、従来とは異なる居住ニーズを引き起こし、若年核家族世帯向けの住宅や住環境では彼らのニーズを充足できない状況が進行していると考えられる。こうした状況を捉えて戸建計画住宅地を対象とした既往研究では、世帯構成やライフスタイルの変化が住宅や住環境の変容に与える影響について考察したもの2) や、ニュータウン第2世代の居住地選択行動に関するもの3) などがある。これらの研究は、親子の同別居関係を基本的な視座に据え、増築や建替えといった市街地変容は家族の個別的要因によってランダムに起こること、また、ニュータウン第2世代のうち若い世代ほど利便性を重視し沿線上の都心部へ転出する傾向があることを明らかにした。しかし、こうした現象が他の地域でもみられるものなのかどうかといった、大都市圏全体での位置づけは必ずしも明確ではなかった。

大都市圏の居住構造に関する研究としては、地域で卓越したコーホートに着目して東京圏の人口構造を分析したものがある。4)5) これらの研究は、コーホートにより地理的分布のパターンが異なることを明らかにしたが、事例研究で明らかにしたように、親世代人口と子世代人口の居住関係を直接的にマクロレベルで明らかにするには至っていない。

現在の郊外地域で進行しつつある現象を理解し、他地域との比較考察を可能とするためには、高齢者のみが居住する地域なのか、そうではなく第2世代にあたる年齢層も居住する地域なのかという視点を導入することが必要である。なぜなら、第2世代が流出する地域では商店街等の生活基盤の維持や、社会資本の遊休化の問題を引き起こす恐れがあり、そのことがさらに第2世代の流入を阻むことに繋がるからである。直接的な親子関係にある子世代が居住する場合にはまずその親である高齢者の居住の安定性が高まることが考えられる。しかし、直接的な親子関係になくとも次世代が居住することで、生活基盤の維持など地域コミュニティの活力低下を防ぐだけでなく、地域の高齢者の居住を支える直接的もしくは間接的な担い手となる可能性も高まる。

 昨年度には、東京大都市圏の市区町レベルでの人口構造を世代間バランス係数(Generation Balance Index, 以下「GBI」という)により分析を行った。その結果、市区町レベルで高齢者のみが取り残される地域は都区部北部地域や神奈川県沿岸地域など14市区にとどまっており、数は少ないことが分かった。また、郊外地域は全般的にはこの20年間に第1世代に対する第2世代の居住する割合が上昇している地域が多いことが明らかになった。

 今年度は、昨年と同様にGBIを用いてミクロスケールでの人口構造の分析を行った。分析の目的は、第2世代の流出が顕著な場所はどのような地区であるのかを明らかにすることである。既往研究と昨年度の市レベルでの分析から導かれる仮説として、以下を設定した。

 

(1)     戸建計画住宅地では第2世代が流出し、GBIが低下している。

(2)     農地が多い地区では開発の余地があるために、第2世代が流入しGBIは上昇している。

 

(1)は既往研究から導かれる仮説であり、(2)は市区町レベルでの分析結果からの推論である。

 

は計画住宅団地におけるエンプティネスト化が指摘されているが、全ての計画住宅団地で子世代が流出しているのだろうか?また、他にはどのような市街地特性を持つ地区で子世代が流出しているのであろうか?

ニュータウンで起きているような子世代の流出とそれに伴うエンプティネスト化が市区町村レベルで起きているのかどうかを検証するとともに、GBIにより大都市圏地域を類型化することである。また、小地域での分析を行い、市街地特性と人口の世代間バランスとの間にはどのような関係があるのかを考察する。

以下では、まず、世代間バランス係数を用いた人口構造分析の手法について述べる。次に、市区町村を分析単位として東京大都市圏人口の世代間バランスの変化について明らかにする。さらに、日野市と所沢市を対象に、町丁レベルでの分析を行い、市街地の状況により人口の世代間バランスはどのように異なるのかを考察する。

 

2.  分析方法と分析対象

分析対象は、市レベルでの2000年/1980GBI比率が低かった例として日野市を、高かった例として所沢市を取り上げ、それぞれの町丁字を分析単位とした。日野市と所沢市を選定した理由は、ともに都心部から30km圏に立地するというロケーションの問題だけでなく、どちらの市においてもDID化が最も進行したのが1970年代前半6)であり、同時期に急速な市街化を経験したという点である。この2市について、町丁字別人口を用いてGBIを求め、市街地の状況と人口構造の関連性について比較考察を行った。

分析方法は、昨年度と同様に、第1世代を193135年生まれコーホート、第2世代を195465年生まれコーホートとし、第2世代人口の実際の母世代にあたる女性人口から推計される195465年生まれ人口の理論値で、実際の当該年齢人口を除した値であるGBIを分析指標とした。6) なお、使用したデータは、日野市については1980年と2000年の国勢調査(町丁字別集計)を用いたが、所沢市については1980年の国勢調査の町丁字別集計がないために、入手可能であった1981年と2000年の住民基本台帳データを使用した。また、1981年のGBIを計算するにあたっては、1981年までの生存率で修正を行った。(以降、所沢市の1981年を簡単のために1980年として扱うこととする。)

 

3.   日野市と所沢市のGBIの推移(1980年→2000年)

日野市と所沢市の町丁別GBI1980年と2000年の2時点において、地区数を比較したのが図1である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 GBIによる地区数の比較(日野市・所沢市)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2 日野市土地利用図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3 日野市GBI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4 所沢市土地利用図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5 所沢市GBI

 

日野市では、1980年時点においては人口の世代間バランスが均衡している地区が中心であったが、2000年になると、第2世代が極端に少ない地区数(0.74以下)が大幅に増加している。一方、所沢市でも、1980年時点では人口の世代間バランスが均衡している地区が中心であったが、2000年になると日野市とは対照的に1.50-1.74の階級で大きく増加しており、第2世代人口が多く居住する地区数が増加していることが分かる。

次に、GBI2000/1980年比率を地区別にみることで、世代間バランスがどのように変化したのかを確認する。市全体としてGBI2000/1980年比率が低い日野市では、1未満の地区が全域にみられ、特に市の中心部から南北にのびるエリアに、GBI2000/1980年比率が低い地区が集中している。GBI比率が特に低い地区は、@戸建計画住宅地地区(平山1〜3丁目)、A公団多摩平団地地区、B駅前地区(JR豊田駅前の豊田3、4丁目、京王線南平駅前の南平7丁目)、C生産緑地地区(栄町5丁目、西平山4丁目、川辺堀之内)などである。逆に、GBI比率が高い地区としては、土地区画整理事業施行地となっている万願寺、旭が丘などがある。

また、GBI2000/1980年比率の高い地区と低い地区の分布をみると、高い地区は一箇所に固まっているのではなく、散在していることがわかる。

一方、所沢市でGBI2000/1980年比率が低い地区は、@戸建計画住宅地地区(榎町、所沢グリーンヒルを含む若狭2丁目、所沢ニュータウンである中新井3〜5丁目)、A集合住宅団地地区(テラスハウスからなるこぶし町、公団団地である緑町1丁目・並木3丁目)、B駅前旧市街地区(西武線所沢駅前の日吉町・西住吉)、C辺縁緑地地区(狭山湖に近い市西部の堀之内、関越自動車道所沢インターチェンジのある市東部の坂之下)の各地区である。逆にGBI比率が高い地区としては、@長期間にわたって開発されてきた戸建計画住宅地地区(椿峰ニュータウン、西武松が丘ニュータウンのある山口・荒幡・久米・北野、エステシティ所沢のある中富・南永井)、A土地区画整理事業地区(JR武蔵野線東所沢駅を中心とする東所沢1丁目)、B大規模タワー型マンション供給地区(所沢駅至近の東町、寿町)などの各地区である。

GBI2000/1980年比率の地区別分布をみると、所沢市の場合には日野市とは逆に、GBI2000/1980年比率の低い地区が、高い地区の中に散在していることがわかる。

 

4.  まとめ

日野市と所沢市におけるGBIを用いた小地域の分析結果から、第2世代人口が流出し、人口の世代間バランスが崩れている地区には共通する市街地特性があることを明らかにした。それらの地区は、@一時期に集中して開発・分譲された戸建計画住宅地地区、A集合住宅団地地区、B駅前商業地区、C農業・緑地地区、の大きく4つの地区である。1つ目の仮説である「戸建計画住宅地ではGBIが低下している」点については、「一時期に集中して開発・分譲された」計画住宅地ではGBIの低下が確認されたが、長期にわたり開発・分譲されている戸建計画住宅地についてはあてはまらなかった。また、2番目の仮説である「農地が多い地区ではGBIが上昇している」点については必ずしもあてはまらない結果となった。農地が支配的な地区であっても、土地区画整理事業の施行地であるような場合には、第2世代が流入し仮説は支持されるのだが、そうではなく生産緑地が多い場合にはGBIは低下しているのである。また、駅前商業地区でGBIが低下しているという想定していなかった結果を得た。これらの分析結果から、農家や中小規模小売商店において子世代が家業を継がずに流出していると理解できる。

以上の分析から、東京圏の郊外住宅地はミクロ的にみると開発年次や分譲形態に従って異なる課題に直面しており、一律な政策を適用することが困難であるといえる。また、住宅地のみならず商業地や農地においても人口の世代間バランスは大きく崩れており、郊外地域においても住宅地を対象にした政策だけではなく、複合的・長期的な視点から綿密に組み立てられた政策が今こそ求められているといえよう。 ■

 

 

参考文献

1) 福原正弘:『ニュータウンは今 40年目の夢と現実』, 東京新聞出版局, 1998.8

2) 柴田建他:「高度成長期に開発された郊外戸建て住宅地の変容プロセスに関する研究」, 日本建築学会計画系論文集, 543, pp.109-114, 2001.5

3) 北浪健太郎他:「多摩ニュータウン第2世代の居住地移動に関する研究」, 日本都市計画学会論文集, No.38-3, pp.85-90, 2003.10

4) 大江守之:「コーホートからみた東京圏内の居住構造」,『総合都市研究』,59, pp.21-34, 1996.9

5) 大江守之:「東京都市圏の人口構造の変動と地域社会」, 渡戸一郎(研究代表)『大都市における都市構造の転換と社会移動に関する実証的研究』, 平成8年度〜平成10年度科学研究費補助金研究成果報告書、pp.17-40, 1999

6) 藤井多希子・大江守之:「東京圏郊外における高齢化と世代交代―高齢者の安定居住に関する基礎的研究―」, 総合政策学ワーキングペーパーシリーズ, No.3, 慶應義塾大学政策・メディア研究科, 2003.11