2005年度 学術交流支援資金申請書 海外の大学等との共同活動支援

1−10 報告書

 

 

研究課題:遠隔会議システムを利用した双方向授業カリキュラムの開発

研究経費:60万円

研究組織:研究代表 重松 淳(総合政策学部教授)

     研究協力者 馬 燕(法学部訪問講師、SFC中国語非常勤講師)

           曾 怡華(政策メディア研究科修士

           黄 佳瑩(政策メディア研究科修士)

 

 

 

【本プロジェクトの背景および目的】

 

1.  背景

 

  遠隔教育がすでに一般化した昨今、アジア地域の大学でも盛んに遠隔通信システムを用いた授業配信が行われるようになってきた。その特徴は、単位の互換性を含む講義配信、また小規模授業配信である。特に後者は、外国語教育分野に多く見られる。TV会議システムを用い、小規模なクラス編成で、一方から授業を配信し、他方で学生がそれを受講するという方式である。これは言ってみれば授業パッケージの有料提供で、ITの進化に伴って商業ベースに乗った方式だとも言える。この現象が海外との相互交流を活発化するのであれば、それは非常に喜ばしいことである。

  しかし、商業ベースに乗った外国語授業配信の動きが活発化する一方で、一方通行にとどまらない双方向交流の重要度も増している。特にアジアにおいては、社会の現実を見ると、若者同士の相互理解が将来の平和と安全に果たす役割は大きいと言わざるをえない。大学という高等教育機関がそのような役割を果たしていくことは十分に意義のあることである。本研究が目指すところは、実はそこにある。つまり、アジアの学生同士の直接交流の実現と大学カリキュラム化、そして遠隔通信による異文化間コミュニケーション上の問題の解決である。

 

2.  本プロジェクトの目標

 

2000年度以来、本研究グループは、外国語学習も視野に入れながら、実際にその外国語を活用しながら学習目標言語を話す人々との直接交流を果たすべく、小規模TV会議方式の討論会を行い、その活動を通して研究を行ってきた。研究課題の主なものは、

1)この交流活動をどのようにカリキュラムに組み込むかという問題

2)遠隔通信による異文化間コミュニケーションの問題

3)活動の効果の検証

である。

2005年度の主な目標は、海外拠点校での遠隔会議活動が授業カリキュラムに組み入れられる可能性があるかどうかを調査することと、異文化間コミュニケーションという視点から遠隔接触場面での認知面、文化面の問題点を探ることである。SFCでは中国語カリキュラムの中にすでにこの活動を組み込んでおり、TV会議での討論に加えて1対1の個別対話も授業内容の一つとした。異文化コミュニケーションの問題点については、この1対1個別対話を研究対象としている。

 

2005年度の活動報告】

 

1.カリキュラム開発

 

これまでの交流実践校は、アジアでは台湾師範大学(華語文研究所)、北京大学、韓国高麗大学であったが、今年度は中国清華大学、シンガポール国立大学を新たな交流拠点として加えた。SFCの授業カリキュラムでは、中国語スキル科目として開設している「中国語プレゼンテーション技法」において、台湾師範大学とのTV会議、1対1対話活動を行っているが、課外活動として、北京・台湾・韓国・日本2地点の計5地点を結ぶ定期的な遠隔学生会議を実施し、学生有志を募って交流活動を行っている。今年度新たに交流拠点となったシンガポール国立大学、中国清華大学とは、SFC日本語授業として開設している「日本語テクニカルライティング」において来年度から遠隔会議を行うことを決めている。

SFCにおいては、このような活動を授業カリキュラムの中に含めていくことについて非常に柔軟であるが、アジア各拠点校では必ずしも容易なことではない。その理由は、「語学」として位置づけられた授業は、非常に密なスケジュールで多くの教授内容が盛り込まれているため、更に新たな内容を加えることが難しいということである。結果的に、授業内容の一部として組み込むのは、個別に交渉した教員個人の裁量の範囲内に限定される。つまり「語学授業」として目に見えて確実な効果をあげうる内容でないものは、正式な科目内では取り入れにくいという状況がある。

このような状況下で正式なカリキュラムへの導入を依頼するにはハードルが高すぎる。今後はこの活動が「語学」という枠内外で効果をあげるものであることを説得力をもって説明し、参加学生自身がそのことを自覚できるように工夫していかなければならない。そのためには、遠隔会議に参加する準備段階として行うさまざまな学習を、「語学力」を高めるものとしていくだけでなく、双方向の「語学」授業交換といったことも視野にいれていくことが有効であると考える。いずれにしろ、長期的な視野に立って少しずつ進めていくことが重要である。

なお台湾師範大学・SFC間の授業実践は、日吉外国語教育研究センター紀要『慶應義塾外国語教育研究』創刊号に、「中国語授業における小規模TV会議方式及びその効果について」(重松淳・馬燕共著)として発表した。

 

2.異文化コミュニケーション研究

 

画面を通したリアルタイムの対話というコミュニケーション方式は、今世紀に入って新たに登場したIT活用の方式である。テレビ電話の普及にはまだ間があるものの、将来はこのような対話がごく普通に行われるようになるであろうと思われる。対話相手の映像を見ているという(更には自分の映像も見ることができるという)状況は、電話やメール、手紙のように聴覚のみ、または視覚のみの通信と比べて、生の対話に近いと思われがちで、当事者同士もあたかも生の対話をしているかのように感じるものである。しかし感覚器官は、実際の生の対話より遥かに少ない情報しか受容することができない。つまり普通に対話しているという意識と、実際に得ている情報量との間に齟齬が生じているにも関わらず、そのことに気がつかずに対話を進める傾向にある。そのことは、対話そのものに時々ミスコミュニケーションを引き起こす。画面を通した対話である「遠隔接触場面」がコミュニケーションに及ぼす影響についての知識は、今後重要なものとなるだろう。

ミスコミュニケーションの原因は、音声のディレイや映像の乱れのような物理的に避けられないものである場合もあり、また遠隔接触であることによって双方が場を共有できないという現象である場合もあり、更に双方の持つ文化的な相違のなせる業である場合もある。対話者達は遠隔接触が実際の「対面接触(生の対話)」と異なっていることに徐々に気づくようになるが、それがどこから来るものか、どうすればストレスを回避できるかについて、一般的に自覚的になることができない。

コミュニケーションの視点から、まず「遠隔接触」「対面接触」にどのような違いがあるのかを詳しく調べ、それがどのような形で現れてくるかを特定していかなければ、対話者の漠然とした違和感や不安は解消されないだろう。逆に原因が特定できれば対応を考えることができる。

そこで本研究グループでは、両者の違いを「対話者のコミュニケーションストラテジーを観察する」方法、および「対話に現れるフィラーを観察する」という方法で、明らかにすることを試みた。その結果、「遠隔接触場面」で対話者は「対面接触」に比べてノンバーバルな情報発信を抑えること、フィラーを多用して自ら緊張感を和らげストレスを回避しようとしていることがわかった。つまり「遠隔接触」は対話者にとってストレスの多い接触場面であり、それが母語による対話でない場合は、更にストレスを感じる場面であるということである。物理的環境が今後どの程度改善されるかはわからないが、以上のことは対話者が前提的な知識として持っているべきものであると考える。

なお以上の研究は、主に政策メディア研究科修士の学生(曾怡華・黄佳瑩)が修士論文テーマとして扱い、その成果を修士論文として発表した。この分野の研究は課題が山積している。来年度も引き続き研究を続けていく予定である。

 

 

【今後の展望】

 

この交流活動をどのようにカリキュラムに組み込むかという問題は、上で述べた通り難しい課題を抱えている。一朝一夕には解決できない課題ではあるが、グローバル化の急激な進行によって相互理解の重要度が高まる中、大学という高等教育機関での国際交流への取り組みの必要性が理解されるようになることを期待したい。

また遠隔通信による異文化間コミュニケーションの問題も研究課題は多い。一つ一つ丁寧に現象を分析し、一日も早く教育への提言ができるように、多くの研究結果が出てくることが望まれる。

最後にこの活動が、外国語学習を始めどのような方面に効果を発揮しているのかを、検証していかなければならない。しかしそのためには、実験的な授業の企画や効果測定の方法論の研究が必要である。この点も今後の大きな研究課題として、引き続き研究を進めたい。

 

以上