2005年度 学術交流支援資金
海外の大学等との共同学術活動支援
研究課題 外国語教育政策の基盤構築研究−ドイツ語の場合−(3)
研究代表者 平高史也
研究組織 平高史也(政策・メディア研究科・教授)
藁谷郁美(政策・メディア研究科・助教授)
太田達也(総合政策学部・専任講師)
マルコ・ラインデル(総合政策学部・訪問講師)
石司えり(政策・メディア研究科修士課程2年)
加藤周作(政策・メディア研究科修士課程2年)
1. 研究の背景
日本語母語話者の実社会における外国語使用の実態や、そこで求められる能力に関する研究は皆無に等しい。したがって、外国語教育も、社会での使用の実態や、目標と需要に関する知見も不明確なまま進めざるを得ない。しかし、本来はこういった調査研究の成果にもとづいて、カリキュラムやシラバス、教材などが開発されるべきであろう。本研究はこうした研究の欠を補い、今後の日本における外国語教育政策の基盤構築に資するものである。
こうした問題意識に導かれ、昨年度は夏季休暇中にドイツ語圏の大学で夏季ドイツ語研修に参加した学生11名にドイツ語圏での言語行動に関するアンケート調査を行い、接触場面における言語使用と言語行動のドメインに関する研究を進めた。その結果、「学習の場」の「寮」や、「学習以外の場」の「駅」のように、調査前にある程度予想のつく、いわば型どおりの言語行動が行われる接触場面が多い一方、「クラスメートとの休憩時間での会話」や「日本について」のように、制度的な枠に収まらず、調査によっても把握が難しい言語行動や話題も少なからずあることがわかった。
SFCドイツ語研究室では、すでに数年前からドイツ語圏の海外研修参加者の渡航前後のインタビューデータの分析を行っている。これは、渡航前後に同じインタビューを行い、それを録画録音しておくものである。本プロジェクトでは、加えて海外研修参加者の言語行動のドメイン分析と交換留学生に対するアンケート調査を実施することにより、義塾はもとより日本の大学や高等学校、留学生を海外に派遣する機関にとっても役立つようなデータを収集し、さらに、ドイツ語教育の基盤作りに貢献しようと考えている。
2. 研究目的
本研究の目的は次の3点にまとめられる。
@海外で外国語を使用する日本語母語話者の言語使用・能力の実態の解明。
A日本における外国語教育政策の基盤構築。
B日本における外国語教育の改善に関する提言。
3. 研究計画
本研究は、昨年度、一昨年度の研究を受けて、次の課題に取り組んだ。
(1)アンケートと聞きとりによる言語使用・意識に関する調査
2004年9月にドイツ語圏にわたった義塾の交換留学生10名にメールで第2回アンケート調査を行った。実施時期は2005年3月から4月にかけてである。この調査では、自己申告によるドイツ語等の外国語能力の測定、接触場面における言語使用(いつ、どんな場面で、誰に対して、どの言語を使って何を達成しようとするのか)などを扱った。
(2)夏季海外研修参加者に対するインタビュー調査
2005年の夏季休暇中にドイツの大学で夏季ドイツ語研修に参加する学生3名に渡独前の2005年7月と帰国後の2005年10月にインタビューを行い、それを録音録画して渡航前後のドイツ語能力の変化を記述した。録音データは文字化した。また、2005年秋からドイツの大学に留学する3名の学生にも同様のインタビューを行った。この学生たちには帰国後の2006年秋にも同じインタビューを行い、1年間の滞在でドイツ語能力がどのように変化したかを記述する予定である。
ここではこのうち(1)に記した義塾のドイツ語圏の大学への派遣留学生を対象とした自己申告によるドイツ語能力調査の結果を報告する。
4. 調査の方法と被験者の属性
末尾に資料として掲げたアンケート票(ただし、質問10.の「聞く」「読む」「話す」「書く」の選択肢の通し番号と選択肢末尾のA1、A2、B1、B2、C1、C2は被験者に送った版にはついていない)「をメールで送付し、返信を得た。回答は8名から得たが1回目の解答が不完全であった1名の被験者を除いた。(表1)は有効回答を得た7名の被験者の属性である。1名を除いて大学でドイツ語の学習を始めていることがわかる。
(表1)被験者の属性
被験者 |
性別 |
ドイツ語学習期間 |
調査前のドイツ滞在期間 |
T |
F |
3年 |
1ヶ月 |
S |
M |
4年 |
3ヶ月 |
W |
M |
2年 |
2ヶ月 |
K1 |
F |
3.5年 |
3週間 |
M |
M |
3年 |
9年2ヶ月 |
|
M |
1年 |
1ヶ月 |
Y |
M |
3.5年 |
1ヶ月 |
5. 結果
アンケート調査は2回行ったので、各2回の結果をまとめた(表2)。表2の数字はアンケート票の質問10.の4技能の選択肢に付された番号を表し、例えば、「4」は選択肢の1から4までの4項目すべてを、「10」は1から10までのすべてを被験者がマークしたことを示す。「5+9」は1から5までのすべての項目と9をマークしたことを表す。
(表2)派遣留学生のドイツ語能力の変化
|
聞く |
読む |
話す |
書く |
||||
1回目 |
2回目 |
1回目 |
2回目 |
1回目 |
2回目 |
1回目 |
2回目 |
|
T |
4 |
6 |
4 |
7 |
6 |
10 |
3 |
6 |
S |
7 |
8 |
6 |
7 |
9+11 |
13 |
6 |
9 |
W |
4 |
8 |
6 |
7 |
7 |
8 |
5 |
8 |
K1 |
5+9 |
8+10 |
7+9,10 |
7+9 |
8* |
12 |
8 |
9 |
M |
5 |
7 |
7 |
7+9 |
8 |
12 |
3 |
5 |
|
5 |
7 |
6 |
7 |
4** |
8+12 |
5 |
7*** |
Y |
5 |
9 |
8 |
9 |
5 |
11 |
5 |
7 |
* +10,11,12,14
** +6,7,8
*** ただし2から8の7項目
6.考察と今後の課題
どの被験者の数値も1回目よりも2回目の方が大きくなっていることから、
渡独して現地の大学に入った直後よりも、それからおよそ半年経った頃の方が、
ドイツ語能力が伸びているとを感じていることがわかった。しかし、4技能に
よって伸びも到達度も異なり、話す力は到達度が高いのに対して、書く力はそ
れほど高いレベルまで達していないことがわかる。選択肢はCouncil of Europe
(2001)の6段階の能力レベルを参考にしているが、「+」を含む欄が示すよう
に、被験者は、必ずしも下のレベルから順にすべての選択肢をマークしている
のではなく、適宜取捨選択している。
そのCouncil of Europe(2001)の6段階の能力レベルでいえば、留学した当
初はおよそA2かB1くらいのレベルのドイツ語力だったのが、半年経るとB1
からB2くらいのレベルに上がることがわかった。これはZertifikat Deutschに
合格しているかいないかというレベルからその試験よりもさらに上に達し、
Zentrale Mittelstufenpruefung
に合格するレベルといってよかろう。逆にいえば、ドイツ語圏に留学し、ある程度授業についていくためには、この程度のドイツ語能力が求められるということであろうか。
さて、この結果はドイツ語教育にいくつかの示唆を与えてくれる。まず、留
学時にはCouncil of Europe(2001)のZertifikat Deutsch 合格を含むB1程度
の力が求められることである。インテンシブ・コースを導入している学部では
このレベルを達成するためのカリキュラムは用意されていると考えてよかろう。
次に、やはり書く力を伸ばすのが困難であるということである。ドイツ語圏で
一定程度の文章が書ける能力をつけてやるにはどうしたらよいのか、そのあた
りが今後のドイツ語教育の課題であるといえよう。
7.参考文献
Council of Europe(2001)Common European Framework of Reference for
Languages: Learning, teaching, assessment.
資料
ドイツ語圏滞在日本語母語話者の言語行動調査 <質問票1>(塾内派遣留学生用)
本調査はドイツ語圏における日本語母語話者の言語行動の一端を明らかにするためのものです。調査結果は研究以外の目的には使用いたしません。お名前も公表いたしません。
アンケート調査にご協力いただけますようお願い申し上げます。
記入日:2004 年 月 日
お名前
該当項目にチェック、または記入をお願いいたします。
1. 性別 □ 男性 □ 女性
2. 年齢 □ 10代後半 □ 20代前半 □ 20代後半 □ 30代前半
3. 慶應義塾大学での所属 ( 学部/研究科)(学部/修士/博士)( )年
4. 派遣先の国名・都市 (国名: )(都市: )
5. 派遣先の大学・所属 ( 大学)( 学部)
6. 今までに習得・学習した言語についてお伺いします。
@ あなたの母語は何ですか。 ( )語
A 今までドイツ語以外の外国語を学習しましたか。検定試験等の取得資格はありますか。また、その外国語の現在の能力を自己評価してください。
1.( )語 ( )年間(どこで: )(資格 )
大変良くできる
できる どちらでもない あまりできない
できない
□ □ □
□ □
2. ( )語 ( )年間(どこで: )(資格 )
大変良くできる
できる どちらでもない あまりできない
できない
□ □ □
□ □
3. ( )語 ( )年間(どこで: )(資格 )
大変良くできる
できる どちらでもない あまりできない
できない
□ □ □
□ □
7. あなたは今までどこでドイツ語を学習しましたか。(複数回答可)
□ 大学 □ 高校 □ ドイツ語学校 □ 家庭教師
□ 知人から □ 独学 □ 家庭で使っていた □ その他( )
8. あなたは渡独前どのくらいの期間ドイツ語を学習しましたか?
□ 6ヶ月以内 □ 1年以内 □ 2年以内 □ 3年以内 □ 4年以上
9. ドイツ語圏滞在暦についてお伺いします。→(ない方は10.へ)
@ 通算どのくらいドイツ語圏に滞在していますか。 ( )年( )ヶ月
A 今までのドイツ語圏滞在形態についてお答えください。
記入例: (場所 ボン ) (期間2003年8月〜9月 ) (理由 語学研修 )
1回目:(場所 )(期間 )(理由 )
2回目:(場所 )(期間 )(理由 )
3回目:(場所 )(期間 )(理由 )
10. 現時点のドイツ語能力について、あてはまるもの全てにチェックを入れてください。
■ 聞く■
1. □ ゆっくりはっきり話してもらえば自分や家族や身近なものに関するごく基本的な表現を聞き取れる。A1
2. □ 家族、買い物、近所、仕事など自分の関係のある領域に関しての語彙や表現を理解できる。A2
3. □ 短いはっきりとした簡単なメッセージやアナウンスの要点を聞き取れる。A2
4. □ 仕事、学校、趣味など身近な話題について明瞭で標準的な話し方の会話なら要点を理解できる。B1
5. □ 話し方が比較的ゆっくり、はっきりしているならラジオやテレビ番組の要点を理解できる。B1
6. □ 長い会話や講義を理解できる。B2
7. □ たいていのテレビのニュースや時事問題の番組が分かる。B2
8. □ 標準語の映画なら大部分は理解できる。B2
9. □ たとえ構成がはっきりしなくても長い話が理解できる。C1
10. □ 特別の努力なしにテレビ番組や映画を理解できる。C1
11. □ 生であれ放送されたものであれどんな種類の話し方でも難なく理解できる。C2
12. □ 母語話者の速いスピードで話されてもどんな種類の話し方でも難なく理解できる。C2
■ 読む■
1. □ 掲示やポスター、カタログなどの中の簡単な単語や単純な文を理解できる。A1
2. □ 広告や内容紹介のパンフレット、予定表などから具体的に予測がつく情報を取り出すことができる。A2
3. □ ごく短い簡単な文章なら理解できる。A2
4. □ 簡単で短い個人的な手紙は理解できる。A2
5. □ 非常によく使われる日常言語や自分の仕事関連の言葉で書かれた文章を理解できる。B1
6. □ 出来事、感情、希望が表現されている私信を理解できる。B1
7. □ 現代の問題についての記事や報告を読んで筆者の姿勢や視点を理解できる。B2
8. □ 現代文学の散文を読むことができる。B2
9. □ 長い複雑な文章(事実に基づくもの、文学など)を理解できる。C1
10. □ 自分の関連外の分野での専門的記述も長い取扱説明書も理解できる。C1
11. □ 抽象的で、構造的にも言語的にも複雑な専門的記事や文学作品などを容易に理解できる。C2
■ 話す■
1. □ ゆっくり話したり繰り返したりすれば簡単なやり取りができる。A1
2. □ 身近な話題についての簡単な質問なら聞いたり答えたり表現したりできる。A1
3. □ 日常生活の中で身近な話題や活動について話し合いができる。A2
4. □ 会話を途切れさせないようにするための理解力は足りないが、ごく短い立ち話ならかわすことができる。A2
5. □ 旅行中のトラブルに対処することができる。B1
6. □ 趣味や旅行、最近の出来事など個人的な関心事について、準備なしで会話に入ることができる。B1
7. □ 自分の経験や出来事、夢や希望を簡単な方法で語句を繋いで語ることができる。B1
8. □ 本や映画のあらすじを話したり、それに対する感想・考えを表現したりできる。B1
9. □ 流暢に自然に会話をすることができ、母語話者と普通にやり取りができる。B2
10. □ 身近なコンテクストの文章の議論に積極的に参加できる。B2
11. □ 自分の興味関心のある分野に限り、明瞭で詳細な説明をすることができる。B2
12. □ 時事問題について自己の見方を説明できる。B2
13. □ 社会上、仕事上の目的にあった言葉遣いが意のままにできる。C1
14. □ 自分の考えや意見を正確に表現でき、他の話し手の発言に自分の発言を上手に関係付けることができる。C1
15. □ 複雑な話題を派生的問題にも立ち入って詳しく論ずることができる。C2
16. □ 慣用表現、話し言葉特有の言い回しをよく知っていて、いかなる会話や議論にでも用いることができる。C2
17. □ 効果的な論理構成によって、状況にあった表現で流暢に論述ができる。C2
■ 書く■
1. □ グリーティングカードを書くことができる。A1
2. □ 簡単な短いメモやメッセージを書くことができる。A2
3. □ 短い個人的な手紙を書くことができる。(たとえば礼状など)A2
4. □ 身近で関心のある話題について文章を書くことができる。B1
5. □ 私信で経験や印象を書くことができる。B1
6. □ 興味関心のある分野なら、幅広くいろいろな話題について詳細な説明文を書くことができる。B2
7. □ エッセイやレポートで情報を伝え、一定の視点に対する賛成や反対の理由を書くことができる。B2
8. □ 適当な長さでいくつかの視点を示して明瞭な構成で自己表現ができる。C1
9. □ 自分が重要だと思う点を強調しながらエッセイやレポートで複雑な主題を扱うことができる。C1
10. □ 明瞭な、流暢な文章を適切な文体で書くことができる。C2
11. □ 仕事や文学作品の概要や評を書くことができる。C2
11. ドイツ語を聞いたり話したりするとき、どのように感じますか?
12. 日本語についてどう思いますか?