2005年度 森泰吉郎記念研究振興基金による研究助成

研究課題名 トラフィック計測と回線資源制御によるアジア広域ネットワーク網の効率化



トラフィック計測と回線資源制御によるアジア広域ネットワーク網の効率化

1.研究背景と目的


AI3(Asian Internet Interconnection Initiatives)[1]はWIDE Project[2],APAN[3]の提供する衛星回線を利用して東アジア各国にインターネット環境を提供すると共に、各研究機関と共同研究をおこなう組織である.
そのAI3の提供するネットワークにおいて現在ネットワーク上のトラフィック流量増加に伴う輻輳遅延が問題となっている.
この問題を改善するために限られた衛星回線のネットワーク資源を最適に分配する必要がある.
また,分配にとどまらず不要なトラフィックをフィルタすることで割り当てられたネットワーク帯域をより有効に活用することも可能となる.
本研究は,ネットワーク上のトラフィック状況を的確に把握し,もっとも適切な形でネットワークを提供することを目的とする.

2.問題点

現在AIIネットワークでは,図1に示すようにSNMP[4]を用いたトラフィック計測を行なっている.
各拠点において,IN/OUTのトラフィック量をさまざな時間粒度(1hour,3hour,1day,1week,month)において計測し,AI3ネットワークが問題無く動作しているかどうかを監視している.

図1.SNMPを用いたAI3ネットワークの計測

このSNMP計測手法を用いることによって,ネットワーク管理者は,ネットワーク障害を検知したり, 障害箇所の推測を行なうことが可能となっている.

しかし,このような計測手法では,トラフィック流量増加に伴う輻輳遅延が発生した場合, 以下に示す2つ問題が発生する.

つまり,AI3ネットワークにおいては,トラフィック流量増加に伴う輻輳遅延が発生した場合に ネットワーク管理者がとりうる有効なトラフィック制御のための情報が不十分である.
そのため,トラフィック制御を行う必要に迫られても,有効な制御を行なうことができない.

3.アプローチ

図2にAI3の提供するネットワークトポロジの概略を示す.
図2の上部の日本にあるWIDE,APANの衛星回線を利用して図2の下部にあたるアジア各国にインターネット環境を提供している.
本研究ではネットワーク上を流れるトラフィック情報を把握する必要がある.
また,そのトラフィック情報を利用して衛星の限られた回帯域資源を割り当てなければならないため一元的な管理が必要となる.
一元的管理を想定した場合,各国に計測機器を設置しそのトラフィック情報をネットワーク管理者が一元的に管理することでネットワーク帯域の最適分配と不要トラフィックの排除は可能である.
しかし,帯域幅が不十分な衛星回線においてはこのトラフィック情報を伝えるためのトラフィックすら回線を圧迫する不要なトラフィックとなりえる.
そこで,本研究ではアジア各国に計測機器を設置することなく図2のように日本に計測機器を設置することでアジア各国へのトラフィックを一元的に管理する計測手法を用いる.

図2.AI3の提供するネットワークトポロジ図

本研究で用いた計測手法ではWIDEとAPANの衛星回線とつながるポイントでトラフィック計測を行うことで計測機器を設置していないアジア各国に流れるトラフィック状態の把握を行うことができた.

4.研究成果

本研究では,日本に設置された計測機器においてトラフィック情報の把握を行ない, そのトラフィック情報を基にAI3ミーティングにおいてポリシーを策定し, トラフィックの優先制御を行なった.
4.1 トラフィック情報の把握
回線資源制御を視野に入れたトラフィック情報の把握を行なうためには,以下に示す2つ条件を満たす 計測手法を開発しなければならない.
本研究では,OSPFのLSAを用いることによって,経路情報と対地の情報を動的に収集可能とした.[5]
この経路情報と対地情報の対応つけによって,IPパケットの宛先アドレス情報を元に,流入する トラフィックを仮想的に対地毎のトラフィックとして扱うことを可能とした.


図3.経路情報を元にしたトラフィックの仮想分割

この仮想的な対地毎トラフィックに対して,tcpdstat[6]を用いることによりプロトコルレベルのトラフィック内訳を参照可能とした.これを図4に示す.


protocol		packets			bytes		bytes/pkt
------------------------------------------------------------------------
 total          6662571 (100.00%)       3036097770 (100.00%)    455.69
 ip             6511409 ( 97.73%)       3031527036 ( 99.85%)    465.57
  tcp           4811366 ( 72.21%)       2648702394 ( 87.24%)    550.51
   http(s)      1054184 ( 15.82%)       1202068355 ( 39.59%)   1140.28
   http(c)       975165 ( 14.64%)        108461974 (  3.57%)    111.22
   squid          44333 (  0.67%)          8563025 (  0.28%)    193.15
   smtp          288098 (  4.32%)         86549069 (  2.85%)    300.42
   nntp              17 (  0.00%)             1022 (  0.00%)     60.12
   ftp            51856 (  0.78%)         21085881 (  0.69%)    406.62
   pop3           19909 (  0.30%)         27159470 (  0.89%)   1364.18
   imap            2882 (  0.04%)           857200 (  0.03%)    297.43
   telnet          2834 (  0.04%)           324436 (  0.01%)    114.48
   ssh            27530 (  0.41%)         11803320 (  0.39%)    428.74
   dns             1842 (  0.03%)           119484 (  0.00%)     64.87
   bgp              997 (  0.01%)           673608 (  0.02%)    675.63
   napster            3 (  0.00%)              180 (  0.00%)     60.00
   realaud           14 (  0.00%)             1135 (  0.00%)     81.07
   rtsp            8572 (  0.13%)          7720599 (  0.25%)    900.68
   icecast         4226 (  0.06%)           256249 (  0.01%)     60.64
   hotline            4 (  0.00%)              669 (  0.00%)    167.25
   other        2301740 ( 34.55%)       1172120598 ( 38.61%)    509.23
  udp           1413475 ( 21.22%)        329159851 ( 10.84%)    232.87
   dns           865543 ( 12.99%)        187168250 (  6.16%)    216.24
   realaud        12633 (  0.19%)          9622857 (  0.32%)    761.72
   halflif            4 (  0.00%)              520 (  0.00%)    130.00
   starcra            1 (  0.00%)              249 (  0.00%)    249.00
   everque           53 (  0.00%)             5786 (  0.00%)    109.17
   unreal             6 (  0.00%)              635 (  0.00%)    105.83
   quake              8 (  0.00%)              685 (  0.00%)     85.62
   other         519315 (  7.79%)        131672612 (  4.34%)    253.55
  icmp           154745 (  2.32%)         15390529 (  0.51%)     99.46
  ip6               167 (  0.00%)            17878 (  0.00%)    107.05
  other          131656 (  1.98%)         38256384 (  1.26%)    290.58
  frag            10607 (  0.16%)          6862674 (  0.23%)    646.99

図4.tcpdstatを用いたAI3ネットワークの計測

また,AGURI[7]に"集約禁止機能"を追加することによって,対地毎トラフィックのIPアドレス情報の内訳を参照可能とした.これを図5に示す.
図5.対地毎のトラフィック量推移

4.2 AI3ミーティングにおけるポリシの策定
本研究の成果を活用しトラフィック情報の把握を行ない,AI3ミーティングでの議論を行なった.(図6)

図6.AI3ミーティングにおける運用ポリシに関する議論

このミーティングではAI3ネットワークの運用の全般が議論されており,その中の議題として, 以下の2点の指摘を行ない,AI3ネットワークにおけるポリシーの策定を行なった.

指摘1).に関しては,「授業トラフィックを優先する」という合意が取れ,1.授業を配信するサーバを事前に決定し,ネットワーク管理者が把握する 2.ネットワーク管理者は,配信サーバを送信元IPアドレスとするパケットを優先的に転送する.という実現手法が決定された.

指摘2).に関しては,対地間における不公平さが発生する場合がある事は全員で共有したが,対地間のfairnessの実現に関するポリシの策定まではいたらず,引続き長期観測をおこう事が決定された.

4.3 回線資源制御への適応
AI3ミーティングでの決定事項に基づき,AI3ネットワークの日本側拠点であるSFCにおいて, トラフィック優先制御をおこなうPC/AT機の導入を行なった.
この優先制御機の機能概要を図7,図8.に示す.

図7.ALTQを用いたトラフィック優先制御機の動作概要1


図8.ALTQを用いたトラフィック優先制御機の動作概要2

この優先制御機にはALTQ[8]を用い,キューイングアルゴリズムとしてはHFSC[9]を用いた.
図9.に優先制御の設定を示す.
interface fxp1 bandwidth 8800K hfsc
class hfsc fxp1 def_class root pshare 5 default

class hfsc fxp1 routing root pshare 1 grate 100K
	filter fxp1 routing *.0.0.5 0 0 0 89
	filter fxp1 routing *.0.0.6 0 0 0 89
	filter fxp1 routing *.0.0.13 0 0 0 89
#prior only SNMP packets(UDP)

#class hfsc fxp1 soi_mcast root pshare 45 grate 3500K
class hfsc fxp1 soi_mcast root pshare 60 grate 4800K
	filter fxp1 soi_mcast *.*.*.* netmask 0xff000000 0 0 0 0
  
図9.ALTQを用いたトラフィック優先制御機の設定
(図中"*"は,IPアドレス情報のため伏せ字として用いている)

この優先制御機の導入により,重要度の高い通信である授業トラフィックを優先することが可能となった.

5. 研究発表と今後の展望

本研究進める上で必要となった「経路制御情報を利用したトラフィック情報予測機構の設計と実装」 は,電子情報通信学会のネットワークシステム研究会で発表を行なった.
本研究の成果はAI3のネットワークにおいて実証を行なったが, 回線資源の乏しいネットワーク全てに適応可能な技術として期待できる.
この場合,OSPF以外の経路制御プロトコルへの対応,netflow,sflowなどのflow export技術との 連携などを行なう必要がある.

参考文献

[1]Suguru Yamaguchi and Jun Murai,"Asian Internet Interconnection Initiatives",Proceedings of INET'96,June 1996

[2]WIDE Project,http://www.wide.ad.jp

[3]Asia-Pacific Advanced Network, http://www.apan.net

[4]Simple Network Management Protocol,RFC1157,May 1990

[5]吉田雅史,海崎良,杉浦一徳,中村修,村井純 "経路制御情報を利用したトラフィック情報予測機構の設計と実装",電子情報通信学会 ネットワークシステム研究会, November 2005

[6]Kenjiro Cho, Koushirou Mitsuya and Akira Kato,"Traffic Data at the WIDE Project",In Proceedings to USENIX 2000 Annual Technical Conference, SanDiego CA, June 2000

[7] Kenjiro Cho,Ryo Kaizaki and Akira Kato "Aguri: An Aggregation-Based Traffic Profiler",Quality of Future Internet Services,Coimbre,Portugal,September,2001

[8]Kenjiro Cho," A Framework for Alternate Queueing: Towards Traffic Management by PC-UNIX Based Routers." In Proceedings of USENIX 1998 Annual Technical Conference, New Orleans LA, June 1998

[9] Ion Stoica, Hui Zhang, T. S. Eugene Ng, "A Hierarchical Fair Service Curve Algorithm for Link-Sharing, Real-Time and Priority Service." ,Proceedings of SIGCOMM'97, 1997