2005年度学術交流支援資金による研究課題

ケータイを活用した社会調査法に関する国際ワークショップ

 研究代表者:熊坂賢次(環境情報学部教授)


研究の背景

大学院政策・メディア研究科 「ネットワークスタイル」プロジェクトでは、ケータイに代表されるメディア機器の利用動向や社会的・文化的インパクトについて、調査研究を行っている。近年のケータイの普及は、われわれの日常生活の諸側面を変容させつつあり、常に身体とともに移動するケータイは、コミュニケーション機会をより多様化・重層化させる。なかでもカメラ付きケータイは、新しいヴィジュアル・コミュニケーションの可能性をもたらしつつあり、その特質をフィールドワークに基づいて明らかにしていくことは、生活者の行動分析やコミュニティ・マネジメントにとってきわめて有意味である。

ただし、これまでのケータイに関するフィールドワーク研究は、職場や家といったある特定の場での利用に焦点があてられてきていた。初期の Bellotti and Bly (1996) や Luff and Heath (1998)による研究においても、仕事におけるケータイの重要な特徴を示しており、日常生活者の視点までは言及されていない。

最近では、Palen, Salzman and Youngs (2000)、 Perry et al. (2001)、Laurier (2001)、Churchill and Wakeford (2001)、Taylor and Harper (2003)、Tamminenet al. (2004)、Ito (2003) 、Grinter and Eldridge (2001; 2003) などにみられるように、職場や家といった固定したフィールドだけではなく、街中でのケータイ利用に関する研究が行われている。しかし、これらの研究に共通していえることは、ケータイ(の一般的利用)「を」調査対象としており、ケータイ「で」調査する視点が乏しいことである。ケータイが日常ユーザに付着し、ユーザの様々な活動を相互構築する存在である以上、ケータイ「で」調査をする視点を今後積極的に推し進めるべきであると考える。

また、カメラ付ケータイの利用について調査したいくつかの研究(Kato et. al., 2005; Okabe, 2004; Kindberg, 2005)によれば、撮影された写真は、積極的に送受信される対象とはなっておらず、殆どは端末のメモリに保存されたままである。カメラ付ケータイを積極的に活用する文化的実践のプラットフォームを構築することは、カメラ付ケータイの将来的な展望へのインプリケーションとなりうる。


研究の概要・経過

ケータイによるフィールドワーク調査を考える場合、その手法が創発段階にあるため、研究デザインを精緻化する必要がある。例えば「モバイル・リサーチ」(一例として、宣伝会議(編), 2005)として、ケータイを用いたさまざまなフィールドワーク試みがなされているが、本研究では、あたらしい定性的社会調査法の開発という観点から、調査・研究をデザインし、実証研究をつうじてその適用可能性をさぐることを目的とする。

カメラ付きケータイを用いた地域資源の評価・再評価の試みは、2004年秋より柴又(東京都葛飾区)において実践してきた。本研究では、「モバイル・リサーチ」の手法をさらに精緻化するとともに、フィールドワークを拡張させるための枠組みづくりをおこなった。これまでは、もっぱら調査者が現場で観察・記録を行うスタイルですすめてきたが、今後は地域住民や行政の参画もふまえ、ワークショップ等の運営へと展開することが重要と考える。

本研究では、日本サイドの研究チームが構築した上記フィールドワーク手法のプラットフォームを再検討する。そのために、地域資源の評価・再評価のための「フィールドワーク・ワークショップ」を企画・運営した。諸外国の専門家を東京に招聘し、実際にフィールドワークを実践しながら、研究方法の展開について評価・議論を試みた。

フィールドワーク・ワークショップは、以下の3点に焦点をあてながら実施した。

  • データキャプチャーデバイスとしてのケータイの実際的な利用を通した、地域コミュニケーションや情報獲得に関する研究の新しい方法論やフレームワークの展開
  • 日本と諸外国の研究者間における意見交換や協同的な実践のための触媒的作用
  • 3G携帯のアプリケーションが日本で広がり、かつ世界各国で利用できるようになった際に想定される、新しい携帯利用シーンの提案/可視化

近年、ケータイを調査ツールとして活用する事例が見られるようになったが、大部分は企業によるマーケティング活動の一環として位置づけられ、「ビジネス・モデル」の策定に力点がおかれているように見受けられる。これに対し、本研究では、地域コミュニティの資源を評価・再評価するためのデバイスとしてカメラ付きケータイを位置づけており、「パブリック・モデル」あるいは「ボランティア・モデル」の枠組のなかであたらしい調査手法の提案を試みる。具体的には、ひとつの事例研究として柴又(東京都葛飾区)におけるコミュニティ評価を実践し、成果を地域に還元していく。

セミナーおよびワークショップは、下記の日程で実施した。

  • 2005年9月9日(金)19:00-21:00 ケータイをもちいたフィールド調査に関するセミナー(丸の内・21倶楽部)伊藤瑞子(University of Southern California)、岡部大介(本塾政策・メディア研究科特別研究教員)、加藤文俊(本塾環境情報学部助教授)ほか
  • 2005年9月12日(月)および9月15日(木)カメラ付きケータイをもちいたフィールド調査(柴又)Ilpo Koskinen (University of Art and Design, Helsinki) 、Mirjana Spasojevic (Yahoo!)、Nancy Van House (University of California, Berkeley, School of Information Management and Systems)、岡部大介、加藤文俊ほか
  • < LI>2005年10月15日(土)終日 フィールドワーク・ワークショップ(※「葛飾区産業フェア」におけるイベントとして実施。また、カメラ付きケータイによる社会調査の試みについてもあわせて展示をおこなった。)岡部大介、加藤文俊ほか < LI>2005年10月16日(日)午前 フィールドワーク・ワークショップのまとめ(※「葛飾区産業フェア」におけるイベントとして実施。また、カメラ付きケータイによる社会調査の試みについてもあわせて展示をおこなった。)岡部大介、加藤文俊ほか
  • 2005年11月2日(水)?3日(木)FIELDWORK UNTETHERED: STUDYING TECHNOLOGY USE IN HYBRID AND UNDISCIPLINED PLACES An invitational symposium to explore new methods and frameworks in the study of portable ICTs (三田)小檜山賢二(本塾政策・メディア研究科教授)、伊藤瑞子、岡部大介、加藤文俊ほか(※本ワークショップは、ケータイラボラトリにおけるプロジェクトとの連係で実施)http://keitai.sfc.keio.ac.jp/ja/undisciplined_places/
  • 2005年11月4日(金)The Social Life of Mobile Media: An International View(三田)では、Rich Ling (Telenor Research)、Christian Licoppe (Ecole Nationale Superieure des telecommunications)、Ilpo Koskinen (University of Art and Design, Helsinki) らによる講演を実施した。http://keitai.sfc.keio.ac.jp/ja/mobile_media/ 伊藤瑞子(モデレーター)、岡部大介(オーガナイザー)、加藤文俊(オーガナイザー)(※本ワークショップは、ケータイラボラトリにおけるプロジェクトとの連係で実施)

諸外国から第一線の研究者を招き、フィールドワーク法を再検討する機会を構築することで、様々なインタラクションが生まれた。とくに異文化の視座で柴又や渋谷におけるフィールドワークを問いなおすことで、いまだ確立されていないフィールドワークの方法論のありかたについて、有意義なディスカッションが実現した。

南カリフォルニア大学の伊藤とは、本ワークショップで得られた調査結果について継続的に議論・分析を続け、研究成果を示していく予定である。