2006年2月28日
2005年度 学術交流支援資金教材開発費研究報告書
【採択テーマ】 スポーツエンジニアリング実習教材開発
【申請者】 政策・メディア研究科助教授 仰木裕嗣
【研究助成金額】800千円
【研究成果】
(1) スポーツエンジニアリング教育動向
国内では,スポーツエンジニアリング(スポーツ工学)という授業科目,および内容類似の科目は数少なく,例えば以下のような大学に開講されている.
(ア) 東京工業大学工学部機械知能システム学科
@ 生体工学(Bioengineering) 宇治橋貞幸氏
(イ) 秋田大学工学資源学部機械工学科
@ スポーツ工学 土岐仁氏
(ウ) 金沢大学工学部人間・機械工学科
@ スポーツ科学 香川博之氏
研究期間中には,東京工業大学宇治橋氏の開講する授業で用いているテキストを取り寄せ網羅的にスポーツ工学を学ばせていることを知り参考資料として授業内で紹介した.また金沢大学工学部米山・香川研究室を訪問し,教育の取り組みについてのヒアリングを行った.金沢大学工学部人間・機械工学科では特に人間と機械とのインタラクション,スポーツにおいては人間とスポーツ用具との関連を中心にして捉えることを重視した教育がなされている.バットやゴルフクラブといった打具,さらにはスキーやスノーボードなどの雪国ならではの特徴を活かしたテーマを取り扱っている.また機械を学ぶ学生がスポーツを題材にして学ぶテーマのひとつとして,ロボットによるスポーツ技能の再現(今年度は卓球サーブロボットの試作)が授業に取り込まれており,学科の特色を色濃く出しているカリキュラムといえる.
(2) スポーツエンジニアリング教材開発
13回の授業のうち,講義・実習,グループワークにて授業を行った.この授業を進めるにあたって,以下の資料を作成した.
(ア) 授業講義テキスト(LaTeXおよびPDFにて配布)
講義が中心の学期前半部分については,講義用テキストを準備した.内容は
スポーツエンジニアリングとスポーツバイオメカニクスとの違い
スポーツエンジニアリングの前提となる計測の基礎知識
研究方法概論,A/D変換,誤差の種類,データの平滑化等
などである.
(イ) 学生実習テキスト(LabVIEWプログラムとして学生に資料配布)
学生実習では,計測ソフトウェアLabVIEW学生版および,教育用計測機器NI ELVISを用いて,計測プログラミング並びに計測実習を行った.計測プログラミングについては,(i) 条件判断・繰り返し,(ii)グラフィック表示,(iii)基本統計量算出,(iv)時系列データ処理,のなかの基本的な部分を取り扱った.後半の外界情報のセンシングの題材は,「温度」をその基本とし,さらには人間の運動センシングの例である「加速度」の計測で,重心動揺判定プログラムの作成を行った.最終的には,センサデータを計測器から得て,それをグラフィカルに表示し,統計量を導き出す,という手順で行うものである.
図:打率計算プログラム(四則演算基本理解)
図:心電図データ表示・ピーク検出プログラム(時系列理解)
図:垂直跳び床反力計測プログラム(データ計測・表示・ファイルI/O理解)
(ウ) 学生自習用ソフトウェア(自習用として学生に配布)
映像データの定量化には,関節座標やボールなどの標的の座標をデジタイズする必要がある.しかしながら一般的にはこうした映像ファイルをデジタイズするには非常に高価(通常は100万円以上)であり,且つライセンスの問題から学生が自分の課題を行うために使うことが出来ない.そこで,本授業教材として映像ファイルの座標取得ソフトウェア,MovieDigitizerを授業TA赤池輝幸(政策・メディア研究科1年)の協力のもと開発した.このプログラムを用いることで,各自の所有するPCを使って学生は各自・各班で撮影した実習課題を進めることが出来,学習には大いに貢献した.
図:MovieDigitizerプログラム(任意動画ファイルの位置座標取得ならびに実長換算方による実測データへの変換が可能)
(3) 学生実習用実験器具
本授業の実習用課題は3つ.
(ア) バットの慣性モーメント計測
この実習では,学生が自ら1本吊り法によるバットの振動周期を計測し,そこから各バットのグリップエンド回りの慣性モーメント,重心周りの慣性モーメント,そしてグリップ回りの慣性モーメントを計算によって求めた.事前に各自がバットを振って得た「振りにくさ」の感覚的評価と定量化された慣性モーメントについて,比較検討を行った.
この実習用には自作の振動周期計測用の治具・および重心を計測済みの1本吊り用バットを5本準備した.
(イ) 高速度カメラとフォースプレートを用いた着地衝撃計測
この実習では,裸足・シューズ・ヒール,といった条件および床材の状態(フォースプレートのみ,絨毯,ウレタンマット)の2つの条件が着地衝撃にどのような違いをもたらすのかを実際に目で確認し,着地衝撃の実測値を得る作業を行った.学生たちは,自ら被験者となり様々な条件で低床台上からの落下を繰り返し行った.
得られた着地衝撃データ(時系列データのCSVファイル)については,各自が高速度カメラ映像ファイルと共に各自が持ち帰り,学期末レポート課題の資料として取り扱った.
図:台上からの落下試験による着地衝撃
図:解析結果(重心動揺・着地衝撃,力積,パワー等)
(ウ) 高速度カメラを用いたスポーツ映像計測・定量評価
素早い動作が特徴ともいえるスポーツ動作の分析を学生が実際に取り扱うにあたって,本授業では班ごとに選択した運動種目の撮影および座標取得(先述のMovie Digitizerによる)を行い,身体運動におけるキネマティクスの算出を行った.対象とした運動は以下の通りである.解析については絶対座標の算出,ならびに着目点の関節角度変化,角速度変化,さらには連続運動の周期性およびばらつき,といった解析について行った.
● サッカーのリフティング動作
● タッチフットボールのスローイング動作
● 自転車ペダリング動作
● ゴルフスイング動作
これらの映像ファイルおよび,そのデジタイズ座標(さらには,関節座標と映像の重ね合わせ画像)については,電子ファイルとして蓄積し,今後の資料とするものとした.
図:リフティング中の関節座標変化
図:タッチフットボールスローイングにおける手先移動変化量
図:自転車ペダリングにおける関節座標算出法
図:ゴルフスウィングにおけるクラブヘッド・手首・肘がなす角度変化
【今後の展開】
(1) 授業講義教材の充実
SFCにおいては,そもそも計測に関連する講義課目がないために,電気計測・センサ計測の基本的知識を学ぶ場がない.従って,より初学者向けの講義資料が必要である.
(2) 授業実習教材の充実
センサ計測については,メディアセンター所蔵の教育用計測ハードウェアを用いた,簡単な計測から実際の研究レベルに踏み込めるようなレベルの計測プログラムの開発が望まれる.計測用ソフトウェアについてはすでにNI社製LabVIEWがキャンパスライセンス導入されているために,これを用いたSFCの授業実態にあった教材が必要である.そのためにはセンサや電材部品の紛失なども覚悟しつつ学生が自発的に活動できる場の提供も同時に必要である.こうした計測実習には時間と場所が必ず必要とされる.
(3) 授業サンプルデータの充実
授業では実際にその場での計測実験を行ったが,環境的要因や授業の進捗状況によっては必ずしも1コマのみの授業内に実習がどの班も終えることが出来ないことは容易に想像がつく.従ってこうした場合に備えて履修者の学習意欲をそがないためは,道筋をテキストでチェックしながら実習授業後に自宅でも確認できる実験データ,そして解析結果の解答が必要である.今後,可能性のある実習課題については実習実測値および解答例つきの資料が必要と考えられる.
(4) 授業支援ソフトウェアの充実
本年度の取り組みでは,映像データの定量化のための支援ソフトウェアとしてMovieDigitizerを開発した.計測の過程と基本原理を理解しつつ,自宅での学習を支援するにはこうしたフリーウェアの存在が欠かせない.今後はSFCメディアセンターに導入される予定のモーションキャプチュアシステムおよびフォースプレートなどの計測機器の充実に合わせて,映像だけではなくセンサデータの計測・解析のためのフリーウェアの開発も欠かせないと考えている.