2005年度 学術交流支援資金 電子教材作成支援

3−5  報告書

 

 

研究課題:ITと学習環境

研究経費:80万円

研究組織:研究代表  重松 淳(政策・メディア研究科教授)

     研究協力者 安村通晃(政策・メディア研究科教授

           國枝孝弘(政策・メディア研究科助教授)

           藁谷郁美(政策・メディア研究科助教授)

 

 

 

T.本研究の背景

 

秋学期開講のHCプログラム科目「ITと学習環境」(旧LT)では、これまで広く「学習」をキーワードに、ITの発達とインターネットを利用した学習および電子教材の充実がもたらした新しい「学習スタイル」を論じ、学習という行為の周辺でITやネット環境が果たす役割を考えると共に、履修者自らの電子教材作成体験を通じて、今後の「学習」を支える思想について議論してきた。

その中でわかってきたことは、今後の「学習」を支えていく柱の一つに「学習支援」があり、それは、これまでの「教育」的姿勢から、学習をさまざまな局面でサポートしナビゲートしていく態勢作りへの転換を意味するということであった。外国語学習でいえば、これまでの教室中心・電子教材補助といった枠組みを、個別自律学習支援中心へとパラダイムシフトする必要性が高まっているということである。

昨今ユビキタスという概念が導入されて以来、「学習」の世界でもエージェント学習(協調学習)のような目に見えない支援がクローズアップされ、またメンターと呼ばれる自律的学習を援護する役割の重要性も認識されるようになった。外国語学習においては、個別自律学習への期待を満足させるために、ネット上の教材、ITを活用した遠隔教育プログラム、PC上の学習アプリケーション、更には携帯電話を利用した学習教材に至るまで、次々と開発が進められている。しかしこのような多くのコンテンツを自ら有機的に活用して学習するための、レベル診断、適性診断、自己評価、教材選択の前提知識などへのアドバイスやサポートの部分が欠落している。つまり外国語学習においても、エージェント学習やメンターの存在が、その必要度を増していると言える。

おりしも、多くの企業では、社内e-learning教育や研修に、LMS(Learning Management System)という概念を導入し役立てていると聞く。まさしくこの学習マネジメントという考え方が、外国語学習の個別自律学習支援にも適用される時が来ていると思われる。

 

U.本年度の研究成果報告

 

1.  企画構想部門(重松)

1−1 今年度の目標

  本研究では、上に述べたLMSの考え方をベースに学習を支援しナビゲートしていくという思想のもとに外国語LMSを開発し、その開発のプロセスとノウハウの蓄積を「生きた教材」として、新しい学習スタイルを論じる「ITと学習環境」に提供していくことを目的としている。また学習周辺の使い心地のよさを追求するインターフェースについても、合わせて研究・開発する。

今年度の目標は、外国語の個別自律学習への導入として、外国語学習へのレディネス(準備状況)を診断できるシステムを開発することとした。このレディネス評価・診断プログラムが完成すれば、外国語学習を志す学習者は、まず学習へのレディネスや既習外国語の能力診断、学習計画への助言、教材選択へのアドバイスなどが得られる。将来的には、このシステムを通じてSFC外国語教材として活用されている多くの教材の閲覧や試行を可能にし、更には外国語カリキュラムとの連動によって、教室授業・遠隔授業などをも含めて学習者自身が学習プランを立てることができるように、設計していきたい。

レディネスという語はかなり広い範囲を指しており、言語の4技能のみならず、外国語学習の経験、知識、学習への姿勢、学習の習慣、信条、動機なども含まれる。それらの幅広い範囲をカバーすることを視野に入れているわけではあるが、まずは言語の4技能が正しく診断できるかどうかが要である。

4技能の診断において「聞く、読む」の能力診断はペーパーテストの工夫によってある程度の確度を確保することができるので、これを「自動化」するプログラムは多く存在するが、「話す、書く」というプロダクトに関わる部分の「自動診断」が難関である。一般に「話す(コミュニケーションにおける発信能力)」の「自動診断」は非常に難しく、今現在ほとんど手付かずの状況である。この分野に踏み込むことも将来的には考えたいが、現状では難しいと言わざるを得ない。そこで今年度は主に「作文自動添削システム」を行うことを到達目標とした。

外国語初級における「作文自動添削システム」の開発については、まず英語に初級英作文自動添削システム「サッと英作」がある。ドイツ語研究室では「サッと英作」を下敷きにした「サッと独作」(SFC/HC修士加藤周作君制作)がすでに完成しており、授業補助として使われている。中国語、フランス語にはまだその種のシステムがない。そこで、中国語能力診断の手始めとして、「中国語初級作文自動添削システム」の開発を短期的目標とし、他の言語にも応用できる汎用性を持たせることを目指した。

 

1−2 今年度の成果

今年度は、外国語LMSの構築に至るプロセスを

1)    総合システム企画

2)    評価システム開発

3)    既存教材の整理とマッピング

の3つに分けてそれぞれグループを作って活動を行った。

まず1)総合システム企画では、トップページのイメージと全体の構成を考えた(環境情報学部中西俊輔君作成)。2)評価システム開発では、評価・診断を可能にするデータ収集を行い、独・仏・中3言語に共通のデータベース仕様を考えた。また中国語においては初級作文自動添削システムを開発した。3)既存教材の整理とマッピングでは、主にSFC中国語関連のWEB教材その他の独自教材を目的や特徴などによって整理し直し、総合システムに取り入れる準備としてのマッピングを行った。

 

2.  企画支援・インターフェース部門(安村)

 

 ITと学習環境の今年度の目標である、「レディネス評価・診断プログラム」の構築のために、我々はまず学習者の学習ノートに着目した研究開発を行なった。

1点目として、学習ノートをオンラインで作成し、それを常に参照可能にすること、また、それを複数人で共有できるようにすることである。そのために、我々はWiki[1]に着目し、Wikiベースのオンライン学習ノートのプロトタイプWikiノートを作成した。次に、第2点目として重要となるのが、学習者のポートフォリオの作成と管理である。このため、我々は学習ノートを発展させて、複数の学習ノートなどを一括して管理するWorkStationの概念設計を行なった。これは、過去の学習内容を体系的に蓄積し、検索できることで、学習記録を学習者・教師の双方で参照可能とするものである。

さらに、第3点目として、従来のオンラインノートは図の書き込みが不便であり、アップロードが必要であったり、また複数人での共有が難しかったりした。そこで、我々はNOTAと呼ぶ、まったく新しい手書き感覚のオンラインウェブサイトシステムを開発した。NOTAの概念図を図1に示す。NOTAは、簡単に手書きの図を書き込んだり、写真の貼り付けができたりできる。その結果が瞬時にWeb上に反映されるため、複数人がネット上で共同制作するのに非常に適している。NOTAは、神奈川県初め、全国各地の小中学校で使われ始めている。

図1 NOTAの概念図

 

 

3.  企画支援・中国語部門(重松)

 

中国語部門では、評価システム開発および既存教材の整理とマッピングを行った。

評価システム開発においては、初級作文自動添削システム「中作道場」(環境情報学部飯田恭央君卒業制作)と、誤用例データベースを作成した(環境情報学部山田知里君卒業制作)。U−1−1で述べた「サッと英作」「サッと独作」の基本的な考え方は、ある作文問題に対して考えられうる限りの正解を挙げ、それに当てはまらない部分を誤用として添削をほどこすというものである。「中作道場」では、テストとして出題された作文に対する学生の回答文から、誤答を書き出してデータベースを作り、それをもとに、同じ誤答が出るとその部分の添削コメントが出るように作ったものである。添削コメントがきめ細かくつけられることや、頻度の高い誤りを発見できること、それに付随して学習履歴が閲覧できることから、学習者にとっても指導側にとっても非常に便利なものである。

難点は、誤用データベース作りに膨大な時間と労力がかかることと、自由作文には対応できないことである。データベースの作り方にはまだまだ改善の余地があり、基本的なコンセプトを固めるところまで至っていない。今回のデータベース作成の考え方は非常に単純なものなので、これをドイツ語、フランス語にも応用することができれば、将来的には同じ仕様のデータベースを独仏でも作成し、「中作道場」と同じシステムで動かすことができるかもしれない。次年度引き続き模索を行う予定である。

既存教材の整理とマッピングでは、これまで中国語教材として研究会で開発してきたさまざまな教材を、目的、特徴、期待される効果などによってランク付けし、マッピングを行った。その結果、オーソドックスな文化知識教材、漢字学習教材から、スピードを要求するタッチタイピング教材、聴覚と視覚を刺激して記憶力に働きかける教材、リスニング教材、携帯電話を利用する教材など、かなり多様な教材があり、さまざまな学習者の要望に応えられることがわかった。しかし、多種多様な学習者の志向に対応するには、まだまだ不足している。従ってこのような教材を増やしていくと同時に、学習者の自律学習を支援するために、これらの教材群にどのような有機的な繋がりを持たせていくかという点で、更に熟考が必要であることも認識した。

 

4.  企画支援・フランス語部門(國枝)

 

フランス語セクションでは昨今のモバイル技術の進展による自律学習環境の拡大という観点から、既存教材の整理と、新たな教材の開発、そしてモバイル環境の見極めを行った。今後のフランス語教育においては自律的学習を促すためのITを積極的に活用した授業デザインの構築と、協調学習に主眼をおいた、主に遠隔テレビ会議による国際的交流が重要になってくると思われるが、今回は前者の取り組みにおいて、まず授業カリキュラムの進行における既存WEB教材の位置づけを明確化した。これによって、「いつ、どのくらいのレベルで」授業外にWEB教材に取り組めばいいのか、おおよその指針を学生に示すことができた。しかし同時に、個々の学習者の志向、レベルにまでたちいったガイドはできていない。また学習者の履歴をフィードバックして、より精緻なガイドを作る必要もあるだろう。この個別学習にも有効な指針作りが今後の課題となる。

 また自律学習環境の拡大の中で、携帯電話を利用した学習教材を開発した。フランス語の場合はアクセント記号があるため、文字表示の問題があるが、それを画像処理することで解決した工夫の見られる教材である。さらに今後取り組みたいのは、I-podを利用した学習教材である。中でもPod-castingはいわば、毎日放送される5分間ラジオ番組のようなイメージで、たえずオン・タイムな情報を流したり、リスナー(=学習者)が必要とする情報を即座に企画、提供できるとともに、リスナー(=学習者)は自分の都合にあわせてダウンロードをし、また必要な情報にアクセスできる利点をもつ。さらに動画にも対応していることから、今後外国語学習を考える上で、とても大きなアイテムになると考えられる。今後は既存の教材をI-pod仕様にしていくとともに、そうした複数の教材へとうまく学習者をナビゲートしていけるシステム作りが課題となるであろう。

 

 

5.  企画支援・ドイツ語部門(藁谷)

 ドイツ語セクションでは自律学習支援システムのより充実した枠組み構築を目指して、多様な学習コンテンツの拡充、および細分化されたレベル設定による自律学習支援システムの充実をはかった。

具体的な作業内容は以下の通りである:

1)携帯電話教材コンテンツ『Mobilin』(環境情報学部 今井遼君作成)

              SFCで使用する教材の文字、音声および動画を携帯電話コンテンツとして作成し、          実際の授業で公開した。ほぼすべての機種で同じコンテンツ教材の音声データを    再生することができる。この特徴は携帯電話教材としてきわめて画期的である。

2)名詞画像データベース

              既に教材開発研究プロジェクトで構築していた名詞画像データベースが存在して              いたが、データの追加・削除および検索・並び替えの作業をよりスムーズにする    ために、今回はデータベース管理用プログラムを新規作成した(環境情報学部 松              原弘典君作成)。

3)キーセンテンス穴埋め練習問題

              全く新しい学習コンテンツとして穴埋め形式の練習問題を練習問題作成用ソフト              ウエア「Hot Potatoes」を使用して作成した。(政策メディア研究科 加      藤周作君作成) 

4)ドイツ語作文添削『サッと独作』

              既に教材開発研究プロジェクトで作成したプログラム(政策メディア研究科 加              藤周作君作成)について、実際のドイツ語履修者から使用評価をとり、分析した    うえで、新しい機能として掲示板を設置するなど機能の改善をはかった。

 

 

V.まとめと今後の展望(重松)

 

 以上今年度は各セクションがそれぞれ企画支援の活動を行った。今後はいよいよこれらを統合する総合的なLMSの作成に向けての努力をすることになる。具体的には既成のアプリケーションをカスタマイズすることによって、最適なLMSを模索する。なるべく早期にプロトタイプを完成させ、一定の評価を行った上で本格的なプログラミングに入る予定である。

以上

 



[1] WikiとはWebブラウザから簡単にWebページの編集が行なえるWebコンテンツ管理システムで、複数の利用者がWebサイトを構築していくのが可能となっている。