慶應義塾大学学術交流基金2006年度報告書ト


中国ホルチン砂地の自然社会特性に基づいた環境共生型村落計画の策定と実証実験

〜現地調査と衛星画像によるデータ収集を中心として〜

 

慶應義塾大学政策・メディア研究科 厳 網林

(yan@sfc.keio.ac.jp)

慶應義塾大学環境情報学部3年 大場 章弘

(t04175ao@sfc.keio.ac.jp)

慶應義塾大学環境情報学部3年 矢野 隆昌

 

1. はじめに

中国では近年,砂漠化の急激な進行とその及ぼす影響が問題となっている.特に中国内蒙古自治区東部のホルチン砂地は中国4大砂漠の中で最大の面積をもつ(劉ら,2003)と言われおり,立入・武内(1998)らは1930〜1980年で中国内蒙古自治区奈曼旗地域において砂漠化地域が1.8倍に拡大したことを示した.また,宮坂・厳(2005)は1961年〜2000年でホルチン砂地において砂漠化面積が全体の1.8%から23.3%に拡大したことを示し,この40年間での砂漠化が特に著しいことを示した.このような砂漠化の生じる原因は主に人為的な要因と自然的な要因に分けられ,当地域のように短期間で急激に拡大した場所では,人為的な要因が大きい.宮坂(2006)は,ホルチン砂地における砂漠化の拡大は農業,牧業の関係性が高いことを示し,人為的な要因の中でも農業・牧業が主であるとした.

ホルチン砂地に含まれる多くの農村はこのように農業・牧業を収入源としており,村ごとの地理的な特性でその比率も異なっている.また,1つ1つの村は所有する土地の面積が決まっており,放牧草原も限られている.それ故,これらの放牧地で放牧頭数に余裕がないこともあり,このような村で放牧を行なう場合,2つの草原を利用する輪換放牧を行なうことが出来ない.このため家畜頭数を増加していくことは難しく,草原の現存量を効率的に利用する方法を考えなければならない(吉川ら,2000).すなわち,自然生態系が持つ「資源供給能力と廃棄物浄化能力の限界点」と現時点での「人間活動の規模」がどのような状態にあるのかを把握し,村の資源を越えた人間活動や,その限られた条件の下での今後の人間活動の方向性を示唆する必要がある(高橋,2005).

当地域を対象とする衛星画像を用いた研究は多く存在するが,衛星画像の精度等の問題から広域スケールでの分析が多いことが特徴として伺える.しかし,ホルチン砂地は村ごとに特性があるため空間的に不均質であり,非線形的な動態や制約要素が大きく変化する可能性と合わさると,外挿は現段階では解決策がない大変な難問となる(モニカ G.ターナーら,2004)ことから,単純に適用させることは得策ではないと考えられる.

以上のことから,ホルチン砂地の砂漠化を防止するためには,村スケールで草原の放牧圧を定量的に分析することで,現存量を効率的に利用し,持続可能な発展を念頭においた土地利用計画を策定する必要がある。本プロジェクトは中国内蒙古自治区阿古拉鎮東部に位置する都西村を研究の対象地域に選んだ。この地域において2006年8月に植生・地形・土壌について調査を行い地上現存生物量を評価した。ここでは、現地調査の結果と衛星画像を用いた土地被覆分類の結果を報告する。

2. 現地調査

2.1 研究対象地域

研究対象地域は地理的にE122°41′34.63″- E122°46′53.37″,N43°16′52.08″- N43°21′00.39″に位置し,行政面積38.9ku,人口255人の村である.図1に示すように都西湖という東西2800mに広がる比較的大きな湖があり,この村では農業に湖の水を利用しているが,近年では深刻な塩害に悩まされている.

図1 衛星画像からみる都西村


2005年にNPO法人緑化ネットワークの協力で得た社会調査データによると,収入形態は主に牧畜で,ヤギが8割である.戸数は54戸で,一年における一人当たりの平均総収入と純収入はそれぞれ,5000元,純収入1,000元である.

2.1 現地調査手法

2.2.1 調査地点の決定

調査地点の決定は、予め図2のようなASTER画像(2004年9月11日撮影)を用いて目視による土地利用分類を行い,土地利用の代表点を決定した上で調査を行った.画像分類の結果が図2であり,水域,居住地,牧草地,樹林地,農地,雑草地,砂地の7つに区分した.この画像をもとに,NPO団体緑化ネットワークの植林予定地を考慮した上でトランセクトを引き、その上で調査地点を計画した。1つのトランセクトは村を南北に横断し、主に図2の湖北方面を中心に考慮した。というのは、現地住民の活動拠点が主に北部であるという情報を事前に得ていたためである。このような計画の上、実際に現地で臨機応変に調査地点を決定するに至った。

図2 教師なし土地被覆分類結果と現地調査の地点


2.2.2 植生調査

植生調査は図3のようにして1m四方の方形区を作り、どの植物がどの頻度で繁茂しているかといった被度・群度,4分の1の草の重量を量り、主観・客観の両点から調査を行った。また、植生段位の複雑な場所では,階層に応じてコドラートを設けた.また,潅木群は10m四方,草本群は1m四方のコドラートで調査を行った.

図3  コドラート

2.2.3 土壌調査

土壌調査は、図4のようにして穴を数十cm掘り、地形・土壌種の変化に応じて、土壌水分系を用いて調査を行った。植生調査をする際に、土壌状態を調べる必要があるため、平行して行った。

図4 土壌調査

2.2.4 地形調査

地形図が手元にないことから、同時に地形調査、土壌調査も行った。植生調査を最優先とする調査を行ったため、土壌調査は植生調査地点付近で必要に応じて、地形調査は調査地で全方向最大200mにわたって調査した。 基本的には地形的な変化があるところで図5のようにして高精度GPSを用いて計測した。変化が見られる、あるいはその土地の地形状態がわかるような場所で計測を行った。

図5 地形調査

2.3 現地データ

本研究を行なうに当たり,2006年7月29日から8月12日の期間に中国内蒙古自治区阿古拉鎮都西村で植生,地形,土壌調査を行なった.植生データを取得する際,予め衛星画像を画素で土地被覆を分類した結果からなるべく全ての土地被覆を横断するようなトランセクトを引き,土地被覆を代表する点を得する手法を用いた.今回は大まかに8分類に分けられたため,5本のトランセクトを引いた.実際に植生データを取得した点は図2のようになった.また,放牧圧を算出することを目的としたため,結果を集計する際には,牛や羊が好んで食べるかどうかという指標を作成することで,制度を高めた.

2.4 使用した衛星データ

2.4.1 ASTER衛星画像

現地データ取得点決定時に土地被覆の代表点を決定する際に用いたのが2004年9月11日撮影のASTER画像である.この画像は15mの解像度で比較的粗いスケールとなっているが,村の大まかな分類を行う際には適切である,といった特徴をもっている.

2.4.2 ALOS衛星画像

主として,調査終了後に分析に使用することを目的として用いた画像が2006年8月14日撮影ALOSのPRISM補正画像データである.この衛星画像は2.5mの解像度でASTERより詳細なスケールとなっている.また,3方向からの衛星画像を同時に取得することで高精度の地形データを作成することが可能になっているため,補正の精度もASTERより高く,現地で取得した位置を示すデータとの誤差が少なく済むといった特徴をもっている.また,純粋に解像度が高いため,画素のクラスタリング手法で分類を行う際にはASTERより精度の高い分類が行えるといった特徴をもっている.

3. データ処理と結果

3.1土地被覆分類

2004年9月11日撮影ASTERと2006年8月14日撮影の衛星画像を用いた土地被覆分類を行った。今回調査を行った際に得たグランドトゥルースデータを用い,それぞれ画素値から最尤法でクラスタリングを行うという手法を用いた.分類結果はそれぞれASTERが図6, ALOSが図7となっている.また,分類に用いた境界線は,調査時に現地住民から得た情報を用いたものである.

図6 2004年9月11日撮影ASTER土地利用分類結果

 

図7 2006年8月14日撮影ALOS画像による土地被覆区分

また,土地被覆ごと面積集計を行った結果,図8のようになった.

図8 土地被覆面積割合


3.2 植生調査結果の集計

植生調査結果を調査番号ごとに表1に集計した.集計項目は調査番号順に優占種,植被種類,土壌種類,地理的位置,草高(cm)の平均,植被率(%)の平均,葉及び群数の平均,生重量(g)の平均,乾燥重量(g)の平均,総生重量(g),総乾燥重量(g),可食総乾重量(g),可乾重量(u),総植被率(%),調査面積(u),風食程度,経度,緯度,X,Y,標高(m),調査期日,備考,ASTER土地利用,ALOSの土地利用とした.また,ASTER土地利用は図3の分類名と対応させた.その結果を表1とする.

表1 植生調査結果

 

4. 考察

4.1 都西村における植生群落の特性

表1を見ると,ASTERで事前に分類した同じ土地利用の地点でも,優占種が違っていることがわかる.このことからこの地域は植物による空間的不均一性の可能性が示唆されている.植物の特性が変化するとともに家畜の生活区域も連れて変化する可能性もあるため,今後の分析には家畜と植物群落の関連性も考慮する必要性があるということがわかる.


また,調査地点8,13,17,19,20,21,23,24では群落内の植生が豊かであるのに家畜が好んで食べることが出来ない毒性をもつ植種が多いため,実際に家畜を養うことのできる植物量は至極小さくなっていることがわかる.このように,植生多様度や単純牧草量だけでは精度の高い放牧圧を算出することは出来ないということが言えるため,今後放牧圧を算出,補間する際にはこのような不均一性を考慮しなければならないため,厳重な注意や配慮が必要であるということがわかる.

4.2 都西村の土地被覆分類

都西村の土地被覆分類結果を見ると、生活の基点となる水域,すなわち湖の近辺に関して、南部は豊かな植物域となっているが,北部は塩性の土地が広がり、あまり植生が豊かとは言えないような区分となっている.また,居住地のさらに北部は砂地が広がっている.そのさらに北部は植生が豊かな地域が広がっており,北東,北西部において潅木林もみられる.住民の生活域となる湖周辺は距離のある砂地北部に比べて植生が豊かでないのもひとつの特徴として伺える。このことから、居住地付近である湖近辺の過放牧の可能性が実際に示唆されていることがわかる。少し距離があるが,北部や湖南部の植生をうまく利用していくことが,持続可能な発展の可能性を方向付けてくれるのではないかということが考えられる.

4.3 土地被覆割合

図8から,この地域における,水域を除く非生産的土地被覆の割合は18.4%,であるのに対し,植生と分類された生産的と地被覆の割合は74.2%にも及んでおり,面積比は約1:4となっている.4.3の考察を踏まえると,この地域では居住地付近において可食植生量が多いことがわかったわけだが,これほどの植生がありながらなぜこのような状況が生じているのか. 考えられる理由として,以下の2つがある.1つ目は,地域住民の放牧移動範囲の狭さを原因とする過放牧がある.植生調査の結果から,居住地付近の植生は少ないのに対し,砂丘北部に広がる潅木林や草密地はみかけの多様度も高く,重量も多い.放牧を村の植生地に対してこのように不均一に行っていることから,植生面積に対して過放牧になっているという可能性が高い. 2つ目は,気候である.現地の住民の話によると,この調査を行った年は干ばつであり,畑の収穫量も例年よりも少ないとのことである.すなわち,今回の植物調査は,例年よりも比較的少ない年であり,通常は多いのかもしれない.

このように,植物量と土地被覆分類を表面から眺めただけでは,この村における持続不可能性や,土地利用効率などの話へと発展することができない.今後は,この結果を用いた放牧圧の算出をすることで,実際に数値としてどれほどの環境圧がかかっているかを分析していく必要がある.

5. 結論

結論として,以下のようなことが言える.
・ 植物群落特性において,空間的不均一性が予測された.今後分析を行なう際には厳重な注意と配慮が必要とされる.
・ 土地被覆分類の結果からも,居住地近辺における過放牧の可能性が伺えた.砂地北部や湖南部の植生を利用していくことが持続可能な発展を方向付ける可能性をもっていることが考えられる.
・ 生産的な土地面積は,非生産的なそれに対して約4倍もあった.しかしながら,これは植生調査の結果からうかがえる放牧圧の過負荷という考察とは異なる結果であるが、今回の分析からは実際にどれほど負荷を与えているか,土地利用の非効率・持続不可能性などの具体的なことは算出できなかった.今後の分析で行っていく必要があることを方向付けた.

謝辞

本研究が実施に当たり、フィールド調査に際して、非営利組織 緑化ネットワークホルチン現地事務所のスタッフの方々、北京林業大学王賢教授およびその研究室の大学院生の方々から多大な協力をいただいた。ここに感謝を表わす次第である.

参考文献

高橋義文(2005)発展途上地域における農業活動の持続性評価に関する研究-Ecological FootprintとEmergy Flow Modelによる分析-,北大農研邦文紀要,27 (1),115-197.
立入郁・武内和彦(1998)中国内蒙古・砂地草原における土地的要因が流動砂丘の拡大に及ぼす影響,ランドスケープ研究,61 (5),581-584.
國友淳子・吉川賢・森川幸裕(2000)中国毛烏素沙地における衛星画像を用いた植生量および放牧圧の推定,ランドスケープ研究,63 (5),531-534.
厳網林・宮坂隆文(2005)衛星データによる砂漠化進行の時系列分析と農業政策による影響の考察-中国内蒙古自治区ホルチン砂地を事例として-,総合政策学ワーキングペーパーシリーズ,65.
宮坂隆文(2006)砂漠化進行と自然・社会経済条件の関係性の分析(unpublished).
モニカG.ターナー・ロバートH.ガードナー・ロバートV.オニール著,名取睦・名取洋司・長島啓子・村上拓彦訳(2004),景観生態学 生態学からの新しい景観理論とその応用,文一総合出版,57