2006年度 学術交流支援資金「国内外でのインターンシップ、フィールドワーク科目支援」

 

1-16:ネット技術活用した遠隔フィールドワーク支援法の開発

研究代表者:総合政策学部 教授 梅垣理郎

 

研究課題

近年、社会科学ではフィールドワークを重視する傾向にある。だが、そのためのノウハウの蓄積やサポート体制は十分とは言い難い。とくに調査中に研究方針の修正などの重要な意志決定を行うべきかで悩む場合は多く、適切なサポートが求められている。本研究では長期間に渡るフィールドワークを行う学生を支援し、教員による適切な指導を可能にする遠隔フィールドワーク支援法の開発を行う。

具体的には、これまで培ってきたノウハウとネットワーク技術を活用し、安価に利用することができる遠隔フィールドワーク支援環境の整備・充実、運用、運用における教育的効果の実証を行う。実証調査はIT普及度の異なる中国と東南アジア諸国(タイ、ベトナム、ラオス)の複数地域で行う。

海外調査を行う学生や外国籍学生への教育活動の充実が求められている。本研究は、今後増えると思われる長期間のフィールドワークの質を高める重要なツールとなることが期待される。

 

今年度の活動報告

本研究は、フィールドワーク中の教育、支援法の開発とその実際の運用を行った。具体的には、短くても2,3週間、長ければ2,3ヶ月以上に渡るようなフィールドワークを行う学生に対して、いかなる支援が、また教育を行うことが可能であるかについて実際にITを利用した遠隔フィールドワーク支援システムの構築を行い、加えて実際に調査に行く学生に対して利用してもらうことでシステムの検証を行った。このような調査を行う学生は、短い就学期間において何度も調査に行くことはできず一回一回の調査の重要性が高いことからも重要性が高いと考え、今回の対象とした。このシステムの要件としては、環境変化を踏まえ、次のものが求められている。

1.遠隔での指導が可能であること

2.マルチメディア技術の重要性を鑑み、文字だけでなく動画や静止画も報告可能なシステムである

3.時差などがある場合もあるので非同期でのコミュニケーションを前提とする

 この要件を満たしたシステムを構築し、実際に教育的効果がどれほどあるか実証実験を行った。また、今後の学生の多国籍化、多言語化に配慮し、マニュアルの英語化、およびベトナム語化も行った。

 

システム概要

システムの概要について説明する。利用の流れは下記の図1にまとめた。まず、学生がフィールドから動画や画像を利用した報告をメッセンジャー(Yahoo!MSNなど)を通してその場で行う。この報告は現地でネットワークに接続した上で自分のPCで行うが、現地からSFCにあるサーバーのディスプレイと同期を取り、自分のディスプレイ上で行った報告をそのサーバー上でも同じものが動く環境を構築する(ソフト:Remote Administratorを利用する)。このプレゼンテーションは音声を含め動画として録画し(PhotronPower Recを利用する)、それを自動的にWEBページにアップする。このアップされた報告を教員が任意の場所で見てコメントを加える(専用のWEBページを用意)。報告には説明する生の音声に加えて動画や静止画を利用することできるため、教員は遠隔からでも現地の雰囲気や詳細を知ることができ、それらを踏まえてのコメントをし、必要に応じて学生の研究計画に指導を加えることができる。この指導応じて学生は再び調査を行うというものである。なお、今年度はWEB上でコメントを送受信できるようなシステムを整備しようとしたがうまくいかなかったため、メールにて代替した。

 

図1.支援システムの概要

 

現地調査にともなう実際の運用

 本年度は下記の5カ所において実際にフィールドワークを行った学生に、現地からのフィールドワーク報告を行わせた。また、その報告に対して国内(および、教員が海外にいる場合には海外)から指導を行った。

 調査の概要は下記の表1である。また、表2には現地で調査に赴いた学生が利用可能なネット環境についてまとめた。

 

表1.本年度の現地調査概要

調査者

対象地域、調査期間

調査内容

広川

タイ(チェンマイ、コンケン)

ラオス(ヴィエンチャン)

2006.8.219.19.(30日間)

「東北タイ農民の生活戦略と持続的農業普及の評価」

開発と経済成長によって生活環境・農業経営が変化したタイ東北部農村の事例を通じて、小規模農家の生活戦略という側面から持続的農業普及のコストとメリットを評価し、開発下における農民の「生活の安定」を希求する。

槌屋

ベトナム(ハノイ、フエ)

2006.8.239.22.(31)

「私的な支援関係による高齢者の「福祉」−ベトナム中部フエ市の事例から−」

福祉政策の基盤が未整備のベトナムにおける、高齢者の生活状況について調査した。福祉政策から除外される高齢者を中心に、彼らへの支援関係を明らかにした。結果として、小規模かつ保守的な関係性(家族、宗教的な支援設備、隣人関係など)が、高齢者自身の「満足する」生活を達成するうえで一定の役割を果たしていることを確認した。

梅垣・Chi

ベトナム(ハノイ、ダナン、ビンディン、ナムハ)

2006.8.17-9.1. (16日間)

Agent Orange: Poverty and Means of Relief. Comparitive Case study: Binh Dinh , Nam Ha, Danang-Vietnam

ベトナム戦争時のダイオキシン被害者の金銭的、精神的苦痛とその対処について、被害者と非被害者の家族やコミュニティ関係を中心に3つの地域を比較する形で調査を行った。この調査を通して、政府の役割の重要性だけでなく、ソーシャルキャピタルが被害者の苦痛軽減に重要な意味を持つことを明らかにした。

韓娜

中国(雲南省河口)、ベトナム(ラオカイ)

2006.8.5.8.24. (20日間)

「国境地域における変容−中国・ベトナム国境貿易のインパクト」

近年中国―ベトナム間の国境貿易の進展と国境地域に及ぼしている影響について実証的考察を行った。調査では、現地資料収集及び国境沿い住民を対象とする聞き取り調査を行った。その際、国境貿易の進展にともなう地域住民の生活や意識の変化だけではなく、地域住民の生活安定化の要素にも注目した。

 

表2.調査時の調査者が利用可能なネット環境について

地域

ネット環境

タイ(チェンマイ)

チェンマイ大学は有線で利用可能。市内にはネットカフェが多く存在し、安価(2030B/hour)で利用できる。また、一部のカフェでは無線サービス(100B/hour)で利用可能。

全般的に回線速度は速く、動画、音声の使用もスムーズ。

タイ(コンケン)

ネットカフェはブロードバンド、コンケン大学内のゲストハウスからは無線での接続ができる。音声のみであれば問題ないが、動画の送受信では遅延が見られる。また、自然災害(洪水)によって接続できなくなるときもままある。

ラオス(ヴィエンチャン)

ネットカフェはブロードバンドにて接続。大学については現段階では未調査。

ベトナム(フエ)

ネットカフェはブロードバンドにて接続。一部のホテルでも接続可能。但し、個人のノートPCでの接続はとくにネットカフェでは困難であり、自PCからの報告は難しい。音声のみであれば問題ないが、動画の送受信は途中でよく止まる。

ベトナム(ハノイ)

ネットカフェはブロードバンドにて接続。但し、個人のノートPCでの接続はとくにネットカフェでは困難であり、自PCからの報告は難しい。音声のみであれば問題ないが、動画の送受信は途中でよく止まる。ハノイ工科大学からは、Radminによる接続ができない。

中国(雲南省河口)、ベトナム(ラオカイ)国境付近

ネットカフェはブロードバンドにて接続。音声や動画によるメッセージの送受信も可能。

 

システムの利用実態について

 今年度の調査において、現地調査を行った学生に実際に使用してもらいまた、教員や後期博士課程の学生が報告を見てコメントを送る形で調査への支援活動を行った。ただし、上記の表2にあるように、ハノイでは自PCからRadminを介しての接続ができずシステムを利用しての報告が行えない状況にあった。また、全般的に国内からの接続に比べて非常にネット速度が遅いため、デスクトップを共有してのシステムを利用するためには接続時の遅延になれる必要があるなどの問題が改めて浮き彫りとなった。

 同時に、Power Indexを利用することで、報告後いつでもどこからでもネットを介して報告の動画をみることができるようになり、コメントを送る側のコストが低減したことは大きな効果があった。

 

次年度への課題

 音声や動画を伴う報告は、その報告としての質を飛躍的に高めている。ただし、実際にどの程度高まったのかについては、本年度の調査では示すことはできていない。これが次年度における第一の課題である。

本年度の実践において行ったことは、少数ではあるが実際に海外において長期にフィールドワークを行う学生が現地から音声や動画を伴った報告を行い、また教員や学生がその報告に対して、コメントを送ることで、現地の学生がより質の高いフィールドワークを行うことを可能にしたという点である。

 現状としては、現地のネット環境に左右される部分が多く、この点はある程度は想定されたものである。ただし今後は、セキュリティ意識の向上などから自PCを利用しての報告をネットカフェなどで行うことが難しくなる可能性がある。そこで、Radminなどの特別なソフトを利用せずに報告を行うことが可能なシステムの可能性について次年度以降の課題としたい。