2006年度学術交流支援資金研究報告(国際交流)

 

【課題名】ワイヤレスセンサを使った運動計測・解析手法に関する日豪共同研究

【申請者】 政策・メディア研究科助教授 仰木裕嗣

【研究助成金額】1,000千円

 

【研究概要】

人間が運動時にセンサを持ち歩くようになると,その運動を計測する需要が高まると考えられることから,センサネットワークはより高速サンプリングの時代を迎えると考えられる.申請者の仰木は,加速度センサや角速度センサなどの慣性センサを用いた運動解析方法の開発を行ってきたが,これまでの一連の研究で利用してきた慣性センサデバイスは,全てデータロガー式(メモリ記録式で,事後データを取り出す)であったことから,我々のデータ取得はリアルタイム性に乏しかった. これに対してオーストラリア・グリフィス大学工学部のCenter for Wireless Monitoring and Applicationでは,Bluetoothや他の無線を運動計測に活用する研究が進められており,研究代表者でもあるDr. Dariel James氏は歩行やスポーツ運動の解析において無線活用の提案を早くから行ってきた.

 

【研究目的】

本研究は,スポーツ運動をはじめとする人間の運動解析において無線計測技術の応用事例と具体的データ解析手法を提案することを,日豪の共同研究によって進めるものである.SFC側の要素技術であるスポーツ運動・動作のパターン判別や,映像解析との比較手法の提案に対して,グリフィス大学側からは無線デバイスの小型化や中継ホッピング技術などのハードウェアに近い要素技術の相互提案により新しい研究シーズを広く探していくことにある.

 

【研究成果】

(1)両研究室間の相互訪問

(i)グリフィス大学での研究ミーティング

出張者:仰木裕嗣,小柳玲乃(修士1年),深尾正平(修士1年)

期間:20061014日から21

訪問先:School of EngineeringCenter for Wireless Monitoring and Application(CWMA) School of Physiotherapy and Exercise ScienceSchool of Psychology

概要:共同研究推進中のグリフィス大学工学部無線工学応用研究所(CWMA)の上席研究員,Dr. Daniel James氏を中心としたヒトの運動モニタリング研究チームとのミーティングを行った.研究打ち合わせは主として下記のメンバーで複数のキャンパスに訪問して行った.

 

工学部・CWMA上席研究員 Dr. Daniel A. James

工学部長兼CWMA所長 Prof. David V. Theil

フィジオセラピー・エクササイズサイエンス学部長 Professor Lewis Adams

フィジオセラピー・エクササイズサイエンス学部兼CWMA研究員 Dr Rod Barrett講師

工学部・CWMA研究員 Dr. David Rowlands講師

工学部およびCWMA研究所所属の博士課程学生

 

工学部においては,申請者の仰木が工学部教員向けの特別講義を行った.また修士課程学生(小柳,深尾)は工学部・CWMA所属博士課程学生のうちスポーツ計測を研究対象にしている学生・教員の前で各自の研究テーマの発表を行った.

フィジオセラピー・エクササイズサイエンス学部においては,バイオメカニクスを専門とする,Dr. Rod Barret氏との研究打ち合わせを行い,彼らが歩行解析に用いているBluetoothを内蔵した無線計測装置とモーションキャプチュアの同時システムの紹介を受けた.特に走路が長くなった際に,基地アンテナ局を複数配置し,受信側をホッピングさせていく技術は革新的であり,様々なスポーツのなかでも広いフィールドを必要とする計測に応用できることを確認した.

 

 

 

(図)上段左から右に

図1:仰木研究室開発とグリフィス大学開発の水泳ストローク計測装置

2:グリフィス大学開発の歩行用解析Bluetoothモジュール

3:グリフィス大学開発の水泳ストローク計測

4:同上(複数センサの同期計測が可能)

5:クリケットバットによる運動計測装置

6:同上

図7:School of Physiotherapy and Exercise Science, バイオメカニクス研究室

図8:同上

図9:同上

 

 

(ii)慶應義塾大学SFCにおける研究ミーティング

2名の研究者を,別々の機会にSFCに招き,講義・研究ミーティングを行った.

 

期間および招待者(1):2006112日から1117日,Dr. Daniel James

期間および招待者(2):2007129日から2月8日,Neil Davey

 

期間(1)について

CWMA上席研究員のDr. Daniel James氏には学部研究プロジェクトにおいて公開講義でグリフィス大学におけるスポーツ計測部門の研究紹介,ならびに無線計測の物理的な基礎知識の講義を行ってもらった.また仰木が(株)アーズとの共同開発によって完成させた1チップ慣性センサICOneTenthについての意見交換を(株)アーズにて開発者を交えてその特性と応用の可能性について討論を行った.

 

期間(2)について

グリフィス大学工学部・CWMA所属の博士課程学生,Neil Davey氏を招待し,彼自身が開発を進めている3軸加速度・1軸ジャイロセンサを用いた水泳運動の計測について,研究討論を行った.またDr. Daniel James氏と同様,(株)アーズの研究開発者との討論を行った.CWMAで開発(現在はNeil Davey氏がコアスタッフ)のセンサデバイスは厳密な時間処理を行うリアルタイムスケジューラーを実装し,且つ時間的にラフな仕事の場合にはリアルタイムスケジューラーから抜け出す高度なシステムが実装されているため,今後我々のセンサデバイスへの転用が望まれた.

 

10:仰木研究室・東京工業大学中島研究室・(株)アーズ共同開発の無線3軸加速度・3軸角速度計測ロガー


 

(2)フィールド実験

両研究室の保有する計測器・計測技術を持ち寄り,スポーツのなかでも計測環境が劣悪といえる雪上でのフィールド実験を行った.

 

期間:200723日から5

場所:新潟県中頚城郡妙高高原町

概要:両研究室で保有するセンサ・計測装置を持ち寄り,仰木の研究テーマのひとつであるスキージャンプを想定し,冬山の雪上における計測実習を行った.雪上環境では慣性センサ計測,筋電図計測,3次元映像計測の3つのテーマを設定し,これらの実験を,グリフィス大学工学部・CWMA所属の博士課程学生,Neil Davey氏を招き行った.

Neil Davey氏は,CWMAが開発を進めてきた慣性センサを水泳研究において応用している学生であり,新規の計測装置を設計・開発している学生である.

 

 

(図説明)

図11:雪上での3次元映像解析

図12:同上

図13:同上

図14:同上

図15:ロガー式筋電・GPS計測装置

図16:同上

 

―――

【雪上実験における工夫した点および反省点】

ロガー計測実験では、映像と同期させなくても試技のスタートやストップが分かるように、各タイミングで被験者自らロガーを軽く叩くなどして波形にそのタイミングを出すという点が工夫点であったと考える。

 次に、映像撮影に関してであるが、これにおける工夫点は「マーカーを赤色の玉として設置した」、「雪を踏み固めた上にCDをおき、その上にカメラを設置することで雪に沈んでいくことを防いだ」、「LEDを使用し、カメラ2台の同期を行った」といった3点である。今回のマーカーの色は、白と比較的コントラストの大きい赤を選択した。黒色は影と同化して認識できない可能性があるため赤を選択した。また背景はマーカーの赤色とのコントラストが大きい雪面に設定した。それ以外(例えば木や土など)を背景にすると、マーカーとのコントラストが小さいため、分析時のマーカーの視認性が低くなるためである。雪上実験だったためにこのような工夫をしたのだが、こういった手法は他の条件化でも応用が利くものである。反省点としては、雪上実験であるということを考慮した取れづらいマーカーの設置ができなかったこと、マーカー設置位置自体の計画性の無さ、などが主にあげられた。

 最後に筋電計測に関しては、原因不明のアクシデントがあり計測データを採取することができなかったことが最大の反省点といえる。工夫した点としては、電極を設置した各部位とその周辺には念入りにテーピングなどの処理を施し、徹底した固定と防水の効果を期待した点などがある。しかし、実験終了時には、いくつかの電極が動作により振り落とされてしまっており、紛失してしまっていた。次回はよりよい固定方法を考える必要がある。雪上実験ということで、やはり一番勝手が違ったのは映像撮影であった。普段よりも慎重に絞りやホワイトバランスなどを調整していかなければならず、とても繊細な実験であった。また、防水処理の施されていない機器がほとんどであったため、準備片付けの時も非常に慎重な行動が要求された。マーカー関連に関しても、装着する服、設置するマーカー材料、設置方法など、実験前に十分な準備をしておくべきだった。雪上の実験のため、被験者の服装は厚手のものを使用したのであるが、その場合マーカーが動作によってずれてしまい、身体のセグメントの正確な位置座標の計測が困難である。しかし、薄着にしてしまうと気温が低いために体温が奪われ、パフォーマンスが低下してしまう。スキー、スケートの選手が試合を行う際に着用するようなスーツを着るという方法はあるが、このスーツは熟練者にとっては動きやすいものであるが、非熟練者にとっては動きにくく逆にそのパフォーマンスを低下させてしまう可能性がある。そのためスキー、スケート用のスーツを着用することが単純にこの問題を解決する手段であるとは思われず、非常に難しい問題である。気温が低いため、素肌を露出することができないまでも、素肌の動きにフィットした素材の服装で実験を行うことが、マーカーを鮮明かつ正確に映像に映すのには必要な点であることがわかった。

 

 

【まとめ】

本研究期間内に行った共同研究において,双方がもつ計測技術・解析技術を相互に討論しあうことで,様々な今後の展開が期待された.具体的にはすで(株)アーズとの共同開発した,3軸加速度センサ内蔵ICOneTenthのもつハードウェアポテンシャルと,グリフィス大学CWMAがもつ洗練されたソフトウェアポテンシャルを融合することで,全くこれまでにはなかったスポーツ・身体運動の計測のシステムが構築可能であることを確認した.スポーツ計測では運動が高速で行われること,移動範囲が広いこと,また他者との比較などによってトレーニングを検証する必要があること,などから実際のフィールドで誰もが簡便に装着できるデバイスは未だ存在しないといえるが,今後超小型のセンサチップと洗練されたアルゴリズム・解析手法の導入で非常に小さなデバイスでこれを実現できる可能性がある.

 

今後もグリフィス大学CWMAをはじめとする研究者に加えて,大学隣接のクィーンズランドアカデミーオブスポーツも加えた3機関での共同研究を進める予定であり,20073月には,グリフィス大学を再度仰木が訪問し,CWMAに滞在しさらにセンサデバイスの開発について研究を進めていく.また,20079月には,シンガポールで開催される,2007APCSTAsia Pacific Congress on Sports Technology)にてチュートリアルレクチャーを慶應義塾大学仰木ならびに,CWMADr. Daniel James, Neil Davey氏と共同で行う予定である.