研究課題:アラブ・イスラーム圏における研究拠点と学術交流活動の展開

代表者:奥田 敦(慶應義塾大学・総合政策学部・教授)

 

 

概観

シリアアレッポ大学学術交流日本センターを中心に、アラブ・イスラーム圏における研究拠点のいっそうの充実を図り、アラブ・イスラーム圏との学術交流活動を展開した。本年度は、多くの研究者がアレッポに滞在して研究拠点を活用した。研究拠点を通じて多くのプロジェクトが実施され、学部生も含めて多くの往来があった。また、レバノンのセントジョセフ大学の日本語教室では、イスラエルとの戦争にもかかわらず、関係者の努力によって教室が維持され、今後の関係構築に希望をつないだ。SFCで開催したアラブ人学生歓迎プログラムには6回目にして過去最高に並ぶ6名のアラブ人学生を招聘し、スキットビデオ「サバイバル日本語」制作のコラボレーションを行った。以下、シリア拠点、レバノン拠点、SFCのそれぞれについて本プロジェクトにかかわる本年度の活動を振り返っておく。

 

 

T シリア拠点「アレッポ大学学術交流日本センター」

 

■国際会議での発表:

奥田敦「アレッポと日本:2つの文明間の実践的対話」(アラビヤ語)4月26日:アレッポ大学機械工学部大講堂、「アレッポ、イスラーム文化の首都指定記念シンポジウム」(4月25日〜26日)。グローバル化時代の文明間対話について、現下のグローバリゼーションは決して地域に繁栄も幸福ももたらさないことを指摘した後、SFCとアレッポ大学日本センターの間で続いている共同プロジェクトの理念と活動を紹介しながら、なぜ実践的でなければならないのかを考察。またイスラーム文化の首都アレッポの抱える現代的な問題にも言及した。(セッションの司会は、シリアのグランドムフティー、アフマド・ハッスーン師)。セッションの当日の朝には、フランス人研究者、アブドゥッラフマーン氏とともに衛星テレビに生出演し、報告の内容などを紹介。また、発表は翌日の地元紙「ジャマーヒール」に大きく取り上げられた他、アル・ジャジーラの生放送チャンネルで放映された。

 

■研究活動

本年度は、奥田が9月末まで、松原康介君(日本学術振興会特別研究員)が年間を通じて、植村さおりさん(政策メディア研究科修士課程2年)が6月末まで、小牧奈津子さん(同修士課程1年)が8月末から2月上旬まで、それぞれ、アレッポ大学日本センターを拠点として研究活動を行った。奥田は、現地の専門家とクルアーン、スンナの研究を、松原は、都市計画と日本人都市計画家番匠屋氏の研究を、植村は、慈善活動に活躍する女性イスラーム教徒と慈善団体の研究を、小牧は、自殺に関するシリア人学生の意識調査をそれぞれ行った。自殺に関する意識調査は、日本センターを通じて、アレッポ大学さらにはシリア政府の許可まで得て行われた。このことに象徴されるように、研究拠点に恵まれてこそより精度の高いフィールドワークも可能になるし、これら研究者の研究は、こうした拠点の存在によって他では実現できない特色あるものになっている点も指摘しておきたい。なお、松原、小牧の両名は、それぞれ日本センター主催の講演会で、研究報告も行っている。

 

■イベント

日本フェアへの参加(9月14日):アレッポ大学日本センターの年次定例行事になっている「日本フェア」へ慶應義塾大学SFC奥田敦研究会の活動の一環として参加。伝統的な日本文化から現代文化、さらにはSFCにおけるアラブ・イスラーム研究関係の研究成果も紹介した。伝統文化では、茶道、書道、珠算、剣道、柔道、折り紙、現代的な文化では、映画「ピンポン」の上映、雑誌紹介、特設日本語会話教室、SFCの研究成果としては、アラビヤ語形態素解析プログラムのデモ、アラビヤ語/日本語の奥田研オリジナル映像作品の上映などが行われた。SFCからの8名の参加学生たちは、日本センターで日本語を学ぶ学生たちと準備の段階から同フェアに参加し、中心的な役割を果たした。来場者数は、数百人に及び、夕刻にはJICAダマスカス事務所長長沢一秀氏による講演会が行われた。

 

■研究プロジェクト

辞書プロジェクトの遂行(8月末から9月中旬):昨年来進められているアラビヤ語形態素解析エンジンの開発が引き続き行われた。アレッポ大学日本センターにて現地の専門家に協力を得て集中的な実験データのチェックと討議、プログラムの修正などが行われた。動詞パタンの検証が中心的に進められ、アルファ版からベータ版への移行がほぼ完了した。なお、本プロジェクトを中心になって進めてくれている岩井貴史君(環境4年)は、独立行政法人情報処理開発推進機構よりアラビヤ語形態素解析エンジンの開発によって「天才プログラマー」の称号を得ている(塾生新聞にも掲載された http://www.jukushin.com/article.cgi?h-20060705 )。

 

■日本センターに無線ランを敷設

日本センター内に無線ランが敷設され、センター周辺でのラップトップの無線によるインターネット接続が可能になった。シリアではまだ国内の調達では実現しない非常に珍しい設備である。

 

 

U レバノン拠点:セントジョセフ大学日本語教室

 

昨年1月より佐野光子さん(SFC研究所上席研究員)が、日本語教室の講師として、前任の三枝かなさんに代わって赴任。日本語教室の維持発展に尽力した。7月のイスラエルによるベイルート攻撃の際には、ミサイルの爆風を宿舎の窓に受けながら、滞在を続け、一時シリアのアレッポに避難するものの状況が落ち着きを見せはじめた9月末にはいち早くベイルートに戻って、教育の再開に努めた。これら一連の活躍は特筆に価する。ASPには、同日本語教室からマナール・カイさんが招聘されたが、ASPへの参加を目指した日本語の猛勉強が、戦後の混乱に置かれた学生たちの励みになっていたという佐野さんからの報告も記憶にとどめておきたい。マナールさんのインタビューが塾生新聞に掲載された http://www.jukushin.com/article.cgi?k-20061203 )。なお、佐野さん自身は、ベイルートを拠点にアラブ映画の研究を続けている。その成果は、3月のアラブ映画祭(東京)においても存分に発揮されるものと思われる。9月19日には、セントジョセフ大学とSFCの間で包括的な学術協定が最終的に締結された。学術協定の中には、慶應=セントジョセフ学術交流日本センターの設置構想なども盛り込まれており、拠点としての今後の成長が期待される。

 

 

V SFC(奥田敦研究室(アラブ・イスラーム研究研究室))

 

ASP2006( http://nafidha.sfc.keio.ac.jp/ASP2006/index.html

11月6日から20日の15日間にわたって、本年度のアラブ人学生歓迎プログラム(ASP2006)を開催。シリア4名、レバノン、イエメン各1名の計6名のアラブ人学生をSFCへ招聘した。ビデオスキット『サバイバル日本語』の共同制作、漢字や日記を中心とした日本語学習、茶道・華道・着付けなど文化体験、SFC生とアラビヤ語によるアラビヤ語学習交流会、富士山旅行、都心探索などを行った。「共鳴する未来へ」を積極的に掲げた招聘プログラムで、伝統や宗教、習慣などの違いを乗り越えて、参加者がたがいに共通の未来へ向けて気持ちを通わせられた交流が、多くの方々の支援をいただきながら、今年もSFCで実現できた。

拠点との関わりで強調しておくべきは、選考の段階から、シリア、イエメン、レバノンの提携諸機関と緊密な連携をとって準備が行われた点である。シリアでは、アレッポ大学の日本センターで、マンスール博士や現地の日本語の先生たちの協力を得て、書類提出に加えて、選考試験と面接が行われた。レバノンでは、上述の佐野光子さんから、参加者に対するコメントをいただいた。またイエメンでは、イエメン・日本友好協会、そして、2003年のASPに参加したムハンマド・アルハイド氏からも様座無し苑をいただいている。

目指すのは「お互いが変わること」、「彼らが何者であるかを分かるためではなく、彼らとわれわれがともに何者であれば、将来へ向けて共通のビジョンを描けるのか」を何よりも第1に考える。SFC発の新しい形の交流は、オリエンタリズムを実践的に乗り越えて、将来の日本とアラブ・イスラーム圏との関係構築のひとつのモデルになっていくものと確信している。

 

ORF2006

奥田研によるアラブ・イスラームに関する研究および交流活動の成果が展示された。個々の活動をまとめたポスターは、それ自体が、今年度の研究活の成果の一つといってよい。

 

■特別研究プロジェクト

3月1日から14日の予定で、モロッコ、シリアでの特別研究プロジェクト「アラブ・イスラーム世界のとのインターラクション4」を実施する。24人のメンバーで、まずモロッコを訪問し、現地の日本語教室2ヶ所(ラバト大学、ムハンマディア大学)での現地学生との交流活動を予定している。シリアでは、アレッポ大学日本センターのビデオクラスとのコラボレーションによって、スキットの撮影を行なう予定である。

 

■リビア拠点

1月から2月にかけて、リビアに関していくつかのルートで連絡が取れ、リビアの民主化のモデル地区についてのフィールド調査、あるいは、大学院も含めたいくつかの研究教育機関との連携が視野に入ってきている。春学期の間に奥田がリビアを訪問し、8月末から1ヶ月にわたるフィールドワークに向けた予備的な調査を行なう予定である。