2006年度学術交流支援資金報告書

 

地域包括支援の仕組みに関する総合政策学的研究

〜横浜市地域ケアプラザ地域交流事業の評価と地域構造分析して〜

 

大江守之(総合政策学部 教授)

藤井多希子(政策・メディア研究科 特別研究講師)

石井大一朗(政策・メディア研究科 博士課程3年)

宿谷いづみ(SFC研究所上席所員(訪問))

加藤総一郎(総合政策学部 4年)

 

本研究は、身近な地域における住民の力を活かしたケア(コミュニティ・ケア)の実現を目指す先駆的な仕組みとして、横浜市地域ケアプラザが行う地域交流事業に着目し、分析・評価、そして新たな仕組みを提案するものである。まず、これまで明らかにされてこなかったその実態と課題を、全地域ケアプラザを対象としたアンケート調査と小地域レベルの地域構造分析という異なる分析から明らかにした。その結果、地域構造が多様な複数地区を対象とする地域ケアプラザでは、地域の状況把握が困難となり、地域の理解も得られにくくなること、また、このことが社会資源開発を進めにくくしていることなどが明らかとなった。現在の仕組みによる地域交流事業では、課題特性の違いや身近な地域住民の参加に着目した小地域ごとの取組みは困難であり、新たな解決策が必要となる。それを実現させるための新たな仕組みとして、小地域における参加の場(地域サロン)づくりと、地域ケアプラザとの協働関係を構築するサブシステムを提案し、ケーススタディ地でその有効性を確認した。また、同時に地域社会の中で中間支援的な機能を持つ新たな担い手グループの存在とその活度の意義を明らかにし、サブシステムの有効性を高めるための条件を提示した。

 

キーワード:大都市郊外 コミュニティ・ケア 横浜市地域ケアプラザ 小地域 サロン

 

1.  はじめに

1.1 背景と目的

「実践知の学問」である総合政策学研究において重要視されるのは、「問題発見、仕組みづくり、実施・評価、普及・移転」の一連のプロセスを意識し、現実の問題解決に資する研究となることである。このような特徴を持つ総合政策学研究が対象とする有効な分野の一つに、コミュニティ政策に関するものがある。高齢化の進展する中、高齢者住宅や高齢者施設の整備だけでなく、高齢者の自立支援や支え合う地域社会の形成など社会的な対応が急がれている。高齢者福祉のあり方は、2005年の介護保険制度の改正においても施設ケアや在宅ケアという概念を超えて、地域社会全体で高齢者の生活を支えるコミュニティ・ケア1)という捉え方へ移行している。コミュニティ・ケアにおいては、地域の特性に応じたニーズ発見の取組み、そしてそのニーズを充足するための介護保険によるフォーマルサービスや地域のインフォーマルな活動との連携による柔軟なサービス提供という取組みが必要である。しかし、特に大都市の居住地域では、コミュニティ・ケアの基盤になる地域の共同性が脆弱であることから、地域での活動の持続性に関する問題や、地域の中の様々な活動主体間の連携の難しさが指摘されている。また、このような取組みの担い手としては、これまで社会福祉協議会(以下、社協)や町内会などのネットワークが存在するが、ニーズの増大や多様化、複合化に対応できないなど、現在、その取組みは必ずしも十分に機能しているとは言えない。

 こうした状況は、介護保険制度によって、ケアサービスが市場化され、規模の小さな事業体が多数出現したこと、それらを保険者である自治体が規制・誘導しつつ、サービスのパフォーマンスを向上させる役割を新たに担ったこと、一方でサービスが円滑に行なわれるためには、地域の中でサービス資源の把握や各主体の連携関係が保たれている必要があり、従来とは異なる形で地域社会の再構築が求められていることに起因している。

このようにコミュニティにおける構造変化が進行している現在、行政のみが主導し、地域社会の問題解決に取り組んでいくことだけでは不十分となる。問題に応じて、そこに住む居住者やボランティア、NPOなどが協働しつつ、地域特性に即したかたちで、高齢者の生活を支えていくことが必要となっている。このような取組みを地域社会の中で支援する目的で設立・運営されている拠点として、横浜市における地域ケアプラザ(以下「CP」という)が挙げられる。CPは、横浜市が1989年に打ち出した「地域福祉拠点」施設構想を元に1992年に制定された「地域ケア施設条例」に基づき設置されるセンターで、101館(20069月現在)が中学校区を基準に設置されている。しかし、CPは行政が設置し、民間事業者(社会福祉法人、医療機関、社会福祉協議会など)が運営するという形態をとっており、具体的なサービス内容については、それぞれのCP、すなわち運営主体によって異なっている。そのため、計画時に求められた内容と実態とが異なるといった問題や、CP同士の実質的な連携や、居住者のニーズや地域に存在する社会資源を把握しておらず、地域との連携も十分ではない、という問題が指摘されてきた。また、現存するCPの包括的な調査はいまだ行われておらず、これに加え、地域の居住構造に関する調査も行われてこなかったため、地域特性に即した支援のあり方などが十分に検討されてきたとはいいがたい。

そこで本研究では、身近な地域において、コミュニティ・ケアを推進するための先駆的事例2)として横浜市のCPを取上げ、その取組みの中でも、自立した地域社会形成を進めていく上で重要だと考えられる、地域の住民の力を活かした活動を支援する目的で実施されている「地域交流事業3)」に焦点を当てる。地域交流事業の具体的な内容はCPによって様々であるが、大きく@CPの施設を活用するものと、A地域へ出向いて取組まれるもの、の2つに分けられる。前者には、貸し室を利用した趣味・サークル活動やサロン活動を主とした支援事業などがある。後者には、配食サービスやボランティアグループによる家事援助、そして地域におけるサロン活動への支援事業などがある。地域交流事業全体としては、CPの設置と運営に関する取組みの指針として制度的に位置づけられているものの、具体的に実施すべき内容やその方法については、CPが地域の実状に即したかたちでデザインし、独自に行うことが求められている。しかし実際には、画一的な内容で行われることが多く、個々の地域特性に応じた事業が十分には実施できていないといった問題4)が指摘されている。

本研究では、コミュニティ・ケアを実現するために必要となる新たな地域社会を形成するための先駆的な取組みである地域交流事業を対象とし、その評価を行った上で、課題を明らかにし、新たな仕組みの提案を行うものである。評価は、住民の力を活かした活動の支援のあり方に着目し、アンケート調査と国勢調査データを用いた地域構造分析から現在のCPの取組みの評価を行うとともに、課題を明らかにする。そして、その課題の解決を導き、コミュニティ・ケアを実現させる新たな仕組みの検討を行う。また、その仕組みの有効性と移転可能性を検討する上で必要な知見を得るため、提示する仕組みを具体的に実践するCPの事例分析を通じて、仕組みの妥当性について検討を行う。そして、最後にその仕組みが他のどのような地域特性を持つCPへ移転可能であるのかについて議論する。

このように、現在実施されているCPの地域交流事業をテーマとして「現在の仕組みの評価、問題の発見、新たな仕組みの提案、その仕組みの有効性の検証」という一連のプロセスを正面から扱う本研究は、総合政策学アプローチを実践するものであるといえる。

 

1.2 研究の構成

本研究の構成は、以下のとおりである(図1参照)。  

2章では、横浜市の全地域ケアプラザを対象として行ったアンケート調査の結果をもとに、特に、地域の住民の力を活かした活動を支援する取組みに関する設問として、「地域のニーズや社会資源の発見の取組みについて」、「住民の参加を得て取り組まれる地域の包括的な課題解決の検討の場としての地域ケアシステムについて」、「地域の人たちの自主的な活動のニーズを把握するための貸し館の活用状態」、「地域交流事業の中心的な役割を担う地域コーディネーターの取組み上の課題」を取り上げ、地域交流事業の評価と、それらの結果から着目すべき課題の整理を行う。

3章では、国勢調査データを用いて地域構造分析を行い、2章で整理した課題の論拠を示す。また、地域構造の多様性が地域交流事業の推進に与える影響を考察するために、対象地域の地域構造の多様性という側面からCPを類型化し、多様性によってCPの抱える課題がどのように異なるのかを分析する。そして2章の分析結果も踏まえた上で、現在の地域交流事業の課題を解決する、もしくは補完するための新たな仕組み(サブシステム)の提案を行う。なお、3章で得られたデータは、個々のCPが現在行っているサービスの妥当性を検討する際や、今後必要となるサービスや課題を検討する際の有用な基礎データも提供するものとなる。

4章では、3章で示された、これまでのCPによる地域交流事業の問題点を解決、もしくは補完する新たな仕組み(サブシステム)の妥当性を探るため、提案する仕組みと類似する取組みを実際に行っていると考えられる事例を対象として、その仕組みの具体的な有効性と課題を分析する。さらには、その提案した仕組みが他のどのような地域に対して移転可能であるのか、2章、3章で得られたデータをもとに検討する。

5章では、これまでを振り返りつつ、本研究が対象とした横浜市CPのように地域の拠点を活かした今後の大都市郊外地域におけるコミュニティ・ケアのあり方について議論し、総括する。

 

Fig.1
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2.アンケート分析からみた地域交流事業の評価と課題の整理

2.1 分析の目的と方法

本章では、横浜市の全地域ケアプラザを対象として行ったアンケート調査の結果をもとに、地域の住民の力を活かした活動を支援する取組みとして、「地域のニーズや社会資源の発見の取組みについて」、「住民の参加を得て取り組まれる地域の包括的な課題解決の検討の場としての地域ケアシステムについて」、「地域の人たちの自主的な活動のニーズを把握するための貸し館の活用状態」に着目し、これらの取組みの実態を把握するとともに、地域コーディネーターが困難を感じている業務などを明らかにし、地域交流事業の評価を行う。そして、それらの結果から着目すべき問題の整理を行いどのような解決方法が必要となるのかについて考察する。

本アンケート調査は、神奈川県横浜市地域ケアプラザ全101館(20069月末現在)を対象とした悉皆調査であり、各地域ケアプラザ所属の地域交流部門地域コーディネータ101名に調査票を郵送配布し、返信用封筒にて郵送回収を行った。調査期間は2006915日〜930日、101名中89名の回答を得て、回収率88.1%、うち有効回答数は87票、有効回答率は86.1%である。また、アンケート調査票作成に際しては、現在CPで地域コーディネーターとして勤務している3名の参加を得て、設問の明瞭さだけでなく、調査結果が、地域コーディネーター自身にとって有用なものとなるよう、共同作業により十分な検討を行った。

 

22 調査の結果と主な内容

 アンケート調査の設問は、大きく分けて(1)地域ケアプラザと地域コーディネーターに関する基礎的データ、(2)地域におけるニーズやサービス資源の把握と共有の取組み、(3)地域ケアシステムの取組み、(4)自主事業とCPの活用、の大きく4分野からなる。これらの調査結果の概要は以下のとおりである。

1)地域ケアプラザと地域コーディネーターの概要 

■地域ケアプラザの概要:

CPは、20069月末(本調査開始時)までで101館あり、中学校区に一館設置される地域の福祉・生活の拠点とされている(表1参照)。特に最近では、介護予防施策に関連した積極的な取組みが期待され、高齢者の自立支援や、ボランティア活動育成、サークル・サロン活動への支援など、住民の力を引き出し、活かす取組みが期待されている。

Fig.2
 

 

 

 

 

 

 

 


表1:横浜市地域ケアプラザの概要

Table.1
 

 

 

 

 

 

 

 

 


CPの設立年度は、101館のうち94館(93%)が2003年以前に設置されており、本調査時点においては、3年以上の活動をしており、地域の中でも一定程度は認知されていると考えることができる。また、CPは、区社会福祉協議会や福祉法人、医療法人、学校法人など様々な主体によって運営されているが、社会福祉協議会や横浜サービス協会といった官製の機関を除いた54館中33館(61%)が特別養護老人ホームなどの高齢者入所施設を運営する社会福祉法人となっており、安定的な運営が期待できる一方で、法人の特性上、脱施設ケアを基礎とするコミュニティ・ケアにおいて、地域の中で住民の力を活かした取組みが求められる地域交流事業の推進の困難さも指摘されている5

■地域コーディネーターの概要:

 地域コーディネーターは、各CPに一人ずつ配置され、地域交流事業を主とした業務を行っている。地域コーディネーターは、40%以上の人が一般的に地域コーディネーターとしての力が発揮できるとされている6経験3年以上の人である。また、85%の人がなんらか資格を有しており、多い順にヘルパー、次に社会福祉士、介護福祉士となっている。

2地域におけるニーズやサービス資源の把握と共有の取組み

 地域の特性にあった取組みを行っていく上で、地域コーディネーターにとって最も基本的、かつ重要な取組みの一つが地域のニーズやサービス資源の把握と、解決に必要な関係者との情報共有である。図5は、地域のニーズやサービス資源を発見するために、実際に行っている方法(複数回答有)と有効だと考える方法(3つまで)、そして、それらの有効率を示したものである。

 ニーズと社会資源の把握で共通しているのは、「CP利用者・団体から」把握する方法である。実際に取組んでいる割合も高く、有効率も高い。また、「地域住民から」情報を得ると答えている割合が、ニーズと社会資源の把握で共通して高い。CPという拠点があることによって、情報が集まりやすいということがわかる。この他に特徴的な点は、社会資源の把握において、実施の割合は少ないが、有効率が高いものとして「自ら地域に出向く」がある。このような取組みが可能となるよう業務体制上の環境を整え、今後、更に実施していくことが期待される。これにより、地域の社会資源とのつながりが強まり、ニーズとサービス資源の結びつけが促進されるだけでなく、サービス資源と直接関わることにより、ニーズの掘り起こしや地域や活動団体等の課題など、多様な情報を得ることが期待できる。

 把握したニーズの共有については、役所や区社協、自治会役員などとの共有に比べ、ボランティアや、地区社協など、実際に活動を行う人との共有はあまりできていない。組織的に、よりフォーマルな位置づけを持つ機関との共有に比べ、地域の中の個々の取組みとの共有が十分でないと捉えることもできる。

 

Fig.3-5 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3)地域ケアシステムの取組み

 地域ケアシステム7は、担当する地域のニーズの発見と共有、課題に対する解決策の検討、そして具体的にどのようにアクションに結びつけるのかを総合的に検討する場である。地域ケアシステムの現状の取組みと参加者について示したものが図6、図7である。

 地域ケアシステムは、制度的位置づけを失った現在も、ほんとんどのCPで行われている。また、分科会を行っているCPは、43%(70館中30館)あり、地域を課題特性ごとに分けて開催するなどの工夫が見られるCPは、41%(70館中29館)である。扱われているテーマは、催し・勉強会、社会資源開発・活動支援、地域状況把握、運営方法、事業計画・報告、が主なものである。

7からは、地域ケアシステムという場には、地域の役職者や行政、そしてボランティアグループを中心とする、一見、多様な主体が参加しているように見える。しかし、フォーマルな機関に所属する参加者が多い一方、地域住民の参加が比較的少ないことから、テーマの設定や解決に向けて具体的な行動を促すことが難しいことが推察される。実際、アンケートの記述回答の中8には、@地域ごとに取組みの温度差があるために、CPエリア全体を対象とした取組みが困難であること、A町内会役員と福祉活動を行う地区社協役員や民生委員との協力体制が十分でないため、議論がうまくまとまらないこと、B参加者の主体的な取り組みとならず、解決のための具体的な行動にまでいたらないため、結果としてCPが行うことになり、負担が大きくなっていること、C地域の役員が形式的に集まる場となっており、実務者へ情報が届かない、その結果、参加が得られない、などの問題点が挙げられた。

しかし、先に述べたように、テーマや地域ごとに分けて開催するなど、実状に合わせた取組みもみられ、今後、そのような取組みが、より増えていくことが望まれる。テーマや地域ごとに地域ケアシステムが開催されることによって、図7にみられるように十分な参加が得られていない地域の住民の参加を促すことも容易になりやすく、ニーズの発見や地域における新たな担い手の確保につながることが期待できる。

Fig.6-7 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4)自主事業とCPの活用

 CPでは、独自の取組みとして、CPの貸し室を利用するなどの自主事業を行っている。ここでは、そうしたCPによる自主事業や地域の住民などがCPの貸し室を利用してどのような取組みを行っているのか、また、貸し室の利用は、単なる部屋貸しだけでなく、様々な効果を生み出すと考えられるが、それは具体的にどのよ

うなものなのかを把握する。 

 貸し室の利用目的を見てみると、「高齢者に関する取組み」では、健康づくりやサロン活動が多く、また食事や料理に関する取組みも多い。「子育てに関する取組み」でもサロン活動を目的とした利用が高い(図89)。これは、図10の「地域の仲間づくり」に関する取組みからも同じような傾向が読み取れる。華やお茶、手芸、そして、囲碁、将棋といった趣味的活動はサロンにおいても取り組まれやすいものである。また、体操や料理を目的とした利用も非常に多く、高齢者や子育てに関する取組みで多くみられた健康づくりや食に関する取組みと一致している。

Fig.8-11
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 この他、CPの貸し室の利用は、どのような役割を担っているのか。地域コーディネーターが重視しているものを示したものが図11である。特徴的なのは、「ニーズの発見の場」と答える人が多いことである。これは、貸し室が単なる場の利用ではなく、2地域におけるニーズやサービス資源の把握と共有の取組みでも述べた通り、CPを利用する団体や人によって様々な情報が持ち込まれていると言え、地域コーディネーターは、その効果を強く認識しているものと考えられる。

 以上が、アンケート分析によって明らかにされた、CPが推進している地域交流事業の実態の概要である。次に、地域コーディネーターが地域交流事業に取り組む上で感じている、@地域に対する困難、A困難を感じる業務、B運営体制上の困難、の3つの困難について、アンケート結果を分析する。

 地域コーディネーターが、対象とする地域に対しどのような困難を感じているのかについて示したものが図12である。特徴的なのは、直接的な地域に対する困難ではなく、「CPの立地が悪い」についての意見が一番多いことである。CPは、もともと市の遊休地に建てられることが多いため、山の上や地域の中でも中心から外れた利便性の低い場所に建つことも多い。これにより、CPの持っている機能が、対象とする地域に対して平等に発揮できないといった問題が起こっていることが考えられる。CPの立地以外に回答率の高かった項目をみると、ニーズや社会資源に関するものではなく、圏域が広大であることよる業務負担や小地域ごとに異なる課題への対応の難しさがあることがわかる。

Fig.12-14
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地域コーディネーターが、地域交流事業を進める上で最も困難を感じる業務は何かについて示したものが図13である。これをみると、地域の包括的な課題解決の場として行われる「地域ケアシステムの進行」の回答率が極めて高い。これは、(3)地域ケアシステムの取組みで述べたように、テーマや地域の設定、自治会や地区社協との連携、そして場の進行の技術やCPを運営する法人の理解など様々な課題があり、解決が難しい取組みである。課題として挙げられた要素を一つひとつ解決していくことが必要であるが、ここまでに述べてきたように、対象とする地域の広さや地域ごとの課題の内容によっては、地域ケアシステムを有効な場として機能させることが非常に困難となるケースもあると考えられる。また、「担当地域の状況把握」に関しても同様な問題があると考えられる。

最後に、地域コーディネーターが感じている運営体制上の困難をみると、業務に負担の多さを感じていることのほか、人員が不足していることが明らかとなった(図14)。

以上、アンケート結果をもとに地域交流事業の実態をみてきたが、今後着目すべき視点から地域交流事業を評価するという目的で整理すると、以下の4点が重要である。

 

(1)     CPという地域の拠点があることは、そこを利用する団体・人によって、地域のニーズや社会資源の情報がもたらされることとなり、情報の集約が容易となる。一方で地域コーディネーター自らが地域に出向くことは社会資源の把握において、有効性が認識されているが十分に実施されていない。

(2)     CPの貸し室の利用状況は、特に趣味活動を目的とした利用が活発であり、平日の日中は、貸し室が不足する傾向も見られる。

(3)     地域の包括的な課題解決の場としての地域ケアシステムの運営にあたっては、@特にCP対象地域内においても、小地域ごとに課題が異なることや、地域ごとの取組みの温度差がみられることにより、スムーズな運営が行ないにくいこと、A町内会役員と福祉活動を行う地区社協役員や民生委員との協力体制が十分でないこと、B主体的な参加が得られにくく、解決のための具体的な行動にまでいたらないこと、C結果としてCPの負担が大きくなっていること、など多くの課題があり、テーマや地域ごとに分けて実施するなどの工夫が必要となる。

地域交流事業を推進する上での困難としては、CPの立地の悪さや、対象とする地域の範囲が広すぎること、また地域内特性が大きく異なっており、対象地域全体の状況を把握することが難しい、といったことが挙げられる。しかし、地域コーディネーターの業務量が多いだけでなく、人員も不足しているため、より小地域の課題に即した地域交流事業を推進していくことが難しい状況にある。

 

以上のアンケート分析から、対象とする地域の広さや地域ごとの課題に適切に対応するためには、小地域を対象にした取組みが求められていると言える。しかし、業務の負担の多さや人員の不足から、地域コーディネーター自らが地域に出向き、対象とする全ての地域の状況を把握することは困難であろう。これまで行われてきたCPや地域コーディネーターが中心となる地域交流事業に加え、小地域の特性に対応可能な新たな仕組みが必要になっていると言える。こうした小地域の特性に対応可能な仕組み、言わばサブシステムを構築し、これまでの地域交流の仕組みを補完することにより、地域交流事業の本来の意義でもある、住民の力を活かした取組みを導きつつ、コミュニティ・ケアを実現していくことが可能となると考えられる。

Table.2
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3.地域構造の多様性と小地域を対象としたサブシステムの提案

3.1 分析の目的と方法

本章では、横浜市の地域構造を町丁字レベルで分析し、CPは多様な地域構造を持つ複数地区を対象としている実態を明らかにする。また、地域構造分析を基にCPを類型化し、前章で明らかにされた地域交流事業推進の問題点をCPの類型別にまとめなおす。

まず、3.2では、地域構造を分析する指標を主成分分析により抽出し、それにより町丁字を単位として8分類する。

次に、3.3では、修正ウィーバー法を用いてCPを類型化する。

また、3.4では、前章で取り上げたアンケート結果のうち、地域コーディネーターが地域交流事業を推進していく上で感じる困難に関する設問を対象に、CP類型別にクロス集計を行い、地域構造が事業の推進に与える影響を考察する。

最後に、3.5では、前章のアンケート分析と本章の地域構造分析の結果を踏まえ、多様な小地域に対応することを可能とするサブシステムを提案する。

なお、分析対象は、2000年時点における横浜市の全町丁字である1667地区であるが、居住人口が0人である57地区を除外し、秘匿対象地域である33地区を合算地域に足し上げた結果、1577地区を最終的な分析対象地区とした。また、利用したデータは全て、2000年国勢調査(第1次集計、従業地・通学地集計)である。

 

3.2 地域構造を示す指標の抽出とミクロレベルの地区分類

CPがその業務を推進する上で、特に注目すべきであるのは、地域での支えを必要とする高齢者や子育て中の世帯であろう。また、対象とするエリアが利便性の高い地域なのかアクセスの悪い地域なのか、といった立地の特性も重要である。そこで、まず、地域構造を示す指標として以下の9つを取り上げる。

<人口・世帯に関する指標>

@高齢者のみの世帯率、A6歳未満親族のいる世帯率

<住宅に関する指標>

B持家率、C戸建率、D公的借家率(公団、公営、公社借家)

<就業・通勤に関する指標>

E自営業主率、F農林漁業従業率、G自区内従業率、H乗合バス利用率

これらの9指標を用いて、主成分分析を行った結果、4つの成分が抽出された(表3)。また、これらの成分と各指標との相関係数をみると、それぞれの成分は以下のような地域構造を示す成分であるといえる。

Table.3
 

 

 

 

 

Table.4 

 

 

 

 

 

 


■成分1:アクセスが比較的悪く、他市区・他県への通勤率の高い持家戸建地区

■成分2:高齢者のみ世帯が多くアクセスがよい場所に立地する商工業地区

■成分3:農業地区

■成分4:自区内に通勤する割合が比較的高く、アクセスの悪い場所に立地する公的借家地区

 

以上の分析を踏まえ、それぞれの成分を代表する指標として、高齢者のみの世帯率、戸建率、乗合バス利用率の3つの指標に着目し、町丁字を分類することとした。ここで、相関係数の高かった持家率を外したのは、戸建率と持家率は相関が強いこと(相関係数0.5971%水準で有意)、戸建率が高ければ持家率が高いが、持家率が高い場合には集合住宅の持家の場合が含まれることから、戸建率で代表させるのが適当であると判断したためである。また、農林漁業従業率を外したのは、横浜市においては農林漁業従業率が全般的に低く、対象とした1577町丁字のうち、137086.9%)で農林漁業従業率が1%未満となっており、分類の指標としては適さないと判断したためである。

町丁字を分類する前に、高齢者のみの世帯率、戸建率、乗合バス利用率の分布がどのようになっているのかを確認しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig.15-17 

 

 


 高齢者のみ世帯率が高い町丁字は、西区、中区など横浜都心部を中心とする東京湾岸エリアに多く集積している。逆に戸建率が高い町丁字は横浜西部〜南部エリアに多い。一方、乗合バス利用率が高い町丁字は横浜市全域に分散してみられる。また、これらの指標をCP単位でみた場合、異なる状況にある町丁字を複数抱えるCPと、そうではなく同じような状況にある町丁字のみを対象とするCPとがあることが分かる。

次に、これら3つの指標を基に、以下の基準により町丁字を8地区に分類する。

Fig.18
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


18: 3指標による町丁字の地区分類基準

分類の結果は以下のとおりである。なお、29町丁字はデータ欠損のため、対象から除外した。

Fig.19, Table5
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


8分類した地区の空間分布をみると、全く異なる地域構造を持つ地区がモザイク状になっている様を確認できる。CP単位でみた場合にも、一つのCPが対象とするエリアの中に、こうした多様な地区が複数存在しているところと、そうではなく同じような属性を持つ地区のみで対象エリアが構成されているところなど、多様化していることが分かる。CPの抱える問題と今後の課題を考察するにあたっては、こうしたCP対象エリアの地域構造の多様性を考慮する必要があることを、本分析結果は示している。

 

3.3 ミクロレベルの地区分類を基準としたCPの類型化とその特徴

 本節では、CPが対象とするエリアの地域構造の多様性によりCPを類型化する。

類型化にあたっては、修正ウィーバー法を用いる。修正ウィーバー法とは、多指標によって地域分類を行う手法で、各指標の構成比が50%に満たない場合であってもいくつかの指標の組合せにより地域分類を表現することができる。本分析に即して具体的に説明するならば、それぞれの組合せで構成する地区分類の構成比が同一であったと仮定した場合の値(理論値)と、各地区分類の実際の構成比(実際値)との分散を計算し、分散が最小である組合せをもって、主要地区分類であるとみなす、ということである。実際値をx、理論値をXとすれば、“組合せ指数”Vは次のように表される。

 

V=(xX)2

 

CPを類型化するにあたっては、8地区分類による地区数ではなく、その地区に属する人口を用いる。CPが対象とする総人口に対する、各地区分類の人口の構成比を算出し、Vが最小となる組合せをそれぞれのCPの類型であるとした。

しかし、これにより前節A〜Hまでの8地区分類を用いてCPの類型を行うと、A、AB、ABC、…のようにCPが対象とする地区分類の多様性に従い、CPの類型も多様化してしまい、結局「類型」ではなくなってしまう。実際、101のCPは71類型となった。そこで、ここでは、どのような地域構造が支配的なCPであるか、もしくはどのような地域構造が組み合わされているCPであるかということよりも、一つのCPがどの程度異なる地域構造を持つ地区を抱えているのか、という多様性のみに着目し、「多様性分類」としてCPの特徴を示すことにした。上記Vが最小となる組合せの地区分類数が1であれば多様性は1、そして「多様性分類」は「T」として表現し、2つの地区分類でVが最小となるのであれば多様性は2、「多様性分類」は「U」となる。これによって分類した結果、多様性分類はT〜Xとなった。

Table.6-7
 

 

 

 

 

 


CPの対象エリアの中にいくつの異なる地区分類が含まれているかをみると、最も多いのが「U」、すなわち2つの異なる地域構造を持つ地区を対象とするCPで、約4割を占める。次いで「V」の27CP、約4分の1であり、この2つで全体の約3分の2を占める。一方、同質の地域構造を持つ地区のみを対象とするCP164つ以上の異なる地域構造を持つ地区を対象とするCP17となっており、CPによって差異が大きいことが分かる(表6)。

また、「T」に分類される16CPの対象エリアがどのような地区分類であるかをみると、A、B、すなわち、戸建率と高齢者のみ世帯率がともに高い地区や、G、H、すなわち戸建率と高齢者のみ世帯率がともに低く、子育て中の世帯が多く居住すると考えられる地区のどちらかに集中している。これらの地区を対象とするCPでは、複数の異なる地域構造を持つ地区を対象とするCPと比較して、事業内容や課題が明確化されやすいことが推測される。

 

3.4 「多様性分類」別にみたCPの抱える問題と課題

 前節の「多様性分類」別に、前章のアンケートの設問のうち、地域交流事業を進める上での困難に関する設問をクロス集計した。

まず、日頃の業務を進める上で、担当する地域についてどのような困難を感じるかという設問に対する回答(3つまで)を、多様性分類別にみてみよう。

 

 

 

 

Table.8 

 

 

 


 全体の回答の中で最も割合の高い「CPの立地が悪い」は、多様性分類「W・X」、すなわち多様な地域構造を持つ地区を対象とするCPでの回答率が非常に高い。また、予想通り、「地域ごとの特性が大きく異なる」の回答率も高い。こうした、異なる居住上の課題を抱えると考えられる地域構造の多様性の高いCPでは「地域の理解が得られにくい」ことに業務上の問題を抱えるCPも多い。一方、多様性分類「T」のCPでは、「社会資源が不足」「地域の理解が得られにくい」「関係機関等が非協力的」の回答が0となっているのが特徴的である。これは、同質の地域構造を持つ地区のみを対象とする場合には、居住上の課題が集約化されやすく、従って地域の理解を得られやすく、また、関係機関等の協力を得やすい状況にあることが読み取れる。こうしたことから、社会資源の発見や調達も他のCPと比較して容易であるといえよう。

 次に、地域交流事業の業務の中で、困難を感じる業務は何かを尋ねる設問に対する回答(3つまで)を、同様に多様性分類別にみてみよう。

Table.9
 

 

 

 

 

 

 

 

 


まず、多様性分類「W・X」のCPでは「担当地域状況調査」に困難を感じると回答する割合が高いことが目に付く。これはやはり、地域構造の多様性が反映されているといえるだろう。また、「内部部門間連携」「関係機関との連携」の回答率が高い。これらの設問に関しては、地域構造の多様性以外の要因の影響をより考慮しなければいけないが、CPが対象とするエリア内での課題が細分化され、限られた職員でそれらに対応しなければならないために、内外ともに連携が取りにくくなっている状況にあることを示しているのではないだろうか。また、「社会資源開発」に関しては、多様性分類「T」のみで低い回答率となっているが、これは先述の「地域に対する困難」の設問の回答結果と同様、課題が明確化されやすい「T」のCPでは、地域住民との関係を築きながら社会資源を開発していくことが比較的容易であることを示唆している。

この他、特徴的だったのは、「T」のCPでは、自主事業の企画や貸し館業務に関して困難を感じる傾向が強いことである。このことは、ニーズや課題が明確化されやすい一方で、明確化されるニーズに対して十分な企画を求められることとなり、それに応じた事業の企画や実施に苦慮するだろうことや、貸し館においては、利用に際して、特定の活動や団体の利用となるなど偏りが生じる状況があることを示しているのではないだろうか。

これらのアンケートの再分析結果から、地域構造の多様性がCPの地域交流事業を推進する上でどのような影響を与えるのかをまとめると以下のとおりとなる。

(1)     地域構造の多様性が高いと、業務遂行上の課題も多様化すると考えられるため、限られた職員数で対応することには限界があり、担当地域状況調査や内部部門間連携が進まない傾向がある。

(2)     地域構造の多様性が高いと、地域交流事業の取組みに対して、地域の理解が得られにくくなる傾向にあり、このことが、社会資源の開発が進まなくなることに繋がる可能性が高い。

(3)     逆に、地域構造が同質であると、課題が集約化・明確化されるために、地域の理解が得やすくなり、このことが社会資源の開発に繋がっている。また、関係機関等の協力も得やすくなる傾向がある。

 

3.5 小地域での対応を可能とするサブシステムの提案

CPが対象とするエリアの地域構造は様々であり、現在の体制による地域交流の取組みでは限界がある。異なる地域構造を持つ複数地区を対象とする、多様性の高いCPでは特に、内外機関の連携や社会資源開発で課題を抱える傾向にあるため、情報の集約や共有を進めることが、まず求められている。そのためには、小地域で求められる個別の課題に対応可能な、サブシステムを構築し、導入することが必要であると考える。

ここで提案するサブシステムとは、地域交流事業というCPが進める全域的な仕組みを、より円滑に、そしてより発展的に機能させることを可能とする、小地域レベルでの仕組みをいう。サブシステムでは、地域交流の本来の意義でもある、住民の力を活かした取組みを導きつつ、コミュニティ・ケアを実現することに繋がるような活動を持続的に行うことが求められる。小地域において住民の力を導きつつ、先に述べた、拠点の利点を活かすことのできる取組みとして、身近な地域における参加の場「地域サロン」の有効性が考えられる。地域サロンの実践としては、町内会や老人会が自治会館など利用して月一度程度の会食会を開くなどの取組みが見られるが、それらはいずれも限定的なものとなっており、情報の集約や身近な地域の問題解決の検討の場としての役割は、未だ十分に持つには至っていない。

そこで、本研究では、これまでとは異なる新たな機能と役割を持つ地域サロンのつくり出しと、CPとの協働関係の構築によるサブシステムを提案する。これまでの地域交流事業では、地域サロンや各種教室などの多くはCPが中心となり、主導的に企画・運営されていることがほとんどであった。この仕組みでは、地域住民などの参加者は、個別のプログラムに参加するだけの存在となってしまい、地域交流事業の本来の目的である、「住民の力を活かす」ところまでは至らない。これに対し、本研究で提案するのは、身近な地域の住民が参加し、つながり合うことによって、共につくりあげることが可能となる「地域サロン」を、住民主体の「協働の場」として位置づけなおし、地域交流事業という全域的な仕組みを動かすために必要となる「情報集約・共有の場」や「居住者が参加できる問題解決の検討の場」としての機能を、そこから導き出すことである。すなわち、ここで提案する「地域サロン」は、中学校区を対象とするCPに対して、空間的にも機能的にもサブシステムとして位置づけられるということである。

「地域サロン」がサブシステムとして有効に機能するためには、住民自らが企画・運営することが重要である。というのも、どのようなタイプのサロンが求められているのかは、地域によって異なるからである。地域の特性に応じたサロンがつくられることにより、そこに集う人たちによって、新たに、参加者のニーズにあった趣味クラブなどの活動の場が生まれる可能性が高まる。ここにおけるCPの役割は、「地域サロン」が持続的に活動できるよう支援するとともに、他の「地域サロン」との連携を促進し、それぞれの抱える問題点や解決策などを共有できる場を用意することである。また、各「地域サロン」と協働関係を構築していくことで、CP側からみれば、地域コーディネーターが自ら地域に出向いて地域のニーズや資源、そして地域の状況を把握しなくとも、「地域サロン」を通じて、必要な、そして質の高い情報を得ることができる。

サブシステムとしての「地域サロン」は、@住民の主体的参加、ACPとの協働、B他サロンとの連携、という条件が揃うことにより、地域住民間だけでなく、上位システムであるCPでの「情報集約・共有」が促進され、それにより、新たな地域での活動の場が生まれ、参加する居住者が増え…というサイクルを推進するものとなるだろう。

Fig.20 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4.地域サロンに着目したコミュニティ・ケアの仕組みづくり

 

本章では、前章で検討した「地域サロン」に着目したサブシステムという仕組みと類似した取組みを行うX区Y地域を対象として実態調査を行い、仕組みの有効性と、今後、検討が必要となる課題について整理する。また、最後に3章で整理した地域類型の内容をもとに仕組みの移転可能性に議論する。

対象とするX区Y地域は、戸建率も高齢者のみ世帯率もともに高い地区分類Aと、戸建率が高いが高齢者のみ世帯率は比較的低いC、そして、公的借家率が高く高齢者のみ世帯率も高いEの3つから主に構成されている。また、乗合バス利用率が平均46.4%と非常に高く、アクセスの悪い場所である。前章までの分析結果を踏まえると、地域構造の多様性が比較的高いため、小地域ごとに異なる課題への対応や社会資源の開発などの問題を抱えやすい地域といえる。

 

 

 

 

 

 

Table.10, Fig.21 

 

 


4.1 典型地域XY地域におけるサロン活動とサブシステムの有効性

XY地域は、地域サロンづくりを積極的に進め、現在はCP対象地域内にCPと関わりを持つ9つの地域サロンがある。これらの地域サロンの立ち上げの8つに関わった(1つは、次期地域コーディネーターが関わった)当時の地域コーディネーターへのヒアリングを通じて、はじめに現在の地域サロンの活動の実態を把握し、次に下記の2点に着目した考察を行う。

 

(1)   地域サロン導入により地域にもたらされる効果

地域サロンが作られることによって、地域において、効果がなんらかもたらされていることを知る。このことは、サブシステムの有効性を示すものと捉えることができる。

(2)   地域サロンづくりにおけるCPとの協働による取組み

    サブシステムが有効に機能するためには、地域サロンが持続的な取組みとなる必要があり、CPとの協働関係の構築が重要となる。

 

ほとんどの地域サロンは、いずれも自治・町内会地域の住民を対象とした取組みとなっている。一部の地域サロンは近隣自治会住民の参加も受け入れている。活動頻度は、月に1度から2度程度となっているが、老人会との活動とのつながりや仲間で趣味クラブをつくるなど、サロン活動で出来た新たなつながりによって、更に参加の場を獲得している。主催者は自治会長であることが多いが、サロン活動の自立や継続性を目的として他の人が代表者となっている例もみられる。活動開始のきっかけは、主催者自らが地域の課題等に気づき、CPに相談し、行政等を巻き込んでつくっていたったもの、他の地区の先進事例から学んだもの、店舗などの活用を上手く図ったものなどがある。

   

1)地域サロン導入により地域にもたらされる効果(表11参照)

 地域サロンづくりとその運営は、基本的に地域の住民によって行われる。図22に示したように地域サロンを地域に導入すると(@)、地域になんらかの効果がもたらされ(A)、更にはそれが地域サロンの取組みに活かされる(B)といった資源の循環が起こることが期待できる。

Fig.22 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Table 11 

 

 

 

 

 

 


全般的に得られた効果としては、課題解決の役割として「ニーズ・課題の発見と共有が促進された」、「解決策が導出されやすくなる」、また、仲間づくり・活動の場づくりに関するものでは、「つながりと信頼が醸成される」、「参加の場が自主的に開発される」、その他、啓発に関するものとして、「福祉活動・地域づくりの必要について理解が深まる」が挙げられた(詳細は表11参照)。特に、サロン参加者の様態の変化に関する情報を地域ケアプラザにつなぎ、介護保険サービスに結びつけた例のように、ひとりの人の様態の変化を把握しやすくなったことや身近な地域における参加の場を通じて、身近な人と協力し合う関係が生まれたことなどは地域サロンの取組みが生み出す効果の顕著な例である。

以上のことから、地域サロンが作られることによって、サロン活動だけでなく、課題解決や仲間づくり・活動の場づくりのように、様々な取組みが生まれることがわかる。このようなサロン活動から派生する新たな役割の存在は、前章までに、地域交流事業の課題として挙げられた、身近な地域における情報の獲得や住民の主体的取組みの導出などの点を改善させていると捉えることができる。このようなことからも、小地域の特性に対応可能な仕組みとして地域サロンを通じたサブシステムが有効に機能していることがわかる。

 

(2)  地域サロンづくりにおけるCPの協働による取組み(表12参照)

いずれの地域サロンも、立ち上げ期にはなんらかの支援を地域コーディネーターから受けている。地域コーディネーターから行われていた支援や協働による取組みは、まず、サロンづくりを始める段階では、「サロンの有用性」や「地域全体での協力体制」に関するものが多く、地域のキーパーソンや、取組みにおいて関係する自治会役員や行政、社協に提示するなど啓発的な取組みがみられる。こうした取組みは、個々に行う場合もあれば、地域ケアシステムといったフォーマルな場を利用して行われることもある。実際につくる段階に入ると、「人材の確保と育成」、「自治会との調整」、「場所の確保」、「プログラムづくり」などへの支援が行われている。これらは、地域によって異なり、ほとんど行う必要のない場合もあれば、継続的な支援が必要とされる場合もある。特徴的なのは、必ずしも地域コーディネーターが行うのではなく、先に取り組んでいる地域のキーパーソンにつなぐなど、地域の中で学び合える状態(学び合いの場)をつくり出していることである。この他にも、サロン立ち上げ後の「持続的運営に関するアドバイス」がある。地域ケアシステム開催時に、各地域サロンの取組みの報告会を開いたり、課題を抱える地域サロンのキーパーソンを、解決に必要なアイデアを持つ他の地域のキーパーソンに紹介するなど、「情報と人材の共有」がみられる。地域サロンの活動は、そのままでは一つひとつ孤立しやすい小さな取組みとなってしまう恐れがあるが、地域ケアシステムの場がその個々の取組みの成果を示しあう(他からの認知の場)機会となっており、ここにCPの役割の重要性があるといえる。また、この他にCPの役割として重要なものとして、具体的なアドバイスだけでなく、「頑張っていますね」といった応援のメッセージをかけることが重要であると元Y地域の地域コーディネーターは述べている。

Table 12
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4.2 サブシステムにおける新たな担い手グループの役割

前節において、サブシステムの有効性とCPの役割を示した。CPは啓発や実践の組み立てを行う上での直接的具体的な支援を個別の地域サロンに与える。また、CPによって用意された地域ケアシステムの場を利用して、個別の地域サロンは学び合いや他からの認知の機会を獲得する。これにより地域サロンは「サブシステム」として自立し、持続していくことが可能となる。これらに加え、ここでは、サロン活動やその他の趣味的・福祉的活動が活動に広がりを持つことや、持続的なものとなるために、地域の中で重要な役割を担う、「新たな9)担い手グループ(以下、担い手グループ)」の取組みと、結果的に生み出している役割について考察する。

 

 

 

 

 

Fig.23 

 

 

 


 サロン活動が行われることによって、仲間づくりが行われ、また、それは、新たな活動の場を生み出すことが明らかとなった。ここで重要な役割を演じているのは、そのような場をつくり出す際に必要な人をつなぎ合わせたり、直接的に場をつくる際に必要なアイデアを提供したり、また、福祉的ニーズや地域づくりに関して、解決に必要な専門的な知識も提供する、財政面でもほぼ自立する担い手グループの存在である。担い手グループは、CPの事業の支援や地域の会議にも積極的に参加するなど幅広い取組みを行っている。こうした取組みは、ネットワーク、問題解決のためのCP等に対する提案、個々の取組みの具体的な活動支援など、小地域レベルにおいて中間支援的役割を担うユニークなものである。

担い手グループは、地域サロン活動、その他の活動、そしてCPにコミットし、具体的には、顔の見える関係の継続性をつくることによるつながりづくりや、情報の共有化を促進する機能特性を持つ。こうした働きは、個々のサロン活動や趣味活動などを支えるだけなく、閉じがちな一つひとつの取組みを、周辺地域や類似する取組みに対してオープンにしている。これは地域サロンの取組みを行う主催者や力を及ぼす自治・町内会の取組みがブラックボックス化するのを抑制するだけでなく、新たな情報が持ち込まれること(情報の流動化)によって、個々の取組みを活性化させる働きも持つと考えることができる。図23に、地域サロンや自治会など、特定の活動の中に位置づけられてサービス提供を行うグループ(図中a)と、特定の活動や組織には縛られない、情報の流動化を生み出す新たな担い手グループ(図中b,c)を示した。

 こうした担い手グループは以前から存在していたが、情報の流動化や取組みのブラックボックス化の抑制など、新たな視点から担い手グループの活動を再評価し、位置づけなおすことで、その利点を積極的に活かしていくことが必要であろう。

 

4.3 移転可能性

小地域の異なる課題に対応可能な仕組みとして提案してきた、地域サロンに着目したサブシステムの有用性は、XY地域だけでなく、他の地域においても示されると考えられる。ここでは、2章、3章の分析結果を踏まえて、今回示された仕組みがどのような地域で有効であり、また、必要とされるのか検討したい。

X区Y地域は、地域構造の多様性が高く、小地域ごとに異なる課題への対応や社会資源の開発などの問題を抱えやすい地域であった。一方で、地域構造が同質であると、課題が集約化・明確化されやすくなり、地域の理解も進み、また、関係機関との協力も進みやすい、社会資源の開発も行いやすいといったことからわかるように、少なくとも、3章の多様性分類で得られた「V」、「W・X」のような地域では、課題特性に応じた小地域への取組みが必要であることが考えられる。従って、X区Y地域でみられるサブシステムを必要とするのは、まず地域構造の多様性が高いこれらの地域である。

しかし、さらに具体的に移転可能性を考えてみると、まずはX区Y地域と似た地域構造を持つ地域に移転するのが適当であろう。地域構造の類似性という条件のもとに、うまくいった場合でもうまくいかなかった場合でも、その要因を特定することが容易となるからである。X区Y地域の最も支配的な地区分類をみると、高齢者のみの世帯率が高く、アクセスの悪い分譲戸建住宅地区である「A」であり、次いで高齢者のみの世帯率は比較的低いが、Aと同様にアクセスの悪い分譲戸建住宅地区である「C」、そして高齢者のみの世帯率の高い公的借家地区である「E」となっている。X区Y地域の類型は「ACE」と表されるが、他に全く同じ類型を持つCPはない。そこで、これに近い類型を探してみると、「ABF」「AEB」「AEF」「AFH」(2CP)「AGE」という類型を持つ6CPで、「A」の構成比が最も高く、しかも3つの地区分類で表現される地域構造を対象エリアが持っている。従って、実際にこのサブシステムを移転する候補地としては、まずはこの6つの中から選択するのが、適当であると考える。

また、現在分析途中であるが、地域サロンづくりを通じて、生じる課題に次のようなことが想定される。その課題とは、キーパーソンの主体性が十分に醸成されておらず、また、中心となるメンバーの掘り起こしができていない状態でCP等が地域サロンづくりを仕掛けた場合は、運営において、自治・町内会との関係性に左右されやすいこと、行政や地域ケアプラザなどからの継続的な支援が必要となってしまい自立が難しいこと、担い手に「やらされ感」が生じやすく、担い手として定着しない傾向があること、などである。これらの課題は、限られた数のヒアリングから明らかになっていることであるにせよ、地域サロンづくりにおいて共通して生じる課題であるとも言え、地域サロンを通じたサブシステムの導入において留意しておくべき点である。一方で、各小地域が積極的に地域サロンづくりや運営を行っていく際には、活動が自らの地域の力で継続可能となるため、外部とのつながりを持ちづらくなる可能性があること、専門的なニーズや課題についての連携が十分に行われない可能性があること、個人情報の取り扱いに関して共有が十分にできないこと、などの課題が生じやすい。これらの課題については、4.2で示された「CPの協働による取組み」や4.3.で示された「新たな担い手グループ」の役割を参考にすることによって、今回提案した地域サロンを通じたサブシステムの有用性が高まるものと考えられる。

 

5.    おわりに

 本研究は、大都市郊外地域におけるコミュニティ・ケアの仕組みづくりを検討するために、コミュニティ・ケアの理念を持ち、先進的に取組む横浜市CPの地域交流事業を取上げ、実態を明らかにすると共に、地域コーディネーターの取組みから、地域交流事業そのものの評価を行った。また、地域交流事業の問題点をより深く認識するために、地域構造分析を行い、今後見通される地域の課題を明らかにした。その結果、現在の取組みに加え、小地域の特性に対応可能な仕組みとして地域サロンを通じたサブシステムの構築が不可欠であることを示した。また、その実効性と移転可能性を探るため、サブシステムに近い形で取組みを実現させているXY地域を対象として詳細な分析を行った。その結果、サブシステムが有効であることが明らかとなり、また、持続性を担保するために、CPの支援と新たな担い手グループによる取組みが重要であることが示された。

 今後は、残された課題として、サブシステムの実効性を高めるために、地域サロンづくりなどを仕掛けた側からだけでなく、実際に運営を行っている人やそこに参加している人へのインタビュー調査を行い、地域サロンを通じたサブシステムの有効性と課題を更に深める必要がある。また、XY地域だけでなく、類似した地域特性を持つCPを対象として、サブシステムの有効性や課題がどのように生じるのかを整理する必要がある。これによって、仕組みの移転可能性が高まり、移転後の生じる問題点についての対応方法も示すことが可能となろう。

 

謝辞

本研究は、慶應義塾大学政策・メディア研究科21世紀COEプログラム「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点」の一環として、慶應義塾大学大江守之研究室のケアプラ調査隊メンバー(総合政策学部4年加藤聡一郎、2年佐塚玲子、SFC研究所上席所員(訪問)宿谷いづみ)(20064月〜)、及び、横浜市地域ケアプラザ地域コーディネーターと共同して取組んでいるものであり、調査データの一部は、共同調査の成果であることをここに記すとともに、感謝の意を表したい。

 

※本研究の成果は、石井大一朗・藤井多希子「大都市郊外地域におけるコミュニティ・ケアの仕組みづくり−横浜市地域ケアプラザ地域交流事業の評価と地域構造分析を通して−」(総合政策学ワーキングペーパーNo.113、慶應義塾大学政策・メディア研究科、20071月)としてまとめた。

 

参考文献

石井大一朗・澤岡詩野・舟谷文男・大江守之(2006)「北九州市若松大庭方式にみる本人本位に基づくサービス提供-包括地域ケアシステムの実現に向けた総合政策学アプローチ」『総合政策ワーキングペーパーシリーズ』第90

一番ケ瀬康子(1999)『包括地域ケア・システムとは何か〜福祉・保健・医療の連携を推進する』一橋出版

井上由起子・大原一興・小滝一正他(2001)「まちづくり活動への参加と高齢期の地域生活に関する考察」『日本建築学会計画系論文集第547号』p103-110

井原徹(2002)「地域高齢者の日常生活における生活要求と情報要求の特性」『日本建築学会計画系論文集第558号』p167-174横浜市社会福祉協議会老人福祉部会・地域ケアプラザ分科会(2003)「地域ケアプラザ地域コーディネーターハンドブック」

厳平・横山俊祐2001)「シルバーハウジングにおける支援の仕組みと特性」『日本建築学会計画系論文集第542号』p121-128

登張絵夢・上野淳・竹宮健司2003)「都市部における要介護高齢者の生活と地域との関係に関する事例的研究」『日本建築学会計画系論文集第564号』p141-148

牧里毎治(2003)『地域福祉論-住民自治と地域ケア・サービスのシステム化-』放送大学出版

 



1)本研究では、介護保険改正以降、特に用いられることの多くなった、施設ケアや在宅ケアの後に生まれた地域ケアという言葉の使用は避け、地域の住民一人ひとりの力を活かすことに主眼を置いた地域のケアのあり方を表現する言葉として、コミュニティ・ケアという言葉を用いている。

2)措置制度や介護保険制度に代表される介護サービスではなく、生活や健康づくりを含んだ総合的な交流、啓発相談拠点として、1991年以来取組まれている。地域ケアプラザの主な取組みは2章表1を参照のこと

3) 横浜市独自の取組みである地域交流事業は、福祉・健康、ボランティア育成等に関する講座、地域ケアプラザの部屋の貸し出し、健康相談、その他ボランティアグループによる配食サービスなどがあり、高齢者等を対象として、「生活の質」を高め、その人らしい「生きがい」や近隣の人との「支え合い」を推進することを目的としている。本研究では、このような住民一人ひとりの力に着目し、地域に住む人自身が地域を支えることを目指す取組みこそが、地域の特性に応じた新たな地域社会形成を実現させるものであると捉え、地域交流事業に着目している。

4)地域交流事業を主に担う地域コーディネーターは、業務上の専門的な資格があるわけではない。養成講座により一定期間研修が行われるが、地域交流事業の評価は、行政に提出が求められる数字で示されるものなどに限られており、独自の取組みが評価されにくいことがある。

 

5)高齢者入所施設では、元来、施設運営において地域へ出向く行為や直接介護ニーズを持たない一般住民との交流を推進するという考え方を持つことが少なく、法人としても理解が進みにくいと言われている。

6)横浜市とNPO法人市民セクターよこはまが協働で行う地域コーディネーター養成講座においては、経験3年以上の人を応用編(他方は基礎編)の受講基準に設けている。

7)地域ケアシステムは、各CPにおいて取組みが求められている、自治会役員、民生委員、ボランティア実務者、NPO、区役所、社協などが参加して行われる地域の包括的な会議の場である。一般的に使用される「ケアシステム」 のように仕組みの全体のことを指すのではない。取組む内容や回数、分科会の開催などは個々のCPに委ねられている。

8)「地域ケアシステムの進行で困難を感じること」に関する記述回答を、KJ法を用いて分類した。文中のものはその一部の特徴的なものを抜粋したものである。この他には、自らの会議の進行の技術不足に関するもの、CPの組織が地域ケアシステムに十分に理解を示さないこと、などが挙げられた。

9)このようなグループの存在は、決して新しいものではないが、その役割の新たな側面に着目している。新たな担い手グループは、特定のサービスを行うだけなく、本文に示すいくつかの新たな役割を担っている。また、活動は、自治会組織に位置づけられるものや全くの自立した組織となっているものまで様々であるが、取組み内容や意思決定は独立しており、また、固有のネットワークを持つことなどが特徴である。