2007年度 学術交流支援資金申請書 海外の大学等との共同活動支援

1−12 報告書

 

 

研究課題:ITと学習環境プロジェクト

研究経費:50万円

研究組織:研究代表  重松 淳(総合政策学部教授)

     研究協力者 國枝 孝弘(総合政策学部准教授)

           藁谷 郁美(総合政策学部准教授)

 

研究内容 :これまで実践してきた海外の大学との遠隔会議をさらに安定的に運営し、相手大学との協力関係をより強化することで、研究をユニバーサルに進めるとともに、遠隔会議システムを利用した新しい外国語自律学習環境をより充実させることを目的とする。

 

【本プロジェクトの背景および目的】

 

1.  背景

 

  これまで、中国語、ドイツ語、フランス語セクションでは、それぞれの知見をもちよりながら、遠隔システムによる海外とのテレビ会議を行なってきた。北京大学、精華大学、北京外国語大学、ドイツドレスデン工科大学、フランスグルノーブル大学、パリ第7大学などである。それらの活動の一部は、授業の中に取り入れられ、SFC内部では特に、インフラ設備の整備などもあり、かなり充実した授業、および研究が可能となってきた。また、従来から交流のある海外大学だけではなく、海外拠点をより拡大する方向で、現在新しい交渉を始める体制が整いつつある。

 しかし、現在交流している一部の大学では、環境の面や、カリキュラムの面で、安定した遠隔交流を進めていく上での課題が残っている。こうした課題を克服していくためには、相手側との粘り強い折衝を重ねていく必要がある。

 また、遠隔交流による外国語授業は、世界レベルで多くの事例が報告されており、我々のプロジェクトでもこれまで数々の学会発表を行なってきた。しかしその真価はまだまだこれから問われるところであり、海外との共同研究を軸として、新たな教育モデル、なかでも自律学習モデルを構築していくことが課題となっている。

 

2.  本年度の目標

 

今年度は以下のような3部門の活動目標をたてた。

中国語・日本語部門】中国北京の清華大学の日本語科、および情報通信センターでありSFCのWIDEも拠点を構える清華大学FITとの連携がスムーズにとれるように、更に交渉を深める。また、台湾における拠点を補強するために、国立台湾大学または台湾補仁大学との連携も視野に入れる。以上、多地点会議の実績にもとづいて、中国、台湾との交流をさらに拡大していくことを目標とする。

【フランス語部門】昨年開始したフランスパリ第7大学との交流を継続し、文化的コンテクストの違う学生同士が複言語的環境の中で、どのように交流をすすめ、相手を理解し、自分を理解してもらうための言語的ストラテジーを遂行するのかを考察する。また同時に、掲示板や、one to oneの遠隔システムなども援用し、より恒常的交流システムの環境を構築する。ヨーロッパ日本語教師会での共同発表を行う(079月ロンドン)。

 また、中国北京外国語大学フランス語学科との交流においては、同じフランス語学習者同士が、複言語的環境の中でいかに交流を行なっていくかを考察する。北京外国語大学についてはまだ環境設備の面で課題が多いので、相手大学担当者と頻繁に連絡をとりながら、安定的な交流をはかる。

【ドイツ語部門】ドイツ語ではこれまで、ドイツ語履修者(上級)が先方の大学の日本語を履修する学生とグループワークやディスカッションをおこなう形で安定的に進めてきた。これらの実績に立って、おなじくドイツ語教材開発研究プロジェクトで進めてきたWeb教材を中心とする自律学習環境に有機的なつながりをもたせて遠隔会議を位置づける。そのためにこれまでの録画・録音データをデータベース化して蓄積するシステムの構築を考える。またドレスデン工科大学に加えて、あらたな交流拠点としてハレ大学との交流を考える。

 以上3部門の活動目標の達成によって、継続して遠隔会議を行える海外大学の拠点を支え、加えて大学間交流拡大を目指す。さらに昨今外国語教育で重要視されはじめている複言語環境における学習者の言語ストラテジーの研究に、実践から得られる基礎データを提供し、モノリンガルの立場にたたないグローバルな視点をもって、遠隔会議を軸に自律と交流をキーワードとした新たな外国語学習のモデルを提案することを目指す。教室という空間の批判的検討、教師という存在の再定義など、従来の教育観とは全く異なる発想に立つ学習環境の創出が大目標である。

 

2007年度の活動報告】

 

1.中国語・日本語部門

SFCの授業カリキュラムでは、中国語スキル科目として開設している「中国語プレゼンテーション技法」で北京・台湾・韓国・日本2地点の計5地点を結ぶ定期的な遠隔学生会議への参加を、また日本語スキル科目として開設している「日本語テクニカルライティング」で北京・シンガポール・SFC3地点を結ぶ遠隔会議への参加を各セメスターのカリキュラムに含め、遠隔会議を外国語学習の新しい環境として学生に提供している。前者では更に、台湾師範大学生とSFC生の1対1対話を課外に行ない、中国語学習へのインセンティブを高める活動も行なっている。

SFCの授業カリキュラムは今年度非常に安定し、レギュラーに参加する多地点テレビ会議を中心に、中国語・日本語のそれぞれの授業目標を十分に達成することができた。問題はむしろ、海外の各拠点校での参加学生の募集にあった。

中国語の5地点会議では、北京、ソウルでの参加学生募集があまり順調ではなく、特にソウルでは、学生数を確保することが難しかった。台北は拠点が師範大学華語文研究所にあり、参加学生が中国語教育研究を専門としていることから、動機付けは強く比較的問題が少ない。SFCと早稲田では、授業カリキュラムに取り入れられていることもあり、単位取得が学生の参加動機の一つとなっているが、その他の地点では任意の参加になっているため、学期の設定が食い違うこともあって、レギュラー参加の学生を確保することが難しいのである。結果的に欠席校が出たり地点ごとの人数のばらつきが出るなど、不安定な状況が続いている。現在、SFCでは早稲田大学と今後のテレビ会議開催の方式などについて、検討中である。

日本語の3地点会議では、シンガポールで参加学生募集が難しい。理由は、日本語のレベルが他の2地点と差がある点と、学期の設定が食い違っている点である。しかし、テレビ会議を開く回数を学期3回に限定し、参加者同士が事前にE-mailで討論課題についてコミュニケーションを図り、なるべくテーマを絞り同じテーマで会議を繰り返すといった方法で、一定の質を保つことができた。また事後に報告書(近日発行の予定)を作るという前提で、各回の討論の深化を図ったことも、参加者たちの参加意欲維持に功を奏した。

今年度は、以上の状況に鑑み、北京拠点(清華大学日本語科およびFIT、北京大学早稲田事務所)における交渉に当たった。清華大学では、SFC‐ITCの役割を果たしているFITと交渉し、FIT内での会場の固定的確保について承諾を得た、これによって継続的に会議を開くことができる。また北京大学早稲田事務所の早稲田側責任者とは、今後テレビ会議をスムーズに運営するために、どのような方策をとっていくかについて話し合い、まだ継続検討中である。おそらく日本語の3地点会議が一つのモデルになるものと考えられる。(重松 淳)

 

2.フランス語部門

 フランス語では、06年よりパリ第7大学日本語学科と、テレビ会議を行なっている。しかしながら昨年、パリ第7大学が新校舎に移転し、日本語学科は新校舎に引っ越しをした一方で、遠隔部門は旧校舎に組織がまだ残っているために、遠隔のための施設もなく、まずはインフラの構築をしなおすところから始めた。幸いにも、新しい校舎においても、技術スタッフの協力を得られるめどがたち、事前の教室予約と、LAN担当責任者に会議実施の旨を伝えれば、すみやかに実現できるめどがたった。

 その上で、今学期は、フランス側のargumentationの授業と組み合わせてテレビ会議を実施する運びとなった。argumentationの授業は、あるひとつのテーマについて、論理的な形式に則って作文を書く授業であるが、最終的に仕上がった原稿をもとに、遠隔をとおして日本人学生の前で発表をする。日本人側は、その発表をきいて、コメントをフランス語で返すというものである。その場での混乱をさけるため、事前にフランス人学生の原稿を、パリ第7大学側が作っているブログをとおして、目を通し、質問内容をフランス語で考えておくことを予定している。

 また今回の大学訪問では、パリ第7大学のFLEfrançais langue étrangère、外国語としてのフランス語)セクション修士責任者とも面会し、テレビ会議を行なう計画をたてた。これは、現在修士でFLEの研究をしている学生と、日本側の学生が交流するというものである。FLEの学生は、現在授業で、文化をつたえるための資料作りという課題に取り組んでいる。授業では実際にグループワークで教材を作り、その活用方法、授業内容を構想するところまでであるが、実際にその教材を用いて、遠隔で日本人学生に授業を実際にしてみるというものである。フランス側にしてみれば、また実際の経験のない「将来の教員」候補の学生が、研修をするよい機会となるし、日本側では、いわばTA的な立場の現地の学生からフランス語を教えてもらう機会となる。このような互恵的な環境を構築していくことが、FLEセクションとの交流のねらいである。

 フランスでは遠隔会議はvisioconférenceといい、文字通り訳せば、「ヴィデオ講演」である。実際に、一方向的な、いわゆる「送信型」のテレビ会議しかほとんど

行なわれていないのが現状である。我々がパリ第7大学、および以前から交流をしているグルノーブル大学と行なっている会議は「双方向型」であり、この意味で、我々のプロジェクトが、フランスの大学教育環境を刺激し、新しい教育の形を提案できる大きな価値を担えるのではないかと考えている。さらに前述のFLE学科との交流は、大学の複数のセクションと関係を保つことにより、将来的には慶応義塾大学とパリ第7大学との大学レベルでの大きな交流までに発展すれば望ましいと考えている。(國枝孝弘)

 

3.ドイツ語部門

ドイツ語セクションでは、2001年度春学期以降、遠隔システムを用いたドイツ語圏の大学との共同授業を導入している[1]

現在、遠隔システムで共同授業をおこなっている大学および授業は以下の通りである:

1)ドレスデン工科大学:ドイツ語インテンシブコース2、3

2)ハレ大学:ドイツ語インテンシブコース2,3およびドイツ語講義課目『言語教育実践論』(先端開拓科目)

3)Incheon大学[2]:ドイツ語インテンシブコース2

1)ドレスデン工科大学

2001年度秋学期より続いているドレスデン工科大学東アジアセンター(Ostasienzentrum der Technischen Universität Dresden)[3]との遠隔システムを用いたタンデム授業は、2007年度春学期より先方の担当者が交代したことにより、コーディネートをすべてSFC側で担当する形になっている[4]。今後の遠隔授業の形態を検討するため、20083月にTUD側の親任コーディネート担当者と打ち合わせをする予定である。

2)ハレ大学

マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク(Martin Luther University Halle-Wittenberg[5]とは2005年度秋学期以降、遠隔システムを用いたコンテンツ科目(現在の外国語講義課目)をおこなっている。それに加えて2006年度春よりインテンシブコースの中で、ドイツ語履修学生がハレ大学日本学専攻の学生とオンラインシステムを使ったグループワークをおこなっている。なお、慶應義塾大学SFCキャンパスとハレ大学日本学科のこれまでの交流をもとに、20082月、正式に大学間交換協定を締結した。この協定により、現在は慶應義塾大学医学部皮膚科(天谷雅行教授)とハレ大学医学部皮膚科(Wolfgang Marsch教授)の研究室間で、今後の遠隔システムを用いた共同授業が計画されている。既にそのための接続実験が200611月に信濃町医学部キャンパスとハレ大学医学部キャンパスの間で行われ、技術面ではSFCの千代倉弘明教授と板宮朋基(政策メディア研究科・博士1年)君に協力をお願いした。

今後の慶應義塾大学との遠隔授業を拡充することを目的に、2008年度春学期より、ハレ大学日本学科に新しい遠隔システム機器を導入することが決定した。そのための準備および調査として、20083月に藁谷が現地に赴く予定である[6]

3)Incheon大学

2007年度秋学期より、University of Incheonとの遠隔システムを用いたタンデム授業を導入した。これは先方のドイツ語履修者とほぼ同じレベルのクラスとして、ドイツ語インテンシブ初級2の履修者を対象とした。先方の学生とペアワークをおこない、課題等をWebシステムのコースウエアMoodleを使った学習サイト[7]に掲載した。今後も授業の枠内で遠隔システムを使った共同授業を進めていく予定である。

 

今後の展望

今後は遠隔システムを用いた授業の形式を多様化したいと考えており、そのための実験を行う予定である。特に、言語教育を目的にしたこれまでの遠隔授業とは異なり、専門研究に直接関連した授業の遂行を目的とする。その際、@コーディネートの在り方、A言語理解の方法、B適正な参加人数の幅、C授業形態の可能性 を模索していきたい。具体的な実行を2008年度秋学期の講義課目に設定していく予定である。(藁谷郁美)

 

【本プロジェクト今後の展望】

 

この交流活動をどのように外国語教育カリキュラムに組み込むかという問題は、上で述べた通り難しい課題を抱えている。一朝一夕には解決できない課題ではあるが、グローバル化の急激な進行によって相互理解の重要度が高まる中、大学という高等教育機関での国際交流への取り組みの一つとして、このテレビ会議の活動が重要であることを、今後も国内外にアピールしていく必要がある。そのためにも、実践的な研究成果としてテレビ会議を含めた授業カリキュラムモデルを広く紹介していきたい。

また遠隔通信による異文化間コミュニケーションの問題にも研究課題は多い。認知的な分野も視野にいれ、一つ一つ丁寧に現象を分析し、一日も早く教育への提言ができるように、多くの研究結果が出てくることが望まれる。

最後に、この活動が外国語学習を始めどのような方面に効果を発揮しているのかを、検証していくという大きな課題が依然存在している。実験的な手法による効果測定の方法論などの研究の必要性も指摘しておきたい。(重松 淳)

 

以上

 



[1] 初期の遠隔授業導入プロセスについては、『外国語遠隔授業の今日と明日』慶應義塾大学湘南藤沢学会2004年報告書、P. 47-51参照。

[2] University of Incheon(http://www.incheon.ac.kr/english/Index.htm)韓国の大学。ドイツ語圏ではないが、遠隔システムを使ってドイツ語インテンシブ授業の枠内で課題の作成等、ドイツ語学習者同士のグループワークをおこなった。その際、先方のクラスのコーディネートは現地のドイツ人TAが担当した。

[3] 以下、TUDと略記する。

[4] 2007年度秋学期はSFC訪問講師マルコ・ラインデルがドイツ側とSFC側両者のコーディネートを担当した。

[5] 以下、本文では「ハレ大学」と略記する。詳細はhttp://www.uni-halle.de/参照。

 

[6] 200833日から9日までハレに滞在。