2007年度 学術交流資金研究報告書

 

■研究課題名

地域包括ケアの仕組みに関する総合政策学的研究

〜横浜市地域ケアプラザを通じて

 

■研究代表者名:大江 守之(総合政策学部・教授)

  共同研究者:藤井 多希子(政策・メディア研究科特別研究講師)

        石井 大一朗(政策・メディア研究科博士課程3年)

        加藤 総一郎(政策・メディア研究科修士課程2年)

        佐塚 玲子 (総合政策学部3年)

宿谷 いづみ(SFC研究所上席所員(訪問))

 

 

■研究の概要と今後の展望

横浜市において地域社会の中でコミュニティ・ケアを推進する拠点であるケアプラザ(以下「CP」という)を対象に、行政・NPO・住民・CP運営主体がどのように連携をとりながら地域交流事業をはじめとする各種事業を推進しているのか、また現状の課題を解決する方法を、アンケート調査・ヒアリング調査・モデル地区を対象とした実証実験、そして研究会開催などにより明らかにした。

本研究は、現場で業務を行う地域コーディネーターに着目しており、コミュニティ・ケアの仕組みを地域コーディネーターの活動面から分析し、問題解決の道筋を探るものである。こうした目標を達成するため、研究体制の構築にも力を注いだ。それは、地域コーディネーターの方々と研究の目標づくりや調査方法、そして成果の共有などを行うための「場」を設け、研究を推進してきたことにある。これは現場において、もしくは現場で問題に関わる当事者が集い、解決策を検討するというプラットフォームづくりのパイロット的活動と言える。本研究の成果はこうしたパイロット的活動を実践することにより得られたものである。

平成19年度は、18年度で明らかとした問題の解決方法を探ることを目指した。具体的には、現状のコミュニティ・ケアの仕組みの問題点として、小地域ごとの特性に合わせた事業の展開の難しさが挙げられ、この問題を解決するための新たな仕組みづくりを検討した。詳細な調査を行うため、422地域ケアプラザの協力を得て問題の詳細と、解決策をインタビュー調査をもとに整理した。整理された解決策として住民同士の「つながりづくり」と「学び合いの場づくり」が挙げられ、協力の得られた地域ケアプラザにおいてサロンづくりや利用者連絡会の設置などの実証実験を行い、その有効性を探った。平成20年度は、この有効性を一般化可能なモデルとするため、先進事例や他の地域ケアプラザを対象とした実証的な調査を、地域協働ラボラトリの活動の一環として行う予定である。

研究フィールド:横浜市、

研究協力者:横浜市泉区、金沢区、港北区、中区に設置されている地域ケアプラザ(新吉田地域ケアプラザ、篠原地域ケアプラザ、高田地域ケアプラザ、大豆戸地域ケアプラザ、樽町地域ケアプラザ、城郷小机地域ケアプラザ、日吉本町地域ケアプラザ、上飯田地域ケアプラザ、下和泉地域ケアプラザ、踊場地域ケアプラザ、いずみ中央地域ケアプラザ、新山下地域ケアプラザ、不老町地域ケアプラザ、麦田地域ケアプラザ、本牧原地域ケアプラザ、簑沢地域ケアプラザ、本牧和田地域ケアプラザ、六浦地域ケアプラザ、泥亀地域ケアプラザ、富岡地域ケアプラザ、釜利谷地域ケアプラザ、能見台地域ケアプラザ、以上22地域ケアプラザ)

 

 

■1 はじめに

1.1研究の背景

「実践知の学問」である総合政策学研究において重要視されるのは、「問題発見、仕組みづくり、実施・評価、普及・移転」の一連のプロセスを意識し、現実の問題解決、中でも行政的解決や市場的解決のみでは達成できない社会的問題の解決に資する研究となることである。このような特徴を持つ総合政策学研究が対象とすべきものの一つに、コミュニティにおける協働的解決を必要とする問題群がある。本研究は、その一つとして急速な高齢化が進展しつつある大都市郊外におけるコミュニティ・ケアを対象としている。

コミュニティ・ケアとは、2005年の介護保険制度改正のひとつの要点として示されたこれまでの施設ケアや在宅ケアという概念を超えた、地域社会全体で高齢者の生活を支えることを一般に示す。本研究では、高齢者が生きがいをもって暮らすことができる地域社会の構築や、個々の高齢者の身体的・内面的な変化を受け止め適切な対応へと結びつける顔の見える関係性を地域社会の中につくり出していくことを、住民自らの支え合いや地域で既にある諸活動、場合によってはその作り出しを育成、支援することにより実現させようとする視点から捉えているのである。特に、サラリーマンの夫と専業主婦の妻、そして子どもという核家族を単位として生活が営まれてきた大都市郊外において、子どもの成人に伴う離家と非同居慣習の浸透によって、地域社会における結びつきの希薄な高齢の夫婦のみ世帯や単独世帯が増加しつつあることを考えると、こうした結びつきを家族や近隣関係にのみ求めることは困難であり、新たなパーソナル・ネットワークづくりが求められていると言える。

 しかし、大都市郊外に多く住むと考えられるこうした高齢夫婦や単独世帯の人たちによるパーソナル・ネットワークは自然発生的に形成される可能性は低く、その形成の仕組みを地域社会の中に作り出していくことが必要となる。ボランティアグループや趣味・サークルなど、参加する個々人の緩やかな関係性と役割の獲得を実現する活動など、多彩な活動が地域社会のなかで展開される状態を作り出していくことが、コミュニティ・ケアの基盤を形成していく上で重要である。ただ、こうした活動は個別に存在していてはコミュニティ・ケアの基盤とはなりにくい。個々に展開するそれぞれの活動が相互につながっており、必要な活動に高齢者が適切に結びつくことができるような関係性を地域社会の中につくり出しておくことが必要なのである1

 

1.2 研究の目的

 本研究の主題は、コミュニティ・ケアの基盤づくりに着目した仕組みを地域社会の中で作り上げていくことである。本稿は、そうした取組みの先駆的事例の包括的な分析からその実態と、今後そうした取組みを進める上で課題となる共通の要素を導き出すことにより、基盤づくりにおいて新たに必要となる機能を考察することが目的である。  

本稿では、既に高齢化が一斉に進展し、また、早くから地域社会の中のコミュニティ・ケアの仕組みづくりを目指してきた横浜市における地域ケアプラザ2の地域交流事業とそれを担う地域コーディネーターの取組みに着目している。地域ケアプラザ(以下、「CP」という)は中学校区を基準に現在101館が設置されている(20064月末時点)。CPは居住者により近い立場に立ち、地域社会の特性に応じたケアサービスを行う拠点であり、先に述べた個々に展開するそれぞれの活動を集約・育成し、必要に応じてそれぞれの活動を適切に結びつけることができるような関係性を築くことが求められている。CPが行う地域交流事業は本研究が着目するコミュニティ・ケアの基盤づくりに向けた基礎的な取組みとなっている。

また、本研究成果は、特に大都市郊外地域において自治体が取り組もうとするコミュニティ・ケアの仕組みづくりに対しいくつかの知見を提供することができる3。特に地域の拠点施設を設置することによってコミュニティ・ケアを展開していこうとする際の地域構造の多様性によって生じる課題や地域との関係づくりのあり方、必ずしも医療や福祉分野の専門資格を持たないCP地域コーディネーターのような専従の職員を配置し事業を進めていくことの有効性とその課題、そして具体的な取組み方法を示すことができる。

 コミュニティ・ケアのあり方を扱う研究は数多くなされてきたが、それらの多くは、地域における要介護者を主なケアの対象とした仕組みや地域福祉活動を制度的視点から考察したものが多い⁴。今後、高齢者が一斉に増加する地域社会において、個々人の関係づくりや役割の獲得を実現する活動など多彩な場を作り出し、高齢者自身の力を活かすことのできるケアの仕組みづくりとそこへの行政等による支援が必要となると考えられるが、それらに着目した研究は十分に行われていないのが現状である⁵。

 

1.3 本論文の構成

 本稿は以下のように構成されている。2章では、本研究の問題把握の枠組みを提示するとともに、コミュニティ・ケアの推進を担うCPと本研究が特に着目する「地域交流事業」について概説する。3章では、まず横浜市全CP地域交流事業を対象として行ったアンケート調査をもとに、地域コーディネーターが実感する課題に着目して現在の地域交流事業の課題を示す。次にCPが対象とする地域がどのような地域構造を持っているのか類型化を行う。4章では、地域交流事業の課題がどのような特徴を持つCPで起こりやすいのか、アンケートと地域構造の双方の分析結果から導き出す。5章では、4章までに明らかにした課題を生じやすいCPであると示されながらも改善を図っているCPを事例として、その取組み内容を把握し、今後CPに求められる新たな機能について考察する。そして最後に、ここまでの議論を踏まえ今後のコミュニティ・ケアの仕組みづくりの方向性について議論する。

 

 

2.研究の枠組み

2.1 本研究の問題把握の枠組み

コミュニティ・ケアの基盤づくりにおいて、その仕組みを、地域社会の中の主体に着目して構造的に捉えると、地域社会の中には「ニーズを抱える居住者」、「サービス提供者」、「行政等制度・政策決定者(以下、行政等)」、これら3つの主体が存在する6。本研究が対象とする横浜市では、地域社会の中のケアの拠点としてCPが位置づけられているため、「行政等」は「ニーズを抱える居住者」や「サービス提供者」からやや離れ、代わりに「CP」が位置づけられていることになる。コミュニティ・ケアについて整理し、分析するためには、サービスの需給関係やサービスの内容について、主体とその関係を示しておく必要がある。CPを中心としたコミュニティ・ケアの基本的な捉え方を示したものが図1である。

 

コミュニティ・ケアが扱うサービスは多様であるが、地域ケアプラザは、

主に図1に示すA、B1、B2のサービスを提供している。Aは専門サービス(以下、S.S(specialized service))を示し、直接CPからニーズを抱える居住者へサービスが提供される。具体的には、介護保険利用を目的とした介護プラン作成やデイサービスの利用などの特定のサービスである。Bはコミュニティ・サービス(以下C.S(community service))を示し、直接的に、若しくは、地域の中のボランティアグループやNPO、自治会町内会等への支援を通じて間接的にニーズを抱える当事者へサービスが提供される。個人に対応するB1では、相談対応やCPが行う事業、そしてボランティア活動の啓発・育成がある。また、サービス提供の担い手団体を対象とするB2では、活動場所の提供、各団体の連携の場づくり、そして活動団体そのものをつくる支援までを行っている。なお、図中でニーズを抱える居住者とサービス提供者の矢印が双方向となっているのは、あるニーズにおいては、サービスを受け取る側でありつつも、別の取組みでは、自らがサービス提供者となっていることも多く、そうした状態を示すものである。

本研究が着目する高齢者を対象とするコミュニティ・ケアの基盤づくりという観点から捉えると、図2のC.Sを中心とした仕組みづくりが今後重要になるということになる。本稿ではこれらB1、B2の取組みに生じる課題を明らかにし、C.Sの先駆的事例であるCPを対象とし、課題を解決、もしくは改善し、パフォーマンスを上げていくための要素を考察する。

 CPの地域交流事業の活動面に着目した実態調査(図2中B1、B2)と、地域交流事業の活動を規定する居住者等の地域属性(図2中 m)双方を明らかにすることによって現状の課題に対して真に実効性のある解決策を示すことができる。こうした研究アプローチはコミュニティ・ケアで必要とされる地域ごとに異なる取組み方法への検討を可能にするものであり、研究方法においても新たな社会的意義を持つものと考えられる。

なお、全CPに対する地域交流事業の実態調査はこれまで行われておらず調査自体が貴重なものでもある⁷。

 

2.2 横浜市地域ケアプラザ地域交流事業

横浜市は、1989年に打ち出した「地域福祉拠点」施設構想を始まりとする地域福祉推進の一環として全国に先駆けて地域ケアの拠点整備を進めてきた。CP全体の取組みと地域交流事業の取組みの概要を表1に示す。      

市内101館すべてのCPで住民や地域の活動団体に対して取組まれている地域交流事業の目指しているものは、現在、主に次の3つである。

1) ボランティア活動の育成と活性化

2) 地域支え合い連絡会8 を通じた地域の福祉活動のネットワークづくりと地域課題の共有と解決策の検討、そして仕組みの提案

3)地域に住む方々からの相談対応や、交流・介護・イベント等の情報提供 

これらはCPの職員であり地域交流事業を主に担うことが定められている地域コーディネーターが中心となって取組んでいる⁹。先に述べたコミュニティ・ケアの基盤づくりを実現させる基礎的な取組みとして、有効な働きをしてきたと考えられている。

 なお、CPは中学校区に1箇所程度設置され、6〜10の町丁を対象とするものが最も多く、また、人口は2万人台を対象とするところが最も多くなっている。

 

2.3 調査概要

横浜市におけるコミュニティ・ケアの取組みとして全CPに対するアンケート調査と市全域を対象とした地域構造分析を行った。また、それらの分析結果から導出したCPを対象としてインタビュー調査を行った。表2に調査概要を示す。

アンケート調査は、神奈川県横浜市地域ケアプラザ全101館(2006年4月末時点)を対象とした悉皆調査であり、各地域ケアプラザに1人配置される現職の地域コーディネーター101名を対象に行ったものである。アンケート調査票作成に際しては、現在CPで地域コーディネーターとして勤務している3名の参加を得て行った10

次に、横浜市の地域構造を、国勢調査を用いて町丁字レベルで分析し、CPが多様な地域構造を持つ複数地区を対象としている実態を明らかにする。更に、地域構造分析を基にCPを類型化し、地域交流事業推進の問題点をCPの類型別にまとめる。

 

 

 

 

 

個々までの分析結果をもとに、課題を持ちやすいCPでありながら、課題を持たない、若しくは、解決を図りつつあるCPを対象として現在どのような取組みを行うことでそうした問題を解決しているのか、対象とするCPの地域コーディネーターへのインタビュー調査から把握する。

なお、本アンケート調査では、表2に示すように、CPや地域コーディネーターの基礎情報をはじめ、地域交流事業の取組みについて網羅的把握を行っているが、本分析では、特に「業務を進める上での体制上の困難」、「業務を行う上で地域対して感じる困難」、「もっとも困難を感じる業務」といった地域コーディネーターが実感する課題に着目している。CPにおける地域交流事業はその取組みの改善のために、これまでに度々制度や事業メニューなどが改変されてきているが、事業開始以来地域コーディネーターの現状の取組みの実態や抱えている課題について把握を行ったことはない。このことは地域交流事業がそれを推進する当事者である地域コーディネーターの持つ実感を考慮することなく推し進められているということである。現場で実践する地域コーディネーター自身の抱える業務上の困難さを把握することは、現状の地域交流事業の課題において実効性の高い解決策を導き出すと考えられる。こうしたことから本調査では特にコーディネーターが実感する課題に着目しているのである。

また、本研究では、先駆的事例を通じたコミュニティ・ケアの現状と課題を詳細に把握することを第一の目的としているため、アンケート調査、地域構造調査、双方から得られたデータの分析に主眼を置いている。

 

2 調査の概要

 
3 地域交流事業の課題と地域構造分析

3.1 アンケート調査からみた地域交流事業の課題

 本章では、全CP地域コーディネーターに対して行った地域交流事業の取組みに対するアンケート調査の結果から、特に事業を進める中心人物である地域コーディネーター自身が課題であると捉えている内容を把握する。地域コーディネーターが地域交流事業を進める上で課題であると捉えるものには、自らの技術の不足によるものだけでなく地域交流事業の仕組み上の課題があると考えられる。特に後者においては個人の努力で改善することが難しく政策上の改善や支援が必要になる。本研究ではこうした点に着目し、地域コーディネーターに聞いた設問の内、地域交流事業を進める上の仕組み上の課題に関係する設問(選択式複数回答(3つまで))、[1]業務を進める上での体制上の課題、[2]業務を進める上で感じる地域に対する困難、[3]地域交流事業の中で困難を感じる業務 これらに着目して分析を行った。3つの設問から次のようなことがわかった。

 

 [1]業務を進める上での体制上の課題(図2) 

業務を進める上での体制上の課題は、約半数の人が「地域交流以外の業務が多い」と答えている。また、「職員不足」、「地域交流事業のあり方が不明瞭」と答える人が4分の1以上に上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[2]業務を進める上で感じる地域に対する困難(図3)

CPがサービスを提供する地域に対して感じる困難は、「ケアプラザの立地が悪い」、「小地域ごとの特性が大きく異なる」、「対象エリアや人口が大きい」といった項目で約4割以上の人が困難であると捉えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[3] 困難を感じる業務(図4)

地域交流事業のなかで、進めていくのが難しい業務は何かという質問に対しては、「協働の場づくり」が圧倒的に多く、約3分の2の人が困難だとしている。次に「サービス地域の状況調査」、「社会資源開発」、「内部部門間の連携」が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サービス地域の状況調査」は地域ニーズの把握や社会資源の把握など地域特性に即した取組みが求められる地域交流事業において基礎的取組みであるにも関わらず3分の1の人が困難であると捉えており、地域コーディネーター自らが、地域の状況を積極的に把握し地域交流事業に活かすことを十分に行えていないと推察される。図5は、地域ニーズの把握や社会資源の把握の状況11を示したもので、CP利用者・団体からなどCPにもたらされる間接的な情報や、行政等の情報に依存していることがわかり、自ら地域に出向く取組みが他の取組みに比して十分には行われていないことを表している。

 

 

 

以上のアンケート調査の結果をまとめると、運営体制上の問題としては、地域交流事業以外の業務が多いこと、CPが行う業務全体のなかでの地域交流事業の位置づけが不明瞭であること、また、このため法人の理解・協力が得られにくく、必要な職員を配置しにくいことにつながっており、人手不足の状況を生み出しているだろうことが分かった。

CPが対象とするサービス地域の問題としては、サービス地域が広大であることに加え小地域ごとの特性の差異が大きいこと、そしてCPの立地が悪いといった、地域コーディネーターの技術や法人の理解などに関係なく、前提となる地域の環境面において困難を感じており、CPによってはそもそも地域交流事業の取組みを進めていくこと自体が難しいことも推察される。

こうした事業を進めていく上での体制上や地域の環境面での問題が、

「協働の場づくり」や「内部部門間の連携」といった連携や合意を進めるための業務、また、「サービス対象地域の状況調査」を十分に行った上で取組むことが重要な「自主事業の企画」や、必要な社会資源を作り出す「社会資源開発」において困難を感じることにつながっていると考えられる。また、このことは単に地域コーディネーター個人の業務上の技術を高めるだけでなく、運営法人12地域の特性に応じて異なる取組み手法が必要であることを示すものでもある。ここで運営法人については、指定管理者制度に基づき運営されており、評価の手法も定められていることから、政策上、今後なんらかの改善策が検討されていくと考えられる。本研究では、これまで十分な検討が行われていない地域特性の違いによって生じる地域交流事業の取組みの問題に焦点を当て分析を行う。

 

3.2 地域構造の多様性

本節では、横浜市の地域構造を町丁字レベルで分析し、CPが多様な地域構造を持つ複数地区を対象としている実態を明らかにする。また、地域構造分析を基にCPを類型化し、前章で示した地域交流事業推進の問題点を、地域構造を分析する指標として主成分分析により抽出し、町丁字を単位として8分類する。そしてそれをもとに修正ウィーバー法13を用いてCPを類型化する。

なお、分析対象は、2000年時点における横浜市の全町丁字である1667地区であるが、居住人口が0人である57地区を除外し、秘匿対象地域である33地区を合算地域に足し上げた結果、1577地区を最終的な分析対象地区とした。また、利用したデータは全て、2000年国勢調査(第1次集計、従業地・通学地集計)である。

[地域構造を示す指標の抽出とミクロレベルの地区分類]

CPがその業務を推進する上で特に注目すべきである指標は、人口・世帯に関するものでは、地域での支えを必要とする高齢者や子育て中の世帯であろう。また、住宅に関する指標では、今後の居住継続という観点から戸建率や持家率、また住宅政策的観点から公的借家率などが重要な指標となるであろう。さらに、対象とするエリアが利便性の高い地域なのか低い地域なのか、といった立地の特性は、今後の地区の衰退の可能性を示すと考えられる。また、どのような働き方をしている人が多く住む地区なのかといったことも重要であると考え、就業・通勤に関するいくつかの指標を対象とした。以上のような視点から、地域構造を示す指標として以下の9つを取り上げる。

<人口・世帯に関する指標>

@  高齢者のみの世帯率、

A6歳未満親族のいる世帯率

<住宅に関する指標>

A  持家率、C戸建率、

D公的借家率

(公団、公営、公社借家)

<就業・通勤に関する指標>

E自営業主率、F農林漁業従業率、G自区内従業率、H乗合バス利用率

これらの9指標を用いて、主成分分析を行った結果、4つの成分が抽出された(表4)。また、これらの成分と各指標との相関係数(表5)をみると、それぞれの成分は以下のような地域構造を示す成分であることがわかった。

 

 

 

成分1: アクセスが比較的悪く、他市区・他県への通勤率の高い持家戸建地区

成分2: 高齢者のみ世帯が多くアクセスがよい場所に立地する商工業地区

成分3: 農業地区

成分4: 自区内に通勤する割合が比較的高く、アクセスの悪い場所に立地する公的借家地区

以上の分析を踏まえ、それぞれの成分を代表する指標として、高齢者のみの世帯率、戸建率、乗合バス利用率の3つの指標に着目し、町丁字を分類することとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ここで、相関係数の高かった持家率を外したのは、戸建率と持家率は相関が強いこと(相関係数0.597、1%水準で有意)、戸建率が高ければ持家率が高いが、持家率が高い場合には集合住宅の持家の場合が含まれることから、戸建率で代表させるのが適当であると判断したためである。また、農林漁業従業率を外したのは、横浜市においては農林漁業従業率が全般的に低く、対象とした1577町丁字のうち、1370(86.9%)で農林漁業従業率が1%未満となっており、分類の指標としては適さないと判断したためである。

これら3つの指標を基に、町丁字を8地区に分類する(図6、表6)。なお、29町丁字はデータ欠損のため対象から除外した14。8分類した地区の空間分布をみると、全く異なる地域構造を持つ地区がモザイク状になっている様を確認できる(図7)。CP単位でみた場合にも、一つのCPが対象とするエリアの中に、こうした多様な地区が複数存在しているところと、そうではなく同じような属性を持つ地区のみで対象エリアが構成されているところなど、多様化していることが分かる。CPの抱える問題と今後の課題を考察するにあたっては、こうしたCP対象エリアの地域構造の多様性を考慮する必要があることを分析結果は示している。

 

 
[ミクロレベルの地区分類を基準としたCPの類型化とその特徴]

 本節では、CPが対象とするエリアの地域構造の多様性によりCPを類型化する。類型化にあたっては、修正ウィーバー法を用いる。分析はそれぞれの組合せで構成する地区分類の構成比が同一であったと仮定した場合の値(理論値)と、各地区分類の実際の構成比(実際値)との分散を計算し、分散が最小である組合せをもって、主要地区分類であるとみなす、ということである。実際値をx、理論値をXとすれば、“組合せ指数”Vは次のように表される。

 

V=(x−X)2

 

CPを類型化するにあたっては、8地区分類による地区数ではなく、その地区に属する人口を用いる。CPが対象とする総人口に対する、各地区分類の人口の構成比を算出し、Vが最小となる組合せをそれぞれのCPの類型であるとした。

ここでは、どのような地域構造が支配的なCPであるか、もしくはどのような地域構造が組み合わされているCPであるかということよりも、一つのCPがどの程度異なる地域構造を持つ地区を抱えているのか、という多様性のみに着目し、「多様性分類」としてCPの特徴を示すことにした。

これは、多様性の高低に応じて事業を推進する上でどのような問題が生じやすいのかを把握することが、政策上第一に検討していくことが必要であり、一つひとつの地域構造についての分析は、多様性分析ののちに検討することがより個別具体な分析ができると考えられるからである。上記Vが最小となる組合せの地区分類数が1であれば多様性は1、そして「多様性分類」は「T」として表現し、2つの地区分類でVが最小となるのであれば多様性は2、「多様性分類」は「U」となる。これによって分類した結果、多様性分類はT〜Xとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

CPの対象エリアの中にいくつの異なる地区分類が含まれているかをみると、最も多いのが「U」、すなわち2つの異なる地域構造を持つ地区を対

象とするCPで、約4割を占める。次いで「V」の27CP、約4分の1であり、この2つで全体の約3分の2を占める(表7)。

また、「T」に分類される16CPの対象エリアがどのような地区分類であるかをみると、A、B、すなわち、戸建率と高齢者のみ世帯率がともに高い地区や、G、H、すなわち戸建率と高齢者のみ世帯率がともに低く、子育て中の世帯が多く居住すると考えられる地区のどちらかに集中している。これらの地区を対象とするCPでは、複数の異なる地域構造を持つ地区を対象とするCPと比較して、事業内容や課題が明確化されやすいことが推測される(表8)。

 

4 地域交流事業の課題と今後の方向性

4.1 地域構造の多様性分類別にみた地域交流事業の実態

前章の地域構造分析から導き出した「多様性分類」と、3章のアンケート結果双方から、地域コーディネーターが地域交流事業を進める上で生じる問題を把握する。まず、アンケート結果のうち、地域コーディネーターが地域交流事業を推進していく上で「地域に対して困難を感じる内容」に関する設問に対する回答(3つまで)を対象に、CP類型別にクロス集計を行い、地域構造が事業の推進に与える影響を考察する(表9)。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

全体の回答の中で最も割合の高い「CPの立地が悪い」は、多様性分類「W・X」の多様な地域構造を持つCPの回答率が非常に高い。また、予想通り、「地域ごとの特性が大きく異なる」、「地域の理解が得られにくい」の回答率も高い。このように地域構造の多様性の高いCPでは地域に対する困難を抱えるCPが多いことがわかる。一方、多様性分類「T」のCPでは、「社会資源が不足」「地域の理解が得られにくい」「関係機関等が非協力的」の回答が0となっているのが特徴的である。これは、同質の地域構造を持つ地区のみを対象とする場合には、居住上の課題が集約化されやすく、従って地域の理解を得られやすく、また、関係機関等の協力を得やすい状況にあることが読み取れる。こうしたことから、社会資源の発見や調達も他のCPと比較して容易であることが示されている。一方で多様性が高い低いに関係なく、「CPの立地が悪い」、「対象エリアや人口が大きい」、「地域ごとの特性が大きく異なる」については総じて困難に感じる割合が高くなっており、どのCPも対象エリアの広さに起因する基底的な困難さを抱えていると言えよう。

 次に、地域交流事業の業務の中で、困難を感じる業務は何かを尋ねる設問に対する回答(3つまで)を、同様に多様性分類別にみてみたい(表10)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まず、多様性分類「W・X」のCPでは「担当地域状況調査」、「内部部門間連携」、「関係機関との連携」に困難を感じると回答する割合が高いことが目に付く。これはやはり、地域構造の多様性が反映していると考えられる。地域の状況を把握できず、内外ともに連携ができていない、すなわち、CPが地域の課題解決に十分に対応できていないと考えられる。また、「社会資源開発」に関しては、多様性分類「T」のみで低い回答率となっているが、これは先述の「地域に対する困難」の設問の回答結果と同様、課題が明確化されやすい「T」のCPでは、地域住民との関係を築きながら社会資源を開発していくことが比較的容易であることを示唆している。

この他、特徴的だった「T」のCPでは、自主事業の企画や貸し館業務に関して困難を感じる傾向が強いことである。このことは、ニーズや課題が明確化されやすい一方で、明確化されるニーズに対して十分な企画を求められることとなり、それに応じた事業の企画や実施に苦慮するだろうことや、貸し館においては、利用に際して、特定の団体の利用への偏りが生じる状況があることを示しているのではないだろうか。また、多様性が「T」から「V」へ高くなるにつれ、「地域住民との関係づくり」や「関係機関との連携」に関して困難を感じる割合が増えており、このことは、多様性が増すとネットワークづくりが難しくなることを示している。

ここまでの分析結果から次のことが言える。

1)地域の多様性が高い低いに関わらずCPの立地が悪いことや対象エリアや人口が大きいこと、地域ごとの特性が大きく異なるといったことなどの共通した困難が存在している。

2)多様性が高い地域と低い地域では、抱える課題が異なる。これは、単に地域コーディネーターの技術的側面の向上だけでなく、多様性の違いに対応した事業実施体制づくりが必要であることを示すものである。

3)多様性が高くなるにつれ、地域住民との関係づくりや内部部門間連携といった業務を進める上で必要なネットワークづくりを進みにくくしている。

4)多様性がU以上のCPでは、社会資源の不足を感じ、同時に社会資源開発の難しさを感じている。これはニーズや課題を把握したとしてもそれに応じた適切な対応ができない可能性を示している。

 

4.2 地域交流事業の今後の方向性

 地域構造の多様性が高いと地域コーディネーターの抱える課題が増す可能性が高く、このことは、そもそも地域ごとに異なる対応が必要とされるコミュニティ・ケアの取組みを困難なものにすることを示すものであった。また、こうしたことの以前に、中学校区をサービス対象エリアとする現行の制度では、小地域を対象とした取組みを進めていくには多くの困難を抱えてしまうという基底的な問題があることが明らかとなった。

 こうした現状の地域交流事業の根本的に抱える課題の解決の方向性を示すことが今後のコミュニティ・ケアの取組みを効果的に進めていくために、第一に必要なのだと言える。そして、それは、多様性が高い地区を多く持つCPを対象としてその改善策を検討することによって、そうでないCPにとっても有用な知見を提供することができると考えられる。

 本研究のここまでの整理をもとに、地域交流事業の根本的に抱える課題を解決、もしくは軽減する改善策の今後の方向性について検討したい。

現在中学校区に一つ設置され、コミュニティ・ケアを推進する地域交流事業の取組みは、先に述べたようにサービス対象エリアが大き過ぎ、小地域ごとの対応を十分に行うことができない。これは中学校区をサービス対象圏域とするケアの拠点としてCPを中心とした仕組みだけでは、今後高齢者が増加する地域の状況を考えればこれまで以上に対応していくことが困難であることを意味する。現在のCPを中心とする仕組みにもう一つの仕組み、つまりサブシステムを組み込むことが有用なのではないかと考えられる。

次に、小地域ごとのニーズや課題に対応していくためには、より身近な地域でコーディネートをしていくことが求められるが、現在の各CPに一人配置される地域コーディネーターでは、先に述べたように十分な対応ができるとは考えにくい。小地域ごとに地域コーディネーターと同様な働きをする新たな担い手や団体が必要とされており、そうした人たちと連携し活動内容によっては役割を持ち合いながらコミュニティ・ケアの取組みを実現していく必要がある。また、こうした人材や団体を育成することも求められる。

さらにはこうしたサブシステムを支える場が必要になると考えられる。サブシステムを支える場とは、住民にとってより身近に参加の機会を提供したり、相談、情報提供などを行うことができる場であり、日常的な関わり合いを通じて地域の中のニーズや課題を把握することができる機会を持つことができる場である。具体的には、住民との関係づくりを促進する意味でも、地域社会の中の各所で自治会町内会やボランティアグループが行う「サロン」がCPのサテライト的な機能を一部担う拠点へと発展していくことが考えられる。この他には、機能という点から捉えれば定期的に関わり合いを持つことができる会議や交流の場も同様にシステムを支える場ということが言えよう。

こうしたサブシステムの必要性の認識とそれを実現させる2つの取組みを現在の地域交流事業の仕組みの中に組み込んでいくことによって、現在の課題を改善させる新たな仕組みを機能させることができると考えられる。

次項では、サブシステムをつくりあげることを意識しつつ、これら2つの取組を行っており、4章の分析結果から得られた多様性分類がU、Vに該当するCPを対象として、その実態を把握し、多様性に応じたコミュニティ・ケアの仕組みづくりにおいて必要な要素を導き出す。

 なお、次章で取組みむ研究アプローチは、本稿のここまでの分析結果をもとに導き出した解決策の方向性を検証するとともに、その方向性を具体化していこうとするものである。今回はこうした一連の営み15を一つの事例からしか行っていないが、この典型から、解決のための具体的要素を取り出すことができ、真に実効性のある解決策を組み立てていくことができると考えている。こうした研究アプローチは、総合政策学における重要な手法であるアブダクティブアプローチを試みるものであり、総合政策学研究の一つの姿を示すものと考える。

 

5 yCPにみるコミュニティ・ケアの仕組み

5.1 yCPの実践

 対象とするCPは、X区にある多様性がVに分類されるy CPである。yCPはサブシステムの必要性を認識し、前章で整理した現在の地域交流事業の課題を改善すると考えられる2つの取組みを実践しているCPである。11の事前調査内選定理由に示すように他のCPや行政などから高く評価されている。なお、X区のy CPの地域以外にもサロンや小地域でコーディネート的な取組みを行うボランティアグループは存在し、なんらか関係を持つCPはいくつか見られる。しかしy CPのようにサロンやボランティアグループの担い手等と定期的な会議の場を持ち、担い手の人自身もCPとの連携の必要性を共有し、且つ地域全体でこうした活動を展開している例は他にない。

yCPの取組みは、地域の中のボランティアグループなどの力を活かし、もしくはつくりあげることによって、地域コーディネーターの業務量の多さや人材不足などによって生じる業務上の課題の軽減や地域の中の詳細、且つリアルタイムな状況把握を可能にしていると推察される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CPの実態を、新たな担い手や団体との連携とサブシステムを支える場のあり方に着目して整理する。特に、どのような連携をしているのか、どのような場が用意されているのかだけでなく、y CPの地域コーディネーターがどのような点にねらいを持って取組んでいるのか、またそれによってどのような効果が得られているのかを明確にしたい。これによって新たに求められる仕組みがどのような状態を示すのかだけでなく、どのように取組むのかが示されることとなり、より実効性の高い改善策を得ることができる。

なお、調査はインタビュー形式で行われ、サロンの立ち上げに数多く関わったyCPの前地域コーディネーター、及び、現在サブシステムを支える場やボランティアグループ等の各団体との連携のあり方を模索し実践する現地域コーディネーターを対象とした(表11)。本報告では、特にサロンの運営方法やCPからの支援の内容の詳細については取上げないが、こうした点はサブシステムの持続可能性を考えたとき重要な視点であり、今後更なる調査が必要である。

 [ボランティアグループ相互の学び合いの場づくり]

 yCPでは、地域内のボランティアグループが集い、交流・学び合う場として月に一度、連絡会を実施している。連絡会の持つ主な機能は次の4つとなっている。すなわち@団体同士の顔の見える関係づくり、A地域の現状や課題の共有、B高齢化等に伴う担い手確保の問題などボランティアグループの活動支援、Cボランティアグループを対象とした研修会の実施であり、こうした取組みは、地域の中のボランティアグループが相互に学び合う場となっている。地域コーディネーターが直接的にボランティアグループを支援するのではなく、ボランティアグループ同士の関係づくりに着目した支援を行っているという特徴がある。これは4.2の今後の方向性で示した地域の担い手等と地域コーディネーターとの連携を超えたサブシステムの1つのあり方であると考えられる。また、こうした場の設定を通じて、ボランティアグループを介した地域状況の把握や地域の状況にあった社会資源開発が可能になっている。実際に連絡会に参加するボランティア数人が主体となって、地域の中の身近な拠点としてサロンを開設したり、ボランティアグループの担い手づくりのための講座を開催するなどしている16

[地域住民(当事者)を巻き込むサロン活動]

 後背人口2万人以上を対象とするCPでは、地域の詳細な状況を把握できないことはもちろん、地域住民とのつながりを作り出しそれを維持していくことは難しい。そうした状況に対し、地域のボランティアグループや自治会町内会の力を活かし、住民一人ひとりと接点を持つことを可能とするサロンがyCP内には8つある(2007年3月時点)。サロンは、食事やお話し・交流を行う他、趣味・サークル活動、そして介護予防に関する勉強会などを行っている。開催頻度は週1回程度から月1回まで様々であるが、そこでの学びや仲間づくりを通じて、新たに趣味活動グループを作り出したり、類似する他の活動に参加したりするなど広がりを生み出す活動として地域の活動、情報の中心の一つとして役割を担っている(サロンの持つ機能とCPから受けている支援の詳細については付表1、2に整理した)。

地域のボランティアグループなどによるサロン活動とCPとの協力関係によって、地域の状況把握や、サロンに参加する地域住民との関係づくりが進み、ニーズや課題が見えやすくなることにより、区行政や社会福祉協議会等の関係機関とも課題解決に向け連携が進みやすくなることも期待できる。

7a

 
 

5.2 コミュニティ・ケアに求められる要素

ここまで整理したように、y CPは地域交流事業の仕組み上の課題を軽減させるサブシステムの必要性を認識し、いくつかの取組みを実践してきた。そしてそれらの実態調査から、地域の問題解決においては、CPや地域コーディネーターが問題に対して直接的な支援を行わなくとも、地域で既に活躍し、活動内容によってはやや専門的な活動を行っているボランティアグループや身近な拠点を活かすことにより、現行の制度における基底的な課題であった小地域ごとへの対応の困難さを軽減できることが示唆された。yCPによるこうした取組みは、地域構造の多様性が高いCPであっても地域の実状に合わせた取組みが可能であることを示すものであろう。y CP[ボランティアグループ相互の学び合いの場]、[地域住民(当事者)を巻き込むサロン活動]の取組みをそれぞれ、2章の主体とその関係に着目した問題把握の枠組みに基づいて示すと図8−a、図8-bのようになる。図8−aはボランティアグループ同士をつなぐネットワークの場をCPの働きかけ(図中c)によって作り出していることが特徴的であり、図8-bはサロン活動の特徴でもあるが、ニーズを抱える居住者とサービス提供者が一体となる場をCPの働きかけ(図中c)によって作り出していることが特徴的である。これらの取組みはいずれもCPのみが行うのではない。コミュニティ・ケア推進の担い手を地域で活躍するボランティアグループや居住者自身に焦点を当て取組んでおり、このことが地域や業務に対して抱く困難さを軽減、若しくは、困難を抱きつつも地域の状況に応じて取組むことができることを示すものと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

CPを中心とするコミュニティ・ケアの仕組みの中でも、対象エリアや人口が大きいことによる事業を進めていく上での根本的な課題や、地域構造の多様性に起因する地域コーディネーターの業務の困難さを軽減し、地域の力を活かした自立した仕組みとなるよう、学び合いの場と当事者を巻き込んだ場へのCPの支援が有効であり、そうした支援の手法について、コミュニティ政策推進の重要なポイントとして今後さらに検討していくことが必要である。

CP2章の問題把握の枠組みで示したように、C.Sとして地域交流事業を行うことに特徴を持ち、地域社会の特性に応じてサービスを行う役割がある。ボランティアグループ同士等の学び合いの場と当事者を巻き込んだ場の作り出しとそこへの継続的なCPの支援によって、地域交流事業はそのパフォーマンスを高めることができる。こうした取組みは、単に地域交流事業の現状の課題を克服するための要件であるだけでなく、本研究の目標である結びつきの希薄な高齢者が生きがいを持って暮らせる地域社会や、個々の身体的・内面的な変化を受け止め、適切なサービス資源へと結びつける顔の見える関係性づくりを基礎としたコミュニティ・ケアの仕組みづくりにおいて不可欠なものであろう。

 

6 おわりに

 コミュニティ・ケアの仕組みづくりは、地域社会の中の新たな公共性の概念枠組みを考えることでもある。それは横浜市CPを例にとれば、官の設置により社会福祉法人等の民間事業者が運営することにより形づくられている。そして、その実態は地域構造の多様性や運営法人の業務への理解などによって取組みに差があり、本稿では地域構造の多様性が高いCPでは、現行の制度下ではそもそも十分な活動が行われにくいことを示した。一方、多様性が高くてもyCPの事例に示されたように、学び合いの場や当事者を巻き込んだ場づくりによって地域の実情に合わせた対応が可能となるだろうことがわかった。

今後、コミュニティ・ケアの仕組みを地域社会の中でつくっていくためには、旧来のような個別の課題に対して解決を導く強い専門性17を持つ担い手像だけではなく、横浜市が制度的に位置づける地域コーディネーターや、本稿が示したように既に活躍しているボランティアグループ、あるいはそうした人材を育てることによって、地域や住民一人ひとりに目を向けることのできる弱い専門性を持つ担い手像が求められていると言える。つまり、弱い専門性を持つ人々こそが新しい公共の担い手なのである。我々が取組む総合政策学に求められる役割は、コミュニティ政策に着目した本研究を通じて整理するならば、これまでの公共を主に担っていた行政との協働により、その新たな担い手の役割と持つべき機能を明確にし、大学による担い手自身への直接的な教育や新たな担い手を中心としたコミュニティ・ケアの仕組みづくりに継続的、且つ客観的な立場から支援していくことなのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1現代社会の中の個々人のつながりに関して言及している最も新しいものに、広井の文献1に示されている新しいコミュニティづくりにおけるつながりに関するものがある。広井は、新しいコミュニティづくりの理論や実践において必要な視点として(a)「同心円を広げてつながる−1同体的な一体意識」、(b)「独立した個人としてつながる−個人をベースとする公共意識」があると述べ、バランスをとりつつ両方を志向する必要性を述べている。本論が扱うコミュニティ・ケアにおいても、地域社会の中における個々の活動がそれぞれ独立した活動を行いつつもつながりっており、そうした活動へ高齢者一人ひとりがニーズに応じて結びつくことの必要性を述べている。まさに当事者を中心として同心円を広げてつながり持つことができる地域社会において、独立した個人がつながり合おうとするものであり2つの志向性を必要としているのである。敢えて、一歩踏み込んで述べるならば、地域社会という地理空間的な要素(a)をベースとして(b)を成立させようとする視点が広井の示す理論を展開させようとする本研究の立場であり、今回取上げる横浜市の事例は地域社会の中でそれを実践しようとしているものであると捉えている。

2  横浜市では、地域福祉の拠点として地域ケアプラザという独自の施設整備が進められて

いる。横浜市はこの他に、貸しスペースの利用や図書館を併設したコミュニティ施設として地区センター、また、その小規模なものとしてコミュニティ・ハウスがあり、他には、児童施設としてこどもログハウスがある。今回取上げている地域ケアプラザは、介護保険改正に伴って全国に設置が義務付けられた地域包括支援センターのモデルにもなり、地域の身近な相談窓口として、また介護予防を包括的に行う拠点としてその先進的な取組みが全国から注目されている。また、石井らによる研究(文献5)においても、地域社会の中のケアを進める仕組みは、行政区域を対象とした仕組みでは十分ではなく、より身近な地域におけるケアの仕組みづくりが求められており、身近な地域を対象とした取組みを育成・支援し、それらと行政との補完関係を構築することの必要性が示されている。こうしたことからも中学校区域を対象とするCPの地域交流事業の取組みはコミュニティ・ケアの先進モデルの一つであることがわかる。

3本研究が対象としていない農村地域では、旧来からの自治会・町内会や地区社会福祉協議会などの地縁型の組織が根強く存在し、地域社会の包括的な支援やネットワークを行う組織となって、多様な活動を展開している場合が少なくない。こうした地域では、旧来型の組織をいかに活用していくのか、介護保険制度による市場化されたサービスをいかに普及させていくのかといったことなど別の視点からの分析が必要であろう。

4 高齢期を対象としたコミュニティ・ケアに関する研究は多岐にわたるが、生活の場としての住宅・施設に関するもの、地域という視点から高齢者の生活環境を捉えたものに関する研究蓄積(文献1、文献2など)に比べ、高齢者を支える地域の仕組みづくりという視点から地域社会全体のあり方を扱った研究は蓄積が浅い。一方で、介護保険等の制度評価や制度を基盤としたコミュニティ・ケアのあり方を考察した研究は数多くあるが(文献3、文献4など)、介護保険制度をいかに効率的に運用できるのかという視点から地域のケアの仕組みづくりを扱うことが多い。

5 高齢者自らの支え合いや地域で既に活動する団体(ボランティアグループ、NPO、自治会・町内会活動など)を育成、支援することにより地域全体の介護予防のパフォーマンスを向上させようとする視点からコミュニティ・ケアのあり方を扱った研究はこれまであまりみられないのが現状である。その理由としては、介護保険改正以後年数があまり経っておらず、介護保険制度サービスに基づくケアの体制づくりに力が注がれがちとなることや、コミュニティ・ケアの分野では行政、市場、地域の様々なアクターによる協働的解決がベースとなるがそうした考え方自体が新しく経験がないこと、また、支え合い活動等の支援に対し政策上の位置づけが不明瞭であり行政の関与の仕方が十分に理解されていないことなどが考えられる。

6 地域社会の中の3つ主体とその関係をもとにコミュニティ・ケアの仕組みづくりを考察した文献5がある。この論文では、特に介護保険以降、行政等からニーズを抱える居住者への直接的なサービスから市場を介したサービスへとサービス供給システムそのものが変化したことに着目し、それによって生じる、サービス提供者への支援や、行政とサービス提供者との関係づくりやサービス提供者とニーズを抱える居住者をつなぐことの支援の必要性とその具体的な内容を示している。

7 これまでCPが行う地域交流事業については、貸しスペースの利用率や参加人数、独自

に事業を行った場合のイベント・催しの名称や回数など委託事業に基づく報告的なものがほとんどであり、地域コーディネーターや運営法人、そして業務全般にわたり総合的な調査を行ったのは今回が始めてである。 

8 地域支え合い連絡会は、CPごとに取組みは様々であるが、一般的には、自治会町内会、

民生委員、地区社会福祉協議会、ボランティア実務者、NPO、区行政など地域の様々な主体が参加し、地域のニーズや課題の共有、解決方策の検討、具体的なアクションの方法、その他、ボランティア活動などで課題を抱えた際の解決方法や研修会などを行ってる。連絡会の実施の数は、年に数回のCPもあれば、分科会を設け月に2度以上行うなど活発に取組むCPもある。連絡会で行う内容や参加者にルールはない。企画や参加者の調整は、主に地域コーディネーターが中心となって取組んでいる。現在の地域支え合い連絡会の取組みの状況と主な参加者は右図のようになっている。また、本稿では地域支え合い連絡会のことを「協働の場づくり」と表している。

9  地域コーディネーターは、行政からの委託により、各CPに一人配置されている。専門的な資格は要しない。また、地域コーディネーターの取組みに関する評価方法は特になく、CPの管理運営を受託した法人によって異なる。具体的な業務内容は、本文中表3に示した通りである。

10 今回の調査は、調査対象者でもある地域コーディネーターや行政と協働して行われている。アンケート設問項目の作成にあたっては3名の地域コーディネーターの参加を得て行われた。また、その後アンケート調査結果の分析を中心として行った3回の研究会では、計8名の地域コーディネーターやCP担当行政職員の参加を得て行っている。こうした取組みは2006年4月から継続しており、ここでの地域交流事業の問題の共有や学び合いを通じて、参加者が解決策を得て、自らの活動に活かすなどしている。こうした事業を推進・向上させていく上で必要な協働体制の構築とそれによる研究の取組みは、それ自体が問題解決を導き出すものであり、総合政策研究アプローチの実践例の一つであると言える。

11 図5は、ニーズに即したサービス提供を実現するために、地域コーディネーターが日常的に行う必要があると考えられる地域ニーズや社会資源情報の把握の方法について聞いた設問である。設問は、それぞれ「地域ニーズの把握をどのように行っているか」、「社会資源の把握をどのように行っているか」について、選択式複数回答可として質問したものである。また、自らが地域に出向き自らの目で地域の状況を把握することは、CPを利活用する人からだけではもたらされない地域の生きた情報を得ることができるとして、地域コーディネーターのサービス地域の状況調査における基礎的、かつ重要な取組みとなっている。

12 CPごとに地域交流事業に対する取組みに差が見られる。これは運営法人の理解や体制作りによるところが大きく、CPはそのほとんどを社会福祉法人が運営しているが法人の主たる事業が入所施設を専門的に行っているか通所介護も行っているかによって地域に対する理解に差が生じ、入所系のみの介護サービスを行っている場合は一般に地域に対する理解が低く、地域交流事業への熱心さが十分でないと言われることもある。そのような場合、地域コーディネーターはCPが行う事業のうち収入につながりやすい介護保険事業や施設管理などの雑務を担うことが多くなる状況も見られる。

13  修正ウィーバー法とは、多指標によって地域分類を行う手法で、各指標の構成比が50%に満たない場合であってもいくつかの指標の組合せにより地域分類を表現することができる。

14 対象から除外した地区は居住人口が非常に少なく、世帯の家族類型や住宅の建て方、所有関係など、地区分類を行うのに必要なデータがそもそも存在しないため、地区分類を行うことができない。また、1577町丁字のうち、29(1.8%)と少ないため、除外することが全体に影響しないと判断し、対象から除外した

15 総合政策学における研究アプローチについては文献7に詳しい。特に螺旋的論理展開方法において、本稿が扱うような手法は、仮説を立てそれを検証するという過程を繰り返すことによりうまく説明できる仮説(理論)を獲得することができるという研究のあり方を示している。そしてこの方法は、動態的な方法であり、事象の背後にある因果関係やメカニズムを把握することに適しているとしている。

16 yCPが行う連絡会は、参加者同士が交流し、顔見知りになることで、互いが持つ技術やネットワークを活かしあう場となっている。この他では、新しく活動しようとする人が、先に活動する団体から学ぶといったことや、十分な賛成をしていなかった立場の人が先進事例を実際にみることにより理解が進むなどしている。具体的には、連絡会として次のような取組みがある。交流会を通して利用者・団体の意見を聞き、貸しスペース運用に反映させる「貸しスペース利用団体交流会」、家事支援・配食グループ、会食会、ミニデイ・地域サロン、ボランティアグループ21団体が参加する「ボランティアグループ分科会」。ボランティアグループ分科会では、2006年度は、交流・情報交換と外部から専門家を呼んだ研修会形式を行うなどした。また、人材不足によるボランティアグループ活動支援をテーマに2年ほど勉強会を行っている。

17  介護支援専門員(ケアマネージャー)、ケースワーカー、ヘルパーなど介護や生活支 にかかわる専門家は、ニードや課題に対して、その専門性や職業的立場の中で解決を図ることが求められる。本稿では、このような既に個別に生じているニーズや課題に対して、解決をはかる専門的立場に位置づけられる人を強い専門性を持つ担い手と呼んでいる。一方、弱い専門性とは、地域社会の中で住民の立場から、本稿が地域社会の中で必要性を重要視する、個々人の身体的・内面的な変化を受け止め、適切なサービス資源へと結びつける顔の見える関係性づくりを、地域社会をベースとして日常的に行う人を指している。そうした役割は、例えば、これまでは社会福祉協議会や町内会、民生委員なのネットワークが考えられたが、特に大都市郊外などの居住地域では、地域の共同性が脆弱であることや、ニーズそのものが増大、多様化していることなどから新たな担い手像が求められるようになったと考えられ、本稿が取上げる地域コーディネーターやボランティアグループの取組みはその代表的な事例なのだと言える。詳しくは、200712月刊行予定の大江・駒井編『大都市郊外の衰退と協働的解決』慶應義塾大学出版を参照されたい。

 

付表1サロンが持つ機能(ヒアリング調査のまとめ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


付表2 サロンがCPから受けている支援(ヒアリング調査のまとめ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


参考文献

1  広井良典『持続可能な福祉社会‐「もうひとつの日本」の構想』,ちくま新書,2006

2  厳平他「シルバーハウジングにおける支援の仕組みと特性」,日本建築学会計画系論文集第542号,p121-128,2001.04

3  登張絵夢他「都市部における要介護高齢者の生活と地域との関係に関する事例的研究」,日本建築学会計画系論文集第564号,p141-148,2003.02

4  舟谷文男「介護保険制度における高齢者ケア」,日本内科学会雑誌,第93巻,第12号,p104-108,2004.12

5  副田あけみ「支援を要する高齢者のための地域ネットワーク構築-地域包括支援センターの取組みに向けて」,人文学報(社会福祉学22),p63-93,2006.03

6    石井大一朗・澤岡詩野・大江守之「高齢者を対象とした地域ケアにおける中間支援の

役割−北九州市若松区におけるあんしんネットワークを事例として」,日本建築学会計画系論文集第617号,2007.07

7  大江守之・岡部光明・梅垣理郎編『総合政策学-問題発見・解決の方法と実践』慶應義塾大学出版,2006

8  副田あけみ「介護保険実施直前の在宅介護支援センター-ケアマネジメントと協働の実態」,人文学報(社会福祉学16),p87-152,2000.03

9  井上信宏「小地域福祉拠点を中心とする市民参加型の地域福祉協働システムと地域福祉のネットワーキングを推進する兵庫県伊丹市の経験」,信州大学経済学論集53号,p45-74,2005.08

10   井上由起子・大原一興・小滝一正他「まちづくり活動への参加と高齢

    期の地域生活に関する考察」,日本建築学会計画系論文集第547号,

p103-110, 2001.09

11  谷亮治「地域住民自治組織を活性化させる要件-上京区春日学区のケーススタディ」,立命館産業社会論集127号,p85-105,2006.03

12  一番ケ瀬康子『包括地域ケア・システムとは何か〜福祉・保健・医療の連携を推進する』,一橋出版,1999

13  牧里毎治『地域福祉論-住民自治と地域ケア・サービスのシステム化』,放送大学出版,2003

14  佐々木毅・金泰昌編『公共哲学7 中間集団が開く公共性』,東京大学出版,2002

15  石井大一朗・藤井多希子『大都市郊外地域におけるコミュニティ・ケアの仕組みづくり〜横浜市地域ケアプラザ地域交流事業の評価と地域構造分析を通じて』,総合政策ワーキングペーパーシリーズ113,2007.01