2007年度学術交流支援資金

 

電子教材作成支援

311  報告書

 

研究課題:外国語学習システムの開発―外国語LMSの構築

 

研究経費:70万円

研究組織:研究代表 :重松  淳(政策・メディア研究科 教授)

研究協力者:安村 通晃(政策・メディア研究科 教授)

國枝 孝弘(政策・メディア研究科 准教授)

藁谷 郁美(政策・メディア研究科 准教授)

寺田 裕子(スペイン語訪問講師(招聘))

須山  奏(政策・メディア研究科 修士1年)

志田 知優(政策・メディア研究科 修士1年)

野田 啓一(政策・メディア研究科 修士1年)

 

報告書目次

1.本研究の背景

2.本年度の研究概要

21 ムードルによるLMS構築の見直し

22 多言語ボタンというアイディアについて

23 実現への展望

3.今年度の各部門研究成果

31 企画支援インターフェース部門 :安村通晃

32 中国語部門:重松淳

33 日本語/英語部門:重松 淳

34 ドイツ語部門:藁谷郁美

35 スペイン語部門:寺田裕子

 

1.本研究の背景

HCプログラム科目「ITと学習環境」において、その主眼である21世紀の新しい学習環境についての議論は、本科目を開講して以来、すでに3年目を迎えた。過去2年の間にネット環境は更に高速化し低価格化し、その利用法はドラマチックに変化している。映像通信機能、検索機能の爆発的な進化と共に、ブログの流行に見られるような利用者から発信者への転身が顕著である。ITの発達とインターネットを利用した外国語学習は、自律学習を促して個別化すると同時に、映像を介した直接的な遠隔通信による対話を促し、直接交流の場が広がっている。このことは、新しい「学習スタイル」を論じ、学習という行為の周辺でITやネット環境が果たす役割を考えることの重要性が更に増したことを示している。「学習支援」という学習を支える思想について、更に議論を深めなければならない。

本プロジェクトでは、2005年度、2006年度と2年間にわたって、これまでの「教育」的姿勢から、学習をさまざまな局面でサポートしナビゲートしていく「学習支援」態勢作りへの転換を図り、外国語学習におけるさまざまな局面で、個別自律学習支援中心のパラダイムへとシフトする必要性を論じてきた。この2年間の主な活動は「教材開発」を中心に据えたものであったが、今年度の一年間は文字通り学習者を支える「学習支援」を中心に据えて議論すると共に活動を展開したいと考えた。

折りしもSFCでは、学部の大規模なカリキュラム改革があり、外国語学習環境をデザインするという考え方も認識されつつある。ユビキタスという概念が導入されて以来、学習の世界でもエージェント学習(協調学習)のような目に見えない支援がクローズアップされ、またメンターと呼ばれる自律的学習を援護する役割の重要性も認識されるようになったことを踏まえ、この2年間個別自律学習への期待を満足させるためのWEB教材、ITを活用した遠隔教育プログラム、PC上の学習アプリケーション、携帯電話を利用した学習教材などの開発を行ってきたが、今年度の一年間はそれらを有機的に活用して学習するための、レベル診断、適性診断、自己評価、教材選択の前提知識などへのアドバイスやサポートの部分を本格化し、多言語LMSのプロトタイプを完成させるところまで持っていきたいと考えた。

 

2.本年度の研究概要

これまでの2年間に研究・開発を行なってきた教材には以下のようなものがある。

(1)フランス語およびドイツ語のアイポッド利用教材

(2)中国語で開発し本格使用を開始した初級作文添削システム

(3)スペイン語の宿題管理システム

(4)多言語ケータイ教材

(5)インターフェース部門の開発したNOTA

(6)ドイツ語がすでに使用を開始しているムードルによるLMS

(7)各言語が独自開発しているその他のWEB教材やPC用アプリケーション

以上の(1)(7)のうち、(2)はレベル診断、(3)(6)は登録システム、(5)は学習者自身の学習マネジメントへの活用を目指すものであり、それ以外は学習者のレベルにあった教材選択に供するものである。これらを有機的に結合し学習者自身のマネジメントを促すことができるように、多言語対応のLMSのプロトタイプを構築するのが目標であった。

 しかし、結果的には今年度一年間は、方向転換の一年間になった。今年度の総合的な成果は、この方向転換そのものである。要点は以下の1〜3のようにまとめられる。

21 ムードルによるLMS構築の見直し

 ドイツ語研究室ではすでにムードルを用いてドイツ語LMSを構築していた。それは、それなりに活用できるものに仕上がってはいるものの、なかなか利用者が増えず実用への進度が低迷するという状況であった。その理由を議論していく中で、いくつかの理由が浮かび上がってきた。一つは学習者側の学び方の変化、もう一つはLMSと学習者側ニーズの不適合、さらに各語種を結びつけるアイディアの不足である。

 これまでに開発されてきた様々なCD−ROM教材やWEB教材、携帯教材は、どの語種でも思うように使用率が上がらなかった。成績評価と直結させるとそれなりに使用されるが、学習者にとって教室の補助教材としての域を出ず、自律学習の方向へと転換していくにはまだ何かが不足している。使用率が思うように伸びないとはいえ使いたいという希望が多いことから考えると、外国語学習者の現状は、教室という従来の学びの場に固執しながらも、自分のペースで効果的に学べる電子教材やWEB教材が提供されることを期待している。教材を強制的に使わされることへの煩わしさや反発もある一方で、自習教材にも効率と便利さを追求しているという状況ではないかと思われる。

 携帯教材を例にとると、アンケート調査の結果から、わざわざアクセスして教材を開くのではなく、一方的に配信されてきて学ばざるを得ない状況になれば使う、またそのような状況を演出してくれれば使うだろうという。また例えばWEB教材ならば、PCを開いた時に常に目につくところに、頻繁に更新されている教材への窓口がある、といった状況が望ましいという。しかも自らカスタマイズしたトップ画面上にそれを置きたい、トップ画面上に置くものは自分で選びたいという。加えて仲間と協調的に学ぶことを好む傾向が見られる。このような学習者側のニーズと、恐らく従来型の教室延長型補助教材をLMSで提供するというやり方との間に齟齬をきたしているのではないだろうか。

 外国語能力の向上は個人個人の潜在能力や個性、動機、学習信条、ペースなどと深く関わることから、個別の自律的学習が可能になる環境は重要である。学習の仕方を仲間とともに学習しながら、自由な選択によって実質的な効果を得たいというニーズには無視できないものがある。

 このようなニーズに応えて自律学習へと導くためには、やはり各語種が別々に生の教材をただ並べて提供するだけでは無理があり、しかもLMSという概念も学習者と提供者の間で食い違っている。そこで自分で学び方を選びマネジメントしていくという観点にたって、教材自身の持つ特色を明らかにし、学習者にわかりやすくすることで、どの語種であっても学習者の現在の必要性に応じた選択を可能にしたいという考え方に到達した。

 そこでのキーワードは「教材の多言語化」である。意味するところは、語種を超えて同じ目標をもっている教材は、どの言語にも対応できるようにするということである。例えば、作文の添削を受けて文法的な問題を解決するという目標を達成するための教材なら、同じ添削システムが多言語に対応しており、どの語種でもそのシステムを使って教材の提供ができる。学習者はどの語種でも同様に添削を受けることができる。また例えば、スペリングを正しく覚えるという目標を達成するための教材なら、同じタイピングソフトが多言語に対応していて、欧米の言語でもアジア系の言語でも使える、といった意味である。

 「教材の多言語化」のメリットは、学習者の側では自分が何を必要としているかによって教材の選択ができること、教材提供者の側ではアイディアとシステムを共有することによって、教材作成の省力化が図れ、更に学習者のニーズを知ることができることである。このような多言語化した教材と各語種の独自教材が共存していることは全く問題がなく、学習者の望むインターフェースがあれば、双方が齟齬なく結びつくであろうと考える。

22 多言語ボタンというアイディアについて

 以上の現状把握から「多言語ボタン」というアイディアが生まれた。もともとLMS構想は、外国語学習ナビゲーションを目的としていたが、総合的な学習ナビは既に学習対象言語を選んだ人や既習者には必要がない。特にSFCでは総合講座が廃止され外国語選択期間がガイダンスのみに限定されてから、必要性がなくなってきている。恐らく学習者は初習者であれ既習者であれ、直接学習対象言語のHPにアクセスすることになり、その前段階で総合的な学習ナビがあっても機能しないのではないかと思われる。

そこで考えた「多言語ボタン」のイメージは以下のようなものである。各語種のHPには教材への窓口があり、その言語を学ぶ学習者にWEB教材を提供している。各語種のHPから教材へと進んだ時に、学習目標別に教材が整理されていて目標が明記されていれば、学習者は現在の必要度に応じて選択することができる。多言語に対応するものには「多言語ボタン」が付いていて、システムを共有していることがわかり、他の言語ものぞいて見ることができる。

23 実現への展望

 今後は、これまでに開発してきたさまざまな教材や現在各語種で開発中の教材を、多言語化というキーワードで整理し直し、「多言語ボタン」が付けられるものを増やしていくことを考えたい。現在のところ、

     初級文法学習用添削システム(中国語)

     マイ単語帳作成システム(ドイツ語)

     携帯用単語学習・キーセンテンス学習システム(独・仏・中・西+モブドムによる開発)

     多読促進教材(英語)

     タイピング教材(中国語)

などは既に多言語化に向って動き出しており、またi-podを使った仏・独の教材など、多言語化を目指すことができる既存の教材も多い。来年度はこの方向で研究を進めていく予定である。

 

3.今年度の各部門研究成果

以下では、各部門別に今年度の具体的な成果を記す。

 

31 企画支援インターフェース部門 :安村通晃(環境情報学部教授)、佐川雅美(環境情報学部4年)、

豊田洋明(環境情報学部3年)

 インタフェース部門では、2007年度は主に、新しい考えに基づく英語Web教材の制作と、Webノートの制作などを行なった。

311 文化的背景を考慮した新しい英語Web教材の制作:佐川雅美

 英語は、事前に留学前に勉強しておいても、実際に留学してみて生の英語に接してみて初めて理解するようなことが少なくない。こういったことを踏まえて、今回は文化的背景も考慮した英語教材をWeb上に、いくつかの異なるソフトウエア、異なる手法で作成した (http://web.sfc.keio.ac.jp/~t05516ms/ef/)

 トップの画面を図3-1-1に示す。図の通り、トップは白黒の非常にシンプルなデザインとなっている。

 

3-1-1 英語Web教材トップページ

 

 今回の英語教材は、次の4種類のソフトと手法によって作られている。

(1) Flashを用いたアニメーション入り教材

(2) JavaScriptによる選択式クイズ

(3) Wikiによる自由な教材作成

(4) YouTube を利用した動画配信

 図3-1-2に、この英語教材に含まれるコンテンツ一覧を示す。

 

3-1-2 英語Web教材 コンテンツ一覧

 

 ここに示す通り、コンテンツとしては、上から順につぎのようになっている

(a) ビデオでジェスチャーの勉強講座。これは、上述のビデオ動画配信を用いたもの。

(b) 前置詞講座。これは、さらに、(b-1) 前置詞の解説、(b-2) 前置詞チェック(記述式)、(b-3) 前置詞チェックその2(選択式)、と分かれており、このうち、(b-1)(b-2)Flsshで、また、(b-3)JavaScriptで書かれている。

(c) 楽しく英語を勉強しましょう。これは、映画や音楽を題材に英語を楽しく勉強しよう、というもので、Wikiで書かれている。

(d) 知っていそうで知らない言い回し。これは留学して初めて知るような言い回しを集めたもので、ほめ言葉、マイナスの表現、プラスの表現などが実例付きで示されている。ここもWikiで書かれている。

(e) 行ってすぐ使う言葉たち。ここもWikiで書かれており、自己紹介、挨拶、相槌などが述べられている。

 図3-1-3に前置詞atの解説例を示す。また、図3-1-4 に前置詞チェックのクイズ(記述式)の例を示す。

 

 

   

3-1-3 前置詞at の解説例(Flash)           3-1-4 前置詞チェック問題(Flash)

 

さらに、図3-1-5に前置詞チェックの選択式問題例を示す。後述する通り、利用者は、記述式よりも選択式の問題の方を好む傾向が見られた。

 

3-1-5 前置詞チェック(選択式)の問題例 (JavaScript)

 

 また、図3-1-6 にはWikiを用いた教材例を示す。Wikiは、Wikipediaからも分かる通り、誰でもが教材作成できるというメリットがある。

 

3-1-6 Wikiを用いた教材例

 

 最後に、図3-1-7 には、YouTubeを用いた動画教材の例を示す。

 

3-1-7 動画教材の例

 

ジェスチャーのように動きを伴うものは動画が適しているが、YouTubeを利用することにより、誰でもが簡単にWebからアクセスできる動画が作れる。

 

 こうして作成したWeb英語教材の評価を23名の高校生と大学生を対象に行なった。

以下の評価項目は、23名の被験者に対して、5段階で答えてもらった結果を、重み付け平均したものである。

(1) Webサイトのデザイン                       3.56

(2) Flash教材                                          3.56

(3) Wiki教材                                            3.04

(4) JavaScript選択式クイズ                   3.13

(5) 動画によるジェスチャー教材            3.91

 ここに示す通り、動画を用いたジェスチャー教材が最も評価が高かった。次いで高いのが、Flashを用いたアニメーションによるものであった。Wikiの場合には、文字情報に偏りすぎる、という問題があった。Webサイトのデザインに関しては、まだ改善の余地がある。

312 貯めて使うWebノートの制作:豊田洋明

 今回は、「貯めて使う」と言うコンセプトを元に新しいWeb上のノートmynoteを、XOOPSを用いて試作した。

 ノートは授業のときに、自分の記録と再利用のために非常に重要であるが、従来のアナログのノートでは、検索したり、再利用したりすることが困難である。また、最近は、GoogleYahooなどでも、Web上のノート機能を提供するようになってきている。

 こういった背景を踏まえ、今回XOOPS (http://xoopscube.jp/) と呼ぶコミュニティポータル構築用のオープンソースアプリを用いて、mynoteというオリジナルのWebノートシステムを試作した。

 図3-1-8mynoteのトップページを示す。

 

3-1-8 mynote トップページ

 

このmynoteには、次のような機能が用意されている。

(1) それぞれのユーザが自分で文字や画像を含むノートの作成・編集・削除

(2) 他のユーザのノートの赤入れ(添削)

(3) 別のユーザのノートを引用する(共有)

(4) mynote 全体から特定の言葉を含む部分を探し出す(検索)

 

 図3-1-9 に個別のノートの画面例を示す。

 

3-1-9 mynote のノート画面例

 

313 まとめと今後の課題

 英語Web教材はまだ試作したばかりであり、画面インタフェースなどは今後改良しておく必要があると考える。ただ、文化的背景を考慮したり、留学先ですぐに役立つようにしたりするなどの観点はこれからも役立つであろう。複数の教材作成方法を比較評価することも参考になると思われる。

 Web上のmynoteは、こちらも試作したばかりであり、開発者は今後自ら利用して行く予定ではあるが、友人などにも広く使ってもらい、その効果を確認するとともに、問題点の確認と改良を重ねていきたい。

 なお、この他、前年度報告した、Web上のコミュニケーションツールNOTA (http://nota.jp/ja/) は、2006年度は横浜地区など国内で広く使われたが、2007年度秋には、国際化のため、開発拠点を米国西海岸に移し、英語版の開発を現在行なっている。

 

 

32 中国語部門:重松淳

 中国語部門では、初級作文添削システム(中国語JUN System)のデータベース充実とヒアリングによるピンイン綴り練習ソフト(聴き取りタイピング)の開発を行なった。

初級作文添削システムはすでに昨年度から本格運用を始めているもので、今年度は継続運用してデータベースの充実をはかった。学期中ほぼ10日に1度問題を5題ずつ更新し、HPに更新を表示して利用を促すとともに、特に定期試験期間前には出題数を大幅に増やした。既出の問題を出題すると、添削者側の添削数は飛躍的に減少する。これまでの延べ回答数は約1600文にのぼるが、異なり出題数は約80題で、出題数としてはまだ不足しており、次年度1年間は更に新しい問題を増やしていく予定である。データベースが充実するにつれて添削者の添削数が減っていくという当初の目論見は、ようやく実を結び始めている。今後の課題は、この添削システムの添削者を増やすため(現在は一人の添削者のみに対応)のシステム修正と多言語化である。前者については、添削の偏り是正と一人の添削者に負担がかかる現状を打開する意味がある。数名の添削者がデータベースを共有して添削を進めることができれば、クラス毎の利用が可能になり、負担は分散する。後者はシステムとしての多言語化の問題ではなく、添削者として特にデータベースの充実までにかかる負担をどう負っていくかという問題である。賛同を得て多言語化を図るには相当の努力が必要となるだろう。

 次に新しく開発した「聴き取りタイピング」(2007年度卒業制作として渡辺信太郎(環境情報学部4年・重松研究会所属が制作)であるが、これは単語の音声を聞いてピンインを打ち込み、速さと正しさを競うものである。単語は、日本語母語の学習者にとって聴き取りにくい中国語の発音を含むものが集められており、聴き取りの弱点を改善するための工夫が凝らされている。ピンインは発音を表すアルファベットと音節固有の声調記号から成っているが、このソフトでは1〜4声の声調番号をアルファベットの後ろに打ち込むようになっており、すべてが正しく打ち込まれないと正解にならない。区切られた時間内にいくつ正しくピンインを打ち込めるかという方式で、練習意欲を促進しようとしている。このソフトも将来的には多言語化が図れると考える。

33 日本語/英語部門:重松

 現在開発中の教材として、外国人(または年少者の国語教育として)の漢字学習用ソフト「豆運び」(柿沼緑制作、環境情報学部3年・重松研所属)、同じく外国人(または年少者の国語教育として)の漢字学習用ソフト「イラストでドン」(熊坂遥子制作、環境情報学部2年・重松研所属)日本語母語話者の英語学習用ソフト「タドック」(河合聡志制作、環境情報学部3年・長谷部研/重松研所属)がある。

「豆運び」は、「数読」ゲームのアイディアを借りたもので、漢字1文字の画数に従って「数読」式に升目を埋めていくゲーム式の教材である。升目は「食べ物」「家族」「身体部位」といたカテゴリー分けされたブロックの組み合わせになっており、左にある皿の上に載った漢字豆を箸で挟んで右側の升目に入れていく。このゲームの優れたところは、漢字の画数を数えようとする時には必ず「手のひらに指で漢字を書く」という漢字学習の一般的な習慣を引き出して、漢字を書かせようとするアイディアにあり、キーボードによる選択では得られないメリットがある。ただ、「数読」自体がかなり難しいことから、メモを書くスペースを作るなどゲーム自体を易しくする工夫が必要である。このソフトは、同じ発想で他の簡単な数字ゲームを作る可能性や、中国語(簡体字・繁体字)バージョンに拡張できる可能性もあり、多言語化も視野に入れて更に開発を進めていきたい。

「イラストでドン」は、同音異字語、たとえば「のぼる(上る、昇る、登る)」などをどのように書き分けるかについて、視覚に訴えるイラストを使って表し、イメージと漢字を結び付けようとするものである。イラストが的確であればあるほどイメージが捉まえやすく、記憶が容易くなる。記憶を確認するテスト付きで、まだ語数が少ないため試用に至っていないが、このソフトも今後、中国語の助数詞練習やスペイン語の類義語判別練習などに応用できるのではないかと思う。

 「タドック(Taddock)」は英語の「多読」促進用の教材で、表示されている英語の文章の(難しいと思われる)単語の上にカーソルを合わせると日本語訳が表示されるというものである。作成のコンセプトは、「英語そのもの」ではなく「コンテンツ(書かれた内容)」に意識を集中させて「たくさん読ませる」ことであり、英文法や単語の原義などに気を取られずに一定のスピードを保って読み進むことに主眼がある。従って内容理解を試す問題や文法解説などは一切無く、ひたすら読むことが求められる。「聞く・読む」の技能は「話す・書く」の技能を支え、両者があって初めて運用能力がバランスよく獲得される。文法学習に偏りがちな日本の英語リーディング教育を「多読」によって補うことを目標としている。今後この教材は、「自分で用意したコンテンツに使えるようにする」「一度ないし数度チェックされた単語は訳を表示しない、チェックされた単語リストを用意するなどによって、単語学習状況が自分で把握できるようにする」「訳を表示させた回数をカウントして、回数の多い単語をリスト上で復習できるようにする」などの機能を追加し、単語練習としても使えるようにする予定である。また1つの日本語コンテンツに対して中国語、英語等で訳がでる日本語教材への拡張も考えている。母語訳を見ながら日本語文を多読するというものである。対応できる言語が限られてしまう可能性もあるが、それなりに一貫性のある他言語教材になるだろう。

 

34 ドイツ語部門:藁谷郁美

 ドイツ語部門では、多言語携帯を使ったドイツ語学習の評価、および複数の言語を学習する者が自分でカスタマイズできる単語帳「Multi Record」の開発をおこなった。

341 多言語携帯

 2006年度から開発に取り掛かった多言語携帯による外国語学習サイトは、2006年度にその運用から得た評価および外国語教育の分野における意味付けを行った。特に後者については、2006年10月8日にドイツ語教材開発研究プロジェクト(藁谷郁美、太田達也、マルコ・ラインデル合同研究プロジェクト)および須山奏(政策・メディア研究科1年)のチームで学会発表をおこなった(「多言語対応携帯電話のもたらす新しい外国語学習 – Das Handy als Navigator zur Mehrsprachigkeit」日本独文学会秋季発表、2006年10月7日〜8日、於 大阪市立大学)。この多言語携帯サイトは、SFCドイツ語教材開発研究プロジェクトとモバイルプラットフォーム技術開発を専門とする学生研究地チーム「MobdoM」との共同作業によって進められたものである。この多言語携帯サイトの特徴として挙げられる優れた点は、ひとつの携帯電話を多言語に対応させるための共通プラットフォームを構築できることである。これにより、カリキュラムに連動した単語の表示や重要表現などの学習コンテンツを、多言語で提供することが可能となった。また、表示された単語とイメージ検索機能を連動させることにより、学内での学習環境から外の世界への橋渡しも試みている。今回、特にドイツ語学習効果の面から集めた評価結果を踏まえて、現在までに学内で構築したドイツ語自律学習支援システムにおける位置づけを試みた。今後、このコンテンツはiPod等を用いた他のモバイル教材と共に拡充する必要があると考える[1]

342 携帯電話対応多言語Web単語帳「Multi Record

  Multi Record」は、2007年度よりドイツ語教材開発研究プロジェクトのメンバーである増子宗雄君(総合政策学部4年生)が中心となって作成した外国語学習サイトである[2]。このWeb単語帳は、従来型の学習コンテンツを提供するタイプの教材とは異なり、学習者自身が作成・運用していくことによって作り上げられていくWeb教材である。その意味では、教材というよりは、むしろ成長型の学習環境システムとしてとらえ得るものである。

 当教材は学習者が自分の学習スタイルに合った辞書を自分で作成する「辞書の登録」、Web上であればPCでも携帯電話でも登録内容を提示させることができる「辞書の閲覧」、学習者コミュニティーの中で登録内容を共有できる「コミュニティー機能」、そして学習者同士で必要な項目を交換できる「インポート機能」を主な機能としている。特に評価できる点は、同じWeb画面上で多言語入力および表示を可能にしたことである。データベースに使用する言語にPHPおよびMYSQLを使用することにより、Webページの表示をスムーズにすることにつながった。また、単語データベースを自分の辞書として印刷できる機能も付いており、Web学習、モバイル教材学習、紙媒体を使った学習等、多様な学習方法を支援することができる。

 複数の言語を学習するSFCキャンパスの学生にとって、キャンパス内で履修できる外国語はすべて問題なく登録・表示できる機能は、非常に有用である。さらには、1人の学習者が学習する言語の組み合わせ、それぞれの学習レベル、コンテンツの分野などに応じて、個人で自由にカスタマイズすることができる要素は、まさに自律学習のありようを提示したといえる。今後この教材が、学習者のなかでどのように位置付けられていくのか、その評価調査を続けていく必要があろう[3]

 

35 スペイン語部門:寺田裕子

スペインの日本語学習者(マドリッドのコンプルテンセ大学と、バルセロナの自治大学)とSFCのスペイン語学習との間で、掲示板を利用した作文添削活動を行った。その際の掲示板システムの開発を行ったが、この活動の技術面での実践内容を報告する。

351 掲示板システムの要件

活動目的にふさわしい掲示板のシステムについて検討を行い、日本語およびスペイン語で情報交換を行うためのシステムの要件として、次の2つの項目を定めた。

第一の要件は、利用者が気軽に読み書きできる画面構成・入力方法をシステムが備えていることである。一口に「電子掲示板」といっても様々な形式があり、活動の規模や性質に応じて使い分ける必要がある。選択を誤ると利便性を損ね、利用者がシステムから離れてしまうかもしれない。したがって、利用者にストレスをかけないシステムを慎重に探す必要がある。この点については後に詳述する。

第二の要件は、日本語とスペイン語の両方で読み書きできることである。情報技術の国際化の流れが浸透しつつあるとはいえ、いまだに多くのシステムは特定の言語に依存した設計となっている。こういったシステムではいわゆる「文字化け」の現象が発生する。語学教育のために導入する以上、システムがスペイン語の文字も日本語の文字も正しく処理できることは極めて重要である。

ここで、第一の要件を満たすシステムを見つけるための準備として、活動の内容と掲示板の形式の関係についてまとめておく。掲示板の形式は、表示する内容、表示の単位の2つの面から分析することができる。まず、表示する内容としては最初から発言の文章自体を並べて表示するもの(「伝言板型」)と、タイトルや投稿者といった見出しの一覧を最初に表示するもの(「ツリー型」)の2つに大きく分類できる。伝言板型は小規模の活動に、ツリー型は比較的大規模な活動に向いていると考えられる。

また、表示の構造としては、一つの発言を単位として時系列に並べる形式(「シングルスレッド式」)と、発言―返信という流れをひとまとまりにして表示する形式(「マルチスレッド式」)に分類できる。シングルスレッド式は雑談調の会話に、マルチスレッド式はより形式的な会話に向いていると考えられる。

この分析を踏まえて導入すべき掲示板の形式を検討した。活動を始める時点では1グループの単位は3人と小規模である。さらに、会話においては発言-返信(すなわち答案―訂正)という流れが重要である。したがって、表示する内容は伝言板型、構造はマルチスレッド式という形式がふさわしいと考えた。

352 システムの導入

 以上の考察を元にシステムを選定し、導入を行った。導入したのはJoyful Note UTF()以下「Joyful Note」と呼ぶ)という掲示板ソフトウェアである。このソフトウェアの特徴としては以下の点が挙げられる。

形式は伝言板型、マルチスレッド式

文字コードにUTF-8を一貫して使用しているので、多言語処理が可能

オープンソース(無料かつ改変可能)

メニュー(「新規投稿」、「名前」といった表示)は日本語

画像の投稿が可能

 Joyful Noteを慶應大学内の研究室の共用サーバにインストールした。実際に設置する前に、メニューの語彙の多言語化といった改変をソフトウェアに加えた。グループ数分をインストールして、学生に向けて公開した。公開にあたってはベーシック認証を用いて、外部者からのアクセス制限を加えた。

353 発生した問題

システムを運用する過程で発生した問題点を2つ報告する。

一つ目の問題として、書き込んだはずの投稿が反映されないという現象がしばしば起こった。その原因は、投稿がシステムによって「スパム」(迷惑投稿)だと判断され、投稿が捨てられていたことにあると分かった。Joyful Noteは特定のキーワードを含む投稿を迷惑投稿と判断する機能を持っている。そのキーワードの中に"ambien"(睡眠薬の名前)があった。一方で利用者たちは投稿の中にしばしば"tambien"(スペイン語で「〜も」を表す単語"tambi?n"の誤綴り)という語を使っていた。そのために多くの"tambien"を含む投稿が反映されないという現象が起こったのである。我々はJoyful Noteの迷惑投稿削除機能を無効にすることでこの問題を解決した。

二つ目は、そもそも文字入力ができないという問題である。スペインの学生からは「日本語が入力できない」、日本の学生からは「スペイン語が入力できない」という相談を多く受けた。この問題の原因は我々のシステムとは関係はなく、学生たちのPCの環境設定にある。このような問題に対して我々はメールで直接対応していたが、文章だけだと相手のPCがどのような状況にあるのか把握するのが困難であった。とりわけスペイン側に対しては、日本側の対応に限界があった。そこで、スペイン側の学生の中で技術に詳しい人に協力を要請することによって、この問題を解決することができた。

354  システムの評価と考察

2つの期間を終えた後のアンケートで、システムに対する感想を学生から得た。その中で特徴的なのは、掲示板の形式の改善を求める意見の多さであった。以下に一例を挙げる。

「掲示板にレスがたくさんつくと、ちょっと見にくくて返答しにくくなります」

「もう少し秩序だて、より分かりやすい構造にすべき」

「ブログのように、見出し(発言の題名)だけ別に表示されれば見やすくなるかと思います」

「テーマの一覧を付けた構成に変えるべき」

このような意見やアドバイスを日本とスペインの両方から受けた。アンケート結果から分かるように、我々が導入したシステムは「利用者が気軽に読み書きできる画面構成・入力方法」という第一の要件に関しては失敗したと言える。

適切なシステムの導入に失敗した原因として、途中でグループの人数が変わったのに、それに合わせて掲示板の形式を変えなかったことが挙げられる。最初、3人のグループを想定して設計したシステムであったが、途中からは同じシステムを12人で使った。今回導入した伝言板型のシステムに対して12人という人数は過密であったと考えられる。具体的には、一つのトピックに対して多くの返信がつくので会話の流れを追いづらい、多くのトピックが同時に立ち上がるので現在のトピックの一覧を見渡しづらい、といった問題があったのだろう。掲示板活動の運営者は、グループの規模に応じて柔軟に掲示板の形式を変える必要がある。

355  システム面での展望

今回の実践では、1グループが12人の時には伝言板型の形式は不適当であるという知見が明らかとなった。我々は、伝言板型よりもツリー型のほうが大人数での活動に適しているという仮説を立てている。そこで今後は、グループの人数を変えずに、掲示板の形式をツリー形式に変えることによってこの仮説を検証し、さらに多くの実践を重ねた後、「このような特徴のグループに対してはこのような形式のシステムがふさわしい」というより一般的な見解を導き出していきたい。

その他の展望としては、日本とスペインでの技術スタッフの協力体制、活動の定量的評価のための基盤整備といった運用技術の洗練に加えて、学生間でお互いのプロフィールを交換したり、動画や音声などのマルチメディアを投稿したりといった掲示板の機能面での強化が挙げられる。

356 本研究の学会発表

(1)ヨーロッパ日本語教育学会 2007日本語教育シンポジウム ロンドン大学200796

WEBを利用した日本語作文学習と指導の実践報告 『掲示板』(forum)上での遠隔(スペインと日本)コミュニケーション」

寺田裕子、加藤貴之、福田牧子、鈴木裕子

(2)2007年度日本イスパニア学会 第53回大会 清泉女子大学 20071027

DELECEFR(ヨーロッパ言語共通枠組み)に準拠したスペイン語履修コースの試案」寺田裕子 

____________________________________

注  http://download.bjkoro.net/index.php?mode=open&cate=0&no=11, バージョン1.95

 

以上



[1] このプロジェクトに関する開発経緯は「ITと学習環境プロジェクト 中間報告書」慶應義塾大学湘南藤沢学会2007年、P. 11-15を参照。なお、この開発にあたっては、文部科学省 私立大学学術研究高度化推進事業 学術フロンティア「行動中心複言語学習プロジェクト」の研究費より一部支援を受けた。

[2] この教材は、増子宗雄君の2007年度卒業制作『携帯電話対応多言語Web単語帳 Multi Recordとして作成されたものである。

[3] 既にSFCではドイツ語セクション、中国語セクション、フランス語セクション、アラビア語セクションにおいてインタビュー調査がおこなわれたが、具体的な使用評価はまだでていない。これからの課題としてドイツ語教材開発研究プロジェクトの中で取り組んでいく予定である。