2007年度 学術交流支援基金 電子教材作成支援 報告書

講義:「持続的開発のためのアジア・太平洋イニシアティブ」

作成した教材: “Total Support Package for Fieldwork”

申請者: 総合政策学部教授 梅垣理郎

2008年2月27日

1.研究の目的・背景

 

近年、政策研究の分野で、フィールドワークが最重要の研究手法のひとつであるという認識は常識化しつつある。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、単位認定などフィールドワークを推奨する環境づくりを進めてきた。だが、実践に関するサポート体制には未だ課題が残っている。当研究室には、過去数年に渡る東南アジア各国調査で蓄積された電子素材と、「遠隔地フィールドワーク支援システム」(ネットワーク技術を活用して遠隔地域にいながら指導を受けられるシステム)がある。これらの素材を基に、「フィールドワークのトータルサポートパッケージ(Total Support Package for Fieldwork)」(電子教材)を作成する。

本研究の目的は、「持続的開発のためのアジア・太平洋イニシアティブ」の講義にて学生がフィールドワーク技法を習得するための電子教材を作成することにある。既に現地調査を実施している学生だけでなく、これから現地調査を計画している学生にも有用な教材となるものである。講義で活用することによって、フィールドワークに携わる学生の研究の質を高める教育効果が期待される。

 

2.研究成果

 

(1)「遠隔地フィールドワーク支援システム」の履修学生用マニュアル作成

 

 当研究室では、2006年度にネットワーク技術を活用し、遠隔地域で調査をする学生が現地にいながら指導を受けられる「遠隔地フィールドワーク支援システム」を構築した。従来、海外などの遠隔地域の調査期間中に国内にいる指導教官から適切な指導を得ることが困難であった。だが、本システムの構築によって安価で簡便に調査の中間報告をアーカイブ化した映像・画像・音声・文書等によって情報を送信し、指導教官から適切な指導を受けることが可能となった。これまではシステム構築に関わったメンバーが理解できるマニュアルにとどまっていたが、2007年度、講義を履修する一般の学生向けのマニュアルをオンライン上に作成した。より多くの学生が利用できるように、簡便で視覚的なマニュアルが整備された。

 

(2)「フィールドワークのトータルサポートパッケージ」電子教材の作成

 

「遠隔地フィールドワーク支援システム」により、海外の現地にいながら調査の中間プレゼンテーションや今後の調査計画の修正などの議論がされ、その音声を含めた動画が録画されたものがアーカイブとなり、電子素材の一つとして蓄積されている。調査の進行とリアルタイムに収められていった実際の調査過程の報告は、これからフィールドワークを計画しようとしている学生にとって貴重な教材となりうる。マルチメディア環境を生かし蓄積されてきた電子素材を、フィールドワークの実施ステップ(仮説、計画、実施、報告)に基づいて選定し、調査計画から実施・報告に到るまでの段階ごとに活用し、パッケージを作成した。“Total Support Package for Fieldwork”のサイトアドレスは以下である。

http://tspf.janp.sfc.keio.ac.jp/ 

 

 

 

(3)  実証調査

 

(1)、(2)で作成された「遠隔地フィールドワーク支援システム」の履修学生用マニュアルと実施ステップの段階(調査の仮説、計画、実施、報告)に基づいた電子素材を活用したパッケージをもとに、実証調査として研究分担者に実際にフィールドワーク教育体験を行った。研究分担者の報告を基に、「フィールドワークのトータルサポートパッケージ」を改良し、「持続的開発のためのアジア・太平洋イニシアティブ」の講義を受ける学生がより活用できるようにと工夫した。

 

研究分担者は、大学院にて既にフィールドワークを主な研究手法として実施している学生と、初めてフィールドワークを行う学生の2通りである。また、研究分担者たちには、ネットワーク環境の異なる複数の地域で実証調査を行ってもらい、その汎用性・利便性についても検討を重ねていくこととする。その際、研究分担者には以下のような調査活動を行ってもらった。

 

@ 調査の事前に、フィールドワークの実際について学ぶ

 

講義を履修する学生にフィールドワークの手法について説明する際、これまで現地から調査者によって報告され蓄積されてきた映像・画像・音声・文書といったコンテンツを利用して、その調査過程を見せることができる。これから調査を始めようと考える学生にとって、調査計画を立てる上で有用な学習教材となる。

これらを前提として、研究分担者は、調査準備(仮説・計画)段階において、「フィールドワークのトータルサポートパッケージ」教材の事前準備編を活用してもらい、実際に各自の調査の仮説立て・計画・準備に役立ててもらう中で、足りないもの・余分なものについてのフィードバックしてもらった。

 

A システム利用による調査活動のサポート

 

 フィールドワークでは事前に綿密な計画と仮説を立てて調査に行っても、現地の実態を前にして、仮説や研究方針の修正に迫られることがしばしば起こりうる。そのため、調査実施の段階においては、「遠隔地フィールドワーク支援システム」を活用し、調査中に指導を受けてもらい、調査活動のサポートを実施する。

具体的には、出発前に調査計画書の提出をしてもらい、現地で中間報告として、@現地調査と報告、A教員によるフィードバック、B研究計画書の現地での書き直し、C現地での調査を通じての報告、という作業を必要に応じて繰り返す。この上で、帰国後に、事前の調査計画や逐一報告された動画(システム上で同時録画済み)、教員によるフィードバックとそれによる計画書の修正のあり様について定性的に分析し、効果の把握を行った。また、研究分担者に行ったアンケート(@実施日時、A実施場所、Bネットワーク環境、C使用したソフトウェア、D実施項目、E要望・気づいた問題点)を基に、より円滑なシステム運用の検討につなげた。

 

3.研究の意義: 実証調査・報告の蓄積による大学プログラムへの貢献

 

ネットワーク環境が異なる複数地域で実証調査がなされ、実践に関するノウハウも調査者によって蓄積されていく。本システムの整備・情報の蓄積は、急増しつつある学生によるフィールドワークの質を高め、大学のフィールドワークに関連する科目の更なる充実をもたらすことにつながる。また、海外からの留学生が母国における長期の調査をする場合についても、国内から適切な指導をすることができ、留学生へのサポート体制の充実にも貢献することになる。

 

4.今後の課題

 

課題として、「遠隔地フィールドワーク支援システム」を活用するには、ネットワーク環境の存在を前提としている。今回、ベトナムのフエで行った実証実験からの報告では、「通信速度の不安定化(フエ市内でWANが拡大したことにより、接続ユーザーが増えて、速度が下がっているものと考えられる)」、また「接続ポート自体の使用禁止(PoweRec用の接続ポートを開くことが不可能だった。市内の情報通信センターが一般ユーザーに対してはhttp接続以外の使用を禁止している可能性があるためと考えられる)」という報告があった。あらゆるネットワーク環境下でシステムを活用することができるように、方法を検討する必要がある。

 

5.今後の展望

 

今後、現場重視の研究が進むにつれて、よりフィールドワークを研究に取り入れる学生が増えるであろう。フィールドワークを実施する学生に役立つ教材として、今後も本教材のコンテンツを充実させていきたい。また、現在、当研究室には、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、中国、モンゴル、トンガなど、様々な国から来た留学生が学んでいる。日本語・英語だけではなく、教材の多言語化を進め、留学生がより身近に活用できる電子教材にしていきたい。

以上