学術交流支援資金:電子教材作成支援(2007年度) 報告書

「モノ創り実験工房」

 

申請代表者:                                   政策・メディア研究科 大前 学

教材作成,授業実施担当者:           環境情報学部 高汐 一紀 

                                                        政策・メディア研究科 大前 学

                                                        環境情報学部 神成 淳司

DMC研究機構 斉藤 賢爾

 

1. 本報告書の概要

本研究では,2007年度新規科目である「モノ創り実験工房」における教材開発を行った.この科目の趣旨は,モノ創りの基本的プロセスである,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCA cycle)を実施し,完成度を高める経験を積ませ,同時に,ものづくり自体を目的化せず,なんらか現象の評価や仮説を実証のための手段としてのものづくりを学ばせることである.本研究では,工作という点で環境整備が進んでいないSFCにおいて効率的かつ安全に上記趣旨を実現する教材を開発することを目的して,教材開発を行った.本稿では,教材開発に至る背景と,その目的を述べ,その後,本研究で作成した4種類テーマの教材について,各教材の狙い,教材の内容・構成,効果,今後展望について報告を行う.

 

2. 教材開発の背景

コンピュータと通信技術による情報通信技術(IT)は,キーボード,マウス,他のコンピュータからの情報を入力とし,音声,表示,他のコンピュータへの情報を出力として発展してきた.そして,ユビキタス化の進行の中で,入力としてのセンサ情報,すなわちセンシングが注目されてきている.そしてこれに加え,出力としての実空間上のモノの作動も大きな可能性を秘めている.このモノの作動を担うのは機械システムであり,情報通信・センシング・機械システムの融合は,あらたな社会的価値を創出するものである.情報ネットワークの中にセンサシステムと機械システムが入り込み,社会の中に溶け込めば,移動・物流・医療・介護・製造など様々な分野での変革が起こる.そして,SFCにおいて,これらの変革の先導に貢献する人間の育成が必要となる.

SFCでは,ものづくりに関する教育の取り組みとしては,建築系の科目における制作活動や,メディアデザイン系の科目における制作活動を挙げることができる.これらは,芸術との関わりが強く,制作物自体を目的とした活動である.また,情報系科目においては,2004年度から始まった情報技術ワークショップにおいて,一部の担当教員による授業にモーターを使った制作活動などが導入されている.これらの取り組みを鑑みると,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do)で留まっており,かつ,制作物そのものを目的としている感がある.このような現状と第1.1節で述べた背景を鑑み,2007年度カリキュラムでは,CIプログラム提案の科目として,「モノ創り実験工房」が設置され,また,ものづくりを行うための工房の設置などが議論されている.しかし,残念なことに,現在において,2007年度は,ものづくりのための工房の具現化に向けた動きはあったものの,秋学期に間に合わず,現状のSFCインフラ上で「モノ創り実験工房」を開講することを余儀なくされた.

 

3. 教材開発の目的

モノ創りの基本的プロセスである,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCA cycle)を実施し,完成度を高める経験を積ませ,同時に,ものづくり自体を目的化せず,なんらか現象の評価や仮説を実証のための手段としてのものづくりを学ばせる「モノ創り実験工房」の授業において,工房等のインフラがなくても,一般教室・特別教室において,安全かつ効率的に,上記の主題を満たす教育を実現するための教材を開発する.具体的には,学生が個別に使う教材および数グループに1個あるいは,1クラスに1個使用する教材を検討,開発する.教材に求められる要件としては,

・「モノ創り実験工房」授業の主題を実現すること

30人の学生に対する授業ができること

・学生が怪我をしないこと

・学生の不注意による紛失,破損の可能性がすくないこと

・耐久性が高く,長期間の使用に耐えられること

・情報科学,センサシング,デバイス,機械の分野の題材を扱うことができること

・教材使用とその指導方法が分かりやすく,比較的経験の浅い教員でも活用できること

 である.

 

4. 教材の具体的内容

4.1 開発した教材の全体像

 本研究では,情報科学,デバイス,機械の分野の題材を扱うことを目指し,

     コンピュータネットワークによる論理回路シミュレーション

     自走式移動機械の構築と評価

     センサの構造とセンサ・ネットワーク

・ LabVIEWを用いた計測制御への導入

の4つのテーマを持った教材を開発した.1クラスの学生は,この1テーマ,3コマの時間を使って,各テーマに取り組むことにより,1学期間に4つの全てを網羅することを可能とした.以下の各節では,各テーマの教材について,教材のねらい,今後の展望について述べる.

 

4.2 コンピュータネットワークによる論理回路シミュレーション

4.2.1 教材のねらい

論理回路とコンピュータネットワークは,いずれも,並行に動作する要素が繋がったネットワークである.この教材では,現在の情報環境を支える,この 2 種類のネットワークを実際に学生が構築し,動かすことで,体感的に理解することを狙う.

 

4.2.2 教材の内容

この教材にて実施する内容は次の 3点である.

(1) 電子ブロックによる簡単な論理回路の製作 (NAND ゲート,記憶回路等)

(2) 並行論理型言語GHC による論理回路の記述

(3) Overlay GHC による CPU シミュレータの製作

最終的に,CPU を構成する回路のそれぞれにコンピュータ 1台を割り当て,CPU の全回路をコンピュータネットワークにより構成する.教室全体で CPU の回路を構成することで,CPU の中に入ったような感覚を体験しつつ,回路の動作を確認できる.

2007年度に開発した CPU シミュレータは,渡波 郁 (著)「CPU の創りかた」(毎日コミュニケーションズ) で紹介されている,TD4 (とりあえず動作するだけの 4bit CPU)と互換性のある 4bit CPU シミュレータである (図1).

 

1 CPU シミュレータのブロック図

 

4.2.3 教材の構成

教材は以下から構成される.

・電子ブロック (学研 大人の科学シリーズ 電子ブロック EX-150 (復刻版))

デジタルマルチメータ (三和電気計器株式会社 PM7a/PM10)

・アナログマルチテスタ (三和電気計器株式会社 CP-7D)

・独自ソフトウェア (wija + Overlay GHC + G4 + サーキット野郎)

・説明スライド (PDF)

"G4" (GHC による 4bit CPU シミュレータ) および「サーキット野郎」(回路シミュレータ用 I/O) は,この教材用として特に開発したものである.

サーキット野郎は「シミュレートされた I/O」と「リアル I/O」により回路シミュレータの動作と現実の世界をリンクさせ,より現実感のある環境での学習を支援する.

シミュレートされた I/O では,スイッチ,一般センサ,LED,モータ,MIDI サウンド,2進数表示,およびオシロスコープによりビット列 (の変化) を表現できる (図2).

 

2 サーキット野郎 – シミュレートされた I/O

 

リアル I/O では,スイッチ,LED,ブザーの現物を,コンピュータのシリアルインタフェースを通して回路シミュレータに接続できる.これは,ブレッドボードを用いて TA 松谷健史により開発された (図3).

 

3 サーキット野郎 – リアル I/O

 

4.2.4 教材の効果

この教材では,最初に電子ブロックを用いて実際に回路を製作し,トランジスタの仕組みを体験するところから始まって,デジタル回路の基礎を体験し,次にそれをソフトウェアとして捉え直して表現する,ということを行う.同一概念を異なる言語で表現することにも似て,システムに対して,より深い理解を得られることが期待できる.

実際に,ややハイレベルな記述により成り立っている,教材で提供されている CPU シミュレータを改造することにあたっては,以下のように高度な表現を行った学生が現れた.

AND/OR/NOT 論理ゲートのみから組み立て直した学生 (1名)

8bit アーキテクチャに拡張した学生 (2名)

  ─ うち 1名は 12bit 固定長命令アーキテクチャ,1名は 16bit 固定長命令アーキテクチャとして設計し直した.

少なくとも,多くの学生にとって,ブラックボックスであった論理回路やコンピュータネットワークに対する興味を育成できたと考える.

 

4.2.5 今後の展望

指導法としては,教材の内容に対して,2コマ x 3回で一巡するという授業時間の短さは,反省すべき点であると考える.必要に応じた補講なども考えた,時間をかけた学習を考えていきたい.

教材の進化については,以下のことを考える.GHC 言語には回路シミュレータ応用に対する歴史があり,今回の教材でもその有用性が証明できたと思うので,今後は,TD4 のみならず,様々な論理回路についてシミュレーションの範囲を広げたい.最新のアーキテクチャの特徴的な部分 (例: マルチコア) を取り出した実習などが実現可能ではないかと考えている.また,回路の動作の視覚化や,プログラミングそのものの視覚化などにも取り組んでいきたい.

                       

4.3 自走式移動機械の構築と評価

4.3.1 教材のねらい

機械システムを構築し,実際に制御し,目標を満たす機構と制御の構築を体験させる.頭で考えたことと,実際の機械の動きの相違点を実感し,想定通り動かすための,試行錯誤の過程でモノを作り出すプロセスを習得させる.

 

4.3.2 教材の内容

この教材では,機械システムとして,自走式の移動機械とし,目標をコースの完走とした.各グループは,サーボモーター4個,センサユニット1個,制御ユニット1個と複数種類のジョイントを使って,自走式移動体を構築する.移動体を構築した後,走路を走破するためのプログラムを作成し,移動体の制御ユニットにアップロードすることで,移動体を走行させる.走路は,床面とスタイロフォームで構成された側壁で構成する.走行において,いくつか評価条件があり,その達成状況(相対評価)を評価する.

 

4.3.3 教材の構成

各グループが自走式機械を構成するために使用する教材は,制御ユニット1個,サーボモーター4個,センサユニット1個と配線用ケーブル,USB−シリアル変換器,ジョイントである.また,移動体の制御プログラムの構築のために,Behavior Control Programmerというソフトウェアを用意している.これらは,Dynamixel社のロボットキットをベースとしたものである.

 制御ユニット(図4)は,ARM7TDMIコアを搭載したマイコンであるAT91SAM7S128をベースとしたものであり,モーター等のインタフェース,押しボタン,LED,NiMHバッテリパック,シリアルインターフェース,ZIG-Bee通信モジュールを備えたものである.制御ユニットのケースには,多数のナットを埋め込むことが可能な穴が多数空いており,制御ユニットをフレームとした機械の構成を可能としている.

 サーボモーター(図5)は,最大トルク16.5kgf・cmの小型サーボモーターであり,TTLレベルのデジタルパケットにより,位置制御,速度制御,位置読出し等が可能である.サーボーモーターの端の部分には,ナットを埋め込む穴があり,ジョイントの組み付けが可能である.また,回転部には,ネジ穴があり,ここにもジョイントやタイヤの組み付けが可能である.

 センサユニット(図6)は,3方向のフォトインタラプタ,マイク,スピーカー,赤外線通信用送信,受信素子が搭載されたユニットであり,モーターとほぼ同じ形状をしている.

 ジョイント(図7)は,様々な機構の構成を可能とするように,複数の形状のジョイントを用意している.各ジョイントには,ナットを埋め込む穴や,ネジを通せる穴があいており,ネジとナットを使用して,剛性の高い機構を構築することが可能である.

 制御プラグラムの構築では,BASIC言語に近いタイルスクリプト形式でプログラムを記述することになる.図8に開発画面を示す.命令数が少なく,構造も平易なためプログラムが未経験な学生でも容易にプログラムを生成することが可能である.また,簡単とは言え,制御ユニットのタイマー,LED等の機能,モーターやセンサーの様々なパラメータにアクセス可能であり,一般的なマイコンベースでの機械のプログラミングによる動作に遜色ないプログラムコードを作成することが可能である.

 走路(図9)は,高さ15cm,厚さ5cmのスタイロフォームを使用して側壁を構成することで,構成している.スタートから,直線路,緩やかな曲折,90度の曲折,狭路(20cm幅),袋小路,門扉型の側壁,段差(高さ1cm)とゴールに近づくにつれて様々な障害があらわれ,単純な側壁追従だけでは,ゴールまで到達できない仕様としている.走路は,教室の床面(2m×2m)に設置し,グループで共有する.

 

図4 制御ユニット

  

図5 サーボモーター            図6 センサユニット

 

図7 ジョイント

図8 制御プログラムの開発画面

 

図9 走路

 

4.3.4 教材の効果

この教材により,受講生は切削工具等を用いることなく,容易に意図した機械を構築することが可能となった.切削工具を使わないにしても,組み付けの順番や,機構によってはネジが通らないなどの問題が発生し,一般的な機械設計も問題の一部を体験させることを可能とした.また,段差の乗り越え等には,タイヤ部分の機構や,重心位置,駆動方式等に工夫が必要となり,試行錯誤による機械構造の構築,評価,修正のプロセスを体験させることを可能した.図10に学生が制作した移動機械の一例を示す.図11に授業における移動機械の構築の様子を示す.機械の動きを想定しプログラミングを行い,実際の動きを検証することで,機械自体を出力とするプログラムと,一般的な画面への表示を出力とするプログラムの違いを体験させることを可能とした.走路の走行においては,センサーで検出した側壁との距離のフィードバックが必要となり,簡単な線形制御の設計,制御パラメータの調整等のプロセスを体験させることを可能とした.

 

10 学生の作品例

11 授業の様子

 

4.3.5 今後の展望

 本教材は,多軸ロボット構築用のキットをベースとしているので,移動体以外にも様々な機械の構築が可能である.また,赤外線通信,Zig-Bee通信なども可能であるため,機械同士の協調制御や,PCからの指示に基づく動作などを実現することも可能である.現在は,3回(6コマ)の時間という制約の中で,教材の有するポテンシャルを活用しきれていないが,今後は内容の工夫により,より多くの機能を活用し,学生の創意工夫を存分に発揮できるよう内容を工夫していきたいと考える.

 

4.4   センサの構造とセンサ・ネットワーク

4.4.1       教材のねらい

実際のところ,センサやセンサ・ネットワークを使ってはいても,それらがどう動いているのかを意識している人は少ない.本実験・演習課題では,基本となるセンサの原理からセンサ・ユニットとして機能するまでを,身近な材料を使ったセンサ素子の製作・計測と,ドライブ回路の実装・計測,センサ・ネットワーク上への接続と精度測定を,学生自身が体験することにより理解してもらう.

 

4.4.2 教材の内容

本教材を利用した実験・演習の実施内容は次の通りである(講義資料抜粋).

1.         湿度センサ素子の製作・特性計測
環境の変化やバイタルデータをコンピュータ上でシンボリックな情報として扱うにはどうすればよいのでしょうか?基本は物理変化を電気信号として捉えることにあります.第1回目は,物理量の変化を検出し電気信号の変化に変換するセンシングの原理を理解し,各種センサ(素子,ユニット)の基本構造を学ぶとともに,手近な材料を使ったセンサ素子を設計,製作,その特性を計測・評価します.センサの製作には調べたい物理量によって電気的(電子的)特性が変化する物質・素子が必要ですが,ヒントは身近なところにころがっています.

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12 センサの素材と材料

 

2.         センサ・ユニットの実装・動作検証
第1回目で実装したセンサ素子を利用するには,静電容量の微量な変化を計測する高精度の専用計測器が必要でした.実際のセンサ・ユニット(モジュール)として利用するには出力に工夫が必要です.第2回目は,先に製作したセンサ素子に「静電容量−電圧変換」回路を追加することで,汎用センサ・ユニットとしての完成度を高めます.

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13 センサ・ユニット(ドライブ回路)

 

3.         無線センサ・ネットワーク・ノードへの接続と自作ユニットの精度測定
センサ・ユニットで計測されるデータをコンピュータ上で扱うには,アナログ情報をデジタル情報に変換する機構「A/Dコンバータ」が不可欠となります.また実環境での利用状況を想定すると,観測データをデジタル情報として無線で送信できれば便利でしょう.第3回目は,既存の無線センサ・ネットワークのインフラをうまく活用し,実装したセンサ・ユニットを無線センサ・ノードとして完成させます.

14 無線センサ・ノード(MICAz-Mote)

 

その他,ユビキタス時代を支えるモノとサービスのアーキテクチャ解説,モノ(実世界)と情報世界の架け橋となる2つの量,アナログとデジタルについての解説を各回に実施した.

 

4.4.3 教材の構成

教材の構成は以下の通りである.

·   MICAz-Mote無線センサ・ノード(MPR2400J)

·   MICAzセンサ・ボード(MDA320)

·   MICAz無線基地局(BU2400J)

·   デジタル・マルチメータFLUKE 179)

·   デジタルLCRメータ(CUSTZOM ELC-133A)

·   スコープメータ(FLUKE 199C)

·   独自湿度センサ(図15,図16)

·   独自ドライブ回路(図17)

·   解説資料(PPTPDF

 

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15 独自湿度センサの概念図

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16 湿度センサ

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17 センサ・ユニット:回路図

 

4.4.4       教材の効果

本教材のねらいは,先に述べた通り,基本となるセンサの原理からセンサ・ユニットとして機能するまでを,身近な材料を使ったセンサ素子の製作・計測と,ドライブ回路の実装・計測,センサ・ネットワーク上への接続と精度測定を,学生自身が体験することにより理解してもらうことにある.試行錯誤の実践に重きをおき,モノ創りの基礎である発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCA cycle),特に,各フェーズでの自己レビュー,相互レビューとディスカッションを通して,次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」のプロセスの意義を,体感してもらうことを目指した.

実験・演習は,銅基盤への回路パターンの削りだしとパーツの切り出し,誘電体試料の塗布,はんだ付けによる各パーツの組み上げといった,簡単な工作から始まり,電子回路の動作理解とブレッドボード上への実装,各種測定器を使った調整,そして,無線センサ・ネットワーク・インフラを利用した実環境でのデータ測定と性能評価へと進行する.内容も進行に併せて徐々に高度なものになるようにデザインした.基本的に,論理回路や電子回路の基礎知識がないと履修が難しい内容であったため,解説資料の工夫と併せて,デジタル・オシロスコープ等を用い,回路の動作と調整過程を視覚的に理解できるように留意した.結果,本教材で最も力を入れた「自作センサ素子の特性に合わせた回路調整」の過程と意義を,履修者各自が正しく理解できていたようである.自作素子にはばらつきがあるため,その特性によっては,回路中各所の時定数値(RC値)そのものを変更しなければならないケースも度々あったが,こちらからの指示前に気づき,自ら適切な値に調整した学生が現れたのは頼もしい限りである.

 

4.4.5       今後の展望

今期は履修者がやや少なめだったこともあり,学生ひとりひとりへの対応に通常よりも多くの時間を割くことができ,学生も満足しているようである(SFC-SFSアンケート結果より).中には,電子回路の知識がほとんどなく,不安に感じていた学生もいたようであるが,わからなければわからないなりに手足を動かし,組み上がった回路の動作から詳細を理解するというやり方で対応した.SFCのカリキュラム上,履修者の知識にばらつきがあるのはやむを得ないことではあるが,前提・推奨・関連科目の指定をより詳細に行う等の対応が必要であると思われる.また,各クール2時限×3回という時間設定が課題の実施において短いという事実は如何ともしがたく,今後の最重要検討課題であろう.

教材そのものに関しては,科目設置時に想定していたものをほぼ揃えることができたと考えている.しかし,自作センサの質には想像以上にばらつきがあり,それらの対応に苦慮したことを考慮し,次年度以降の製造工程を見直す予定である(工房部屋に導入済の基盤加工機の使用を予定).また,調整時の安定環境(本課題では恒湿環境)を如何に用意するかも今後の課題である.

 

4.5 LabVIEWを用いた計測制御への導入

4.5.1 教材のねらい

昨今の食品関連の事件の影響もあり,食品工場を始めとした様々な製造工場,製造現場における計測制御システムの導入が盛んに検討されている.製造業分野は,20世紀の日本の産業を牽引してきた基幹産業であるが,現場技術者の高齢化による人員減少や,アジア諸国の技術力向上による追い上げ等の影響から,最近では,更なる製造現場の高度化手段としてITの導入が注目されている.

これらの状況を踏まえ,本教材は,製造現場におけるIT導入事例として最も普遍的な計測制御分野におけるIT適用を題材として取り上げる.

 

4.5.2 教材の内容

この教材において実施する内容は,以下の三点である.

(1)   LabVIEWを用いた計測制御プログラミング演習

(2)   製造現場見学

(3)   特別講義(ITを活用した製造現場の高付加価値化)

LabVIEWは,National Instruments社が開発販売している,グラフィカルプログラミング環境であり,コンピュータに接続した各種の計測機器から得られる信号の解析や制御を容易に行うための様々なモジュールが提供されている.

授業履修者は,このLabVIEWを開発環境として,温度センサからUSB経由でデータを入手し,そのデータのグラフ波形表示・解析,及び解析結果に基づく機器制御等のイベント発生処理をプログラミングする.このプログラムと同種の処理は,品質管理が定常的に求められる食品プラントにおいて普遍的に用いられており,製造現場へのIT導入を想定する場合,最も想像し易い内容である.

このプログラミング演習と合わせて,実際に製造ラインにおけるIT化への取り組みが進んだ,森永製菓株式会社鶴見工場における製造工程の見学を,教材として組み入れている.学生の多くは,小学校の社会科見学等の幼少時の経験を除き,実際に製造現場を見学した経験を持たない.そのため,プログラミング演習を実施しても,具体的に製造現場での同様の処理が用いられる事が想像できないという指摘が多く寄せられた.この指摘に基づき,本教材では,補講日を活用した製造現場見学を組み入れている.森永製菓株式会社鶴見工場は,ハイチューや各種のチョコレートを製造しており,現場見学に際しては,これらの製造工程を確認すると共に,製造現場の高度化の担当部署による,森永製菓におけるIT導入の試みに関する特別講義を実施している.

最後に,ITを製造現場に組み入れることで,どのよう可能性があるかという点に関する特別講義である.この特別講義は,ITの製造現場導入がどのような可能性を持つかという点を学生に知らせることを目的としている.今回は,携帯電話用レンズを始めとした,多様な小型IT機器用部品のための特殊金型設計製造会社である,株式会社セントラルファインツール社三宅代表取締役にお越し頂き,プラスティック部品用金型の加工や制御における画像処理や各種センサの適用がどのような可能性を持つかについて,具体的な実例を踏まえた講義を頂いた.

 

17 LabVIEWを用いたプログラミング

 

 

4.5.3 教材の構成

教材のうち,前述の「(1)LabVIEWを用いた計測制御プログラミング演習」は,以下から構成される.

     LabVIEW8.5 Windows版

     USB-6009 マルチファンクションDAQ (National Instruments社製)

     温度センサモジュール(図18参照)

Ø         温度センサ(National Semiconductor LM35 DZ)

Ø         ユニバーサル基盤

Ø         電池モジュール,電池(CR2026)

     半田ごて,半田

     説明資料

 

18 学生が自作する温度センサモジュール

 

LabVIEW8.5は,WindowsXPWindowsVistaで駆動する.SFCはサイトライセンス契約を同社と締結しており,教職員学生は活用できる.USB-6009は,各種計測機器とPCを接続するためのモジュールである.温度センサモジュールは,秋月電子で購入した温度センサを組み合わせた簡単なもので(図18参照),履修者が,自分の演習用の計測制御用のモジュールを自作する.

 

4.5.4 教材の効果

本教材は,各学生が,(1)温度センサモジュールの製作からプログラミングまで,簡単な計測制御のシステムを全て構築する演習,(2)演習で用いられているものと同種の計測制御システムが用いられている現場見学,及び(3)同種の計測制御システムの有用な活用がどのような付加価値を生み出すのかという点に関する特別講義,の3種類を組み合わせることで,モノ創りや計測制御に関する幅広い興味を,学生から引き出す事に成功した.

具体的に,(1)の演習に際しては,まず,グラフィカルプログラミング言語であるLabVIEWを用いることで,プログラミング経験が乏しい学生であっても,3回という短い授業時間内で目標とするシステムを構築することが出来た.また,半田ごてを使用した経験が乏しく,図17に示す簡単な回路製作にも30分〜60分程度の時間を要した学生も存在したが,これらの学生のうち2名から,別回路を用いた計測制御システムに関する相談が寄せられる事となった.次に,(2)の工場見学には履修者以外の参加者が10名を超えると共に,現場見学以後の質疑応答では,想定時間を上回る量の質問が寄せられ,参加学生の高い関心を伺わせることとなった.また,(3)の特別講義においても正規履修者以外の学生が積極的に参加し,授業時間終了後も質疑応答が繰り返される結果となった.

 

4.5.5 今後の展望

3回の授業枠を拡大する形で,森永製菓への工場見学と,金型分野における特別講義を実施したため,履修者への負担が高くなったことは反省すべき点である.半田ごての経験が乏しい学生が予想以上に多かったことを踏まえ,適宜補講等を実施すると共に,工場見学に関してはビデオ教材の使用を検討したい.

計測制御用のプログラミング環境として用いたLabVIEWは,様々な製造現場での使用実績を持つ優秀なプログラミング環境であり,今後も使用していきたい.ただし,演習内容は,温度センサ以外にも複数のセンサを組み合わせた回路を対象とすることを検討すると共に,組み合わせるイベントの種類についても検討を進めていきたい.

 

5. まとめ

 本報告書では,学術交流支援資金:電子教材作成支援によって,支援を頂いた「モノ創り実験工房」の授業教材について,本年度の成果を報告した.2008年度は,モノ創り工房の運用が始まり,本授業を実施するに適した環境が整うことになる.今後もSFCのものづくり教育の活性化と高度化に尽力していきたい.