言語における音象徴性の起源、普遍性、言語学習における役割に関する研究

 

研究代表者 慶應義塾大学環境情報学部・教授 今井むつみ

 

研究協力者

総合政策学部・教授 重松淳

政策・メディア研究科博士課程 佐治伸郎

Max Plank Institute, Researcher  Asifa Majid

Birmingham University, Reader, Sotaro Kita

ETH Zurich, Lecturer Henrik Saalbach

 

 

研究の背景と目的

  一般的にことばの音と意味の関係は恣意的であるといわれている。ソシュール学派の伝統的な言語学ではことばの音と意味の関係は恣意的なものと考えられてきた。確かに冒頭にも例に挙げたように、サカナは/sa-ka-na/という音でなければならないという必然性はないし、/sa-ka-na//ta-ka-na/と、2つの単語の音は似ていても、それらの指示する対象はほとんど似ていない。しかし、その一方で、ある種の音韻がある種の感覚に結びついていることは、かなり以前から指摘されてきた。たとえば、サピア(Sapir,1929)は、/mal//mil/という2種類の音を英語話者に提示し、これらはそれぞれ大きなテーブルと小さなテーブルを指すとして、では/mal/はどちらのテーブルを指すかとたずねたところ、多くの人が、/mal/は大きなテーブルを指すと答えたという。このように母音の/a//i/では、実際にこれらの音を発音するときの口の大きさを反映してか、一般に/a/の方が大きいといった印象を与えるという。また、ゲシュタルト心理学者のケーラー(Koehler,1947 )は図8.1aのような曲線的な図形と、角張った図形を見せ、どちら/malma/ でどちらが/takete/かと人々に尋ねた。すると、たいていの人が丸いほうが/malma/で、角張っているほうが/takete/であると答えたという。どうやら人々は共通して、/malma/と言えばは曲線的なイメージを、/takete/は直線的で角張ったイメージを思い浮かべるということが報告されていた。

このように、一方で、語とその指示する対象との関係はあくまで恣意的なものであるという指摘があるものの、他方で我々はある音に対してはあるイメージを抱きやすいといった面があるらしい。このような音が持つ象徴性は、音象徴(sound symbolism)と呼ばれ、我々には本当にこのような感覚が備わっているのか、備わっているとすれば、それはどのような感覚かといったことは、これまでもしばしば議論されていた。 本研究はこの音象徴性の現象について、その起源と普遍性を明らかにすることを目的とする。音象徴は特にオノマトペ(擬態語・擬音語)で顕著である。オノマトペはものの様子、音、何かが動く様、心の情態など表す語である。日本語を母語とする子どもは幼児期からオノマトペを自然に学習し、多用する。しかし、子どもがいつごろからどのようにして、オノマトペに対する「感性」、つまり音声パターンと意味との結びつきを身に付けているのか、この感覚にどの程度普遍性があるのか、ということについてはこれまでまったく明らかにされていない。本研究は(1)動作を表す際の擬態語に内在する音象徴性を、日本語以外の言語、特に英語をはじめとした擬態語のような生産的な音象徴の語クラスを持たない言語の話者がどの程度感じ取ることができるのか、(2)音象徴性がこれらの言語を母語とする子どものことばの学習にどのような役割を果たすのか、(3)日本語擬態語のどのような部分が外国人日本語学習者にとって難しいか、を明らかにすることを目的に行われた。

 

研究活動の内容と成果

 

研究成果

まず、音象徴性の普遍的な存在についてしらべるため、日本語を母語とする2歳児、3歳児と日本語をまったく知らない英国人成人に、日本語の既存オノマトペを模して作った新奇オノマトペと人が動いている動画を同時に提示した。たとえば、人が大きく手を振り上げながら走っている動画と小またで小さく走っている動画を見せながら、「ばとばとしているのはどっち?」Which one is doing batobato? とたずねると日本人幼児も、イギリス人成人もともに新奇オノマトペと音象徴的に合っている動画を選ぶことができた。 〔図1〕

 

1. 日本人2歳児、3歳児と英国人成人が新奇オノマトペを「正しい」動画に対応付けた割合

 

次に擬態語のもつ音象徴性が言語学習にどのような役割を果たすのかを調べるため、日本人3歳児に対し、新奇な動詞を教え、その動詞の汎用を問う実験を行った。そこで、子どもに音象徴性のある新奇オノマトペ動詞として動詞を教える条件、音象徴性のない新奇動詞を教える条件、動作に音象徴的にマッチしない新奇オノマトペ動詞を教える条件の3条件で、動詞を教え、その動詞が適用できる動画を選んでもらった。3歳児は一般的に新しい動詞を動作の主体が変わってしまうと汎用できないことが先行研究でわかっている。先行研究の結果と一致して、子どもは、音象徴性のない新奇動詞を動作主がかわった新たしい場面に汎用することはできなかったが、音象徴性のある新奇オノマトペ動詞として動詞を教えた場合、汎用に成功した。しかし、新奇オノマトペ動詞でも、教えられた動詞と対応付けられた動作の間に音象徴性がないばあいには子どもは正しい汎用ができなかった。 (図2)

 

 

図2 日本人3歳児における新奇動詞汎用実験の結果 

 

これらの結果より、音象徴性はまだほとんど言語の産出がない2歳児や母語に擬音語・擬態語などの音象徴性のあるプロダクティヴな語を持たない言語の話者でも普遍的に「感じる」ことができること、さらに音象徴性が動詞語意学習の制約として機能することが明らかになった。

 

その他の活動・成果

 上記の研究の一部はすでに認知科学の国際学術誌であるCognition誌に掲載された。現在は母語で擬音語・擬態語を持たない英語母語児でも日本語児と同じように音象徴性によって動詞学習が促進されるか否かを検討中である。

 本研究は研究協力者のイギリスのバーミンガム大学、オランダのマックスプランク研究所と大規模な国際共同研究を立ち上げる予定で、その打ち合わせのため、マックスプランク研究所のAsifa Majid博士を本助成により招待した。

 

本助成課題に関する成果の発表

 

論文

 

Imai, M. Kita, S., Nagumo, M. & Okada, H. (2008) Sound symbolism facilitates early verb learning. Cognition, 109, 54-65.

 

Imai, M. (2008). Children’s use of argument structure, meta-knowledge of the lexicon, and extra-linguistic contextual cues in inferring meanings of novel verbs.  In S. Müller (Eds.), The Proceedings of HPSG08 conference, pp 417-435.   Palo Alto, USA: CSLI publications.

 

招待講演

Imai, M. (November, 2008).  Sound iconicity bootstraps verb meaning acquisition. Talk give for the “Colloquium on Language Development and Cognition” at Bangor University, Bangor, UK.  (November 20, 2008).

 

 

今井むつみ (20089) ことばの学習のメカニズム:制約理論とその先 日本心理学会第72回大会 国際賞奨励賞受賞講演 919日 北海道大学

 

Imai, M. (July, 2008). Children's use argument structure, meta-knowledge of the lexicon, and extra-linguistic contextual cues in inferring meanings of novel verbs.  Invited lecture given at the 15th International Conference on Head-Driven Phrase Structure Grammar. Keihanna, Japan (July 30, 2008).

 

Imai, M. (June, 2008).  Expressing motion events through mimetics: An alternative way of motion lexicalization in Japanese.  Invited paper presented a workshop Human locomotion across languages.  Max Planck Institute for Psycholinguistics, Nejimegen, the Netherland, (June 6, 2008)