フェアトレードとフリートレードの接合に関する研究

                        慶應義塾大学環境情報学部

                                                       山本純一

                        慶應義塾大学政策・メディア研究科

                                笠井賢紀 田口剛

 

 

1.はじめに

 本研究は、フェアトレードとフリートレードの接合に関する研究である。フェアトレード(公正貿易)はフリートレード(自由貿易)に対抗するもの、フリートレードが持つ市場とは異なるオルタナティブを模索する動きであると捉えられることが多い。しかし、フリートレードにおいても、昨今のCSR調達の実現に向けた取り組みや、ISO26000による人権項目の検討など、フリートレード自体が自己を批判的に捉え、改善する動きが見られ、フェアトレードはこれらの動きと相反するものではないのである。本来、フリートレードの欠陥部分を補正しようとする動きがフェアトレードには見られるのである。

 このような視点から、今回、インド・デリーにおけるフェアトレード団体やフェアトレード・ショップ、また副業としてフェアトレード事業を行っている環境NGOを訪問した。

 これらの団体は、フリートレードの欠陥部分を指摘し、グローバルなサプライチェーンの中の最末端にいる生産者たちの視点から、フリートレードの持つ問題を改善しようとしているものである。

 

2.調査実施内容

 今回の調査では、インド・デリー近郊においてフェアトレードを行う団体・組織に対して調査を行った。団体としては、1.手工芸品分野においてフェアトレードを行うTARA PROJECTS2.手工芸品販売のフェアトレード・ショップを運営するIndustree3.オーガニック商品を扱う環境NGO NAVDANYAである。

 

調査場所

インド・デリー首都圏

 

参加メンバー

・慶應義塾大学環境情報学部 教授 山本純一

・慶應義塾大学政策・メディア研究科 修士課程2年 笠井賢紀

・慶應義塾大学政策・メディア研究科 修士課程2年 田口剛

 

調査日程

調査日程に関しては、以下の通りであった。

 

日程

調査内容

2008912

日本よりインド・デリーへ渡航

    913

デリー郊外における農村地域の調査

    914

NAVDANYA NGOオーガニック・カフェ訪問

    915

NAVDANYA NGOオフィス及びオーガニック・ショップ訪問

    916

TARA PROJECTSオフィス兼生産現場訪問

    917

Industreeショップ・デリーに訪問

    918

インド・デリーより帰国

 

 

3.訪問団体-TARA PROJECTS

3-1 TARA PROJECTS

 TARA PROJECTSの始まりは、1970年代にカーストや貧困といった様々な問題を抱える社会を改革しようと、若い社会活動家、教師、シスターなどが集まったことがきっかけとされている。「TARA」は、Trade Alternative Reform  Action (貿易の新たな選択肢を探る改革運動)の頭文字を取ったものである。

インドでは、法的にはカーストによる差別は禁止されているものの、社会通念上の差別は色濃く残っており、上層カーストの人が下層カーストのコミュニティを訪れること自体が大きな変革であった。このような活動を行う内に、社会的に立場の弱い人々が自立するためには経済的な力をつけることが必要との認識が生まれ、豚や水牛を飼って収入を得るプロジェクトを開始した。そして収入を得るようになった人たちの中から、ミシンを買って縫製をするグループが現れるなど、収入向上プロジェクトが拡大していくこととなり、現在のフェアトレード活動につながっていくこととなった

 

3-2 組織に関して

 組織としては、現在20名ほどのスタッフによって運営されている。組織の部門としては、総務・運営、会計、デザイン、ウェブ管理・運営、ソーシャル・ワークなどにより構成されている[1]。ソーシャル・ワークに関する部門においては、強制労働や児童労働に関する調査を行っており、それに対する告発活動や啓蒙活動を行っている。

事務職員のメンバーは全てインド人によって構成されており、大学を卒業してすぐにTARA PROJECTSの従業員になった若いメンバーもいた。このようなメンバーは、デリー大学の出身であり高学歴の者が多かった。

この事務員のメンバー達は、Fair Trade Forum of India(FTF-I)の主要なメンバーでもあり、TARA PROJECTSのオフィスがあるビルの3階にはFTF-Iのオフィスも設けられている。

 

写真 TARA PROJECTSオフィス

                                             (出典:田口撮影)

 

3-3 事業目標について

TARA PROJECTSの事業目標としては、大きく経済的目標と社会的目標の二つを掲げている。経済的目標としては、1.プロフェッショナル化(Professionalize)2.革新(Innovation)3.社会主流化(Mainstreaming)3つである。この経済的目標の大きな指針としては、フェアトレードのさらなる促進である。社会的目標としては、1.エンパワーメント(Empowerment)2.自立(Self-Reliance)3.より良い環境の実現(Better Environment)となっている。

 この経済的目標と社会的目標の関係性としては、貿易の促進すなわち経済的発展こそが、社会的発展(コミュニティ開発)をより促していくという考え方となっている。よりフェアトレードによる貿易を促進・社会主流化することによってこそ、社会的目標を達成できるということである。この点は従来のNGOの考え方とは異なり、ビジネスと社会発展の両軸を重視する社会的企業のスタイルと一致している。

 

 

図 TARA PROJECTの事業目標について

 

(出典:TARA PROJECTS事業説明資料から、筆者作成)

 

 

3-4 取扱商品について

取扱商品に関しては、ジュエリー、木製製品、ガラス製品など多岐に渡っている。ジュエリーにおいては、ネックレス、チョーカー、イヤリング、ブレスレット、バングル、ヘアクリップ、ヘアーピン、指輪、ブローチ、アンクレット、ジュエリーボックス、ペンダントなど。木製製品においては、彫刻・象眼細工された箱、トライベット、キャンドル・スタンド、本棚、家具、フォトフレーム、食器棚など。ガラス製品では、ワイングラス、水差し、カップ、プレート、瓶、ボウル、キャンドル・スタンド、花瓶、ボトル、ランタンなど。真鍮製品では、キャンドル・スタンド、アロマセラピー用ホルダー、花瓶、歩とフレーム、コースター、トライベットなどである。他には、象などの人形や、ソープストーンを使った製品なども作られている。

これらの商品の特徴は、インドの伝統工芸品の技術を用いていることである。これらの技術を用いることにより、生産者の持つ能力を有効的に活用しようとしているのである。

 

 

 

 

 

 

写真 取り扱い製品に関して

                                 (出典:田口撮影)

 

3-5 取引先について

 TARA PROJECTSの取引先としては、ヨーロッパ、北米などが中心となっている。全体の内、ヨーロッパ諸国が5583%、北米地域が273%となっている[2]。日本は、フェアトレード・カンパニーとConscious Consumers の両団体を合わせて1.32%程度となっている。そのため、ヨーロッパ諸国及び北米地域と比較すると低い水準にあるのが現状である。

現在は、先進国におけるフェアトレード団体に対する輸出が多くを占めているが、フェアトレードのメインストリーム化を目指しているTARA PROJECTSでは、大手卸売店に対する販売活動も行っている。デリーにおいて年2回開催される手工芸品展での出展や、大手卸売店のバイヤーを事務所に招いての取引交渉などを行っている。しかしながら、今のところ取引が成立しているものはないということであった。その要因としては、フェアトレード商品は、一般の商品よりも価格が高くなるために価格競争力に劣ることが指摘されている。また、継続的で安定的な商品の供給に関して、生産体制から問題視されることがあるということである。一般市場の獲得は、フェアトレード事業を拡大していく上で必要不可欠な要素である。そのため、今後、どのように一般市場に参入していくか、より充実した組織戦略が必要となってくるだろう。

 

3-6 売上げについて

 TARA PROJECTSの売上げとしては、ここ5年間で急速に成長してきている。2002年から2003年にかけての売上高は、US$1901914であったのに対し、2006年から2007年にかけての売上高はUS$3534441となっている。この5年間で約175倍ほどの成長を見せている。この売上げ規模に関しては、インドの企業の中では、中規模の企業に相当するものであるということであった。TARA PROJECTSでは、基本的に寄付などの助成金での運営はしていない。そのため、一般的なNGONPOとは異なり、組織運営及び事業拡大のために売上げを拡大し続ける必要性が高いのが現状となっている。

 

図 TARA PROJECTS 5年間の売上げ推移

(出典:TARA Annual Report 2006-2007p22より筆者作成)

 

 

3-7 商品の生産

 TARA PROJECTSでは、TARA Artisan GroupsTARA in-House2つのグループによって製品が生産されている。TARA Artisan Groupsは、TARA PROJECTSの持つ生産現場において製品の生産を行うグループである[3]TARA in-Houseは、TARA PROJECTSと契約を交わしている生産者が自宅において製品を生産するグループである。この商品を生産する際に、生産者は事前に製品生産の訓練を受けることとなる。追加の訓練が必要な場合は何度も繰り替えてして訓練が行われるということであった。

また、生産現場としては、広いワークプレイスの確保や、各宗教の尊重、性別による差別の廃止など、理想的なワーク・スタイルのモデル・ケースを目指しているということであった[4]。実際に、デリーの生産現場においてはイスラム教徒が多く仕事をしており、生産現場の中において祈りをささげる姿も見られた。

これらの生産者達によって製造された製品は、最終的に品質チェックを行って、取引先のフェアトレード団体に輸出されることになる。また、基本的にTARA PROJECTSの場合、生産は取引先のフェアトレード団体からの受注を受けてから行われることとなる。そのため、受注した製品ごとに生産期間が設定されているため、3ヶ月から1年間程度の短期労働となるケースが多いようである。そのため、安定的な賃金の供給を行うため、継続的な受注を行い続けることが非常に重要である。

 

写真 デリー オフィスビル内における生産現場

 

3-8 デザインに関して

 TARA PROJECTSにおいては、デリーのオフィスにおいてTARA PROJECTS専属のデザイナーの2名が独自の商品開発を行っている。場合によっては、次章で紹介するフェアトレード・カンパニーなどのフェアトレード団体も商品開発に協力・またはデザインの提供などを行う場合もある。

 TARA PROJECTSでは、商品を販売する国ごとにデザインを設計しており、毎日新しい商品開発・デザインの作成を行っている。これはフェアトレード商品にとっても、手工芸品であるからにはデザイン性の充実が必要であり、商品の付加価値を高める大きな要素であると考えているからである。また、商品によっては受注先からの指示によって作成される場合もあるということであった。

 

写真 TARA PROJECTSのデザイナー

                                 (出典:田口撮影)

 

 

3-9 生産者に対する支援プロジェクトに関して

 これまで生産者に対する経済的利益の側面から考察を行ってきたが、次に社会的効果に関して考察を行う。TARA PROJECTSでは、教育、保険、環境、啓発活動の4つの分野から社会開発に関する活動を行っている。

 現在、TARA PROJECTSでは、現在12のラーニング・センターをサポートしている。そこにおいては、900人以上の子どもたちが学んでいる。ウッタル・プラデシュ州のプルディルプール(Purdilpur)にあるラーニング・センターでは現在105名の生徒が学んでいる。

また、サハランプール(Saharanpur)にあるラーニング・センターでは、これまで100名以上の子どもたちが学んでいたとのことである。

 職業訓練に関しては、3つのセンターにおいて現在10代の女性を中心に75名が学んでいる。期間は6ヶ月となっている。前述したサハランプールにある職業訓練センターでは30名の女性が学んでいる。保険の分野においては、HIVに対する知識を深めるためのワークショップの開催などの活動を行っている。

 

 

 

 

表 社会開発に関する活動について

項目

内容

教育

12のラーニング・センター 900人以上の子どもたちが学ぶ

職業訓練

3つの職業訓練センター 女性75名が学ぶ

児童労働

生産現場への立ち入り調査&児童労働発生地域における啓蒙活動、女性への職業訓練、子どもたちへの教育

保険

HIVに関するワークショップの開催 

(出典:筆者作成)

 

4.訪問団体-フェアトレード・ショップ「industree」に関して

 インドにあるフェアトレード・ショップ「industree」は、バンガロールに本社を持ち、インド全土の生産者からのフェアトレード商品を扱う団体である。

 現在、200名程度の従業員を抱え、100の生産者グループを支援しているということである。商品の販売所としては、バンガロールの他に、コルカタ、プネ、デリーに販売店を持っている。

 

写真 industreeデリー店

                                 (出典:田口撮影)

 

 

○取り扱い商品に関して

取り扱い商品としては、象の置物や雑貨などの小物関係から、衣料品、家具など、幅広く扱っている。これらの商品は特定の州の生産者だけから仕入れているものではなく、インド全土から仕入れているものであるということであった。

 その中でも、日本でいう茣蓙(ゴザ)のような商品に関しては、貧困層に対して仕事を与え、伝統的技術を継承しているということからUNESCOから表彰を受けるまでになっている。

 

写真 industree取り扱い商品に関して

                                 (出典:田口撮影)

 

5.訪問団体-NAVDANYA

5-1 NAVDANYAについて

NAVDANYAは、世界的に著名な環境学者ヴァンダナ・シヴァ氏が設立した環境NGOである。1984年におけるリサーチ活動をきっかけに設立された。当団体が掲げるミッションとしては、「自然環境を守り、人々の知る権利、多様性の権利、水に対する権利、食糧に対する権利を守ること」とされている。

 具体的には、種子の多様性を守るために、SEED BANK(種の銀行)を作ったり、オーガニック・フードの農場経営、環境に配慮した農業に関するワークショップ、スタディ・コースの運営などを行ったりしている。また、オーガニック・フードに関しては、NAVDANYAの持つ直営店において販売されている。

 主な活動は上記に挙げたものであるが、フェアトレード事業に関しても活動を行っている。NAVDANYAの行うフェアトレード事業としては、農家に対して中間業者を排し、より消費者と直接的な取引が出来るように支援することである。このようなマーケティングを支援することにより、農家が中間業者から不当な価格で商品を買い上げられることを防止し、適正な価格で商取引が出来るようにしている。

 

5-2 NAVDANYA ArtCafeについて

 NAVDANYA では、直営店におけるオーガニック・フードの販売だけではなく、独自のアート・カフェ(Art Café)を持っている。場所はデリー南部にあるディリ・ハート(Dilli Haat)という民族工芸品販売マーケット内に設置されている。この店では、オーガニック・フードの他に、少数であるが雑貨に関しても販売されている。数年前には、イギリスのチャールズ皇太子もこの店に訪問したことがあるということであり、その当時の写真なども飾ってあった。

 メニューとしては、「NAVDANYA ORGANIC MENU」とし、全部で17品ほどの扱いがある。メニューの内容としては、ライス、パスタ、ドリンク(オーガニック・ドリンクもあり)など、一般的なカフェにおけるメニューと変わりはない。値段としても、ライスは、パスタは50Rs60Rs程度(日本円で110円から140円程度)であり、一般のカフェと同等か、安い価格設定になっている。

 

写真 ディリ・ハート内にあるNAVDANYA Art Café

                            (出典:田口撮影)

 

写真 NAVDANYA Art Café 店内について

                                 (出典:田口撮影)

 

 

5-3 The ORGANIC SHOPに関して

 オーガニック・ショップに関してであるが、デリーでは、ハウズ・クハスのオーガニック・ショップ(Hauz Khas)と、先述したディリ・ハートのArt cafe(Dilli Haat)において商品が販売されている。店内では、香辛料、天然油、チャイや緑茶などのお茶関係、レーズンやアーモンドなど100種類を超える商品が販売されている。食品以外にも、わらで作られた籠なども店内に置かれ購入することが可能であった。

 また、商品に関しては、有機(オーガニック)JAS認証を受けたものであり、独自のオーガニック基準ではなく、他機関からの客観的な基準を採用している。

 NAVDANYAでは、現在20万人ほどの農家に対してトレーニング及び支援をしている。

 

 

写真 オフィス近くにあるNAVDANYA The ORGANIC SHOP

                                 (出典:田口撮影)

 

写真 店内における商品について

                                 (出典:田口撮影)

 

 

 

5.おわりに

フェアトレードに対する認識として、フリートレードに対抗するもの、フリートレードとは異なる市場を創出しようとしているニッチな運動であるとの意見がある。しかし、フリートレードが抱える問題を改善・解消しようとする動きの一つがフェアトレードであるとすると、昨今のCSRの動きと相反するものではないということである。フェアトレードはフリートレードの持つ市場の他に新たな市場を形成する動きではなく、フリートレードの持つ市場においてその影響力を持つことを目標としているのである。

 今回取り上げた2つの団体においても、フェアトレードの「メインストリーム化」を目標としており、どのようにフリートレードと共存し、影響を与えていくことが可能であるかを模索していた。フリートレードが持つ問題を改善していくことが、フェアトレードのメインストリーム化とつながっていくことが望ましい形であると考える。

 



[1] この他には、郵便や各種問い合わせを専門に扱う従業員もいた。

[2] 表より2006年から2007年の取引額における割合として計算。

[3] デリーにおける事務所兼生産現場においては、20089月現在、65名の生産者が働いているということであった。

[4] 当団体の代表者であるムーン・S・シャルマ氏からの聞き取りから。