2008年度学術交流支援資金
「国内外でのインターンシップ、フィールドワーク科目支援」報告書

 

「先進的な情報通信・移動体システムの導入による
地方都市のコミュニティ活性化」

 

申請代表者:政策・メディア研究科 大前 学

 

1.本研究の概要と本報告書について

地方都市では,人口減少に伴う過疎化や市町村合併等で,地域モビリティやコミュニティのつながりの維持について,大きな課題を抱えている場所が多い.また,高齢者や子供について,安全で安心な外出支援を行うことが求められており,その実現は家族やコミュニティの負担軽減にもつながる.従来,これらの地域課題に対して,モビリティ,コミュニティ,情報通信等の観点から個別に社会実験や調査研究の方法論開発が進められてきた.本研究では,これらの成果やノウハウを融合させ,最先端の情報システム及び移動体で生活や移動を支援することを通し,地域共同体でのつながり強化や行政コスト・環境負荷の削減にどのような効果が得られるのかを実証的に示すことを目的とする.具体的には,宮城県栗原市を対象として,最先端の情報通信機器を備えた小型電気自動車を活用し,子供からお年寄りまでの安全・安心な外出支援に関する実証実験を行うと共に,中心市街地活性化に関する効果を検証する.

上記において,ご支援を頂いた学術交流支援資金を栗原市におけるモビリティ実験システムの開発における学生の活動(主に旅費)に充当させて頂いた.よって本報告書では,栗原市におけるモビリティ実験システムの開発を中心に成果を報告する.

 

2.栗原市における活動の概要

 この章では,2008年5月〜10月に実施した栗原市における活動について概要を説明する.

 栗原市における活動では,今年5月から10月にかけて,「細倉マインパーク」跡地をフィールドとして,以下の手順で研究を進めた.

@情報通信環境の構築(5月〜6月)

「細倉マインパーク」全域に無線LAN設備を設置し,敷地内のあらゆる移動体,人が情報基盤に接続できる環境を構築した.

Aニーズ調査(5〜6月)

栗原市民が日常の移動時に抱える課題を精査し,実証実験のシナリオを地域の現状に即す形で整理する.また小型電気自動車のデザインモデルを住民に評価してもらい,車両の社会受容性について検討した.

Bモビリティ実験システムの構築(7月下旬〜10月上旬)

研究代表者らが開発した自動運転実験車が「細倉マインパーク」でオンデマンド型の自動運転を行う実験システムを構築した.
Cモニター実験(10月)

栗原市民をモニターとして,オンデマンド型自動運転実験車を利用したトリップを設定し,細倉マインパーク内を小さな町に見立てたロールプレイ実験を実施した.

 

 

 

3.オンデマンド型自動運転システムの構築

この章では,本資金にて活動を行ったオンデマンド型自動運転システムの開発について報告する.この活動は第2章におけるBに該当するものある.以下の各節では,研究の概要,システム構成,実験結果を説明し,最後にモニター実験の様子を報告する.

 

3.1 研究の概要

自動車の自動運転は交通事故の減少や環境負荷,エネルギー消費の軽減などを主な目的として,様々な研究が報告されている.構内において,複数の利用者を任意の場所に同時に移動させる自動運転システムを考えた場合,利用者が個々の車両に個別に配車要求を行うと,運用される車両が偏ったり,利用者の配車要求に最適な車両が配車されなかったりして,システム全体が非効率なものになってしまう.

本研究は,利用者の要求に応じた迎車や利用後の回送などを実現し,多くの利用者が効率的に利用できる自動運転システムの構築を目指している.本研究では,システムの構築に際し,システムを「配車予約」,「配車管理」,「車両制御」の三つの構成要素に分け,それぞれを協調させて運用することで効率的な運用を実現した.開発したシステムは,宮城県栗原市の細倉マインパークにて実車実験を行った.図1はその実験風景である.

 

図1 自動運転風景

 

3.2 システム構成

この節では,本研究で開発した自動運転システムについて説明する.以下の各節では,システムの概要とシステムの構成要素である配車予約,配車管理,車両制御について説明する.

 

3.2.1 システムの概要

この項では,自動運転システムの概要について説明する.

本研究で開発した自動運転システムは,「配車予約」,「配車管理」,「車両制御」の三つの構成要素からなるものとした.図2にシステムの構成図を示す.

「配車予約」は,自動運転車両の配車の予約手続きに関する要素であり,主に自動運転システムとシステム利用者とのインターフェースとなる.

「配車管理」は,「配車予約」と「車両制御」の橋渡し的な要素であり,「配車予約」からの予約要求の受け付けと,車両への予約要求の割り振りを行う.割り振りの際には,各車両に割り振りの可否や,目的地までの所要時間などの問い合わせを行い,最適な車両を検索する.また,予約状況の監視や車両の状態監視など,自動運転システムとシステム管理者とのインターフェースにもなる.

「車両制御」は,車両の運動制御や目標軌道作成,目標軌道上の障害物検出に関する要素である.また,自動運転システムと車両に搭乗しているシステム利用者とのインターフェースにもなっている.

上記の構成要素は,個別のコンピュータ上で実行され,無線LANでお互いに通信し,それぞれに必要な情報を交換し合う.また,三つの構成要素の中でも,「車両制御」に多くの機能を持たせている.これは,「車両管理」のコンピュータの負荷軽減の他に,通信不良時においても,「車両制御」の機能だけで走行を継続できるようにするためである.

 

図2 システム構成図

 

3.2.2 配車予約

この項では,配車予約について説明する.配車予約の機能は主に利用者が用いる車両の予約を受け付けるものである.

利用者は図3のような配車予約端末を用いて,迎車場所と行きたい場所を入力する.入力の際,利用者は地図による入力と,あらかじめ登録された場所のショートカットによる入力が可能なものとした.図4は地図による予約画面である.地図による入力では,構内の地図を用い,タッチパネルで目的の場所を触れることで入力を行える.また入力をしやすいように,地図を拡大することができ,より細かな入力を行える.ショートカットによる入力では,よく使う場所を予め登録してあり,ボタン一つで目的の場所を入力することができる.利用者の迎車場所,目的地(行きたい場所)の決定後,その情報が,配車管理コンピュータに伝送され,その後,配車管理コンピュータから,車両の番号と,迎車地点への車両の予想到達時間を受信し,端末上に表示される.

 

図3 配車予約端末

 

図4 地図による予約画面

 

3.2.3 配車管理

この項では,配車管理について説明する.配車管理の機能は主に予約の管理と車両の監視である.

配車管理コンピュータの様子を図5に示す.配車管理コンピュータは,システム利用者からの予約要求を一括して受け付け,予約要求を一時的にバッファー記憶に格納する.空車状態の車両があれば,格納した配車要求を先着順で割り振る.この際,複数の空車状態の車両がある場合,各車両に対して配車要求の迎え先までの走行距離を問い合わせ,最も早く到着できる車両に配車要求を割り振ることで,効率的な配車を行っている.また,配車管理コンピュータは自動運転システムとシステム管理者とのインターフェースも兼ねている.配車管理画面では,すべての車両の位置や向きが地図にマッピングされ,車速などの状態なども数値で容易に確認することができ,また,予約状況も監視することができる.もし,自動運転車両などに何らかの問題があれば,システム管理者は車両に割り振られた配車予約を取り消したり,問題がある車両を強制停止したり,デポに回送することができる.

 

図5 配車管理コンピュータの様子

 

図6 配車管理画面

 

3.2.4 車両制御

この項では,車両制御について説明する.車両制御の機能は主に目的地までの目標軌道作成と自動運転制御,障害物衝突防止処理である.

図7に自動運転に用いる車両を示す.自動運転車両のシステム構成は図8のとおりである.「配車管理」が「配車予約」から予約を受け付けた際,「配車管理」は各車両に対して予約の割り振りの可否の問い合わせを行う.問い合わせを受けた車両は,自車が他の予約で運用中でなければ,問い合わせを受けた予約の迎車先までの走行距離を計算する.走行距離の計算は,目標軌道生成の処理を用い,絶対位置座標で記述された目標軌道を生成し,軌道長を積算することで求める.計算後,求めた走行距離と割り振り可能のメッセージを「配車管理」に返信する.もしここで,車両が最も早く迎車先に到着できる場合は,「配車管理」から予約の割り振りが行われ,車両は迎車先までの自動運転を開始する.車両は,配車管理コンピュータから割り振られた配車要求情報を基に,迎車先までの回送と行き先までの送車を自動運転制御にて行う.以下の項では,目標軌道生成と自動運転制御について述べる.

 

図7 自動運転車両

 

図8 自動運転車両構成図

 

(1)目標軌道生成

 この項は目的地までの目標軌道生成アルゴリズムについて説明する.車両は絶対位置情報で記述された目標軌道情報と車両の絶対位置を用いて自動運転制御を行う.本研究で開発した自動運転システムは,構内の任意の場所に車両を移動させる必要があるため,目標軌道は移動する場所に応じて適宜変化させる必要がある.本研究の目標軌道生成アルゴリズムでは,複数の目標軌道のセグメントをつなぎ合わせることで,移動する場所に応じて適宜変化させることができる.車両は予め,複数の目標軌道のセグメントにと,セグメント同士の接続の対応関係を示したセグメント対応表を持つ.車両はまず自車の現在位置と目的地から最も近い座標を持つセグメントをそれぞれ検索する.その後,検索した両セグメントをつなぐ経路を,セグメント対応表を用いて検索を行って,最短で結ぶ経路を導き出す.この際,セグメント間の走行距離の計算は,絶対位置で記述された目標軌道情報の積算で行う.以上で求めた最短経路である目標軌道情報を用いて,到達時間を計算し,配車管理コンピュータへの応答を行う.また,配車管理コンピュータからの走行指示が出た場合は,この目標軌道を用いて自動運転を行う.

 

(2)自動運転制御

この項では,車両の自動運転制御について説明する.

車両の自動運転制御は,車両状態推定,操舵制御,速度制御に分けることができる.

本研究で開発した自動運転システムの車両状態推定は,RTK-GPSと車載センサによって制御車両の状態量を計測し,車両一台をシステムとしたカルマンフィルタと,デッドレコニングを用いて絶対位置を推定する手法を用いている.

本研究で開発した自動運転システムの操舵制御は,車両と目標車線の相対位置から,将来横偏差をゼロにするための必要なヨーレートを算出し,そのヨーレートを発生するための操舵角および,制御時の目標車線に対する誤差から目標操舵角を算出するアルゴリズムを用いた.

本研究で開発した自動運転システムの速度制御は,予め用意した目標軌道情報に対応した目標速度情報を使い,それぞれの場所での目標速度を設定している.目標速度情報に対して車両の速度を制御する際,勾配路への対応のため,勾配情報をフィードフォワード入力に用いた.勾配情報は,走行中の車両位置情報の高度の変化から推定している.具体的な計算方法は以下の通りである.ある走行路の距離と高さの関係を簡単な一次方程式とすると下記の数式のようになる.

z高度,xは傾きを求める始点をゼロとした走行距離である.次に,傾きaを求めるには,ある程度間隔を持ったn個の絶対位置情報を用い,傾きを求める始点からの走行距離と,高度情報を用いて最小二乗法による線形近似を行う.

ここで求めた傾きaをフィードフォワードとして制御に用い,フィードバックを車両の速度と目標速度情報を用いたPI制御とすると下記の数式のようになる.

ここで,tはトルク指令値,Vは車両速度,Vtは目標車両速度である.また,Kfが勾配情報に対するゲインであり,KpKiがフィードバックゲインである.また,走行軌道上に車両や障害物がある場合は,目標速度をゼロとして衝突を防止する.

 

 

3.3 実車による実験

本研究で開発した自動運転システムを用いて,3台の小型電気自動車,配車管理コンピュータ,および配車予約端末を使った実験を行った.実験では自動運転システムの自動制御を行う3台の小型電気自動車を図9のように配置した.車両Aは目的地までの直線距離が最も短く,車両Bは目的地までの走行距離が最も短く,車両Cは目的地までの直線距離および走行距離が最も長い.以上の条件で,配車予約端末で,目的地を設定し予約したところ,図10のように,走行距離が最も短く,目的地まで最も早く到着できる車両Bが配車管理コンピュータにより配車され,目的地へ向かったことが分かる.また,図11は,車両Bの走行軌跡と目標軌道情報の一部を抜粋したものを比較しているが,本システムの操舵制御を用いることで,目標軌道に対して追従できていることが分かる.図12は,本システムの速度制御の勾配情報のフィードフォワード入力の有無による差異を比較するために,勾配路を目標車両速度10[km/h]一定で走行した時のそれぞれの速度と走行路の勾配を示したものである.これを見ると,勾配の始点,および終点ではフィードフォワードありなしに関わらず,車両速度に揺らぎが生じるものの,フィードフォワードがあるほうが,その揺らぎを小さく抑えていることが分かる.

 

図9 実車実験車両配置図

10 実車実験全車両軌跡

11 実車実験車両B走行軌跡

12 車両速度と勾配の関係

 

3.4 モニター実験

この節では,モニター実験について報告する.モニター実験は9月の栗原市における説明会を経て,1012日に実施した.栗原市在住の一般女性7名を被験者とし,「買い物」におけるトリップをシナリオとした.図は実験当日の被験者への説明や,実験の様子を示すものある.モニターの方の反応は,おおむね好評で,今後の開発の参考になる様々な意見や要望を頂いた.

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4.まとめ

 本報告書では,栗原市におけるモビリティシステムの開発を中心に成果を報告した.本研究におけるフィールドワークは,支出においては,主にモビリティシステムの開発に携わった学生達の活動に充当されたが,全体の活動においては様々な専門をバックグラウンドとする大学院生・学部生らの連携を通し,社会調査(問題発見)とそれに基づく技術開発(問題解決),技術の有効性評価を現地で同時に進めていく,異分野コラボレーション型のフィールドワークを実現できたと考えている.

 

 本研究の実証実験は,科学技術振興調整費・先端融合領域イノベーション創出拠点の形成『コ・モビリティ社会の創成』の枠組みで実施されたものである.上記実証実験は,大学院生にとって,現地でのフィールドワークによる問題発見,問題解決への技術開発・運用,開発技術の有効性評価といった,様々な分野の大学院生が連携して問題発見から解決に至るプロセスを遂行・体験できる有意義なフィールドワークとなる.しかし,2008年度の『コ・モビリティ社会の創成』の研究費は,ルール上直接経費で大学院生の旅費等を支出することができず,大学院生らがこのプロジェクトの中で機動的に活躍し,コミットすることが困難な状況であった.今回,学術交流支援資金による支援を賜り,大学院生らのフィールドワークを活発に行える環境を提供できたことに心より感謝の念を申し上げる.