学術交流支援資金：電子教材作成支援（2008年度）報告書

「モノ創り実験工房」

申請代表者：　　　　　　　　　　 環境情報学部　　　　　　 高汐 一紀

教材作成・授業実施共同担当者：　 政策・メディア研究科　　 大前　 学

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 環境情報学部　　　　　　 神成 淳司

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 環境情報学部（非常勤）　 斉藤 賢爾

1　本報告書の概要

標記の科目は，2007年度に新規設定された科目であり，従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り（造り）」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目として，新カリキュラムの中でも重要な位置を占めている．その趣旨は，「試行錯誤」の実践である．ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象に，次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置き，モノ創りのプロセスを実践的に議論する．＜システム仕様策定／詳細設計／実装／評価検証＞に関する一連のPDCAサイクルを体験することで，実践力や応用力の集中的な育成を行う．本プロジェクトでは，各種加工・工作という点で環境整備が進んでいないSFCにおいて，効率的かつ安全に上記趣旨を実現する教材を開発，その効果を評価することを主眼とした．

2　教材開発の背景

ユビキタス時代のモノ創り

コンピューティング環境のユビキタス化が進行する中で，自動車，ロボット，家電機器，さらには居住空間から家具，日常のオブジェクトに至るまで，あらゆるモノがコンピュータの力を借りてネットワークに繋がる状況が現出しつつあり，モノがスタンドアローンで機能する状況は，既に過去のものになりつつある．そこでは，個々のモノが持つセンシング機能，プロセッシング機能，アクチュエーティング機能が，ダイナミックかつ有機的に結合することで，次々に新たな機能やサービスが生み出されていく．実世界の情報を取り込むセンシングと実世界上でのモノの作動を担う機械システム，そして情報通信システムの融合は，移動・物流・医療・介護・製造など様々な分野での改革を引き起こし，新たな社会的価値の創出を促す．SFCにおいてもこれら変革の先導に貢献する人材の育成は急務である．

SFCの中でのモノ創り

デバイス，ソフトウェアを問わず，モノ創りの基本は，発想・設計（Plan），プロトタイピング・計測（Do），評価・分析（Check），処置・改善（Act）を繰り返す螺旋状のプロセス（PDCA cycle）を実施し，完成度を高めることにある．すなわち「試行錯誤」の実践である．SFCでのモノ創りに関する教育の取り組みとしては，建築系科目における制作活動や，メディアデザイン（現，エクストリームデザイン）系の科目における制作活動を挙げることができる．これらは，アートとしての側面が強く，制作物自体を目的とした活動である．情報系科目においても，2004年度から始まった情報技術ワークショップにおいて，一部の担当教員による講義・演習にモータを使った制作活動などが導入されている．これらの取り組みを鑑みると，発想・設計（Plan），プロトタイピング・計測（Do）で留まっており，かつ，制作物そのものを目的としている感がある．このような背景から，ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象とし，次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置き，モノ創りのプロセスを実践的に議論する科目として，「モノ創り実験工房」が未来先導カリキュラムの中で新規に設置された．

工房部屋の設置

「モノ創り実験工房」がスタートした2007年度は，科目設置の趣旨に添う実験施設の設置が間に合わず，既存のインフラを想定した教材の開発，講義・演習の運用を余儀なくされた．しかし，2007年秋から「モノ創り工房」の構想が急速に具体化，2008年度初頭には，電源や工作机等のインフラ，基板加工機，デジタルマルチメータ，デジタルオシロスコープ等，必要最小限の機材が整備された状態で，試験運用が開始されるに至った．昨年度に各担当者が準備した教材は，あくまでもSFCの基本インフラ（一般教室・特別教室）の使用を想定したものであるため，言わば，「器はできたがソフトたる教材が対応できていない」状況が現出してしまった．早急な工房部屋への対応と，継続的な内容のアップデートが不可欠である．

　　

図2-1　モノ創り工房（o23）の様子

3　教材開発の目的

講義・演習は，4つの課題によるオムニバス形式で進行し，クール毎の自己レビュー，相互レビューとディスカッションを通して，自己表現手法と評価方法（質的考察力，量的考察力）の習得を目指す．本プロジェクトの目的は，試験的ではあるものの運用を開始した「モノ創り工房」のインフラに合わせ，より安全かつ効率的に，上記の主題を満たす教育を実現するための教材を開発することにある．学生が個別に使う教材，グループごと，あるいは，クラスごとに使用する教材を検討・開発し，各クラスの授業運営を満たす教材を整備し，講義・演習での実使用を通してその有効性を評価する．本プロジェクトで開発・整備する教材は，以下の4課題である．

· 「センサ素子の原理と無線センサユニット」

· 「自走式機械の構築と制御」

· 「LEGO MindStormを用いた自律移動ロボット構築・プログラミング」

· 「コンピュータネットワークによる論理回路シミュレーション」

各教材に求められる要件としては，以下のようなものが挙げられる．

· 「モノ創り実験工房」授業の趣旨を実現すること

· 20人程度の学生に対する講義・演習が可能であること

· 安全性が十分に考慮されていること

· 学生の不注意による機材の紛失，破損の可能性が少ないこと

· 教材としての耐久性が高く，長期間の使用に耐えられること

· 情報システム，デバイス，機械システムの分野の題材をバランスよく扱えること

· 教材使用とその指導方法が分かりやすく，経験の浅い教員でも活用可能であること

本プロジェクトで開発した教材を春・秋開講の講義・演習で用い，学生からのフィードバックをもって，本プロジェクトの評価とする．具体的には，上記の目的の達成の度合いを，被験者たる受講者にSFC-SFSあるいはアンケート等によって評価してもらい，得られた結果により，本研究で開発した課題の有効性を検討する．発見された問題箇所については，今後の課題として整理し，次年度以降の講義・演習の改善に役立てる方針である．

4　教材の具体的内容

4.1　教材の全体像

上記のように本プロジェクトでは，情報科学，デバイス，機械の分野の題材を扱うことを目指し，

· 「センサ素子の原理と無線センサユニット」

· 「自走式機械の構築と制御」

· 「LEGO MindStormを用いた自律移動ロボット構築・プログラミング」

· 「コンピュータネットワークによる論理回路シミュレーション」

の4課題を扱う教材を整備した．受講生は，1つの課題に対し3回（6コマ）の時間を使って取り組む．これにより，1学期間に4つの全てのテーマを網羅することを可能にした．以下の各節において，各課題の教材について，教材のねらい，整備状況と評価，今後の展望について述べる．

4.2　教材「センサ素子の原理と無線センサユニット」の整備と評価

4.2.1　教材のねらい

実際のところ，センサやセンサネットワークを使ってはいても，それらがどう動いているのかを意識している人は少ない．本実験・演習課題では，基本となるセンサの原理からセンサユニットとして機能するまでを，身近な材料を使ったセンサ素子の製作・計測と，ドライブ回路の実装・計測，センサネットワーク上への接続と精度測定を，学生自身が体験することにより理解してもらう．

4.2.2　教材の内容

本教材を利用した実験・演習の実施内容は次の通りである（講義資料抜粋）．

1 . 湿度センサ素子の製作・特性計測
環境の変化やバイタルデータをコンピュータ上でシンボリックな情報として扱うにはどうすればよいのだろうか？基本は物理変化を電気信号として捉えることにある．第1回目は，物理量の変化を検出し電気信号の変化に変換するセンシングの原理を理解し，各種センサ（素子，ユニット）の基本構造を学ぶとともに，手近な材料を使ったセンサ素子を設計，製作，その特性を計測・評価する．センサの製作には調べたい物理量によって電気的（電子的）特性が変化する物質・素子が必要だが，ヒントは身近なところにころがっている．

　　　

図4-2-1　センサの素材と材料

2 . センサユニットの実装・動作検証
第1回目で実装したセンサ素子を利用するには，静電容量の微量な変化を計測する高精度の専用計測器が必要であった．実際のセンサユニット（モジュール）として利用するには出力に工夫が必要となる．第2回目は，先に製作したセンサ素子に「静電容量−電圧変換」回路を追加することで，汎用センサユニットとしての完成度を高める．

図4-2-2　センサユニット（ドライブ回路）

3 . 無線センサネットワークノードへの接続と自作ユニットの精度測定
センサユニットで計測されるデータをコンピュータ上で扱うには，アナログ情報をデジタル情報に変換する機構「A/Dコンバータ」が不可欠となる．また実環境での利用状況を想定すると，観測データをデジタル情報として無線で送信できれば便利である．第3回目は，既存の無線センサネットワークのインフラをうまく活用し，実装したセンサユニットを無線センサ・ノードとして完成させることを目指す．

図4-2-3　無線センサ・ノード（MICAz-Mote）

その他，ユビキタス時代を支えるモノとサービスのアーキテクチャ解説，モノ（実世界）と情報世界の架け橋となる2つの量，アナログとデジタルについての解説を各回に実施した．

4.2.3　教材の構成

教材の構成は以下の通りである．

· MICAz-Mote無線センサノード（MPR2400J）

· MICAzセンサボード（MDA320）

· MICAz無線基地局（BU2400J）

· デジタルマルチメータ（FLUKE 179）

· デジタルLCRメータ（CUSTZOM ELC-133A）

· スコープメータ（FLUKE 199C）

· 独自湿度センサ（図4-2-4，図4-2-5）

· 独自ドライブ回路（図4-2-6）

· 解説資料（PPT，PDF）

図4-2-4　独自湿度センサの概念図

図4-2-5　湿度センサ

図4-2-6　センサユニット：回路図

4.2.4　教材の効果

本教材のねらいは，先に述べた通り，基本となるセンサの原理からセンサユニットとして機能するまでを，身近な材料を使ったセンサ素子の製作・計測と，ドライブ回路の実装・計測，センサネットワーク上への接続と精度測定を，学生自身が体験することにより理解してもらうことにある．試行錯誤の実践に重きをおき，モノ創りの基礎である発想・設計（Plan），プロトタイピング・計測（Do），評価・分析（Check），処置・改善（Act）を繰り返す螺旋状のプロセス（PDCA cycle），特に，各フェーズでの自己レビュー，相互レビューとディスカッションを通して，次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」のプロセスの意義を，体感してもらうことを目指した．

実験・演習は，銅基盤への回路パターンの削りだしとパーツの切り出し，誘電体試料の塗布，はんだ付けによる各パーツの組み上げといった，簡単な工作から始まり，電子回路の動作理解とブレッドボード上への実装，各種測定器を使った調整，そして，既存の無線センサネットワークインフラを利用した実環境でのデータ測定と性能評価へと進行する．内容も進行に併せて徐々に高度なものになるようにデザインした．基本的に，論理回路や電子回路の基礎知識がないと履修が難しい内容であったため，解説資料の工夫と併せて，デジタルオシロスコープ等を用い，回路の動作と調整過程を視覚的に理解できるように留意した．結果，本教材で最も力を入れた「自作センサ素子の特性に合わせた回路調整」の過程と意義を，履修者各自が正しく理解できていたようである．自作素子にはばらつきがあるため，その特性によっては，回路中各所の時定数値（RC値）そのものを変更しなければならないケースも度々あったが，こちらからの指示前に気づき，自ら適切な値に調整した学生が現れたのは，昨年度に続き頼もしい限りであった．教材そのものに関しては，科目設置時に想定していたものをほぼ揃えることができたと考えている．さらに昨年度の反省点であった，自作センサに生じた性能の想像以上のばらつきに関しては，昨年度の製造工程を見直し，工房部屋に導入済の基盤加工機（図2-1）を使用，素子基盤自身の均質化を図った．併せて，調整時の安定環境として除湿器と卓上加湿器の導入による簡易恒湿環境を用意し，各種調整作業の効率化を図った．

4.2.5　教材の評価と今後の展望

春学期は履修者がやや少なめだったこともあり，学生ひとりひとりへの対応に通常よりも多くの時間を割くことができ，学生も満足しているようである．

· 大学に来てから一番手を動かし一番楽しめた授業

· リアル世界とデジタル世界を繋ぐセンサを学ぶ事が出来，その重要性と面白さに気づく事ができました

· 「ものづくり」「工作系」「プログラミング」「パソコン」に興味がある人にとっては，もうたまらないくらい面白い講義

· SFCで今まで履修した授業の中で圧倒的に一番楽しかった

（提出レポート，SFC-SFSアンケート結果より）

中には，電子回路の知識がほとんどなく，不安に感じていた学生もいたようであるが，わからなければわからないなりに手足を動かし，組み上がった回路の動作から詳細を理解するというやり方で対応した．

一方，秋学期は春学期の評判を聞きつけてか，履修者が急増し，1クラス16人体制での実施となった．教材・機材的には十分な量を確保したつもりではあったが，ο23という部屋自体のキャパシティが限界に達している印象を持った．特に，基盤加工機が1台のみという現状では，各作業プロセスでの待ち時間が長くなり，対応に苦慮した．

また，SFCのカリキュラム上，履修者の知識にばらつきがあるのはやむを得ないことではあるが，前提・推奨・関連科目の指定をより詳細に行う等の対応が必要であると思われる．また，各クール2時限×3回という時間設定が課題の実施において短いという事実は如何ともしがたく，引き続き，今後の最重要検討課題であろう．

4.3　教材「自走式移動機械の構築と評価」の整備と評価

この節においては，「自動式機械の構築と評価」のテーマの教材について「モノ創り工房」（ο24教室）にて活用した結果を中心に報告を行う．

4.3.1　教材について

本教材は，機械システムを構築し，実際に制御し，目標を満たす機構と制御の構築を体験させることを想定した開発したものである．頭で考えたことと，実際の機械の動きの相違点を実感し，想定通り動かすための，試行錯誤の過程でモノを作り出すプロセスを習得させることを目的としている．

教材の内容については，昨年度の「学術交流支援資金　電子教材作成支援」の報告書について記したが，再度記載する．この教材では，機械システムとして，自走式の移動機械とし，目標をコースの完走とした．各グループは，サーボモーター４個，センサユニット１個，制御ユニット１個と複数種類のジョイントを使って，自走式移動体を構築する．移動体を構築した後，走路を走破するためのプログラムを作成し，移動体の制御ユニットにアップロードすることで，移動体を走行させる．走路は，床面とスタイロフォームで構成された側壁で構成する．走行において，いくつか評価条件があり，その達成状況（相対評価）を評価する．教材の構成を図4-3-1に示す．

図4-3-1　教材の構成

4.3.2　モノ創り工房における授業運営

授業については，１クールを３回として１テーマの内容を構成した．１回目は，テーマの説明，授業環境のセットアップ，基本的な製作を行った．２回目は，全ての時間を制作活動にあて，３回目は，最終調整と走行会を実施した．

モノ創り工房（ο24教室）は，7600mm×6225mmの広さの教室であり，天井コンセントレールから１６個の電源タップが吊り下げられている．1200mm×900mmのテーブルが７個（１個は教員用を想定）と約30脚の丸椅子を自由に配置できるようになっている．また，収納棚と，他の授業で使用している３D加工機が設置されており，これらの移動は不可能である．

本授業では，モノ創り工房での授業において，以下の要件を満たす必要がある．

· 各グループ（１グループ４人を想定）が１個以上のテーブルを用いて制作作業を行うことができる．

· ジョイントやネジなどの部品ストックを置くスペースがあり，誰からもアクセスしやすい．

· 床上に走行コースが設置され，試走を行うことができる．

以上の要件を満たす構成として，図２のような配置とした．

実際の授業においては，春学期，秋学期とも３グループ以下の構成となったため，机1と机2，机3と机4，机5と机6を合体あるいは近接させ，各グループが2つの机を使えるものとした．なお，１グループを４人とすれば，図4-3-2の配置で24人までの学生に対応できる．授業の様子を図4-3-3～図4-3-5に示す．

図4-3-2　モノ創り工房における授業運営のための配置

図4-3-3　制作活動の様子

図4-3-4　部品ストックエリアとストック部品

図4-3-5　制作した車両を走行させて動作を確認している様子

4.3.3　モノ創り工房における授業運用の効果

モノ創り工房の利用により，制作から評価まで，同じ教室内で一連の作業を遂行することが可能となった．部品の切削や穴あけを行いたい学生については，SAあるいはTAが研究室まで学生を連れて行き，TA・SAの監督下にて作業を行わせた．一見，非効率的ではあるが，怪我をする可能性がある作業がしにくい環境であるほうが，安全面では良いと考える．

4.3.4　今後の展望と課題

2008年度より，モノ創り工房の運用が開始され，本教材がモノ創り工房での授業運営と非常に相性が良いことを確認した．昨年度は研究室内で授業運営を行っていたため，学生数は多くて数人までしか対応できなかったが，モノ創り工房により，２０人以上の受講生による授業運営が可能となった．モノ創り工房は，授業時間以外に施錠され，学生が自由に利用できないため，授業時間以外での活動が難しい．本年度については，授業時間以外の活動については，研究室内で作業をさせることで対応したが，防犯と安全と教室開放とを両立させ，自由に学生が作業できる仕組みが必要であると考える．

本教材は，多軸ロボット構築用のキットをベースとしているので，移動体以外にも様々な機械の構築が可能である．また，赤外線通信，Zig-Bee通信なども可能であるため，機械同士の協調制御や，ＰＣからの指示に基づく動作などを実現することも可能である．現在は，３回（６コマ）の時間という制約の中で，教材の有するポテンシャルを活用しきれていないが，今後は内容の工夫により，より多くの機能を活用し，学生の創意工夫を存分に発揮できるよう内容を工夫していきたいと考える．

4.4　教材「LEGO MindStormを用いた自律移動ロボット構築・プログラミング」の整備と評価

4.4.1　教材のねらい

情報教育において主に取り組まれているプログラミング中心の学習では，実世界で動作するプログラミングを構築する経験が不足している．今回の教材は，LEGO Mindstormを用い，自律移動するロボットの制作とプログラミング経験を一体として実施させる事により，これらの経験を培う事を目的とする．これらの経験は，日本の産業の根幹である，製造業分野における情報技術適用の際に必要とされる計測制御プログラミングの基礎的素養を培うものとなる事が期待される．

4.4.2　教材の内容

この教材において実施する内容は，以下の四点である．

1 . LEGO MindStormを用いたプログラミング実習

2 . LEGO MindStormを用いた二足歩行ロボットの組み立てと動作解析

3 . 上記ロボットの動作改良と，それに会わせたプログラミング構築

4 . 改良したロボットの動作確認

LEGO MindStormで用いるプログラミング環境は，計測制御部分で主に導入されている，米国National Instruments社製のプログラミング環境LabVIEWを基にしたもので，インタフェースと機能を，LEGOロボット用に最適化する事で，容易にロボットプログラミングに取り組める環境を提供している．今回の教材では，このプログラミング環境を用いる事で，プログラミングに苦手意識を持つ学生が気軽に取り組メル用にする事を狙いとしている．

次に，二足歩行ロボットに関しては，参考として，Web上に公式に公開されている汎用の二足歩行ロボットの組み立て書を用いた．このようにしているのは，二足歩行ロボットのプログラムをゼロから組み立てる事は，習熟度によって異なるものの，一般的には10-15時間程度が必要であり，今回の授業時間では対応が困難であるためである．既存の二足歩行ロボットの動作を観察するとともに，あらかじめ配布されたプログラミング環境を提供し，そのプログラミングの一部改良と，ロボット自身の動作変化を比較する事を通じて，実世界で動作する事物のプログラミングの難しさを学ぶ事を狙いとしている．

その後，上記ロボットの改良としては，以下の課題のいずれかを選択し実施させる事とした．

A . 上記の二足歩行ロボットの動作改良．具体的には，センサと連動した方向変更と後ろ図去り動作の実現

B . 上記の二足歩行ロボットとは異なる，独自ロボットを用いた二足歩行の実現

最後に改良したロボットの動作確認は，全員でプレゼンテーションの時間を設け，それぞれが内容説明をした後，実際にロボットを動作させる事としている．

4.4.3　教材の構成

本教材は，以下の機材により構成される．

· LEGO社製教育用　マインドストームＮＸＴ

· 同　拡張キット

· 同　開発用ソフトウェア（教材用クラスライセンス）

· Windows / Macintosh OSが搭載されたコンピュータ

· 単3型リチウム乾電池

マインドストームNXTは，レゴ社が教育機関用に発売しているもので，稼働用中核ユニット，複数のセンサ機器，レゴブロック，モータ，PC接続用ケーブル，充電バッテリ，充電用ACアダプタ，レゴブロック収納用トレイ，により構成される．

拡張キットは，追加センサとレゴブロックにより構成される．本教材でも用いた二足歩行ロボットを組み立てるためには，この拡張キットを使用する事が必要である．

開発用ソフトウェアとしては，2種類存在しているが，このうち，将来的な製造業分野等での知見適用を目的として，LabVIEWをベースとした開発用ソフトウェアを採用している．このソフトウェアは，一つの授業内での使用に限り，人数制限なくインストールと使用が可能なライセンスとなっている．

Windows Macintosh OSが搭載されたコンピュータは，各学生が持参し，上記開発用ソフトウェアをインストールし，プログラミング環境とするために用いた．

最後に電池である．本来，マインドストームNXTには，充電バッテリが内包されており，これを，稼働用中核ユニットにはめ込む事が可能である．ただし，この充電バッテリは大型であるため，稼働用中核ユニットの形状が大きくなり，ブロックを組み立てる際の障害となる場合がある．特に，今回教材で用いた二足歩行ロボットは，組み立て自身が困難となるため，乾電池を用意している．乾電池を用いた場合には，稼働用中核ユニットは大きくならない．

4.4.4　教材の効果

本教材を用い，3回の授業回数で，所定の内容である独自の二足歩行ロボットの動作を発表するまでの行程を，すべての学生グループが達成した．各学生グループは5名前後の学生により構成され，総合政策，環境情報学部双方の学生により構成され，マインドストームNXTと同拡張キットを，グループ毎に１セット用いる．そのため，組み立てられる二足歩行ロボットは，各グループ1台となる．開発用ソフトウェアに関しては，全ての学生がインストールし，それぞれが開発を実施するものとした．そのため，最終発表は，グループ毎に共通のロボット筐体に，各学生の開発ソフトウェアを適用して発表する状況である．

本授業参加学生は，6割がレゴを使用した経験が無く，さらに残り4割のうち，マインドストーム経験がある学生は皆無であった．この状況で，一つのグループが独自の二足歩行ロボットを開発する課題B)を選択し，他の全てのグループは課題A）を選択し，課題に取り組んだ．

第1回目の授業では，開発用ソフトウェアのインストールと，目的となる二足歩行ロボットとは異なるサンプルロボットの制作と，同ロボット用プログラム実習を実施した．このプログラム実習では，ロボット自身に変更を加えず，センサやロボット自身の動作変更を行わせている．

第2回目の授業では，二足歩行ロボットの製作と，同ロボット用プログラミング開発を実施した．

最終回となる第3回目の授業では，前半にプログラミング開発に取り組み，後半に，成果発表を実施した．

第1回，第2回と順番にグループ毎にロボット製作とプログラミング開発を実施させる事で，全ての学生が，それぞれ自分が開発したソフトウェアを用いロボット動作に取り組んでいる．ただし，このうち，目的とした動作を達成できた学生は全体の7割にとどまり，残り3割は，ロボットの動作が予想とは異なる結果となっている．左図は，学生が構築したロボットの写真を掲示する．課題B)を選択したグループは，YouTUBEで公開されている多数のレゴ映像から二足歩行ロボットの映像を選択．映像に掲載された形状から図面に落とし込むことで，映像に掲載されたものとほぼ同一のロボットを構築．実際に目的とする動作を完成させる事に成功している．このグループは，プログラミング経験が少ない学生により構成されていたのにもかかわらず，3回の授業という短期間で目的を達成した事は，本教材の有効性を示すものと考えられる．

　また，3割の学生が当初の目的を達成できなかった主な要因として，マインドストームNXTと拡張キットがグループ毎に1セットのみであり，ロボットを用いた動作に充分な時間が当てられなかった点が上げられる．そのため，来年度に関しては，マインドストームNXTのキット数を増やし，学生の検証が充分二十視できる環境を用意する事を検討していきたい．

4.5　コンピュータネットワークによる論理回路シミュレーション

4.5.1　教材のねらい

論理回路とコンピュータネットワークは，いずれも，並行に動作する要素が繋がったネットワークである．この教材では，現在の情報環境を支える，この 2 種類のネットワークを実際に学生が構築し，動かすことで，体感的に理解することを狙う．

4.5.2　内容

この教材にて実施する内容は次の 3点である．

1 . 電子ブロックによる簡単な論理回路の製作 (NAND ゲート，記憶回路等)

2 . 並行論理型言語GHC による論理回路の記述

3 . Overlay GHC による CPU シミュレータの製作

最終的に，CPU を構成する回路のそれぞれにコンピュータ 1台を割り当て，CPU の全回路をコンピュータネットワークにより構成する．教室全体で CPU の回路を構成することで，CPU の中に入ったような感覚を体験しつつ，回路の動作を確認できる．

2007年度に開発した CPU シミュレータは，渡波 郁 (著)「CPU の創りかた」(毎日コミュニケーションズ) で紹介されている，TD4 (とりあえず動作するだけの 4bit CPU)と互換性のある 4bit CPU シミュレータである (図4-5-1)．2008年度は，このシミュレータを動かす Overlay GHC 言語の処理系を更新し，安定性と使い勝手を向上させた．

また，電子ブロックを追加購入し，大きくなったクラス規模に対応した．

図4-5-1　CPU シミュレータのブロック図

4.5.3　教材の構成

教材は以下から構成される．

· 電子ブロック (学研 大人の科学シリーズ 電子ブロック EX-150 (復刻版))

· デジタルマルチメータ (三和電気計器株式会社 PM7a/PM10)

· アナログマルチテスタ (三和電気計器株式会社 CP-7D)

· 独自ソフトウェア (wija + Overlay GHC + G4 + サーキット野郎)

· 説明スライド (PDF)

"G4" (GHC による 4bit CPU シミュレータ) および「サーキット野郎」(回路シミュレータ用 I/O) は，この教材用として特に開発を続けているものである．

サーキット野郎は「シミュレートされた I/O」と「リアル I/O」により回路シミュレータの動作と現実の世界をリンクさせ，より現実感のある環境での学習を支援する．シミュレートされた I/O では，スイッチ，一般センサ，LED，モータ，MIDI サウンド，2進数表示，およびオシロスコープによりビット列 (の変化) を表現できる (図4-5-2)．

図4-5-2　サーキット野郎 – シミュレートされた I/O

リアル I/O では，スイッチ，LED，ブザーの現物を，コンピュータのシリアルインタフェースを通して回路シミュレータに接続できる．これは，ブレッドボードを用いてTA 松谷健史により，昨年度，開発されたものを引き続き利用した (図4-5-3)．

図4-5-3　サーキット野郎 – リアル I/O

4.5.4　教材の効果

この教材では，最初に電子ブロックを用いて実際に回路を製作し，トランジスタの仕組みを体験するところから始まって，デジタル回路の基礎を体験し，次にそれをソフトウェアとして捉え直して表現する，ということを行う．同一概念を異なる言語で表現することにも似て，システムに対して，より深い理解を得られることが期待できる．

実際に，ややハイレベルな記述により成り立っている，教材で提供されている CPU シミュレータを改造することにあたっては，2008年度は，以下のように高度な表現を行った学生が現れた．

· 昨年度の履修生が開発した8bit アーキテクチャ版を拡張し，なじみ深いメロディの再現等，ステップ数の多い機械語プログラムを内蔵させた (多数)．

· 乗算器の埋め込みに挑戦した (2名から成るグループ)．

少なくとも，多くの学生にとって，ブラックボックスであった論理回路やコンピュータネットワークに対する興味を育成できたと考える．

4.5.5　今後の展望

指導法としては，教材の内容に対して，2コマ x 3回で一巡するという授業時間の短さは，引き続き反省すべき点であると考える．必要に応じた補講なども考えた，時間をかけた学習を考えていきたい．

教材の進化という視点からは，次のような展望を持っている．GHC 言語には回路シミュレータ応用に対する歴史があり，今回の教材でも引き続きその有用性が証明できたと思うので，今後は，TD4 のみならず，様々な論理回路についてシミュレーションの範囲を広げたい．最新のアーキテクチャの特徴的な部分 (例: マルチコア) を取り出した実習などが実現可能ではないかと考えている．また，回路の動作の視覚化や，プログラミングそのものの視覚化などにも取り組んでいきたい．

5　総括

「モノ創り実験工房」は，従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り（造り）」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目として，新カリキュラムの中でも重要な位置を占めている．前述のように，その趣旨は「試行錯誤」の実践であり，ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象としている．次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置いたモノ創りのプロセスを体験することで，実践力や応用力の集中的な育成を行う．本プロジェクトの主眼である，教材自体の「モノ創り工房」インフラへの対応により，「モノ創り実験工房」の講義・演習を昨年度以上に効率的かつ安全に実施するための教材として，活用することが可能となる．開発された教材は，講義・演習を実のあるものにし，学生に実践的なモノ創りのプロセスを学ばせ，SFCの研究活動の高度化に貢献することが期待される．科目自体はCI分野からの提案であり，扱う課題も，主に，情報システム，デバイス，機械システムの融合を題材とするものである．しかし，情報システムの分野だけでなく，認知身体の分野，環境の分野，デザインの分野においても上記したプロセスの実践は重要である．本プロジェクトの成果は，分野を問わず，現在各学生の手探りで行われているモノ創り（造り）のプロセスの洗練化，効率化に貢献できると考える．