2008年度 学術交流支援資金報告書

 電子教材作成支援

 

科目名:    地域と社会(欧州・CIS)

 

研究代表者:    香川 敏幸(総合政策学部 教授)

研究協力者:    伊藤 裕一(総合政策学部非常勤講師、神奈川大学経済学部非常勤講師)

 

1.    電子教材作成にあたって

 

本プロジェクトでは、授業教材の作成と、その教材のキャンパスを超えた共有システムの構築を目指した。従来欧州に関する教材は、既存の教科書に基づいて行われているが、紙媒体の教科書は、写真や映像といったマルチメディア化は難しく、学生からみた場合、具体的な姿がイメージしにくい、という問題があった。これは例えば日本の政治・経済のニュースであれば、地理的感覚、登場人物の顔などがイメージしやすいことと対象的である。そもそもこのような「イメージ」の重要性は、従来の講義においては軽視されがちであり、ともするとテレビや娯楽メディアとして軽視されてきた傾向がある。しかし、これまで蓄積されてきた知識と必ずしも結び付きの弱いヨーロッパの情報を伝える際には学習者の「生きた知識」として定着させるために、イメージが果たす役割は非常に大きい。このような手法で学習効果の向上を図ることで、卒業後にも「生きた知識」として活用される本当の意味で良い授業ができることになると考えられる。

 

本電子教材は、そのような問題意識から出発し、EU を中心としたヨーロッパの今の姿を伝えるためのマルチメディア教材のデータベース上での蓄積を目指す。他のキャンパスでも使えるような共有化のシステム開発を行うことを目的としていた。

 

本電子教材を作成することの意義は、以下の3 点が挙げられる。

 

マルチメディア教材:従来の教科書では、写真や図表が限界であり、また、最新の情報を見るためのインターネット上の情報は氾濫しており、学び始めの学生にとって決して利用しやすい環境にはない。マルチメディア情報についても文章による文字情報と同様に簡易に扱うことができるため、具体的にイメージしやすい情報やコンテンツを学生に提供することができる。それは、地理的にも文化的にも離れたヨーロッパを理解する上で、非常に重要な要素である。

 

双方向性の確保:通常の講義形態は、教員からの単一の方向での情報提供に限られる。もちろん学生からの質問やフィードバックは最大限授業に反映されるが、授業という構造上、教員から学生に向けての方向が主になることは当然である。本電子教材においては、コンテンツ作成に履修生にも協力してもらうことで、履修者間相互の学びも促進する。教員もその場合は情報伝達者としての役割よりも、学びの場を促進するというファシリテーターとしての役割が重要となる。このような形で従来よりも双方向的な講義を運営することができるようになる。

 

他キャンパス・大学との共有:ヨーロッパに関する授業は、本講義のみならず、「ヨーロッパ経済論」「EU 論」といった形で他大学でも広く提供されている。非常にオリジナリティが高いSFC の講義群にあって、これは珍しいことである。このような多くの大学で多くの教員によって提供されている内容は、既にEU に関する議論が深まっており、ほぼ共通のベースを有している。教科書になりうる書籍もすでに多数出版されている。授業中に使う教材を一定程度共通化することができれば、各教員は貴重な時間的資源を独自性の高い分野や、伝達方法の改善に投入することができ、学生側から見てもメリットが大きくなることが期待される。

 

従来の各講義のホームページの多くは、各週の講義資料をホームページに掲載しただけ、というものが少なくない。これは履修生からすると非常にメリットがある反面、他の教員が利用することは難しく、参考程度にしかならなかった。各教員それぞれの教え方からして、90 分の講義内容がそのまま利用できるということはほとんどないためである。また職務上の倫理として、そのようなことが望ましいとも思われていない。それに対して本電子教材では、講義内容をより細分化し掲載することで、それらを自由に組み合わせて独自の講義が再構築できるような方式をとることにする。例えばヨーロッパ経済論を構成するトピックで考えると、ローマ条約、空席危機、ルクセンブルクの妥協、ブリュッセル条約、といったように複数の構成要素を組み合わせて一週分の講義が行われていることが通例である。これらの要素ごとに情報をまとめることで、組み合わせ利用することが可能となる。

 

このような他キャンパスでの利用が促進されることは、単に引用されるだけでなく、より多くのフィードバックをもらうことができるため、教材の質の向上にも資するものであると考えている。

 

1.    電子教材のURL

http://web.sfc.keio.ac.jp/~escrime/ee/

 

2.    電子教材の構成

 

作成した電子教材のホームページは以下のような構成になっている。

 

 

 

3.    課題と今後の展開

 

課題は大きく分けて3つある

 

(1)モジュール化の進展とコンテンツの充実について

本電子教材の意図は、講義資料をモジュール化することで他の講義等でも、新たな組み合わせや並べ替えが用意になり、共通プラットフォームになることであった。「モジュール」という考え方は、いかにもSFC的であるが、他大学においてはそれほど意識されているとは言い難い。シラバスを作成し、学生に公開するという状況が当たり前のSFCにおいては、毎回の授業で何をするのかという構造を明確化する必要性がある。それに対して、他の大学においてはシラバスの公開制度はまだまだ新しい取り組みの一つであり、一部の教員は週単位の内容すら書いていないものも相当ある。

 

講義内容をモジュール化することは、学生の視点からみてもメリットがある。現在大学3年生、4年生を主要な対象とした授業では、ほぼ通年続く就職活動によって、学期、年間を通じた出席は現実的に非常に難しくなっている。その場合、授業各週の構造が明確になっていることがどこかで欠席してもキャッチアップが容易になる。毎回の理解度を高めるために講義内容をモジュール化することは、SFC、神奈川大学経済学部でともに非常勤講師をする研究メンバーの伊藤の現実的な要請にこたえることになった。

 

今後の課題は、コンテンツの拡充である。本年度中に準備のできたモジュールの数は、現代ヨーロッパのテーマ、時代を網羅しているとは言い切れない。現在30弱のモジュールが揃っているが、政治面、経済面、社会面、文化面などに分けていくと、それぞれのコンテンツは10弱になってしまうため、今後の拡充が不可欠である。またそのように数が増加した場合、基礎編、応用編などのレベル分けも明示することで、より分かりやすいコンテンツになると思われる。

 

 

(2)講義資料の粒度・フォーマット

具体的に作業を進めていく上で非常に困難であったのは、モジュールとして利用する上で、講義資料の粒度の調整であった。

 

モジュールを単体で考えると、ある程度細かい情報まで網羅的に、しかも見やすく掲載されていることが必要である。しかし、学生の声として少なからず聞こえてきたのが、あまり細かい資料よりも、ポイントを明確に絞ったものや、穴埋め形式のプリントのほうが学習効果が高いというものであった。特に後者の穴埋め形式は、90分の講義を集中して聴くことができたという声や、出席はしているが積極的に講義を聞いていない学生と差別化することができるとい声など、特に学習意欲の高い学生から評価が高かった。

 

そのように、一つ一つのモジュールとしてみた際には、情報資料としての粒度と、講義資料としての粒度には意図的に差分をつける必要があるということが明らかとなった。

 

本年度は、学生の講義への要望にこたえることが重要であるという視点から、穴埋め形式のプリントを作成したため、モジュールによっては、それだけを見ても重要な事柄がすぐには分からない形式となってしまっている部分もある。

 

今後の改善としては、学生が手にする講義用のモジュールとともに、講師用のティーチングノートのようなものを作成することで対応可能ではないかと考えている。

 

 

(3)情報ソースの多様化

ヨーロッパ経済を調べるにあたって、リンク集の作成を当初学生とともに進めることになったが、現在の情報発信元は非常に多様化しており、EUのホームページなど当然出てくるものから、個人のブログなどを含めると数多の情報発信源が存在している。しかし、重要な情報の信頼性や更新度合いなどには差異が大きく、本年度の活動範囲として、それらの絞込みを行うところまではできなかった。

特にマルチメディア資料については、著作権上の取り扱いの問題もあり、こちらの電子教材サイトに貼り付けることは不可能であり、リンクでの対応になると思われるので、今後の課題としたい。

一方で、wikipediaEUのサイト内では、既に著作権フリーのマルチメディア素材を収集しており、今後講義資料等で再掲載する際には貴重な情報ソースとなりうることがわかった。

特にwikipediaのようなサイトは学生も慣れ親しんでおり、むしろ電子教材のホームページ上にあるマルチメディア資料を積極的にwiki上に登録するほうが、利用価値が高いのではないだろうかということも今後検討していく必要がある。

 

以上