2008年度 学術交流支援基金 電子教材作成支援 報告書

講義:「持続的開発のためのアジア・太平洋イニシアティブ」

作成物:フィールド・インタビュー技術向上のための教材

申請者: 総合政策学部教授 梅垣理郎

2009年2月23日

 

1.       研究の背景

 

開発政策の影響下で急速に変化する途上国農村部において生活する人々が今まさに抱えている課題に接近する上で、その現場を直接観察するフィールドワークは非常に有用な研究手法である。何故ならフィールドワークは大規模な統計資料からは捉えがたい、数値に還元されえない人間の行為を記述することが可能となるからである。この意味で、フィールドワークは定量的調査と相補的な関係にあるといえる。だが実際にフィールドワークを実施し、質の高いデータを得るには高度なスキルが必要となる。フィールドワークを行い少数の事例を深く掘り下げる上で決定的な役割を果たすのはインタビューの技術であるが、これはマニュアルを読んだからといって一朝一夕に身につくようなものではない。多くの学生は長期休暇になると一人で海外のフィールドに入り、不慣れな現地の言語を用いて、インタビューを行う。事前に大学院で技法を学んでいたとしても、実践するときには多少なりとも自己流になってしまうのが実状だろう。その結果、彼らはたしかに貴重な情報を得ることもあるが、その過程で多くのものを見落としている。フィールドノートを取ることに夢中になり、インフォーマントの仕草、表情の変化、ため息、苦笑いを見逃してはいないだろうか。通訳の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいないだろうか。いかに有能な学生であっても、自らのインタビュー技術が抱える問題に気づき、技術を向上させるには長い時間を要する。必要なのは、限られた時間の中で、質の高いデータを得るためのインタビュー技術を習得する教材の開発である。

 

2.       研究の目的

 

本研究の目的は、学生が、本教材によってインタビュー技術を向上させ、限られたフィールドワーク期間の中でより質の高いデータ収集を可能にすることにある。そのために、複数の調査者によるインタビュー場面の映像データをアーカイブ化する。インタビューの場面を公開することを躊躇する人は多いだろう。だが、自分だけでなく、他の学生が収集してきたインタビュー場面をデータベースとして蓄積し、それを素材にインタビュー技術に関する議論を教員と共に行うことが、技術向上の上で重要だと考える。これまでは専門書のみに依存せざるをえなかったが、本教材によって自分自身あるいは他の調査者のインタビュー場面を客観的に観察し、議論することで、自分自身のインタビュー方法を批判的に見直し、さらに他人からの指摘やアドバイスを受けることによって、問題点を認識し、個々の技術向上を促すことができる。例えば、インタビュー中は気づかずに見逃してしまっていた、表情の変化、周囲の光景、通訳の誤解や短い沈黙などに気づくことができる。またインタビューを行っている中で、知らぬ間に身についてしまった癖(インフォーマントの回答を妨げるような質問の仕方や質問の際インフォーマントを指差す身振り等)を見つけることができるだろう。本教材は、画一的なインタビュー方法を一方的に教えるものでは決してなく、個々のケースnを素材としてそれぞれの研究の目的に適ったインタビュー方法とは何かを議論するためのものである。

 

3.       研究成果

 

(1)   インタビュー映像のアーカイブ化

研究分担者の協力により、複数の調査者の実際のフィールドでのインタビュー映像がアーカイブ化された。http://powerindex2.sfc.keio.ac.jp/ServiceServer/にその報告が蓄積されている。いずれのデータも、調査者とインフォーマントの許可を得ている。

 

 

(2)インタビュー手法についての議論:より質の高いデータを得るためには?

多くの学生は、これまで他人がどのようにインタビューを行ってきたのかを知る機会がなかった。そのためインタビュー調査の手法は、専ら個々人の経験や文献に依存してきた。この教材を用いることで、現地から調査者によって提供された複数のインタビュー映像をもとに、その調査過程を観察するだけでなく、調査手法についての実際的な議論が行うことができた。

この議論の中で特に指摘が多かった点は、男性と女性、あるいは地主と小作といった、当該社会において権力関係に明らかな偏りがある複数の人間に対して同時にインタビューをするとき、インフォーマントが周囲の顔色をうかがいながら回答している点であった。インフォーマントが気兼ねなく、なるべく本心を話すことができる環境と関係を形成していくことの重要性が理解された。

また次に指摘が多かった点としては、インフォーマントに質問をする際、抽象的な概念やテクニカルタームを多用することによって、インフォーマントの理解を得られず、会話の流れが途切れてしまうことが挙げられる。「生活の安定」など抽象的で曖昧な概念をそのまま質問に用いるのではなく、質問項目をより明確にブラッシュアップすることが必要であろう。

これらはあくまで議論の一部であるが、このように他の学生のインタビュー風景そのものを観察することで、インタビュー調査経験者のみならず、これから調査を始めようとする学生にとっても有用な議論が生まれる。インタビューの場面そのものを批判的に検討する機会は滅多にないがゆえに、複数の学生で行うグループ・ディスカッションを通じて、自分では持ち得なかった視覚や着眼点を得ることができる。

 

(3)調査活動におけるサポート・システムの充実

 本研究室では、学生のフィールドワークを支援する枠組みの一環として、これまで①「フィールドワーク遠隔指導システム」、②「フィールドワーク・トータル・サポート・パッケージ」といった仕組み・教材を作成してきた。それに今回の③「インタビュー映像」教材が加わった。したがって学生は、①によって、現地にいながらにして指導教員のアドバイスを的確に受けることが可能になり、②によって、フィールドワークの事前準備から報告までのプロセスを学ぶことができ、③によって、インタビュー手法の技術を向上させるためのグループ・ディスカッションを、実際の映像を教材として用いながらできるようになった。

 

4.       研究の意義

 

本電子教材は、急増しつつある学生によるフィールドワークの質を高め、大学のフィールドワークに関連する科目の更なる充実をもたらすことにつながる。本教材を調査に行く前に利用することによって、「インフォーマントの声が研究者自身のフィルターにかけられてしまう」とはどのようなことかについて議論することができ、調査後に利用することによって自ら実施した調査を「第三者」の視点から観察し、再考することができる。このプロセスを経ることによって、インタビューデータそのもののデータとしての妥当性を高めることができると考える。フィールドワークに携わる学生が増える中、インタビュー技術向上の教材を作成することは大学プログラムに対する貢献となるだろう。

 

 

以上