2009年度学術交流支援資金報告書

研究課題名:言語普遍的な音象徴性のメカニズムの解明と意味に適合する音の予測システムの開発

 

 

研究代表者氏名:環境情報学部教授 今井むつみ

研究協力者

今井むつみ

環境情報学部・教授

佐治伸郎

政策・メディア研究科博士課程3  年

荒田真実子

政策・メディア研究科修士課程1

喜多壮太郎

University of Birmingham, Reader

Henrik Saalbach

ETH Zurich,Lecturer

Henny Yeung

University of British ColumbiaPh. D. Candidate

Katerina Kantartzis

University of Birmingham, Ph.D. Candidate

 

 

研究背景)

 

  一般的にことばの音と意味の関係は恣意的であるといわれている。ソシュール学派の伝統的な言語学ではことばの音と意味の関係は恣意的なものと考えられてきた。確かに冒頭にも例に挙げたように、サカナは/sa-ka-na/という音でなければならないという必然性はないし、/sa-ka-na//ta-ka-na/と、2つの単語の音は似ていても、それらの指示する対象はほとんど似ていない。しかし、その一方で、ある種の音韻がある種の感覚に結びついていることは、かなり以前から指摘されてきた。たとえば、サピア(Sapir,1929)は、/mal//mil/という2種類の音を英語話者に提示し、これらはそれぞれ大きなテーブルと小さなテーブルを指すとして、では/mal/はどちらのテーブルを指すかとたずねたところ、多くの人が、/mal/は大きなテーブルを指すと答えたという。このように母音の/a//i/では、実際にこれらの音を発音するときの口の大きさを反映してか、一般に/a/の方が大きいといった印象を与えるという。また、ゲシュタルト心理学者のケーラー(Koehler,1947 )は図8.1aのような曲線的な図形と、角張った図形を見せ、どちら/malma/ でどちらが/takete/かと人々に尋ねた。すると、たいていの人が丸いほうが/malma/で、角張っているほうが/takete/であると答えたという。どうやら人々は共通して、/malma/と言えばは曲線的なイメージを、/takete/は直線的で角張ったイメージを思い浮かべるということが報告されていた。

このように、一方で、語とその指示する対象との関係はあくまで恣意的なものであるという指摘があるものの、他方で我々はある音に対してはあるイメージを抱きやすいといった面があるらしい。このような音が持つ象徴性は、音象徴(sound symbolism)と呼ばれ、我々には本当にこのような感覚が備わっているのか、備わっているとすれば、それはどのような感覚かといったことは、これまでもしばしば議論されていた。 本研究はこの音象徴性の現象について、その起源と普遍性を明らかにすることを目的とする。

2009年度に学術交流支援資金で助成を受けた研究では、日本語言語への接触のない他国語話者や幼児が日本語の擬態語を、音の持つ属性からその意味を理解できることが明らかになった。また、fMRIを用いて擬態語、動詞、副詞の脳内処理を研究した別の研究(荒田、今井、松田、奥田、岡田、2008)では、擬態語は音象徴性のない動詞や副詞と比べ、非言語のシンボルと言語シンボルの両方の側面を併せ持つ可能性が示唆されている。

 

研究目的)

これらの先行研究から、音象徴性の高いことばがそうでないことばと異なる意味処理を行っており、知覚的な処理段階で意味を認知されていることが推測される。つまり、音象徴の意味処理が言語経験に関係なく、知覚的な脳内処理によって行われているのかを研究することは非常に意義深い。そして音象徴が言語経験の有無に関係なく、知覚的に処理されているのなら、言語からの影響がまだ少ない乳幼児にも理解されているはずである。そこで本研究では脳波計を用い、12ヶ月の乳児が、また、成人がどのように音象徴性を認知しているのかを調査した。

 

研究成果)

(1)成人

図形のかたち(尖っている図形/丸みを帯びている図形)と音象徴のある新奇名詞、または音象徴のない新奇名詞を実験刺激として用意し、図形、音の順に呈示した。その際、被験者(5)は音が形と感覚的に合っているか/合っていないかを判定する課題を行った。結果、形と音に音象徴がない場合と音象徴がある場合では、音の呈示時間から250500ms後の成分に有意な差があることが推測された。この成分は知覚的な処理後の判定に関する成分だと考えられる。この成分が音象徴に意識を向けた課題を与えた場合のみに誘発されるのか、それとも与えていない場合は異なる成分が誘発されるのか、その違いを今後調査する必要がある。

 

(2)乳幼児(12ヶ月)

成人の調査と同じ実験刺激を用い、乳幼児(8)に図形と新奇名詞を呈示した。結果、音の呈示時間の200250ms後の成分に、音が形に対して音象徴のある場合とない場合で処理過程の違いがあることが示唆された。この成分は知覚的な処理を行っている成分であることが考えられ、この結果から12ヶ月の乳幼児が音象徴性の有無を既に感じており、その処理は意味的な判断ではなく、知覚的・感覚的にされている可能性が大きいことが明らかとなった。

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研究発表

 

今井むつみ (October, 2009). 人はことばの意味をどのように表象しているか:脳科学から見えてきたこと. 玉川大学脳科学研究所 脳科学リテラシー部門 第6回研究会 「言語と脳科学」招待講演 玉川大学(1030)

 

今井むつみ (October, 2009).  言語が認知発達にもたらすもの:言語は子どもをどのように変えるのか. エドワード・サピア協会 第24 回年次大会招待講演 東洋英和女子大学 (1024日)

 

今井むつみ(August, 2009)ことばの意味の習得過程:状況的意味から暫定的言語的意味へ、さらにおとなの言語的意味へ 日本心理学会第73回大会 招待シンポジウム 「子どものことばと思い(言語と思考)の発達研究を展望する. 立命館大学(827日)

 

 

 荒田真実子,今井むつみ,生田目美紀,奥田次郎,岡田浩之,松田哲也. シンボル接地のない擬態語の意味処理-fMRIによる検討-(2009911) 認知科学会第26回大会 慶應義塾大学藤沢キャンパス

 

佐治伸郎、今井むつみ 言語獲得における意味の再編成過程に言語が与える影響に関する研究 (2009913日)認知科学会第26回大会 慶應義塾大学藤沢キャンパス