2009年度 学術交流支援資金 報告書

2010/2/23

研究タイトル 「ヘルスサービス分野の自治体政策担当者を支援するケース教材の開発」

研究代表者 印南一路(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

研究組織  ヘルスサービス研究会 WEB

 

研究課題

 ヘルスサービス分野(保健・医療・介護・福祉)では、地方分権の流れを受けて、自治体や保険者の責任と権限が大きくなってきている。そのため、現場で働く医師や看護師、保健師、ソーシャルワーカーといった専門職だけでなく、自治体の政策担当者らの課題解決能力の向上が急務になっている。本研究では、大学院レベルで専門職および自治体政策担当者の問題解決能力の養成を目的としたコースを策定することを念頭に、コースで使用するケース教材の開発(勉強会とケース検討会の開催、授業での運用)を行う。作成したケース教材は、ヘルスサービス研究会のアーカイブとして広く公開する。また、実践的なケース教材の開発及び改良、関係者間の意見交換とネットワークの構築を目的に、SFC内外の研究者や専門職を招待したミニシンポジウムと勉強会を複数回開催する。

本年度の報告

 本年度の活動は、主に次の3点を中心に行った。第一に、ケースの作成と、作成したケースが実用に耐えうるかを判断し、よりよいケースへとリライトしてゆくためのケース検討会の実施である。詳細は以下に記載したように、本年度は4本のケースを作成し、すでに2本分はケース検討会を行った。また3月に残る2本のケース検討会を行う。これらのケースは、自治体での活動を主としたものであり、自治体政策担当者の問題解決能力の養成に資するものであると考えている。

 第二に、ヘルスサービス分野においてのケース利用を行っていくための情報交換と、現在重要な問題をヘルスサービス研究会のメンバーが把握し、今後のケース作成に活かすためのミニシンポジウムを開催した。シンポジウムの詳細も、下記に記している。

 第三に、ヘルスサービス分野において、近年注目されている学際的な研究分野である社会疫学 social epidemiology に注目し、この勉強会を開催した。これは、健康格差の問題を社会的な視点から考察する者であり、狭い意味での公衆衛生領域に留まらない政策立案における基盤的知見を提供する可能性を秘めたものである。そこで、疫学を専門とする医学部の武林教授の協力を頂き、積極的に勉強会の開催を行うことで、次年度以降の実証研究のための準備を行った。

 

本年度の報告 詳細1:ケースの作成とケース検討会の実施

 本年度は以下の2本のケースを作成し、すでにケース検討会を行っている。以下、ケースの概要を記載する。なお、ケース本文や設問等の付属資料は、すべてヘルスサービス研究会のホームページよりダウンロード可能である。

ケース名 「高齢者をいきいきと-地域保健と介護予防事業」

ケース検討会概要

  • 日時: 215日(月) 13301500
  • 場所: 銀座ルノアール 銀座6丁目店
  • ケース担当者: 秋山美紀 (総合政策学部専任講師)

ケース概要

 介護予防は単に機能を改善するだけでなく、高齢者にとっては社会とのつながり、地域とのつながりを実感する場でもある。あくまで市民を主役に、行政が上手にサポートする仕掛けについて、高知市の「いきいき百歳体操」のケースで議論する。

 

ケース名 「離島における医師のプライバシーと医師の確保」

ケース検討会概要

  • 日時: 81日(金) 15:0016:30
  • 場所: 銀座ルノアール 銀座6丁目店
  • ケース担当者: 古城隆雄 (SFC研究所上席研究員(訪問))

ケース概要

 離島における医師の確保は、政策医療の重要な課題である。離島で働く医師に対して行った聞き取り調査を基に作成したケースを使用し、離島における医師の確保とプライバシーの問題を考える。

 

 

本年度の報告 詳細2:ミニシンポジウムの実施

 2010215日、医療経済研究機構 3F大会議室にて「介護予防の実践と評価」をテーマに、ミニ・シンポジウムを開催した。
 2006年4月の介護保険法改正により、総合的な予防重視型システムヘの転換が目指されてきている。また、各地での実践や科学的な評価が進みつつある一方、効果的な実践に向けた課題の整理や費用対効果等の評価の蓄積は未だ十分になされておらず、実践が先行している現状にある。そこで、今回のミニ・シンポジウムでは、介護予防の問題に取り組んでいる専門家を招き、介護予防の実践とその評価について講演頂いた。シンポジウムの概要は次のようになる。

  • 日程:215日(月)18時〜2030分 
  • テーマ:介護予防の実践と評価
  • ご講演者:
    • 矢冨直美 東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と介護予防研究チーム チーム研究員
    • 武林亨 慶應義塾大学医学部教授
    • 中島民恵子 医療経済研究機構主任研究員(HSRメンバー)
  • コーディネーター:秋山美紀 慶應義塾大学総合政策学部専任講師(HSRメンバー)
  • 場所:医療経済研究機構 3F 大会議室

 議論の概要は以下のようになる。
医療経済研究機構主任研究員でありHSRメンバーの中島民恵子氏は、「市区町村における介護予防実践例」のテーマで講演した。この講演では、大牟田市の認知症介護予防の取組についての紹介があり、ステージ別アプローチを用いて、誰でも参加できる取組の重要性や、その運営上の課題が示された。
 東京都健康長寿医療センター研究所の矢冨直美氏は「介護予防の実践と評価」のテーマで講演された。ここでは、東京都のいくつかの地域で行われている介護予防の具体的なプログラムが紹介され、またそれらのプログラム参加者の日常生活が豊かになっている実態が説明された。
慶應義塾大学医学部教授の武林亨氏は「介護予防の科学的エビデンス」のテーマで講演された。ここでは、近年の疫学を中心とた科学予防における科学的エビデンスの現状についての報告があり、明確な因果関係が示された研究は非常に乏しく、とくに日本の介護予防の知見が活かされた研究が少ないことが報告された。
 後半は1時間のディスカッションを行った。コーディネーターは慶應義塾大学総合政策学部専任講師の秋山美紀氏である。はじめに、3人のプレゼンテーターの発表内容から、議論のポイントになる点について整理がなされた。ディスカッションでは提示された論点を土台に、科学的エビデンスが乏しい中での具体的な介護予防実践の取組をいかなる形で評価するべきかについて特に重点的に議論がなされた。そして、現場の人だけでなく、研究者が果たすべき役割などについて、フロアーの参加者も交えて、活発な議論がなされた。
 出席者は20名であった大学教員、医療経済研究機構の研究員、実践家、学部生、他大学院の学生など、様々な立場から議論が展開された。

 

今後の目標 〜次年度へ向けて

 本プロジェクトでは、今年度新規に4本のケースを作成し通算15本以上のケースを作成、WEBアーカイブに公開してきた。今後は、これまでのケースの蓄積を活かし、さらなるケースの開発、蓄積と、ヘルスサービス分野における地方自治体の政策担当者のさらなる育成と自己涵養を可能とするコースカリキュラム(45回程度)の複数本の構築や段階的コースの開発を目指したい。このような具体的なカリキュラムの構想はこれまではそれほど重視してこなかったが、より実践性を重んじるためにも、具体的なコース作成に向けて、さらなる蓄積を重ねてゆきたい。
また、社会疫学については現在進行形で進歩している分野であるものの、日本における実証研究は少ない。現在は勉強段階であるが、今後はこれらの知見を活かして具体的な実証研究を積み重ねてゆくこととしたい。