2009年度学術交流支援資金報告書
プロジェクトNo.2-5
GPSマッピングによる植林CDMのモニタリング手法の開発
研究代表者 環境情報学部教授 厳網林
研究協力者 政策・メディア研究科修士課程 大場彰弘
京都議定書の発効に伴い、数多くのクリーン開発メカニズム(CDM)事業が、先進国と途上国の間で実施されている。慶應義塾大学は吸収源CDM(植林CDM)の実験を通して国際環境協力スキームを構築する方法を研究するために、中国瀋陽市康平県で砂漠化防止のための植林事業を推進してきた。ここ数年かけて、日中双方での事業体制を整備し、プロジェクト申請書を作り、植林地の現地監査も行って、ようやく2009年4月に投資国としての日本と、ホスト国としての中国のそれぞれの政府からプロジェクトが正式に認められた。これから国連CDM理事会に申請書を提出し、世界初の小規模植林CDMプロジェクトとして認証してもらえることになる。申請者の研究室は、このプロジェクトにおいて地理情報を用いて植林地を画定し、現地に行って植林地の地上・地下のCO2ベースライン調査を担当した。これらの一連の活動を通じて学生のトレーニングになったほか、植林CDM事業では地理情報技術者の積極的な参加が不可欠なこと、現場では未解決な課題が多いことがわかった。その課題の一つは植林地のモニタリングである。
植林CDMプロジェクトがCDM理事会に認めてられてから、5年おきに植林地を調査し、樹木の生長とCO2吸収を実測しなければならない。これは樹木が均質に生長する土地なら簡単なことだが、植林CDMに供給できるのは砂漠化などの荒れた土地が多くて、樹木の生長は極めてばらつきが多い。このような土地での樹木生長を効率よく、精度よく評価することは有効化できるCO2吸収量の認定、投資回収、プロジェクトの成功にかかわる重要なことである。
CDMガイドラインでは、植林の生長状況に応じて調査区画を設定し、適切な密度でサンプリングすることが要求されている。その際、航空写真または衛星画像の利用を推奨している。しかし、CDMの対象となる途上国では、航空写真はほとんど手に入らない。その代替として、昨年度の研究では衛星画像と地上植林履歴を使って現地調査を行った。その結果、2.5m解像度あるALOSの高精度画像がある地域では、樹林地の林分を有効に区分でき、効率よく地上サンプリングを計画、実施できることが確認できた。しかし、そうでない地域では、10m解像度のASTERなどの衛星画像は解像度が不十分で、また時期が古いこともあり、満足に利用できなかった。現場での臨時措置として、簡易GPSを用いてマッピングすることを試みた。経験のあるスタッフからは良好な調査結果が得られた。この方法は天候、設備に対して依存が少なく、容易に実施できる利点がある。しかし、作業効率と結果の品質に個人差があった。また、GPS機種によって使い勝手が違うことも指摘された。この手法を一般化していくためには事前準備、現場作業、事後処理を体系的に整理し、作業規定を標準化していく必要性があると感じて、本研究の着想に至った。
本研究はGPSによる植林地マッピングの手法を開発し、現場において調査精度と実施体制を検証し、植林CDMのモニタリング方法を確立することを目的とする。
CO2吸収量の評価については,植林による成長量,すなわちn+1年度のCO2固定量−n年度のCO2固定量の差を評価しなくてはならず,各年度の固定量を出すためには基準となる年度の草本バイオマス量の調査・木本バイオマス量の調査・モニタリングは欠かせない。なお,CO2吸収量評価を行う場合,草本バイオマス量はモニタリングせず,基準年の評価だけを行う。これはCDMを中心とした第三者認証による多くの枠組みで明示された方法である。そのため,まずは植林を行っているすべての村落の植林地ごとに草本バイオマス量・木本バイオマス量などの資源量を評価しなくてはならない。また,木本バイオマス量のモニタリングは植林を管理・運営する点から,可能な限り現地で管理全般を実務とするNPOなど,現地スタッフが評価していくことが重要である。そのため,学術研究者が使用するようなマニュアルではなく,現地スタッフの理解が可能なマニュアル作りが重要である。
以上より,本調査では植林事業の行われる村落において,植林地ごとの資源量調査を行い,その方法を現地スタッフに教示し,調査された結果を検証することをその内容とする。
本研究の対象地域である内蒙古自治区ホルチン左翼後旗阿古拉鎮都西村はN43°17′〜 N43°21′,E122°42′〜 E122°47′に位置し(図6),行政面積38.9ku,人口255人,世帯数54戸である。村の南部に都西湖という東西2,800m,南北1,000mの湖がある。集落は湖の北岸,背後に高さ30mの砂丘が東西に横たわる。湖水がアルカリ性のため,水源としての利用はない。また,近郊の大きな都市として通遼市まで約70km,カンジカ市まで約80kmの位置にあり,普段買うことのできない大きな買い物は数時間かけてこれらの都市まで移動するが,若者や仕事をもつ人だけで,滅多に移動はしない。
2007年11月に行った現地幹部へのインタビューによると,村の総面積は約3000haであり,内訳は放牧地約1900ha,畑約190ha,樹林地約670ha,採草地約50ha,湖約400haとなっており,土地の半分以上を放牧に利用している。放牧地は村の背後にある砂丘あるいは湖畔の低地を利用する。村の北部にホルチンの代表的原景観の1つとみられる灌木林が広がり,ニレ,アンズ,ヤナギの灌木や亜高木が点在する。林間は豆畑に開拓されていることが多い。
2007年現在の社会調査結果では次のことが明らかになっている。まず,収入形態は農業が4割,牧畜が6割を占めている。年間一人あたり総所得は5000元(1元≒13円,2010年2月24日現在),純収入は1,000元で,村の含まれるホルチン左翼後旗の中でも貧しい。村全体ではウシ800頭,ヤギ3,000頭を保有している。
図1 対象地域
また,NPO法人緑化ネットワークによる植林が2005年から実施されている。2005年に視察,調査村落役員との打ち合わせを行い,2006年に放牧を禁止する禁牧柵の設置,2007年から植林を開始した。2007年から2009年に約1000haの植林が実施されている。
CO2吸収量を評価するためには,年代ごとの区分が必須であり,加えて植林された樹種の区分も可能な範囲で必要とされる。そのため,毎年植林した際に記録した区分の地理情報(緯度経度など)によって区分し,その区分ごとに調査地点(サンプリングプロット)を決定する。年代ごと・樹種ごとに区分されており,各区分の樹種が1つだったとしても,区分ごとに必要な調査区画数は予め決定しておくことがある程度必要である。最も大まかに調査する科学的な調査方法として,日本草地学会(2004)区分ごとに3点以上調査する方法という方法が挙げられる。これは,調査対象地の広さに応じて3点以上の調査区を空間的にランダムで設ける方法であり,研究目的によっては1か所大きな面積を取ることによって全体を代表するという考え方もあるとの見解を述べている。これは,具体的な調査地点の決定されていない方法であるが,日本の毎木調査では多く利用され,第三者認証枠組みの1つである日本国内の認証制度「J-VER」の認証機関に対して2009年8月10日,某機関によってこの調査方法が提案されるほど,利用者の多い方法であることがわかる。
この考え方を基本として,サンプリングプロットの決定方法を定義する。通常,日本草地学会(2004)は植生調査の標本抽出方法として,無作為抽出法と系統抽出法があるとしており,CO2吸収量評価の第三者認証を行うCarbonFix e.V.(2009)によると,無作為抽出方法は第三者にとって位置の特定方法が不確定であるため,系統抽出法がより再現性があり,科学的でよいとしている。そのため,本手法では系統抽出法ととることとする。日本草地学会(2004)では格子状に枠面積で区切り等間隔に抽出する方法本や調査区内にx-y直交座標を引いて基本線を数本設定してその線上に等間隔に標本を抽出する方法などを述べており,今回は後者を応用することとする。なぜならば,植林地はある程度系統だった四角形が描かれているものの,それ以外の草本群落は幾何学的な図形を描いている可能性が高い。そのため,面積で分割して図2右に示すような中心点をとり,サンプリングプロットを設定する方法をとる。1点なのか2点なのか3点あるいはそれ以上なのかは,調査対象となる区域の全面積から相対的に比較し,1点で調査が十分であると判断される面積を基準とし,二乗,三乗の面積以上に対して点数を多くしていく手法を用いる。そのためには,事前に林分区分が必要である。仮にある1つの林分区分のうち樹種が煩雑に植林されていた場合,植林の年代区分で上気方法を用いて複数点とることで分散が一定であるとみなし,調査を行う。図2は,樹種が煩雑に植林されていた場合の本年度調査予定である。
現場での調査地点の決め方は,3.1で求めたサンプリングプロットを示す地図を大学側から提供し,現地でGPSを確認しながら位置を判断し,調査を行う。調査地点の検証方法は3.4で述べることとする。
CDMを中心とする多くの第三者認証によるCO2吸収量ビジネスの認証手続きの方法論で,バイオマス量の調査欄に「現地の植生の特徴を調査する」と記載されている。これは,草本バイオマス量を調査した場所がほかのサンプリングプロットと同様にきちんと分散した内容であるか,現場の植生状況を大ま
かに知るための証拠となるかどうかを判断するために必要な基準でもある。CO2固定量評価を行う目的
から考えると詳細なバイオマス調査を行わなくても良いにしろ,ある程度は科学的調査方法に載った方法が求められる。そのため,現地のスタッフでも可能な方法という点を考慮し,次の方法に沿って調査することが考えられる。
まず,調査地点である。これについては,2.1によって決定された地点と同様に行う。ただし,草本については1uの調査区とする。調査場所は,CDMの調査方法に従って10m四方の中心とする。加えて,植林された年代・樹種区分以外の植林地内からも調査地点を3.1同様にランダムで決定する。草本バイオマス量は,植林以外の灌木があった場合はそれらを含むこととする。
調査内容は植物種ごとの被度・群度・生体重・乾物重とする。被度・群度は上述した現場の植生状況の特徴,生体重・乾物重はCO2固定量の算出でその合計割合が必要となる。
生体重については,その場で植物種ごとに1m四方のうち4分の1だけビニール袋に封入し,質量が蒸散によって変化しないように保存する。調査終了後,袋の重さを除いて重さを秤にて測定する。
生体重を調査終了後,すぐにオーブントースターで乾かす。その際,燃焼に気をつけて新聞に薄く保管した状態で実施する。乾かしたものはすぐに測る。
年代・樹種区分によって分けた調査区分ごとに事前に準備した調査地点数ごとにランダムに調査地点を設け,胸高直径・樹高を調査する。樹高調査については樹高調査測定器(棒)を用いて調査し,それ以上については目視で行う。灌木に関しては樹高が胸の高さに至らないため, 膝の高さに至る枝の本数を数え,各枝の長さを計測した。
3.1で述べた調査地点の決定方法はランダムであるため,分散が一定であるという前提の上に成り立っている。そのため,調査地点を全く同じ地点にする必要はないことから,同区分内において同地点数ランダムに調査を行う。
まず,調査地点の検証方法を述べる。調査を行った地点を大学で提供した位置情報とは異なる図法(たとえば,メルカトル図法)などで位置を記録し,同時に調査時刻も記載する。現場で利用するGPSは簡易的な画面であるため,現場での手間を省くために図法の異なる表示をするGPSを2台用意する。1台目はサンプリングプロット確認用,2台目は検証用である。そして,定点写真を撮る。定点写真の撮り方はプロフェッショナルの方法に従って行えることは,現地で研修も終了し,その技術精度は確認済みである。この確認用の位置と写真の時刻マッチングでWebGIS上に掲載し,調査地点の検証を行うこととする。
次に,調査内容の確認方法である。CarbonFix e.V.(2009)のような第三者認証では,サンプリングプロットを取る場所に対して杭を打ち,杭を並んだ調査地点の写真と,調査結果用紙を併合して定性的に判断する方法をとっている。本手法では現地の盗難状況(子供のいたずらと思われる)を考えて杭は打たないが,調査方形区の写真と上述した位置情報,及び調査結果用紙を照らし合わせて定性的に検証を行うこととする。
現地調査する項目とその際に必要な道具、調達方法を表1にまとめた。特記する事項としては,秤とトースターはどちらで調達するかを考慮しなくてはならないという点は当日までに3者でメール等を使って決定する必要がある点が挙げられる。
2.で述べたような調査が可能な,現地スタッフが利用可能な調査マニュアルを次のように作成した。また,現場で利用可能なように実際は中国語で作成した。
2009年度夏季調査計画
慶応義塾大学 厳研究室
調査内容
・草本バイオマス量
・木質バイオマス量
調査用具
調査に必要な用具は表の通りである。
表 調査項目と必要な道具一覧
具体的な調査方法
草本バイオマス量
(1)GPSで地図を見ながら,調査地点を探す。
(2)調査地点だと判断すれば、そこで10m四方を見回し,灌木の有無を確認する
(3)灌木があった場合,10m四方のコドラートを作成し,調査用紙に従って毎木調査を行い,同時にコドラートの南東端で草本調査を行う。
(4)調査地点を決めたら,3.2の調査票と入力手順に従って調査する。
(5)草本調査の場合,調査票への記入が終了したら,ただちに方形枠の4分の1の草を根から刈り取り,ビニールに詰める。
調査票と記入の仕方
図1に示す調査票のうち,@〜Lを記入するように調査を行う。
@ 植林地名:植林地の名前を記載する。
A 方形枠の大きさ:調査地の10m四方に木本が含まれている場合,図1Aのうち100uに○をつけ,10m四方の方形枠(正方形)を現場につくり,その中で調査を行う。
B 位置:Aで作成した方形枠の南東端の位置でGPSを読み取り,その位置を記録する。GPSの使い方は別途記載するので,そちらを閲覧する。
C 調査時間:Eで調査地点の写真を撮るが,その際の時刻を記載する。
D 地形:調査地点はどこにあったのか,低地・砂丘間低地・斜面・砂丘の上の4つから選択する。
E チェックリスト:調査を行う前に,調査を行う方形枠の写真を撮る。そして,調査を行う場所の位置を調査票の裏に印刷された地図の上にチェックし,それらを行ったかどうかを調査票に記入する。
F 植物種:調査した植物種名を記載する。完全な植物名がわからない場合,科まで記載する。(例:イネ科,カヤツリグサ科など)
G 階層:植物の階層が草本・灌木・木本のうちどれに相当するかを記録する。
H I被度・群度:被度と群度については後述(4.2)する。それらに従って値を+〜5の間で記入する。
J 草高:4.3の方法に従って,草高をcm単位で記入する
K 胸高直径(※G階層が「灌木」の場合のみ):胸の高さの幹直径を図る。その際,単位はcmとする。
L 湿重量(g):植物種ごとの重さを,ビニールに入れた状態で測る。方法は3.1の(5)に従って植物ごとに分け,各重量を計る。その際,ビニールの重さを引いた数値をLに記録する。(帰宅後)
M 乾燥重(g):植物種ごとの乾燥重量を,新聞紙に入れた状態で測る。トースターに入れ, 分間かけたあと,秤で計る。その際,新聞紙の重さを引いた数値をMに記録する。(帰宅後)
図1 草本バイオマス量調査票
木質バイオマス量
図1に示す調査票のうち,@〜Lを記入するように調査を行う。
@ 植林地名:植林地の名前を記載する。
A 植林年代:実際に植林した年を記載する
B 位置:草本と同じ方法で、GPSで取得した位置の情報を記載する
C 調査時間:Eで調査地点の写真を撮るが,その際の時刻を記載する。
D 地形:調査地点はどこにあったのか,低地・砂丘間低地・斜面・砂丘の上の4つから選択する。
E チェックリスト:調査を行う前に,調査を行う方形枠の写真を撮る。そして,調査を行う場所の位置を調査票の裏に印刷された地図の上にチェックし,それらを行ったかどうかを調査票に記入する。
F 植物種:調査した植物種名を記載する。完全な植物名がわからない場合,科まで記載する。(例:イ
ネ科,カヤツリグサ科など)
G 階層:樹木の階層を記載する。一年中葉があるのは常緑樹,冬に枯れるのは落葉樹である。
H 胸高直径:自分の身長の胸の高さで樹木の周囲を測る
I 樹高(m):樹木の高さを,棒または目視で測り,記載する。目視の場合は2人以上で判断する。
図2 木質バイオマス量調査票
3.1のマニュアルに従って,調査票を次のように作成した。また,2.6の位置検証に必要要素として,GPSによる位置座標記入項目と,実際の調査地点を地図に書き込めるような調査票を作成した。
以上の調査方法で,2009年9月5日〜9月10日にかけて,調査を行い,2.4と2.5の調査項目に従って調査を行った結果を次の図に示す。今回は基礎調査ということで,単位面積当たりの乾燥重量と,樹木の高さのみをプロットした。
図3 草本乾物重の結果
図4 木本優占植の結果
NPO法人緑化ネットワークの現地スタッフ7名(10代1名,20代6名)に対し,上記の調査を行うための方法を2.で述べた調査マニュアルを元に教育指導を行った。図5のように各自分担を決め,持ち帰った植物の乾燥重量の計測まで行った。現地には乾燥重量を計測するためのオーブンや秤は現地調査つ四,現場調査の際に必要な中国語の植物辞典,樹高測定器は提供した。
図5 現地スタッフによる調査の様子
本研究では,GPSによる植林地マッピングの手法を開発し、現場において持続可能な植林地管理のモニタリング方法を確立するための実施体制の準備と,調査実験を行った。その結果,現地スタッフ7人で可能な調査方法を提供することができ,マニュアルに従うことで科学的データとしての信頼性が得られる可能性が見えてきた。しかし,今回は現地スタッフによる調査制度を検証することができなかったが,今後はデータの検証制度と,そのレベルに応じたスタッフの植林地管理の持続性を検証していくこと,調査の持続が求められる。
参考文献
CarbonFix Standard(2009)<http://www.carbonfix.info/chameleon//outbox/public/189/CarbonFix_Standard_v30.pdf?PHPSESSID=koqfgcgqv9g7olnbae34h5j113>.(最終閲覧日:2010/02/25)
日本草地学会(2004)『草地科学実験・調査法』(板野 志郎編著),pp.469〜482,全国農村教育協会,東京.