先進的な情報通信・移動体システムの導入 による地方都市のコミュニティ活性化II

 

研究代表者 小川克彦

 

1. はじめに

本研究は、一人乗り自動運転電気自動車(以下、移動体と呼ぶ)を用いて、移動体と歩行者の混在空間を想定した実験空間において、歩行者からみた移動体の安全安心評価を行うことを目的としている。

近年、自動運転や遠隔操縦による電気自動車の開発に関する研究が進められている。しかし、歩行者や他の自動車などとの混在空間における自動運転電気自動車が、歩行者や自転車利用者、他の車両運転手にとってどの程度安全・安心に感じられるのか、を明らかにした研究は十分に蓄積されているとはいいがたい。

そこで本研究では、移動体と歩行者の混在空間を想定した実験空間に移動体を走行させ、正面から近づく移動体に対して、@不安を感じた距離とA危険を回避する距離を計測し、移動体に対する歩行者のパーソナルスペースを明らかにする。特に、移動体の速度、被験者の立ち位置、移動体の乗車員の有無による差異を比較検討した。

 

2. 研究の方針と方法

2-1 分析の方針

本研究では、Omae et al. [1]が開発した車両自動運転制御装置を一人乗り電気自動車に搭載した移動体を使い、宮城県栗原市内の実験空間において実験を実施した。移動体の車両速度、移動体乗車員の有無、歩行者に見立てた被験者と移動体との相対距離に応じて、進入する移動体に対して@被験者が不安を感じた距離と、A危険を感じて回避する距離を計測した。

計測した@とAの2種類の距離について、移動体の車両速度と移動体乗車員の有無、及び立ち位置に応じた差異を比較検討する。被験者数と実験試行回数が限られる上、実験時の環境(天候などの気象条件)に応じた厳密な実験計画に基づくデータ獲得に限界がある。そこで本研究では、このような条件下での限られたサンプルのデータ解析に適している、ベイズ統計の手法を用いて実験グループ間の差を検討した。具体的には、階層ベイズ法により@とAの距離に関する確率分布をシミュレーションにより求めた上で、確率分布の差の大小を比較した。

2-2 実験概要

宮城県栗原市西北部に位置する細倉マインパークの敷地内に、移動体が繰り返し同じ軌道を走行できる実験空間を用意した。移動体と被験者の位置把握を容易にするため、1.5m×13.0mの空間上に0.5mグリッド線を引き、移動体の加速等による影響が無視できるほど十分広い移動体走行空間を確保した。

本実験では、被験者の正面から接近する移動体に対して、@移動体との衝突が不安だと感じた場合に挙手する、A更に接近する移動体から衝突回避する、と言う2種類の反応を被験者に要求した。その上で、@の挙手し始めた時点での移動体の位置、Aの衝突回避した時点での移動体の位置、をそれぞれ記録した。以下では、@に関する距離を「不安を感じた距離」、Aを「危険回避距離」と呼ぶことにする。

接近する移動体に対する被験者のパーソナルスペースを把握するため、移動体が進入する方向を軸として、垂直方向に0mから1.5mまで0.5mずつ、被験者の立ち位置を変えた。更に、自動運転車両の速度(6km/h及び10km/h)と乗車員の有無による差異を検討した。一人の被験者に対して、立ち位置4パターン、移動体速度2パターン、乗車員の有無2パターンの合計16パターンの実験を5回ずつ実施した。

実験期間は200989日〜11日、10代から50代の男女計6名に対して実験を行った。被験者には、移動体が自動運転であることと、同じ軌道上を走行することを予め伝えた。また移動体乗車員には、車両のハンドルを握らず、正面を向いて座るように要求した。

 

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2. 実験の様子

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1. 実験パターン

移動体速度

6km/h10km/h

立ち位置

0.0m0.5m1.0m1.5m

乗車員の有無

有り、無し

 

2-3 分析方法

前節で示した方法により得られた実験データを用い、実験パターン毎の「不安を感じた距離」と「危険回避距離」の確率分布を、マルコフ連鎖モンテカルロ法のギブスサンプリングによりベイズ推定する。なおここでは、各パターンの5回の試行のうち、最初の試行データを除く4回分の試行データを用いて推定する。ギブスサンプリングの生成回数を10,000回とし、事後確率分布の平均値を比較する。本研究では、移動体速度と立ち位置毎に、乗車員がいない場合の事後平均と乗車員がいる場合の事後平均の差を比較検討する。確率分布は、分散均一の場合と分散不均一の場合とで、それぞれ求めた(Hoff [2])。

 

3. 分析結果

「不安を感じた距離」の違いを表2に、「危険回避距離」の違いを表3に示す。

 

2. 「不安を感じた距離」の違い

 

 

 

 

 

 


3. 「危険回避距離」の違い

 

 

 

 

 

 

 


4. 結論と今後の課題

本研究での実験と分析を通じて得られた主な結論は、以下の通りである。

  不安を感じた距離、危険回避距離ともに、移動体の速度6km/hの場合、真正面からの移動体の進入に対しては、乗車員がいる場合には乗車員がいない場合と比較して、相対的に大きい。その他の場合では、乗車員がいない場合には乗車員がいる場合と比較して、相対的に大きい。

  移動体と歩行者とのすれ違い時に、時速6km/hの場合には間隔が約1.0m程度確保されていることが望ましく、時速10km/hの場合には間隔が約1.5m以上確保されていることが望ましいといえる。

道路構造令では歩行者のスペースが約1.0m程度確保することをモデルとしており、移動体の幅も約1.0mである。このことから、歩行者が不安を感じることなく移動体とすれ違うには、歩行者と移動体の混在空間を想定した場合、道路幅員を3.5m程度確保するのが望ましいことが示唆された。

今後、歩行者を歩かせた場合や、複数の歩行者と移動体が錯綜する場合、交差点で錯綜する場合などを想定した危険回避行動を実施し、知見を深めたい。

 

参考文献

[1] M. Omae, N. Hashimoto, H. Shimizu (2005) Automatic Driving System for Light Vehicle with Easy Setup Feature, Proceedings of the 21st International Electric Vehicle Symposium.

[2] P. D. Hoff (2009) A First Course in Bayesian Statistical Methods, Springer, N.Y.