2009年度学術交流支援式成果報告書

基礎情報

  • 研究課題名:グローバリズム・ナショナリズム・ローカリズム
  • 研究代表者:山本純一(環境情報学部教授兼政策・メディア研究科委員)
  • 共同研究者:
    • 笠井賢紀(政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励II)、後期博士課程)
    • 小泉香織(NPOシェア職員)
    • 原田博行(政策・メディア研究科修士課程)
    • 山崎倫子(政策・メディア研究科修士課程)

1.研究概要

近年、論壇やマスコミにおいてグローバリズムの負の影響(たとえば、貧困の拡大)についての問題が大きく取り上げられるようになっている。本研究では、とくに国家の支援・庇護が及ばず、人間の安全保障が脅かされると同時に、貧困が拡大している諸地域(フィリピン、メキシコ南部、韓国)を対象にして、社会運動や社会参加支援、開発援助、フェアトレードにおける中間組織NGO、協同組合、住民組織等)が果たしている役割をフィールド調査で批判的に分析し、人間の安全保障や貧困問題に対して中間組織が果たすべき効果的かつ具体的な支援策を検討した。研究成果は、山本純一「開発支援とフェアトレードにおける中間組織の役割FTPの活動を事例として」(田島英一・山本純一編『協働体主義中間組織が開くオルタナティブ』慶應義塾大学出版会、2009年)および笠井賢紀「参加型行政と中間集団フィリピン・ケソン市の事例から」(前掲書)として結実したが、両地域を比較検討すると、社会変革の主体もしくは媒介者と期待される中間組織NGO、協同組合、市民団体、住民組織など)には地域的多様性があり、それぞれの文脈(地域)によって(市民)社会や中間組織の実情・役割は異なるという、言ってみれば「当たり前」の結論が得られた。しかしながら、グローバル化の時代にあって、この「常識的結論」を再確認できたことは意義のあることだと考える。

2.調査報告

2-1.メキシコ

山本、小泉の両名が、20091116日から同月25日まで、メキシコ南部チアパス州において、マヤビニック生産者協同組合(MV)、バツィルマヤ零細有限会社(BM)NGO先住民権利センター(CEDIAC)、チアパス州シエラマドレ・エコ農民協同組合(CM)4団体を訪問、インタビュー調査した。そのスケジュールは以下のとおりである。

この調査の結果、以下の問題点・課題が判明した。

  1. MV
  2. BM
  3. CM
  4. 3団体について

以上のことから、JICA横浜に対して提案していた草の根技術協力事業(パートナー型)を修正し、下記を最終案とすることにした。

なお、本事業はメキシコ側州政府と関係者の承諾を得たのち、201041日から実施される予定である。

2-2.フィリピン

フィリピン調査は研究計画通りに行ったが、資金は学術交流支援資金とは別の資金源から捻出した。また、同調査は笠井が慶應義塾大学総合政策学部4年の鈴木理紗と共に行った。

フィリピンのマニラ首都圏に属するケソン市は、フィリピンで最大の人口である200万人超を抱える市である。ケソン市には都市貧困問題が多く、この問題に関係して、主に以下の二つの事例について追跡調査を行った。調査手法は口述の人生史と社会背景を総合して考察する生活史法を取った。

廃棄物回収集団は、スラムに隣接する華僑富裕層居住地区での廃棄物回収を2000年頃から行ってきた。当初は近隣住民の理解も得られず、回収にあたった貧困層住民自身も自らの生業を恥と捉えていた。だが、年月を経て、次第に近隣住民からの理解を得るようになると同時に、貧困層住民の自己定義も「屑拾い(scavenger)」から、ゴミを拾って街をきれいにする「エコ・ボランティア(eco-volunteer)」へと変容し、誇りをもって取り組むようになった。2009年にはタラヤン・バランガイ(自治体)役場にジェンダーと開発部門の正規職員として、廃棄物回収集団の指導者が登用された。その後、貧困層分野の政策を提言する経路として同人が機能し始めることで、廃棄物回収集団が貧困層と自治体行政を繋ぐ中間集団となることができた。

土地所有権抗争においては、1959年の同地区土地収用法制定から現在に至るまでの活動を追った。結果、土地所有権を求めて運動している間は貧困層内部に連帯が見られたが、実際に所有権を手に入れた後は連帯が瓦解したことが分かった。そのため、獲得した所有権を転売するなど、そもそもの目的が見失われる事例が多く見られた。さらに、政府は貧困層に土地所有権を一度渡すことで連帯を崩壊させる意図があって戦略的にそうしたと思われる政策が取られていた。一方で、連帯が瓦解した後も、当時の指導者たちは残った住民たちを繋ぐ役割を果たしており、その一部はケソン市のコミュニティ関連局職員として登用され、貧困層のニーズを市に直接伝える中間集団の役割を果たしている。

貧困層住民と行政は繋がりづらく、今回のように貧困層住民が行政部門の正規職員として登用されることはめずらしいケースであると考えられる。だが、こうした部門が増えていくことで、政治的マイノリティである貧困層が自らの意見を行政に伝える実質的な経路が増えていくことが期待される。今後、彼女ら指導者の次の世代へ活動がどのように受け継がれていくか、継続的な調査が必要である。

2-3.韓国

研究計画にあったネパール調査は事情により韓国での調査に代えた。同調査は笠井、山崎、原田が行った。

韓国は国の法で「社会的企業育成法」を作り、社会的企業の認証制度を確立した数少ない国の一つである。この社会的企業は、企業の社会的責任や社会イノベータを志向する性格を持ちつつも、その大きな設立背景が1997年の通貨危機(韓国ではIMF危機と呼ばれる。)以降の失業問題にあることが特徴である。こうした流れを踏まえて、以下の2つの事例について聞き取りを行った。

江原道はソウル首都圏から電車で2時間ほど東にある道であり、春川はその道庁所在地である。まず、自活センターは脆弱階層の自活を支援するために、政府の福祉部などと協力して活動を行う民間の団体である。中央自活センターのほか、7つの広域自活センター、242の地域自活センターがあり、自活センター間には上下関係ではなく提携関係がある。今回訪問した江原道自活センターは春川自活センターを含む15の地域自活センターと提携している。自活センターは国の脆弱階層基準に則って対象者を決め、雇用創出や、貧困層の生産物の市場流通、マイクロクレジットなど数多くの事業を手がけている。たとえば、無料給食事業では、貧困層農民が生産した食材を買い取り、それを貧困層住民を雇用した工場で加工し、高齢者などの貧困層住宅に無料で毎日届ける事業であり、それぞれの過程で貧困層支援に繋がっている。また、対応するレベルの行政機関・自治体とも連携していることが特徴的であり、財源も自治体による。自活センターの役割や設立については根拠法があり、国の制度として機能しているものだが、あくまで民間に運用されており、活動内容と運用の両面から、住民と行政の間にたつ中間支援組織である。

共に働く財団は失業克服国民財団が2008年に名称を変更したものであり、国内外、特にアジアの国々の諸団体と協力しながら社会的企業の育成に重点を置いた中間支援組織である。現場を持って活動を直接行うよりは、そうした活動を行う数多くの社会的企業や、社会的企業に興味を抱いている人たちにノウハウ、知識、ネットワークを共有する役割を果たしている。現在、政府からの資金的な援助が減少傾向にあり、予算をどのように確保するかが問題になっているが、精力的に活動を行っている。

本研究に関連する学会発表・公刊書

本報告の概要は以下のとおりである。

報告者が共同編者を務めた『協働体主義中間組織が開くオルタナティブ』(慶應義塾大学出版会、2009年)の結論のひとつは、社会変革の主体もしくは媒介者と期待される中間組織(NGO、協同組合、市民団体、住民組織など)には地域的多様性があり、それぞれの文脈(地域)によって(市民)社会や中間組織の実情・役割は異なるという、言ってみれば「当たり前」のことであった。しかしながら、グローバル化の時代にあって、この「常識的結論」を再確認できたことは意義のあることだと考える。

たとえば、フィリピン・ケソン市の場合、その住民組織の運動力学は、米国の社会学者・社会運動家Saul Alinskyの思想に大きな影響を受け、共通の敵(マルコス政権)を設定、下からの組織を積み上げ、全国レベルでの社会運動を形成したという。しかしながら、共通の敵を打倒したのちは、目標を失い、その変革エネルギーは国家に懐柔、回収され、社会変革という大きなミッションそのものが失われてしまう傾向にある。

翻ってラテンアメリカの社会運動・社会変革を考察する場合、Albert Hirschmanの「社会的エネルギーの保存と変異の原理」が示唆に富む。すなわち、「(ラテンアメリカの活動家の多くは)過去にほかの活動経験があり、一般に、その集団行動はより『ラディカル』だったこと、しかも政府に弾圧されることが多く、その目的を達成できなかったことである。だが、・・・時を経て、こうした『社会的エネルギー』がふたたび活性化するのだが、その現われ方は、以前とは非常に異なっている場合も多い」としている(『連帯経済の可能性』法政大学出版局、2008年、72頁)。報告者がかつて分析したことのあるサパティスタ運動、また、本報告で詳しく取り上げる北野収『南部メキシコの内発的発展とNGO』(勁草書房、2008年)で紹介された社会運動がその典型的な事例と考えられる。

他方、Hirschmanは次の重要な指摘もしている。「欧米では、社会振興・社会福祉に向けた努力は、まずは『社会的良心』に目覚めた富裕層・中産階級が組織を立ち上げることから始まり、散発的に、限られた地域で行なわれた。こうした動きが先駆けとなり、最終的に政府自らが包括的かつ体系的な政策によって引き継いでいくことが多かった。・・・しかし、ラテンアメリカの場合は、各地域レベル、国家レベルでは、実にさまざまなイデオロギーに鼓舞された実践的社会活動があり、かたや国際的なレベルでは、一部裕福な国々の良心があり、この両者が結びついて動因となっているのである」(同書154頁)。現在、世界的に大きな潮流となっているフェアトレードがまさにその好例であろう。

最後に、ラテンアメリカの社会変革を考える場合、社会そのものの内実を問わなければならないことを強調したい。欧米の社会変革が全面化した「市民社会」を前提としているのに対し、ラテンアメリカでは、発展しつつある「市民社会」と同時に、先住民や都市スラム貧困層など、地縁・血縁関係で結ばれた、いわば「基層」とでもいうべき社会の存在を無視できないからである。

以上。