学術交流支援資金:電子教材作成支援(2009年度)報告書

「モノ創りの科学」

 

申請代表者:環境情報学部 高汐 一紀

 

1 本報告書の概要

標記の科目は,2007年度に,従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り(造り)」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目群のひとつとして新規設定された.システム(ソフトウェア,デバイス,アプライアンス)の設計および実装の工学的センスはどのように磨かれるのか?それには,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を持つことが必要である.その「眼」は,ホンモノを数多く見,触れ,分解し,いじり倒すことによって培われる.本プロジェクトでは,効率的かつ安全に上記趣旨を実現する教材を開発,その効果を評価することを主眼とした.具体的には,各種ソフトウェアシステム,デバイス,アプライアンスを解体的に分析(リバースエンジニアリング)する教材を用意することにより,ミクロな視点から各パーツ(モジュール)の動作原理を,マクロな視点からそれらの集合体としてのプロダクトの動作原理を理解し,「モノ創り」の発想法をトレーニングする.

 

2 教材開発の背景と目的

 

ユビキタス時代のモノ創り

コンピューティング環境のユビキタス化が進行する中で,自動車,ロボット,家電機器,さらには居住空間から家具,日常のオブジェクトに至るまで,あらゆるモノがコンピュータの力を借りてネットワークに繋がる状況が現出しつつあり,モノがスタンドアローンで機能する状況は,既に過去のものになりつつある.そこでは,個々のモノが持つセンシング機能,プロセッシング機能,アクチュエーティング機能が,ダイナミックかつ有機的に結合することで,次々に新たな機能やサービスが生み出されていく.実世界の情報を取り込むセンシングと実世界上でのモノの作動を担う機械システム,そして情報通信システムの融合は,移動・物流・医療・介護・製造など様々な分野での改革を引き起こし,新たな社会的価値の創出を促す.SFCにおいてもこれら変革の先導に貢献する人材の育成は急務である.

 

SFCの中でのモノ創り

デバイス,ソフトウェアを問わず,モノ創りの基本は,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do),評価・分析(Check),処置・改善(Act)を繰り返す螺旋状のプロセス(PDCA cycle)を実施し,完成度を高めることにある.すなわち「試行錯誤」の実践である.SFCでのモノ創りに関する教育の取り組みとしては,建築系科目における制作活動や,メディアデザイン(現,エクストリームデザイン)系の科目における制作活動を挙げることができる.これらは,アートとしての側面が強く,制作物自体を目的とした活動である.情報系科目においても,2004年度から始まった情報技術ワークショップにおいて,一部の担当教員による講義・演習にモータを使った制作活動などが導入されている.しかし,これらの取り組みを鑑みると,これまでの取り組みは,発想・設計(Plan),プロトタイピング・計測(Do)で留まっているものが多く,かつ,制作物そのものを目的としている感があることは否めなかった.

 

モノ創り系科目の新規設置

このような背景から,ある程度の「発想→プロトタイピング」の経験を積んだ学生を対象とし,次回の発想・設計プロセスに繋がる「評価→改善」に重点を置き,モノ創りのプロセスを実践的に議論する科目として,「モノ創り実験工房」が,さらに,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を磨くことを目的とした「モノ創りの科学」が未来先導カリキュラムの中で新規に設置された.「モノ創りの科学」がスタートした2007年度は,科目設置の趣旨に添う工作設備や教材の整備が間に合わず,市販の各種教材を想定した,講義・演習の運用を余儀なくされた.しかし,2007年秋から「モノ創り工房」の構想が急速に具体化,2008年度初頭には,モノ創り系科目で共同利用可能な,電源や工作机等のインフラ,基板加工機,デジタルマルチメータ,デジタルオシロスコープ,3Dプリンタ等,必要最小限の機材が整備されるに至った.本教材開発課題である「モノ創りの科学」でも,科目設置主旨にある「ミクロな視点から各パーツ(モジュール)の動作原理を,マクロな視点からそれらの集合体としてのプロダクトの動作原理を理解し,工学的側面と科学的側面の両面からモノ創りの発想法の体系的なトレーニング」を可能とする教材の早急な整備が求められていた.

  

2-1 モノ創り工房(o23)の様子

教材開発の目的

本プロジェクトの目的は,昨年度までテーマごとにアドホックに構成してきた各種教材を,本格運用を開始した「モノ創り工房」のインフラに合わせ,より安全かつ効率的に,上記の主題を満たす教育を実現するための体系的な教材としてまとめることにある.本プロジェクトで開発した教材を講義・演習で用い,学生からのフィードバックをもって,本プロジェクトの評価とする.具体的には,上記の目的の達成の度合いを,被験者たる受講者にSFC-SFSあるいはアンケートによって評価してもらい,得られた結果により,本研究で開発した課題の有効性を検討する.発見された問題箇所については,今後の課題として整理し,次年度以降の講義・演習の改善に役立てる方針である.

 

3 教材の具体的内容

今年度は,「モノ創りの科学」の講義・演習で取り扱う次のテーマに関して教材開発を実施した,開発した教材の内容は次のようなものである.

 

F06C     工学 vs. 科学

F0D8    工学的視点と科学的視点の違いとはなにか?

F0D8    解体的分析とは?

教材:レオナルド・ダ・ヴィンチ飛行機械の実現(講義資料

 

 

3-1 教材(大人の科学マガジン Vol.12

 

F06C     アナログ vs. デジタル

F0D8    量の表現方法としてのアナログとデジタル

F0D8    原子で構成される物質界(アナログ)とビットで構成されるデジタル世界

教材:ノイズキャンセリング・ヘッドホンの動作原理の観測(講義資料

F06C     電気回路 vs. 電子回路

F0D8    基本は増幅にあり(増幅の歴史)

F0D8    機械式計算機から ENIACEDVAC,電子計算機の登場から現在まで

教材:電波を捉える 〜ラジオの原理からエネルギー伝搬まで〜

講義資料実験風景(wmv

 

 

3-2 ゲルマニウムラジオ実験風景

 

F06C     ハードウェア vs. ソフトウェア

F0D8    センサ/アプリケーション・ロジック/アクチュエータ(いまどきのモノ)

F0D8    ASIC vs. CELL

教材:空間プログラミング 〜GPS vs. PlaceEngine〜(講義資料

F06C     ミクロ vs. マクロ

F0D8    PC vs. センサノード

F0D8    MEMSMicro Electro Mechanical System

教材:無線センサノードとコンテクストアウェア・プログラミング(講義資料

F06C     モノ創り体験

F0D8    市販キットの工作体験

F0D8    リバースエンジニアリング手法による動作原理の解析

教材:市販キット多数(真空管アンプキット,ラジオキット,蓄音機キット,エンジン模型等)

 

 

 

 

3-3 モノ創り体験の様子

 

4 教材の効果と総括

「モノ創りの科学」は,従来のSFCカリキュラムで不足していた「モノ創り(造り)」の基本を実践的かつ体系的に学ぶ科目として,新カリキュラムの中でも重要な位置を占めている.前述のように,その趣旨は,プログラミングや工作といった基礎的な創造技術の習得のみならず,それらを生かす科学者的な眼,すなわち,「ホンモノを見抜く眼」と「問題を見抜く眼」を持つことにより,工学的センスを磨くことにある.モノ創り系科目支援施設として設置された「モノ創り工房」のインフラへ対応した教材を整備することにより,同じく新カリキュラムで設置された科目「モノ創り実験工房」での「モノ創りプロセスの実践的修得」と併せて,本教材での「モノ創りにおける発想力の強化」の集中的な育成が可能となる.

開発された教材は,講義・演習を実のあるものにし,学生に実践的なモノ創りの発想法とプロセスを学ばせ,SFCの研究活動の高度化に貢献することが期待される.講義終了後に実施されたSFC-SFS上でのアンケートでも,「新しい技術を用いて何ができるかを発想したり,実際にモノを組み立てたり分解する等,知識だけでなく経験も得られる授業だと思いました」(原文のまま)等のコメントがあり,今年度の目標はほぼ達成できたようである.科目自体はCI分野からの提案であり,扱う課題も,主に,情報システム,デバイス,機械システムの融合を題材とするものである.しかし,情報システムの分野だけでなく,認知身体の分野,環境の分野,デザインの分野においても上記したプロセスの実践は重要である.本プロジェクトの成果は,分野を問わず,現在各学生の手探りで行われているモノ創り(造り)のプロセスの洗練化,効率化に貢献できると考える.