2010年度学術交流支援資金
「国内外でのインターンシップ、フィールドワーク科目支援」報告書

中山間部のニーズに適合した情報通信技術を活用した先進移動体の実証研究

 

申請代表者:政策・メディア研究科 大前 学

 

1.本研究の概要と本報告書について

地方都市では,人口減少に伴う過疎化や市町村合併等で,地域モビリティやコミュニティのつながりの維持について,大きな課題を抱えている場所が多い.また,高齢者や子どもについて,安全で安心な外出支援を行うことが求められており,その実現は家族やコミュニティの負担軽減にもつながる.従来,これらの地域課題に対して,モビリティ,コミュニティ,情報通信等の観点から,個別に社会実験や調査研究の方法論開発が進められてきた.本研究では,これらの成果やノウハウを融合させ,最先端の情報システム及び移動体で生活や移動を支援することを通し,地域共同体でのつながり強化や行政コスト・環境負荷の削減にどのような効果が得られるのかを実証的に示すことを目的とする.具体的には,深刻な高齢化に直面し,中山間部を数多く抱える宮城県栗原市を対象として,最先端の情報通信機器を備えた小型電気自動車を活用し,子どもからお年寄りまでの安全で安心できる外出支援に関する要素技術の開発と評価実験を行なった.

 

2.栗原市における活動の概要

 この章では,20107月〜10月に実施した栗原市における活動についての概要を説明する.

 栗原市における活動では,20107月から12月にかけて,「細倉マインパーク」をフィールドとして,以下の手順で研究を進めた.

@開発環境,実験環境の構築(7月)

「細倉マインパーク」に実験車両やプログラム開発のための機器等を輸送し,現地に展開した.また,高精度測位システムの基準局をセットすることで,制御プログラムの開発環境や実験を実施するための環境を構築した.

Aモビリティ技術開発(8月〜12月)

モビリティ技術開発として,「遠隔操縦システム」「走路境界情報を用いた自動運転システム」「接触型隊列走行システム」の3つについて,システム開発や評価実験を実施した.

B現地調査(8月)

研究フィールドの近隣にある細倉金属鉱業の御厚意により,工場見学を行い,バッテリーのリサイクル技術等を学習した.

以下では,栗原市の細倉マインパークにて実施した技術開発として,「遠隔操縦システム」「走路境界情報を用いた自動運転システム」「接触型隊列走行システム」について報告する.

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図1 現地調査(細倉金属鉱業見学)の様子

 

3.遠隔操縦システムの開発

 現在に至るまで,自動運転システムの運用実験において,車両の回送,不具合発生時の対処等,すべて筆者らが車両を直接操作して対処してきた.もちろん,自動運転で走行できない場所で走行させることはできない.自動運転を運転支援の延長としての快適性の向上技術と考えるのであれば,このような条件でも運用上問題ない.しかし,自動運転を高齢者等のモビリティの確保に貢献する技術として考えるのであれば,利用者の一切の手を介さず運用できるようにする必要がある.この実現のためには,

·           システムの信頼性を高め,同時に,様々な局面に対応できるようにコントロールレベルを上げる.

·           自動運転で対応できない局面について,利用者以外の人が遠隔地から対応できるようにする.

の二つの考え方がある.この前者に近い考え方に基づくものが,前述のインフラによる車両制御であり,後者の考え方が遠隔操縦による自動運転の補完である.すなわち,遠隔操縦を補完的に用いることが,自動運転の運用に有効であると考える.

自動運転補完としての遠隔操縦の概念的な特色は,自動車の半自動運転として,遠隔操縦を考える点である.ドライバの手動運転をシステムが支援する運用形態を半自動運転として考える場合,完全な自動運転が実用化するまでは,補完的な手動運転が必要となる.すなわち,完全な自動運転が実用化しない限り,高齢者や子供,障害を抱える方等,運転ができない人が,自動運転の恩恵を受けることができない.そこで半自動運転として,遠隔操縦を位置づけることで,補完的な手動運転を遠隔地の操作者に委ねることが可能となり,運転ができる,できないにも関わらず,早期に自動運転の恩恵を受けることが可能となる.すなわち,自動運転を現在の運転者のさらなる利便の追及ではなく,高齢者等のモビリティ確保の追求と考えた場合,半自動運転として遠隔操縦の考え方が有効である.一方で,純粋に遠隔操縦を移動手段として考える場合,お年寄りの外出を,遠方の娘が遠隔操縦で支援する,あるいは,遠隔操縦センターのようなものがあり,要求に応じて遠隔操縦で移動を支援するような使い方も可能である.

2009年度以降,筆者らは細倉マインパークにおいて,遠隔操縦の技術開発を行い,評価を行ってきた.2010年度は,視覚情報の立体視化が遠隔操縦に与える影響を評価するためのシステムを構築し,評価実験を実施した.2009年度に構築した遠隔操縦システムにおいては,単眼のカメラで撮影した前景映像をディスプレイに表示して遠隔操縦を行なってきた.2010年度は,2つのカメラで前景を撮影し,左右の目にそれぞれの映像を表示させ,立体視を可能とすることで,距離感をつかみやすいものとし,立体視化による運転挙動の変化を評価した.

 具体的には,図2のように,運転挙動を計測するためのセンサが搭載された小型電気自動車の運転席の頭部の前にステーを構築し,3つのカメラを取り付けて,評価用の実験車を構築した.左右の2つのカメラは,立体視用のカメラであり,中央のカメラは単眼の映像を取得するためのカメラである.カメラの映像は,ヘッドマウントディスプレィ(メガネ型液晶ディスプレイ)に投影され,立体視の場合は,左右の映像にそれぞれのカメラからの映像が入力される.単眼の場合は,中央カメラの映像が両眼の映像に入力される.また,ステーやヘッドマウントディスプレィを取り除くことで直接目視による運転が可能である.この実験車を用い,直接目視,単眼視,立体視における車両追従挙動やレーンチェンジ挙動を評価した.図3は,実験結果の一例であり,追従走行時の目視による運転時の平均車間距離(Lc)を基準とした単眼視(2D),立体視(3D)による平均車間距離(L)の比(L/Lc)である.立体視のほうが,目視に近い結果となっている.レーンチェンジにおいては,レーンチェンジの距離(ハンドル角の第1ピークから第2ピークが発生するまでの走行距離)は,立体視のほうが目視に近い結果となったが,一方で,レーンチェンジの開始位置については,単眼視のほうが目視に近い結果となった.総じては,立体視のほうが単眼視に比べて,目視に近い運転ができることが確認できたが,立体視と単眼視で運転挙動に大きな違いはなく,2つのカメラで撮影し,左右の眼に異なる映像を表示するコストを考えた場合,そのコストに見合う効果があるとは言いがたいことが確認できた.

 

説明: C:\Users\NYLON_HOME\Pictures\写真\実験車両\P1010481.JPG

図2 遠隔操縦評価用実験車(右側は運転席に搭載されたカメラ)

図3 実験結果の一例(追従走行時の平均車間距離)

 

4.走路境界情報を用いた自動運転システム

自動車の自動運転における操舵制御においては,走路と車両の相対位置関係を検出し,目標操舵角の演算,操舵角の制御を行う手法が提案されている.ここで,走路と車両の相対位置の計測においては,レーンマーカー,白線等の検出や,高精度GPSにより計測した車両位置と目標軌道の位置情報を用いる手法などが提案されている.高精度GPSを用いる自動運転は,細倉マインパークの構内のように走路に白線などが引かれていない場所での自動運転に適した手法である.高精度GPSを用いる自動運転において,目標軌道を定義して走行する場合,初期の軌道生成は比較的容易(走行しながらの計測や,測量によって容易に作成することが可能)である.一方で,一時的な事情に基づく軌道変更を行う場合,従来軌道と連続的に軌道をつなぎ合わせる必要があるため軌道変更が煩雑となり,また障害物の回避や双方向の走行などを見通し良く行うことが困難である.

以上の背景により,筆者らは2008年度に,高精度GPSを用いた構内(例えば駐車場内など)の低速な自動運転において,追従するべき目標軌道ではなく,走路と非走路の境界線の位置情報を定義し,走路として定義されている領域であれば,自由に走行できるものとして車両の操舵を制御するアルゴリズムを構築した.この際に,検出した障害物についても,障害物の位置を走行不可能領域として扱うことにより,走路内の走行と障害物の回避を両立させている.これにより,GPSを用いた構内の自動運転において軌道変更,障害物回避,双方向の走行などを見通し良く行うことを可能とした.しかし,この方式で対面走行を行った場合,操舵の切り遅れにより車両が衝突する可能性があることがわかった.そこで,2010年度は,従来構築した制御を改良して,対面走行時に車両を衝突させない制御を構築した.

従来,構築した制御の概要は以下の通りである.まず,車両の走行可能な領域と,走行不可能な領域を定める為の,走路境界を定める.車両は走行可能な領域のみを走行するように制御を行う.これを実現する為に,車両の前方一定の距離に注視点となる検出範囲を定め,危険感を用いたドライバモデルの考え方に倣い,検出範囲内の危険感を表す,危険ポテンシャルを算出し,定量化する.ここでは,走行不可能領域に近づく程,危険ポテンシャルが増大するものとしている.走路境界情報による走行不可能領域の危険ポテンシャル(図4)とレーザーレーダにより検出された障害物による走行不可能領域の危険ポテンシャルをそれぞれ計算し,検出範囲に割り付けて,直進性のための調整値を加えることで,検出範囲の危険ポテンシャルとする(図5).危険ポテンシャルが最も低い地点を検出範囲における目標横変位として,車両の操舵制御を行う.

この制御をシミュレータで評価することにより,車両が対向で接近走行を行った際,互いの車両が避け切れず衝突することを確認した(図6).この原因として,互いの車両を認識し,かつ目標横変位を決定する検出範囲に検出されてから,回避行動を行うまでの動作時間が短い事があげられる.しかし,検出範囲の車両からの注視距離を,より前方に定めると,対向車に対する回避行動はスムーズに行えるものの,通常の走路境界内での走行が,操舵動作が早すぎる傾向になり,結果として走路境界内での走行ができなくなる事を確認した.そこで,注視点となる検出範囲を,1箇所から,6箇所に増やし,各箇所の検出範囲において,最も危険度が最小となる危険ポテンシャルを算出し,各箇所のうち最も危険ポテンシャルが高い地点を目標横変位とし,操舵を行う事とした.また,目標横変位地点の危険度に応じて,車速を変更することで,危険ポテンシャルが高い領域において,減速して,確実に障害物を回避できるようにした.

改良した制御を評価するために細倉マインパークにて実車実験を行なった.実験コースは細倉マインパーク内の平坦な駐車場を使用し,走路境界情報として,図7の走路境界線の内側の「コ」の字型の走行可能領域を使用した.また,2つの障害物(収納棚)をそれぞれ図7の(-24,62),(-20,56)座標付近に配置した.走行条件としては,1号車が(5,52)座標付近から北西方向に向かって自動運転を行い,2号車が(11,72)座標付近から南東方向に向かって自動運転を行い,走行可能領域内の直線部分において対向を行い,1号車は続けて対向後「コ」の字型を走行した.走行速度は8km/h2km/hの範囲とした.

図7に実車実験時の車両の走行軌跡を示す.実験結果により,対向する車両が衝突せずに2台の車両がすれ違って走行できることを確認した.さらに,走路内の走行や障害物回避も両立できることを確認した.以上により,改良した制御の有効性を明らかにした.

 

 

図4 走路境界情報に基づく危険ポテンシャルの割付

図5 危険ポテンシャルの演算の概要図

図6 シミュレーションによる従来制御による対向走行

図7 実験結果(改良後の制御プログラムによる対向走行)

 

 

 

5.接触型隊列走行システム

 接触型隊列走行システムは,自動車の機械連結走行の基礎として開発したものである.隊列走行においては,制御により一定の車間距離を保ち,擬似的な連結状態を作り出すことが,基本的な考え方とされている.しかし,擬似的な連結走行は,後続車のドライバにとっては,非常に圧迫感の大きいものであり,走行中の心的負担も大きい.また,擬似的な連結走行においては,高精度な車間距離を維持するために, 車両同士が離れている以上,無線通信が必要となる.隊列が少ない場合,車両が少ない場合は,特に問題ないが,多くの隊列や車両が走行する状況においては,無線通信の帯域の問題や干渉の問題が生じる可能性がある.そこで,車両を列車のように機械連結してしまえば,機械的に保持されていることの安心感を与えることができる.もちろんのこと,機械連結されていれば,先頭車の急減速時等においても,衝突による衝撃はない.また,機械連結してしまえば,有線通信を利用できる可能性があり,無線通信の問題も解消できる可能性がある.さらに,電気自動車の隊列走行を考えた場合,機械連結をすれば,パワーソースの共有化が可能となる.すなわち,機械連結時に,電力を伝えるラインを結合することで,他車の電池が有する電力を別の車両で利用できる可能性がある.

 上記のような機械連結の実現を想定した場合,信号線や電力線を結ぶための連結機構が必要となる.本研究では,機械連結の前段階として,車両が接触した状態での隊列走行の実現可能性を評価した.

 機械連結を想定した場合,走行時の車両の横ずれ(前走車の後端と,後続車の先端の横ずれ)が小さいほうが良い.自動車の幾何学的な運動を考えると,同一の車両の場合,前走車に対して,後続車が後ろ向きで追従するほうが横ずれを小さくした追従が可能である.よって本研究では,後続車になる車両(小型電気自動車の自動運転実験車)のレーザーレーダーを後ろ側に取り付け, 後退走行にて前走車に追従できるものとした.さらに,後退方向での車両の駆動特性評価を行い,車間距離ゼロを保つための駆動力制御モデルを構築した.また,後退走行にて前走車に追従するための操舵制御を構築し,実車実験により接触部の横ずれを最小化する制御パラメータを導出した.実験により,構築した生後にて,時速7kmの追従走行にて横ずれ量10cm以下の追従走行ができることを確認した.図8は,追従走行の様子である.

 

図8 接触を伴う隊列走行の様子

 

6.おわりに

 本報告書では,栗原市におけるモビリティシステムの開発を中心に成果を報告した.本研究は,科学技術振興調整費・先端融合領域イノベーション創出拠点の形成『コ・モビリティ社会の創成』の枠組みで実施された異分野コラボレーション研究の延長として位置づけられるものである.今年度については,栗原市での活動が要素技術開発,評価に偏重してしまったことや,技術開発に時間がかかりすぎ,栗原市の市民や小学生等が開発したシステムを体験するイベントが実施できなかったことが反省点である.『コ・モビリティ社会の創成』の研究は,2009年度の中間評価にて,継続不可(但し再エントリー可能)課題としての評価を受け,2010年度は栗原市でのフィールドワークが困難な状況であったが,学術交流支援資金による支援を賜り,大学院生らのフィールドワークを活発に行える環境を提供できたことに心より感謝の念を申し上げる.