2010年度学術交流支援資金成果報告書

基礎情報

1.研究概要

資本主義経済が世界の隅々にまで浸透するグローバル化時代にあって、途上国や先進国の経済的格差が広がる地域では市場経済の荒波に翻弄されている人々が社会的な連帯と日々の生活を基盤とする新たな経済活動を活発化させている。社会的企業、NPO、マイクロクレジット、フェアトレードなど、現代版モラルエコノミーとも言えるこのような経済活動は「連帯経済」と総称され、その試みはさまざまな国・地域に見られる。本研究は、昨年度の学術交流支援資金採択プロジェクトを発展的に引き継ぎ、「連帯経済」という観点から主に途上国の事例をつぶさに調査するもので、現地の研究者・活動家や農業生産者などとの交流を持ちながら遂行される。今年度は、前年度のメキシコ、フィリピン、韓国の事例に続き、メキシコの社会的企業、タンザニアのコーヒー生産者協同組合、中国の非営利組織と基本自治に関する事例を採りあげて調査を行った。

2.調査報告

2-1.メキシコ

2010年8月18日〜28日に第1回目の調査を実施したが、第2回目を2011年2月26日〜3月26日まで行う予定である。

調査対象はBats’l Maya, S. de RL MI(バツィルマヤ小規模(零細事業)有限責任会社、以下BM)というメキシコ・チアパス州の最貧困地域(チロン)で活動する社会的企業で、どのような連帯経済をめざし、実現しているのか、そしてその可能性と課題を明らかにすることが本調査の目的である。同企業は、主として、傘下にあるコーヒー生産者協同組合Ts’umbal Xitalha’(ツンバルシタルハー)約100家族に対するコーヒー栽培技術指導、コーヒー豆の買取、買い取った豆の焙煎、焙煎豆の国内外での販売などを行っている。また、BMは、50年ほど前に同地域でのカトリック布教のために設立されたバチャホン宣教団が創設したNGOのCentro de Derechos Indígenas(先住民人権センター、以下CEDIAC)の一部門である。以上の関係を図式化すると次のとおりである。

CEDIACは1992年に設立されたイエズス会系(母体はバチャホン地区宣教団)NGOで、BMは翌1993年、CEDIAC内の一部門(有限会社)として設立。両団体とも、チアパス州ツェルタル語圏の先住民協同組合であるツンバル・シタルハー(TX)に対する循環型農業(有機農業)のための技術支援のほか、同地域の村落開発に従事している。具体的にはツェルタルの土地・領土の保護、そしてTXの持続可能な農村開発プロセスへの参加拡大である。CEDIACの職員は10数名(うちBMの担当者は代表のオスカル・ロドリーゲスを含む5名)、ほかに長期ボランティアが常時数名勤務している。意思決定は代表のオスカルを中心とした合議制をとっている。TXは組合員数100名、BMとは独立した団体であるが、BMの全面的な技術指導を受け、BMにパーチメント(殻付き生豆)販売を行っている。BMはTXが生産したパーチメントを脱殻、生豆にしたうえ焙煎し、国内大都市にチェーン展開しているDolpy Café(日本のダンキンドーナッツ系列)と(次頁上の写真参照)、米国カリフォルニア州のカタリーナ・レストラングループ(Coco’sとCarrows、日本の大手外食企業ゼンショーの系列)に焙煎豆を販売するほか、観光地においてTX女性組合員がつくったマヤの刺繍を施した民芸品袋に入れて焙煎豆をチアパス特産の土産物として売っている(次頁下の写真参照)。また、BMの主要メンバー2名が出資して、メキシコ市イベロアメリカ大学(イエズス会系列)内に、TXが生産した豆を原料とするCapelticというコーヒーショップ(写真参照)を2010年に開店、構内にある他のコーヒーショップを押さえて非常に高い集客力と顧客満足度を獲得している。先住民性や連帯を強調しながらも、競合するスターバッククスに見劣りしないカフェのコンセプト作り・店舗設計、多様なメニュー開発はソーシャルマーケティングの手法を用いて用意周到に準備した結果と高く評価できる。しかし、スタッフのオペレーションには動線が混乱すること、コーヒーマシンを扱える熟練スタッフが不足するなどの欠点があり、混雑時の注文に対応しきれていない面がある。

写真:BMがメキシコ市イベロアメリカ大学内に開店、営業しているコーヒーショップ

BMは、山本純一研究室が受託し、2010年4月から3年間の予定で実施しているJICA草の根技術協力事業(パートナー型)「メキシコ国チアパス州先住民3団体に対するコーヒーの加工・焙煎およびコーヒーショップの開店・経営に関する技術協力事業」のカウンターパート(被支援団体)である。同事業の目的は、焙煎豆の国内販売およびコーヒーショップの運営により安定的かつ高い収益を得る機会が創出されることにある。このため、BMの焙煎担当者1名に対して、2010年8月30日から9月11日までの間、日本での研修を実施した。その内容は、名古屋研修(於:齊藤コーヒー株式会社)では特に工程管理として、焙煎管理、品質保持・管理、機器管理・メンテナンス、記録管理、予防措置の重要性、色差計の重要性について学んだ。日本研修終了時に研修生が作成したアクションプランでは、焙煎工程の改善計画(特に上記管理のための基準・マニュアルや管理ツールの作成)が明確に打ち出された。また、九州研修では、一村一品運動のモデルとなった大分県大山町農協直営の「木の花ガルテン」と、福岡県水巻町で有機栽培・森林農法によるフェアトレード・コーヒーの自社焙煎を行っている(株)ウインドファームとその直営カフェを訪問した。大山町農協では、組合職員から組合運営の中でもとりわけ経営戦略や人材育成に関する講話を受けた。さらに、ウインドファームではフェアトレード(国際産直)の基本が、売り手である生産者(協同組合)と買い手である輸入・焙煎会社との間の長期的な信頼関係の醸成にあることを学んだ。

今後の課題は日本研修で学んだことをどのようにメキシコの現場に活かしていくかにあるが、この点については、2011年2月末からの調査で検証する予定である。とりあえず、現地とのメールでのやり取りや現地アシスタント・コーディネーターの現場訪問から見えてきた成果と課題を以下にまとめる。

日本で学んだ作業指示、品質管理ツールを自らのものにするためのマニュアルを積極的に作成し、相当量を文書化して共有アーカイブに残している。しかしながら、共有アーカイブを実際に共有している人間は多くはなく、実働部隊の間に完全な理解があるかどうかという点には疑問が残る。これをビジュアル化して共有し実際の作業に生かしていくことが課題であり、それに向けた努力は窺うことができる。また、生産の流れ作り、ビジュアルツール、5S、視える化、標準作業作りなど細かいところまでを原材料搬入から最終製品搬出まで追って、すぐに実現できると思われる改善内容をアクションプランに落として実現する必要があると考えられる。

2-2.タンザニア

2010年9月3日〜9月25日(主要調査地モシ市においては9月第2,3週)の日程で松本による調査が行われた。

本調査は、調査者の修士論文「タンザニアにおける市場経済体制下の協同組合の可能性―コーヒー流通における新興協同組合組織G32の事例を通じて―」のために行ったタンザニア国内における新興協同組合G32が行っているコーヒー流通を中心に行った現地調査である。

本調査の主要対象であるG32キリマンジャロ州における新興協同組合連合であり、従来の連合とは別ルートでの流通を模索し、また、流通コストの低減によって、生産者価格の引き上げを目的としている。傘下の単位協同組数は現在21であり、議長(Chairman)はUlomi氏でありG32専従のManagerとして活動している。専従職員は2名のみであり、その他の副議長や理事(Boarding Member)らは各単位協同組合から出されており、専従ではない。理事会以外では、近年大学において会計学を学んだ人物がG32専従の会計として雇われはじめた。彼は基本的に会計及び書類作成などを行っており、生産者組合との連絡や交渉、輸出業者との交渉など活動の中核となる部分はUlomi氏の管轄となっている。

従来の州域農協であるKNCUとの関係に関してであるが、各単位協同組合はKNCUのメンバーでもあり、G32のメンバーでもあるという二重加盟の状況にある。一部対立や不満は存在することは調査対象者自身も認めているが、決してG32の活動はKNCUからの決別や対立を意味するものでないとしており、いくつか協力関係も存在する。具体的には、両者の豆の供給量によっては豆の融通を行っており、また、条件の良い直接輸出では出荷量を折半する形で契約するなどしている。直接輸出の出荷量の調整については、例えば、オルタートレードジャパン(ATJ)との契約分に関しては、50%ずつ折半する形で出荷する取り決めを行っている。

基本的に出荷ごとの契約が中心であり、それを通じて高値で販売ができる直接輸出が活動の主目的となっている。ただし、直接輸出の契約状況や価格と考慮しオークションと併用し、あわせて国内流通コストの低減によって生産者への高値の支払いを行うことを目指している。

フェアトレードは日本のATJなどの他、昨シーズン終わりごろよりゼンショーと取引を開始し、オランダのAgroChangeやイギリス系企業とも取引を行っている。ただし、フェアトレードといっても彼らにとってのフェアトレードはオークションを通さない直接輸出との明確な線引きはない模様であり 、G32の認識するフェアトレードの価格以外のメリットに関しては、宣伝効果、生産者への配慮、直接的な結びつきを挙げている。

上記のKNCUとの豆の融通に関連して、直接輸出の契約の枠やオークションにおける取り扱い可能量次第では、傘下の単位協同組合はKNCUへ出荷するとのことである。例えば本年度は契約の枠が足りず、G32副議長が長を務める単位協同組合(また、G32議長の出身村)ではG32への出荷を諦めKNCUへ単位協同組合の取扱量全てを出荷している。

またKNCUの持つ資産との関係であるが、協同組合所有の銀行の敷地内に事務所を構え、また2次加工に関しても全ての豆を協同組合所有のTCCCoにて行っている。TCCCoはタンザニア独立の直後からある加工工場であり、一時は国有化されたが、84年の法律によってKNCUへ返還され、子会社化された工場である。年間の75,000tの処理能力を持っているが、近年の平均取扱量はは15,000t程度である。2次加工工場は各輸出業者も設立しており、タンザニア北部においては、こうした大規模な2次加工工場によって生豆へと加工されるのが一般的である。

本調査においては、G32の専従職員2名及びTCCCoの技術者と同行する形で3単位協同組合への訪問及び聞き取りを実施した。それぞれの名称は、Nshara協同組合、Lyamungo協同組合、Mruwia協同組合であり、Lyamungo協同組合以外においては、同行者によるスワヒリ語から英語への通訳を介し調査を実施した。詳細な分析は修士論文に記す。

・各単位協同組合の概要及びコーヒー出荷先

まず、各協同組合の取扱量に関してであるが、かなりのばらつきがあるようである 。その理由としては価格の見通しなどから変化するとの回答であったが、多年木であるコーヒーの収穫量の増減量としてはかなりの差である。価格次第では民間への売却や、場合によっては現在タンザニアにおいて問題となっているライセンスなしでの非合法な買付/密輸を行う業者への販売が行われている可能性もあることが想定される。この点についてはさらなる調査が必要となる。

次に、G32の出荷であるが、前述のように取引可能量次第であり、過半数の単位協同組合は出荷が可能であるが、全ての出荷量を扱えるだけの契約枠をG32は保持していないとのことであり、Lyamungo組合議長 は、「日本の業者へ輸出ができるのであれば、行いたいし、それだけの収穫量を我々は持っている」と述べている。

単位協同組合の施設や資産であるが、Nshara協同組合などは、新種の苗 導入のための苗場や、協同組合信用金庫による貸付なども行っている。ただし、当該協同組合はG32の中でも比較的先進的で恵まれている状況にあることは認めており、全ての単位協同組合がこのような施設を持つわけではない。

・1次加工

1次加工に関しては、ほぼすべての単位協同組合において、各家庭で行っている。使用器械しては小さいながらの鉄製のものがある程度行きわたっている状況にある。乾燥は基本的に自宅の軒先でネットに乗せ行っている。現在、G32参加の単位協同組合において集約的な一次加工工場を持つ村はないとのことである 。

・コーヒー生産に関して

コーヒーの作付けに関しては、多くの協同組合において現在あるコーヒー畑の維持を行っており、一部では新たな作付けを行うなど、拡大傾向にあり、少なくとも大幅に減少している協同組合は存在していないとのことである。例えば、Mruwia協同組合は、傾斜地へ土壌の流出を抑えながら作付けを拡大することを行い始めている。

コーヒーの木の剪定(カットバック)は、腰から上の高さを基準として、各生産者が行っており、選定のために技術者を雇うことは例外であるとのことである。また水の利用に関してであるが、天水で十分でない場合には、伝統的な灌漑設備を使用し、溝を掘って畑に導いているとのことであるが、地形などの理由からそれが利用できない畑も一部存在するとのことであった。

有機栽培と関連してであるが、ほとんどの村内において、トウモロコシとそれを利用した畜産が営まれており、畜糞及びトウモロコシの葉などと混ぜて発酵させた伝統的な肥料をコーヒー畑に利用している。有機栽培の普及に関して、「投入財の高騰でやむを得なく行っていることであるのか」との質問に対しては、「投入財高騰という要因も存在するが、それは主要要因ではなく、生産者自身及び消費者自身の健康のため」、といった回答や、「フェアトレードや直接輸出へ回せるだけの品質を確保するため」との回答であった。つまりは、投入財使用低減という消極的な理由ではなく、有機栽培の豆へ高価格がつくことと、生産者自身への農薬使用の害を認識しているために有機栽培が主流となってきているということである。この有機栽培の技術指導のために、G32は州政府などから専門家を呼ぶなどの支援を行っているとのことである。

2-3.中国(1)

本文記載の日程で呉による調査が行われた。

NPOは非営利であるがゆえに、営利企業では実現しにくいサービスを実現していることから、連帯経済の担い手とみなされる。具体的には、労働市場から排除された障害者、前科者、移民等を社会復帰させるための教育訓練や、児童福祉・高齢者福祉を担っている企業・組織などである。中国にはこのような団体も数多く存在している。その活動様相と直面している問題、および団体がとった戦略を明らかにするために、2009年8月と2010年3月と2回の訪問につぎ、今度学術交流基金を利用して2010年6月12日から15日の4日間に、河北省刑台市寧晋県辺村にある黎明之家という障害孤児施設に3度目訪問した。

河北省は中国全土から見れば、カトリック教徒がかなり集中しているところである。黎明之家という民間の障害孤児施設が位置している寧晋県辺村の総人口は約3000人であり、その中でカトリック教徒が約5割を占めている。

黎明之家は1988年10月に成立された。当時、教会堂がなかったので、集会や他の宗教活動が何人の教徒達の家で行われていた。村民から見れば、それらの民家が教会堂の象徴となり、夜分に生まれつきの障害がある赤ん坊を戸口に捨てる人もいた。教徒達によって赤子が育てられてきた。1988年になると、党の宗教政策に基づいて、教会の資産が部分的に返還され、もともと教徒達の家に育てられてきた子供達が辺村に集められ、修道女と教徒達によって看護されている。現在この孤児院には40名の知的/身体障害の子供がいる。他の30名ぐらいの子供が各教徒の家に預けてもらっている。十何名の修道女がこれらの子供達に看護、教育、医療、リハビリを提供し、家庭や社会に回帰できるようにしている。

黎明之家が施す教育の内容は、平日に午前中が音楽、美術、国語、パソコンなどの教養課程が設けられ、子供の状況に応じて特別コースを設けている。午後は手仕事である。部屋の清掃/整理、料理作り等日常生活のスキルについて、ほとんどの子供達がすでに身に付けた。また、社会から離れないように、週末になると、たまには子供を連れて遠足や買い物をする。今後可能であれば、寧晋県の町で店を開き、子供達の作った工芸品を販売しようという計画も立てられている。孤児院で育てられ、成功裏に社会に溶け込んだ人もいる。孤児院の中で工芸品や教会の記念品を販売している25歳の男性と、北京のある幼稚園で教師を務めている女性はその好例である。

しかし、このような最終的に社会に戻れるケースはまだ少ない。絶えず増えてきた孤児は、教徒達が引き取るしかないが、引き取り手続きの面で不便が多く存在している。民間孤児院の存在そのものも法律上の問題に直面している。もちろん、これは黎明之家だけの問題でなく、全国20ヶ所の民営孤児院すべてが、法律の手続きを経た合法的な登録ができない状態にある。近年来、「調和社会」というスローガンの下で、政策面の緩和も見えてきた。「この事業は子供達に教育或いはリハビリ/治療さえ提供すればいいのではなく、社会からの理解と尊重がより重要なものだ」と院長が述べた。

広報活動によってより多くの寄付と援助が期待できるが、それと同時により多くの子供が捨てられる恐れがあることと、地方政府からのプレッシャーという心配で、黎明之家は広報活動をあまり行っていない。寄付金は主に、地元のカトリック教徒(食糧等の寄付)、基金会に助成金を申請(子供達の治療)、全国各地からの寄付、教区からの支援によって集められている。年間寄付金の総額が約20万人民元であるという。また、香港・台湾および海外の団体は研修の機会が設けられている。

計3回のフィールド調査を通じて、いくつかの問題点が見えてくる。一つは、制度化の問題である。例えば人事面において適切な選考手続きなしに、ほとんど修道会内部で決められる。また、自らの組織構造なども明確されずに、責任者を中心に運営されている。二つ目は登録の問題である。黎明之家はいままで未登録のまま活動しているのは、「業務管理の責任を負ってくれる政府部門が見つからない」、「登録したら、政府から援助をもらえない、さらに政府に管理されるようになって、自由に行動できない」という二つの理由がある。確かに、現在中国にあるNPO・NGOにとって、以上の二つとも重要な問題である。前者は、地方政府の関連部門にとって、管理の責任を負えば、それだけの政治的リスクがあるからである。現在の管理体制はNPO・NGOの登録基準を高める同時に、各政府部門に責任を回避する理由をつけたとは言える。後者は、政府の管轄下に置かれたくないというのも、現存の管理体制がNPO・NGOにとって厳しくて、NPO・NGOへの支援に重置きではなく、規制・コントロールを中心に管理しているからである。もちろん、同団体の公開性・透明性が足りないというのも問題点の1つである。

黎明之家は、政府関連部門とのコネクションを持っていないため、政府からの協力は期待できず、自身の宗教背景を生かし、教会などの独自のネットワークを通じて資金、人事、技術面などにおいて支援を得ており、政府に取り締まられないというボトムラインの範囲内で活動・運営を維持している。団体を存続させるために、政府に「迷惑」を掛けられなくて、広報活動も最小限にせざるを得なくなっている。自らの生存と発展を維持するためのボトムラインを守るために、黎明之家は地方政府の干渉を回避する戦略を選ばせざるを得ない。

このような戦略を通じて、黎明之家は障害孤児達が立ち上がって人間らしく生きていけるように、彼らの権利と尊厳を追求するように、障害孤児に対する社会的排除を解決する活動を行っており、国家のセフティーネットの隙間を効果的に埋めているという役割を果たしている。

2-4.中国(2)

本調査は報告書執筆時点で李によって遂行中であり、調査の背景と目的を述べるに留める。

中国農村政治において、国家と農村社会との関係、もっと具体的に言うと国家と農民との関係は極めて重要なテーマである。中国これからの国家としてのあり方は、個人―社会―国家という三者の力学の変動によって決定されるとも言える。

中国において、国家が農村社会と直接に接するのは、重層的な国家官僚機構の末端の郷(鎮)政府である。よって、中国の国家と農村社会を論じるとき、郷(鎮)という社会領域に注目を払わなければいけない。

以下は、簡単に改革・開放以後の中国の国家と農村社会との関係を顧みる。20世紀90年代において、国家と農村社会の関係の特徴は、端的に「農民負担」によって示される。「農民負担」とは、国家が定める農民が納付しなければいけない税・費などを指している。具体的に言うと〈1〉農業税〈2〉農業特産税〈3〉放牧税〈4〉耕地使用税〈5〉村留保金〈6〉郷統一企画費〈7〉義務労働(道路建設など)――といった国が定める税目に加え、郷や村が徴収する規定外費用もある。場合によっては百八十種類以上に及ぶこともあるが、違法・不当に徴収された負担金が地方幹部の飲食費などに乱用される例も多い。そして最も問題になるのは、農民の負担は極めて重いことである。この時期において、農民から徴収する税金など、基本的に基層政府(郷・鎮)政府の予算として使われる。そして、農民から税金を徴収するのは郷(鎮)政府の任務である。よって、中国国家と農村社会の緊張関係は、農民と郷(鎮)政府との緊張関係に収斂できる。

基層における国家と農村社会の緊張関係を和らげるために、2000年に入ってから、「税費改革」をはじめ、原田史起の言葉を借りて、農村リーダー(郷・鎮の国家幹部)に対する制約政治 を展開された。結果として、近年農民負担問題は大幅に緩和した。一方、「税費改革」がもたらしたもう一つの結果、郷(鎮)政府の財政事情が悪化して、統治能力が低下していて、基層ガバナンスが混乱している 。

基層政府の「悪」を封じるとともに、農村公共サービスと公共品の生産の効率性かつ有効性も低下している ことは、中国で現行する政治体制の限界をしめしている。簡単にまとめると、国家が公共品生産領域から撤退してから、社会側が自立的にガバナンスを運営する能力は欠かせっているとも言える。

以上で指摘した問題を克服するために、典型的な事例として、四川省成都市は「村民議事会」改革を挙げられる。「村民議事会」は、既存する農村の党と行政システムと違って、民主的な手続きに基づいての村レベルの意思決定機関のことである。しかし、このような改革の動きは下からものではなくて、上からの事態の悪化を防ぐための「防衛改革」ともいえるが、問題なのは、行政の力で、社会側の自立性が何処まで回復できるかという点にある。

以上を踏まえて、本調査の目的は以下の通りである。集団的制度かつイデオロギーが解体した中国において、個人の権力意識を目覚めている。一方、国家側が安定している統治を求められている。この両者のバランスの成立のポイントは、各個人を統合し秩序を保たせる、加え国家に対して制約できる社会の創出である。

調査背景で触れた国家と農民関係の変容の流れを踏まえて、今回調査の目的は、ガバナンスの向上のために展開された「村民議事会」改革の実態を調べることである。具体的に言うと、「村民議事会」改革によって、郷(鎮)領域において、ガバナンスと官民関係の変化は何かを究明することである。

3.まとめ

この2年間で、メキシコ、韓国、フィリピン、中国、タンザニアという国々の連帯経済実践の事例調査を行ってきた。これらを元に個別の分析はなされているが、事例相互の比較検討を通して地域個別性、または通底する理念があるのであればそれを抽出するという作業が肝要である。だが、この2年間で扱った事例にはアジア、アフリカ、ラテンアメリカという旧来の「第三世界」に偏りがあり、ヨーロッパ、アメリカ、日本などの事例が十分に検討されていない。今後、連帯経済の理論的考察を目指しつつも、さらに事例の種類も増やす必要がある。

以上。