2010年度 学術交流支援資金報告書
研究課題名 電子教材作成支援3-1 スペイン語ベーシック1〜3・インテンシブ1・スキル
研究代表 山本純一
所属 環境情報学部(教授)
研究協力者 寺田 裕子(スペイン語訪問講師(招聘))
笠井賢紀 政策・メディア研究科後期博士課程
中川 佳織 山本 健太 柳川 令名 小林周 松本晋平 高木 信太郎
報告書目次
1.本研究の背景と目的
2.開発の計画と経緯
2-1 毎学期開講されるスペイン語コース全般で使用するウエブ上での文法と語彙教材の整備と開発
2-2 スペイン語コース全体を通し、授業内容のレベルを明確化する教材の作成(DELEに対応した教材の作成)
2-3 学生の使用教材の一本化と、教員の仕事の簡便化
3.研究成果の提示(概要の説明)
4.研究成果の詳細の提示(具体的な完成教材について)
1. 本研究の背景と目的
本研究は、SFCの外国語教育の一拠点スペイン語研究室として、日々変化する電子媒体による学習環境をかんがみ、目標としてウエブを活用した学習者主体のスペイン語LMS(Learning Management System)を構築することを掲げる。SFCのスペイン語は、現在、以下のようにコースが設けられている。
ベーシック1(2単位) → ベーシック2(2単位) → ベーシック3(2単位) → インテンシブ1(4単位)
→ インテンシブ2(4単位 海外研修) → インテンシブ3(4単位) → スキル(2単位)
インテンシブ開講当初のコースの目的は、スペイン語の「発信型」、つまり「スペイン語で意見を表明できる」コミュニケーション能力の育成だった。その後、二回に及ぶ大きなシラバスの改定を行い、2010年現在、「基礎文法」と「基礎語彙」を確実に習得して、スペイン語能力試験で保障されるスペイン語力の育成をカリキュラム化し、それに沿った電子教材を作成している。本年度は、その一環として、電子教材の充実を図ることを目指し、研究の支援を要請した。
2.開発の計画と経緯
2-1毎学期開講されるスペイン語コース全般で使用するウエブ上での文法と語彙教材の整備と開発
1で示した毎学期開講されているクラスについて、一貫した文法と語彙教材を整備し、新たな教材を開発することを目指した。昨年度まで、ベーシック1からベーシック3までに対応した「初級の文法教材」ができており、授業に組み込まれ、宿題システムと称し、稼働していた。
また、語彙教材は、昨年までベーシック1からインテンシブ1まで、連続した内容でCD化して学生に配布していた。さらに、その内容にそって、授業中に小テストを行っていた。今年度は、この小テストをウエブ上で、文法と同様のスタイルで語彙教材の宿題化を目指した。また、CDは、配布せずにダウンロードできるような方法で、自習教材化することを目指した。その場合、新入生の1年生(情報処理の知識がない学生)にも、使いやすいような仕様を考案した。この詳細は、4で述べるが、別々に開発され導入してきた二つの教材を、より簡便な方法で運用できるように、新たなシステムの導入を目指した。(以下4 教材の詳細を参照)
2-2 スペイン語コース全体を通し、授業内容のレベルを明確化する教材の作成(DELEに対応した教材の作成)
(DELEのA1からC2のレベル別に整理し、SFCスペイン語コース(ベーシックからインテンシブ、スキルまで)全般を通して連続して使用できるウエブ教材の開発)
スペイン本国では、第二言語としてのスペイン語能力を認定するテスト(DELE)が実施されている。日本でも、受験可能であるが、SFCスペイン語コースでは、このレベルに準じたシラバスを準備し、DELEの各レベルに応じた教材を各コース内で新たに準備する必要がある。なお、DELEは、現在、「ヨーロッパ言語共通枠組み参照」という、EU内の外国語教育の共通枠組みの一部となっており、それを踏まえたレベルの対応表が、下に示すものである。SFCのコースも、これに準拠したカリキュラムを構築し、対応する教材作成を目指しており、今期の電子教材は、その一部をになうものである。
DELEの各レベルは、共通枠組みでは、以下の通り規定されている。
Nivel |
Denominación |
Diplomas de Español |
SFCカリキュラム |
C2 |
Maestría |
Diploma de Español Nivel Superior |
|
C1 |
Dominio operativo eficaz |
|
インテンシブ3 スキル |
B2 |
Avanzado |
Diploma de Español Nivel Intermedio |
インテンシブ2 海外研修 |
B1 |
Umbral |
Diploma de Español Nivel Inicial |
インテンシブ1 ベーシック3 |
A2 |
Plataforma |
|
ベーシック2 |
A1 |
Acceso |
|
ベーシック1 |
共通枠組み参照 全体的尺度
熟達した使用者 |
C2 |
聞いたり、読んだりしたほぼ全てのものを容易に理解することができる。 いろいろな話し言葉や書き言葉から得た情報をまとめ、根拠も論点も一貫した方法で再構成できる。自然に、流暢かつ正確に自己表現ができ、非常に複雑な状況でも細かい意味の違い、区別を表現できる。 |
C1 |
いろいろな種類の高度な内容のかなり長いテキストを理解することができ、含意を把握できる。言葉を濁しているという印象を与えずに、流暢に、また自然に自己表現することができる。社会的・学問的・職業上の目的に応じた、柔軟な、しかも効果的な言葉遣いができる。複雑な話題について明確でしっかりとした構成の詳細なテキストを作ることができる。その際、テキストを構成する字句や接続表現、結束表現の用法をマスターしていることが伺える。 |
|
自立した使用者 |
B2 |
自分の専門分野の技術的な議論など、抽象的また具体的な話題の複雑なテキストの内容を、ほとんど理解することができる。お互いに緊張しないで、母語話者とやり取りができるぐらい流暢かつ自然である。かなり広範な話題について明確で詳細なテキストを作ることができ、様々な選択肢について長所や短所を示しながら自己の視点を説明できる。 |
B1 |
仕事・学校・娯楽で普段出会うような身近な話題について、標準的な話しかたであれば主要点を理解できる。その言葉が話されている地域を旅行しているときに起こりそうな、大抵の事態に対処することができる。身近で個人的にも関心のある話題について、単純な方法で結び付けられた。脈絡のあるテキストを作ることができる。経験・出来事・夢・希望・野心を説明し、意見や計画の理由、説明を短く述べることができる。 |
|
基礎段階の使用者 |
A2 |
ごく基本的な個人的情報や家族情報・買い物・近所・仕事など、直接的関係がある領域に関する、よく使用される文や表現を理解できる。簡単で日常的な範囲なら、身近で日常の事柄についての情報交換に応じることができる。自分の背景や身の回りの状況や、直接的な必要性のある領域の事柄を簡単な言葉で説明できる。 |
A1 |
具体的な欲求を満足させるための、よくつかわれる日常的表現や、基本的な言い回しを理解し、用いることができる。自分や他人を紹介することができ、どこに住んでいるか、誰と知り合いか、持ち物などの個人的情報について、質問したり、答えたりできる。 もし、相手がゆっくり、はっきりと話して、助け舟を出してくれたら、簡単なやりとりができる。 |
2-3 従来授業中に行ってきた語彙の小テストを、ウエブ上で行い(SFC-SFSでは処理できない「答えを入力、採点を自動的に行い、結果を集計する」システムの開発と改定)、学生の教材の一本化と、教員の仕事の簡便化を図った。
2−1で述べたが、昨年まで、授業で小テストを2つ行っていた。前の週の授業の復習と、単語テストであるが、この単語テストを現在ある文法宿題システムに搭載させ、単語テストを授業外の課題とした。
以上、従来とは別に、新たなシステムの構築が必要となった。本プロジェクトでは、今まで、別々に置かれていたスペイン語の教材を、ムードルに移行、一体化させた。(詳細は、以下4を参照)
3 研究成果の提示(概要の説明)
1)
毎学期開講されるスペイン語コース全般で使用するウエブ上での文法と語彙教材の整備と開発。
成果
@
学生にとって、宿題がウエブ上で一本化され、繁雑でなくなった。
A
ウエブ上で宿題をやることで、すぐに自分の誤りに気付くことができ、また、繰り返しのドリル機能を搭載させることで、自習が可能になる。やる気のある学生は、何度でも教材にアクセスができ、習得が進む。
B
授業時間内に限らず宿題の提出ができ、学生にとっても、教員にとっても、便利になった。
C
今まで小テストで割愛されていた時間を授業活動として使用できるようになった。
D
今まで小テストの採点・転記・集計などに取られていた教員の時間を確保できるようになった。
E
研究室で作成していたCD化作業をウエブに教材をアップすることで、教材作成の作業時間の削減ができた。
2) スペイン語能力を判定するスペイン政府による資格試験(DELE)に準拠した文法・語彙教材の作成。
成果
@ コースごとのスペイン語学習の目標が明確になった。学習者・教育担当、両者にとって、到達目標が明確になった。
A
学習者にとって、自分の努力結果が、明示的にわかるようになった(資格試験を期末試験で実施、点数を明示した)。
3)授業中に行ってきた宿題や小テストを、ウエブ上で行う(SFC-SFSでは処理できない「答えの入力、採点を自動的に行う)。
成果
学生にとっては、学習成果がすぐ評価され、教員にとっては採点作業が省略化された。特に教員は、ムードル上の評点の機能を活用でき時間短縮が進んだ。
4) 語彙教材の小テストが、音声重視の授業に対応して、音声による課題提示型の新しい語彙教材として完成した。
成果
スペイン語コース全体の目標である「コミュニケーション能力を重視した授業」をサポートする、音声によるウエブテストが可能になった。
音声を手掛かりに自習する語彙教材は、スペイン語に関して言えば、現在までのところ、かなり少ない。その中でも、音声を聞き取り、小テストとして活用できる教材は、研究室が関知する中では皆無である。その意味で、今回の新規開発の意義が大きい。
4.研究成果の詳細の提示(具体的な完成教材について)
http://estudio.sfc.keio.ac.jp/el/
4−1) 統合前のe-Learning教材
スペイン語研究室ではこれまで多くのe-Learning教材を開発・運用してきた。今回のe-Learning教材の統合に関係するのは「宿題システム」と「Cocina」の2つである。
4-1-1)
宿題システム
4-1-1-1) 概説
宿題システムはスペイン語の履修者が、授業の復習のため、また授業では十分に時間を取れなかったが重要な文法事項の学習のために用いる教材である。
スペイン語のBasicコース3レベルに合わせて、各13課、計39課の「宿題」がある。これらの宿題に履修者はオンラインで接続し、スペイン語を入力して回答する。問題はすべて1語から数語を答える短答式であり、自動採点される。宿題システムには、回答に際して履修者が文法事項を自学自習する「文法ノート」が課ごとに用意されており、これをまとめると一冊の基礎文法集となる。履修者はそれぞれ宿題システム用にアカウントを作成し、アカウントと受講クラスは1対1対応である。
4-1-1-2) 問題点と技術要件
宿題システムは、これまで約10年にわたり維持されてきたが、運用にあたっていくつかの問題点が生じていた。特に重要な点は変更が困難であることだった。たとえば問題の追加・削除・差替、文法ノートに新たな項目の追加、または採点方法などでシステムの設定を調整したい場合は、困難であった。
変更が困難な理由は、システムを構築している仕組み(プログラミング言語等)を十分理解できないと変更がむずかしいことにあった。そのため「原則、宿題システムには変更を加えない」という姿勢で運用されてきた。
宿題システムはPostgreSQLで組まれたデータベースを用いて、PHPスクリプトでデータのやりとりを行いHTMLとして出力したものである。「スクリプト言語+データベース」の組み合わせは現在でも一般的なものだが、開発当時はCMS(Contents Management System)などは主流でなかったこともあり、宿題システムは独自に組まれたものであった。phpPgAdminのようなウェブ・ブラウザからデータベースを編集する仕組みは導入されていなかった。
これらの事情により、PostgreSQLやPHPに習熟した者が運用担当にならなければならなかった。現在までは途切れなく人材確保ができているが、同時に問題の根本的解決が求められてきた。なお、引き継ぎに際して宿題システムでは「運用マニュアル」が用意されていたが、これは学期ごとに初期設定を行う方法が書かれたものであり、実際の運用では、各運用担当者が臨機応変に対応をしてきた。
具体的にどのような点で変更が求められていたのか、いくつか紹介する。
@ 文字入力
開発当時にはUnicodeの整備も十分で無かったため、スペイン語入力も独自の方法を取っており、次のような対応表が履修者には示されていた。このため、履修者が本来の字形で直接入力を行った場合、その回答は「不正解」として採点され、履修者からは改善の声が多く寄せられた。
本来の字形 |
á |
é |
í |
ó |
ú |
ü |
ñ |
履修者の入力方法 |
a’ |
e’ |
i’ |
o’ |
u’ |
u: |
n~ |
A パスワード
そのほか、履修者からの問い合わせが多かったのは「パスワードを忘れてしまった」というものである。パスワードを忘れた場合には、宿題システム上でユーザが直接確認できる方法が準備されていなかったため、運用担当者がデータベースを直接確認して伝える方法を取っており、セキュリティ上、またプライバシーの観点からも問題があった。
ユーザは一学期あたり150から200人おり、パスワードを忘れたという問い合わせは10から30件に及ぶ。その都度、本人に「担当者がパスワードを見てしまう」ことの承認を経て、現にそれを調べて通知するという作業は運用担当者に大きな負担を強いていた。
B 問題の変更
たとえば、「今日は2011年2月27日、日曜日です」という文があり、これをスペイン語訳するような問題がある。これは、現在であれば違和感が無いが10年後に見ると「今は2021年だし、曜日も違う」と違和感がある。この問題に限らず、問題を学期毎に変えたい場合や、新しいレベルを作りたい場合などがあったが、これまで担当教員は「宿題システムには変更を加えない」という原則を、技術的観点から守っていたために変更ができずにいた。
C アカウントの設定
宿題システムではアカウント1つに対してクラス(ロール)が1つ対応している。そしてクラスには複数の課が対応している。つまり、クラスは課のセットである。
宿題システム上のクラスは実際のクラス同様にBasic1,2,3の3つと、それらすべての課にアクセスできるIntensiveクラスの4つに分かれている。仕組みの上では、これらとは異なる課のセット(クラス、ロール)を使ってそれを用いることも可能だが、1アカウントが対応するのは1つのセットだけであり、ある学生が「Basic2を受講中だが、Basic1の問題もやってみたい」と言った場合、そのような課のセットをクラスとして作らなければならず、実際には行われなかった。
4-1‐2‐1) 概説
CocinaはCD-ROMで履修者に頒布された語彙教材である。約3,000の単語・熟語が登録されており、すべての単語・熟語について文字だけではなく音声も提供されている。全語について、音声を聞いて文字で答えるテスト機能がついている。これらは73の課に分かれており、課ごとにランダムに問題が表示されるテスト機能もある。それぞれの課で重要な語にはオリジナルのイラストも表示され、親しみやすくする工夫がなされている。Cocinaのテストは教室で行われる小テストと連動しており、同テストの結果は成績に反映される。
4-1-2-2)
問題点と技術要件
CocinaはMP3形式の音声ファイル、JPG形式の画像、CSV形式の単語集を素材としてFlashで作成されている。ただしそれらすべては、外部ファイルをFlashが読み込む形ではなく、課ごとに作成された73のFlashファイルにそれぞれ埋め込まれている。このことは、宿題システムとは別の理由で、変更の困難さを生んでいる。Cocinaは新しい素材を用意しても、それを組み込む作業は、すべて個別に手作業で行わなければない。
埋め込まれる前の音声ファイルはすべてCDに同梱されており、履修者はこれを音楽プレイヤーなどにいれて持ち運んで再生することができる。ただしテスト機能を含むメインの語彙教材部分については、すべてFlashで作成されているのでFlashに対応していない機器では実行できない。
他の問題群として、CocinaはCDで頒布という形式を取ったことによるものがある。(a)不具合が生じた場合や問題を変更したい場合にはCD自体または外部パッチファイルを提供しなければならない。つまり、アップデートが難しい。(b)進捗やテスト結果を記録できない。定着を測るためには教室で毎週小テストを行わなければならないことになった。(3)CD作成に費用が掛かる。作成(データ焼き付け、ラベル貼り)、動作確認、配付、交換対応などで多くの人的資源が割かれてきた。
4-1-2-3) 改善の第一段階
宿題システムの問題の前にCocinaの諸問題に取り組んだ。Cocinaの基となった音声ファイルを、単語集(CSV形式)の各行と対応させることにより約3,000件の登録語をスムーズに宿題システムに移行した。これにより、小テスト機能は宿題システムで実現可能となった。
ただし、宿題システムは上述の通り、原則として変更することが想定されていない作りであり、新しい課を加えたというより、まったく別個のコンテンツを加えるこの作業は、より宿題システムの引き継ぎを困難とするものであった。そのため、Cocinaの組み込みも含めて宿題システムを抜本的に新システムに移行することとなった。以下、新システムについて述べる。
4-2-1) LMSの使用
ここまで見てきたように宿題システムとCocinaはそれぞれに運用実績もある優れた教材ながら、技術面の制約によるいくつかの大きな問題が生じていた。これを解決するために、2つの教材を統合して、運用者の管理・運用を容易にするとともに履修者にとっても利便性が高まるような新システムを構想した。特に重要な点は以下の点である。
1.
プログラミング等に関する専門的知識が無い者でも運用・管理に携われる
2.
履修者に対して前システム同様あるいはそれ以上の利便性を維持する
3.
コンテンツの変更を容易にする
これらのことを勘案して、独自システムの開発よりも、パッケージ化された学習環境を用いるべきだと考えた。なぜなら、パッケージ化されたものは、インターネット上に問題共有・解決のためのフォーラムが用意されており、パッケージ自体のアップデートによりセキュリティ対応などを最新に保てるといったメリットも同時に享受できるためである。
MODxやXOOPSなど様々なCMSを試行したが、採点機能や小テスト機能が最初から組み込まれているLMS(Learning
Management System)で、世界的にも利用が進んでいるMoodle(ムードル)の使用が適切であると判断した。Moodleは既にSFCでも情報基礎科目で広く用いられており、授業運用にたえられると考えられた。
Moodleは宿題システム同様、PHPとデータベース(MySQL)の組み合わせによりHTMLを提供する仕組みであり、「小テスト」などの【活動】モジュールが最初から豊富に準備されており、それらの採点も宿題システム同様にシステム上で行うことができる。以下、特に重要と思われる点について概説する。
今回Moodleで統合した教材を以下「e-Leraning教材」と記す。
4-2-2) ロール管理
Moodleには「ロール」の概念がある。ロールは動作ごとに細かく設定されたパーミッションの束である。つまり、どのような作業を許可するのかを細かく設定できる。今回、ロールには「管理者」、「教員」、「TA」、「SA」、「履修者」、「ゲスト」の5つを用意した。管理者はMoodle自体の設定も変更できる全権限を持っている。教員はMoodle設定を除くすべてのこと、つまりクラス運用ができる。TAはクラスの追加登録などはできないが履修者の成績を閲覧できる。SAは成績の閲覧はできないが期限の過ぎた問題の閲覧などはできる。履修者は期限内の問題に回答したり、提供されたリソースにアクセスすることだけが許可されている。
教員、スタッフ、履修者はそれぞれe-Learning教材用にアカウントを作成し、管理者が設定しない限り、全員まずは「履修者」ロールとしてシステムを利用できる。管理者は教員、スタッフにそれぞれ適切なロールを付与することでMoodleの利用を始める。ロールとコース(クラス)は対応付けされていないため、履修者は登録用キーワードさえ知っていれば複数のコースにも登録できる。
4-2-3) 小テスト
宿題システムの根幹であったテスト機能はe-Learning教材では「小テスト」機能で実現した。まずe-Learning教材上にある「問題バンク」に問題を登録する。登録できる問題は「記述式」、「選択式」、「作文式」など様々であるが、宿題システムはすべて記述式だったため、ここでもすべて記述式である。宿題システムでは問題はクラスに対応していたが、e-Learning教材では全問題が問題バンクに登録されるので、あるクラスで用いた問題を別のクラスで再利用することも簡単である。
宿題システムのデータベースをCSV形式に出力した後、Moodle XML形式に変換するスクリプトを作成して変換を行い、それをe-Learning教材の問題バンクにインポートした。この作業により78の大問が問題バンクに登録された。それぞれの大問には1から20の小問が含まれている。たとえばIntensiveクラスはすべての問題を参照できる仕組みだが、宿題システムの場合、Basic1の問題を変更してもそれはIntensiveには反映されなかった。だがe-Leraningシステムでは問題を共有リソースとして管理しているので、問題バンクで1問を変更すると、その変更は、その問題を用いている全活動に即座に反映される。
問題を新たに追加したり変更する際は、データベースをデータベース用の言語で直接扱うのではなく、ウェブブラウザ上で管理できる。このことは問題作成者である教員自身による更新を可能にする画期的な点である。このためe-Learning教材の運用姿勢として「原則、変更はしない」とする必要はない。
4-2-4) バックアップ
e-Learning教材ではMoodleの「バックアップ」機能も有効活用している。バックアップ機能はコンテンツごとにバックアップを取るかどうか選択でき、かつ、ユーザのデータ(回答履歴等)をそれに含めるかどうかも設定できる。当然、あらゆるバックアップファイルは簡単にインポートできる。これを利用して、ユーザデータを除く全コンテンツのバックアップを取れば、そのコースの「未使用」な状態が抽出できる。新学期にはこのバックアップをインポートすればクラスの設定が終わるため、データベースのリセットなどの作業を要しない。開発用のテスト・コースを作成する場合もこの方法によって極めて簡便に作成できる。
4-2-5) パスワード
パスワードはMoodleの機能により登録されたメールアドレスに新規パスワード発行の手続きが送られるので、運用担当者が対応する必要はなくなり、運用担当者が各ユーザのパスワードと接する機会も無くなった。この手続きの使用方法が分からないという問い合わせは1学期の運用中に1件だけであり、その場合も、旧パスワードを見ることなく運用担当者が新たなパスワードを付与するなどの対応が可能となったため、リスクや負担が相当に軽減された。
4-2-6) ファイルへのアクセス
宿題システムにCocinaを一時的に統合した際にはセッション管理を行わなかったため、Cocina用のファイルは誰でもダウンロードできた。e-Learning教材ではコース内にファイルを設置したため、セッション管理を個別に施さなくても、そのコースでファイルの閲覧を許可されたロールのアカウントにログインしていなければダウンロードはできない。
4-2-7) サーバ管理
宿題システムの管理は研究室で行うかITCに委任するかということを選択する必要があった。サーバ管理の引き継ぎなどを考え、ITCに委任することとした。ITCは2010年度現在ではPHPがsafemode運用であるため、個別に相談してsafemodeではなく通常の運用に設定していただいた。その他、使用者によるファイルのアップロードに係る設定変更などで便宜を図っていただき、現在に至る。
新しく統合したe-Learning教材は2010年度秋学期に、約170名の履修者が現に用いた。その間、次のような問題が起こり、今後改善しなければならない。
・ 課題提出期限直前にサーバの反応が遅れる(学期中にITCと相談して対応済)
・ 提出期限後に課題が見られなくなる(調整中)
一方で、これら以外に大きな問題は生じなかった。新システム移行に伴い、継続履修者に混乱が生じると思われたが、これまでの宿題システムと同様のものとして使用されたことは、シームレスな移行が成功していることを証明しており、プロジェクトの一つの成功点である。
また、運用担当者の負担は大幅に軽減した。問題の追加・変更などが気軽にできるようになったことは、今後の教材開発の意欲をかき立てるものである。Moodleに備え付けられていた採点・成績管理機能が想定以上に優れていたために学期末の成績処理が、より容易になったことも大きい。教員を含め、必ずしも情報技術に習熟していないスタッフに対する管理への参入障壁は相当程度、取り払われたと評価できる。
今後、宿題システムやCocinaを除くその他の教材の統合を進めるとともに、コンテンツの整理・拡充を図りたい。
文責 1-3 寺田裕子 総合政策学部 訪問講師 hterada@sfc.keio.ac.jp
, 4 笠井賢紀 政策・メディア研究科後期博士課程
kasai@sfc.keio.ac.jp