2010年度 学術交流支援資金報告書

 

研究課題名       電子教材作成支援3-16 日本語スキル

研究代表          平高史也 

所属                総合政策学部(教授)

研究協力者       寺田 裕子(総合政策学部 訪問講師(招聘))

                      笠井 賢紀(政策・メデイア研究科 後期博士課程) 中村ふさ子(東海大学 非常勤講師)        

加藤碧(環境情報学部3年)   恩田優(環境情報学部2年) ホホニョン(総合政策学部2年)                                                             

 

報告書目次                                                                     

1.本研究の背景と目的

2.開発の計画と経緯

   2-1 当初の開発予定と変更の経緯

   2-2 新たなIT教材の開発 「漢字」

3.研究成果の提示

4.まとめと展望

 

 

I 研究の背景と目的

これからの日本の大学がやるべき課題の一つとして、海外の優秀な人材を「日本社会」に取りこむことと考える。日本は、その経済力・車や電化製品などにみられる精度の高い製品開発力・アニメや映画などの文化的創造力で、世界一流ブランドとしてその地位を確立して今日に至った。昨今のトヨタプリウス車の開発など、世界のナンバーワンを走るものとして、抱える課題も多い。

しかし、今や、その日本の誇るべき力は、韓国、中国、インドなど、他のアジア諸国の追随に敗れ、後れをとっている。その理由の一つに、若い人材の不足があげられる。日本人の人口増加率は、今だかつてないほど低く、次世代の力に期待をかけるのは、かなり厳しい現状といえよう。

そのような中で、日本に関心を払う留学生や、留学しないまでも日本に興味を持つ海外在住の日本語学習者に対しての日本語教育支援は、海外の優秀な人材を日本社会に取り込むという意味で、重要な研究課題である。昨今の中国政府の推進する孔子学院の例でも明らかなように、海外での中国語普及政策は非常に積極的に展開されており、欧米諸国の大学では、従来のアジア言語学科の中でも中国語拡大政策に追われ、日本語科の閉鎖が相次いている。

そのような現状を鑑み、日本語教育の重要性を改めて主張し、SFC日本語教育研究の強化を求めたい。留学生を対象とした教材開発や日本語自習コースは、国内では早稲田大学を筆頭に、主要な大学で大掛かりな研究が進められている。SFCで日本語を担当する教員として、ITを利用とした教材の開発と運用は、学内に無線ランが飛んでいる恵まれた環境を考慮したときに、取り組むべき重要課題と考える。

 

2.開発の計画と経緯

2-1 当初の開発予定と変更の経緯

本年度、当初の研究予定は、以下のようなものを掲げ、資金の運用を予定していた。

アドバンストメデイア社が早稲田大学院と連携し、先駆けとなる音声認識教材に着手したが、大学側から音声の判定が未熟ということで、実質的に研究開発途中で中止になっている状況であった。また、日本語学校である長沼スクールでは、長沼で使用されている教科書に準拠して、同社開発の音声指導の授業が試行されたばかりである。以上、体系的な音声指導教材としては未開発な状況で、アドバンストメデイア社としては、日本語教育の中でも音声の専門家のいる大学との協調開発を望んでいる状況であった。

この音声認識には、非常に細部にわたる音声の分析が必要で、技術と費用がかかる。アドバンストメデイア社は、技術的に分担しても、それ以外の費用をねん出できないという事情があった。そこで、2010年の夏まで、根気よく企画の実現を双方で模索したが、最終的に、義塾とアドバンスメデイア社側の著作権の範囲の問題で合意にいたらず、結局、2010年の秋に、当社へ依頼する開発は、中止ということになった。

 

2-2 新たなIT教材の開発

残された期間が短かったこともあり、冒頭に挙げた日本語教育の中でも、「音声教育」と同様にニーズの高い、「漢字教育」を対象とする教材開発に変更することになった。漢字教育は、今まで、音声とセットで教えられる教材が少なかったが、音声を重視するという立場から、音声でのインプットを得ながら、漢字が学べる教材の開発を手掛けることにした。コンテンツについて、東海大学の中村ふさ子先生の協力を得ることができ、相談を重ねながら、漢字のコンテンツを整えた。

2-2-1 教材のレベル

漢字のレベルは、日本語能力試験の4級、3級、2級、1級の一部までの漢字を網羅する。

授業後、あるいは、授業に関係なく、日本内外の日本語学習者に自習してもらえるように、20問づつ、小テスト形式に作成する。

 

2-2-2  教材の仕様

20問の漢字の読み方をひらがな入力し、その後、確認して提出すると、直後に正誤判定が出る。採点され、採点結果は、記録される。

提出後は、何度も、ドリル形式で練習が可能にする。

さらに、提出後は、音声ボタンを押せば、漢字のみ、また、文全体の音声が聞けるようにする。その結果、従来では、音とは無関係に漢字を学習してきたが、音声とセットで、漢字の学習が可能になる。

 

2-2-3 復習の小テスト機能の搭載

 毎日、20問づつ学習後、ある範囲内で、ランダムに小テスト機能を搭載する。復習に役立てるだけでなく、場合によっては、それをテストとして利用が可能にする。

 

2-2-4 音声インプットでのテスト

 ひらがながなく、音声を聞き、漢字を書く、という音声重視のテストを作成する。従来、漢字と音声は別々に扱われていたが、この機能で、両者を結びつけて学習が可能になる。特に、海外で初級漢字を学ぶ場合、その後の日本語習得に有益だと考えた。

 

 

3.研究成果の提示

 

今回の成果 e-Learning教材 http://estudio.sfc.keio.ac.jp/jp/ うち「漢字」

使い方

ログインすると「時事日本語」、「音声」、「漢字」という3つのコースが表示。

「漢字」をクリック。

現在、大きく分けて3つのコンテンツからの構成。

1. レベル順 小テスト

 ・全1,000問(20×50レベル)

 ・漢字の読みをひらがなで答える問題

 ・採点後に文と単語の音声が聞ける

 

2. ランダム出題 小テスト

 ・レベル順小テストを終えた学生向けの力試し

 ・5レベル100問から20問がランダムに出題

 ・最後に全1,000問から50題の出題

 

3. 聞き取りテスト

 ・レベル順小テストと同じ問題だが、音声を聞いて、空欄を穴埋めするという聞き取り+漢字入力のテスト

 ・採点後に単語の音声も聞ける

---------------------------------------------------------------------------

いずれも、問題の採点方法は、

 ・何回でも解ける ただし、成績用に採点記録が残るのは初回のみ

 

3-1 LMSの使用

日本語教材LMS(Learning Management System)を立ち上げるにあたり、運用者の管理・運用を容易にするとともに履修者にとっても利便性が高まるようなシステムを構想した。特に重要な点は以下の点である。

 

1.       プログラミング等に関する専門的知識が無い者でも運用・管理に携われる

2.       履修者に対して前システム同様あるいはそれ以上の利便性を維持する

3.       コンテンツの変更を容易にする

 

これらのことを勘案して、独自でのシステム開発よりも、パッケージ化された学習環境を用いるべきだと考えた。というのは、パッケージ化されたものは、インターネット上に問題共有・解決のためのフォーラムが用意されており、パッケージ自体のアップデートによりセキュリティ対応などを最新に保てるといったメリットも同時に享受できるためである。

MODxXOOPSなど様々なCMSを試行したが、採点機能や小テスト機能が最初から組み込まれているLMS(Learning Management System)で、世界的にも利用が進んでいるMoodle(ムードル)の使用が適切であると判断した。Moodleは既にSFCでも情報基礎科目で広く用いられており、授業運用にたえられると考えられた。

MoodlePHPとデータベース(MySQL)の組み合わせによりHTMLを提供する仕組みであり、「小テスト」などの【活動】モジュールが最初から豊富に準備されており、それらの採点もシステム上で行うことができる。以下、特に重要と思われる点について概説する。

今回作成したMoodle教材を以下「e-Leraning教材」と記す。

 

3-2 ロール管理

Moodleには「ロール」の概念がある。ロールは動作ごとに細かく設定されたパーミッションの束である。つまり、どのような作業を許可するのかを細かく設定できる。今回、ロールには「管理者」、「教員」、「TA」、「SA」、「履修者」、「ゲスト」の5つを用意した。管理者はMoodle自体の設定も変更できる全権限を持っている。教員はMoodle設定を除くすべてのこと、つまりクラス運用ができる。TAはクラスの追加登録などはできないが履修者の成績を閲覧できる。SAは成績の閲覧はできないが期限の過ぎた問題の閲覧などはできる。履修者は期限内の問題に回答したり、提供されたリソースにアクセスしたりすることが許可されている。

教員、スタッフ、履修者はそれぞれe-Learning教材用にアカウントを作成し、管理者が設定しない限り、全員まずは「履修者」ロールとしてシステムを利用できる。管理者は教員、スタッフにそれぞれ適切なロールを付与することでMoodleの利用を始める。ロールとコース(クラス)は対応付けされていないため、履修者は登録用キーワードさえ知っていれば複数のコースにも登録できる。


3-3 小テスト

テスト機能はe-Learning教材では「小テスト」機能で実現した。まずe-Learning教材上にある「問題バンク」に問題を登録する。登録できる問題は「記述式」、「選択式」、「作文式」など様々である。e-Learning教材では全問題が問題バンクに登録されるので、あるクラスで用いた問題を別のクラスで再利用することも簡単である。

 

 

1000の大問が問題バンクに登録された。それぞれの大問には1から20の小問が含まれている。e-Leraningシステムでは問題を共有リソースとして管理しているので、問題バンクで1問を変更すると、その変更は、その問題を用いている全活動に即座に反映される。

問題を新たに追加、変更する際は、データベースをデータベース用の言語で直接扱うのではなく、ウェブブラウザ上で管理できる。このことは問題作成者である教員自身による更新を可能にする画期的な点である。このためe-Learning教材の運用姿勢として「原則、変更はしない」とする必要はない。

 

3-4 バックアップ

e-Learning教材ではMoodleの「バックアップ」機能も有効活用している。バックアップ機能はコンテンツごとにバックアップを取るかどうか選択でき、かつ、ユーザのデータ(回答履歴等)をそれに含めるかどうかも設定できる。当然、あらゆるバックアップファイルは簡単にインポートできる。これを利用して、ユーザデータを除く全コンテンツのバックアップを取れば、そのコースの「未使用」な状態が抽出できる。新学期にはこのバックアップをインポートすればクラスの設定が終わるため、データベースのリセットなどの作業を要しない。開発用のテスト・コースを作成する場合もこの方法によって極めて簡便に作成できる。


3-5 パスワード

パスワードはMoodleの機能により登録されたメールアドレスに新規パスワード発行の手続きが送られるので、運用担当者が対応する必要はなく、運用担当者が各ユーザのパスワードと接する機会はない。旧パスワードを見ることなく運用担当者が新たなパスワードを付与するなどの対応が可能となったため、リスクや負担が軽減される。

 

3-6 サーバ管理

サーバ管理の引き継ぎなどを考え、ITCに委任することとした。現在は、スペイン語研究室が依頼しているスペイン語教材のドメインを使用している。

今後、日本語の教材の開発が継続的に行われるのであれば、新たに、日本語としてサーバ管理をITCに依頼する必要があろう。

ITC2010年度現在ではPHPsafemode運用であるため、スペイン語研究室が個別に相談してsafemodeではなく通常の運用に設定していただいた。その他、使用者によるファイルのアップロードに係る設定変更などで便宜を図っていただき、現在に至っている。

 

4 まとめと展望

 半年という短い期間に、当初の予定から変更して、音声を搭載した漢字の自習教材を開発した。よってさらなる改定が望まれるが、現状では、

今回のムードルでの実現により、以下の事が期待できる。

1)運用担当者の負担の大幅の軽減

問題の追加・変更などが気軽にできることは、今後の教材開発の意欲をかき立てるものがある。

Moodleに備え付けられていた採点・成績管理機能が優れているために学期末の成績処理が、容易になることが期待できる。

教員を含め、必ずしも情報技術に習熟していないスタッフに対する管理への参入障壁が、かなり取り払われる。

2)現在の仕様以外に、以下のような改定も可能であり、2011年に実用して改定を図りたい。

 ・学生は3回まで練習できる

 ・問題に間違えると次に進めない。正解するまで同じ問題。

   ただし、ヒントとして音声が聞けるようになる

一つの漢字の読みを入れると即座にその正否がわかり、間違っていた場合正答が確認できる

3)今後、日本語の他の教材との統合、コンテンツの整理・拡充

 別のプロジェクトとして、音声、またニュースの聞き取りの教材開発も進めており、この漢字の教材と連動して、学生のレベルとニーズに合わせたSFC独自の日本語学習のためのムードル教材としてさらなる開発を予定している。

 

 

 

文責 1、2、4 寺田裕子 総合政策学部 訪問講師 hterada@sfc.keio.ac.jp 

    3     笠井賢紀 政策・メデイア研究科 後期博士課程 kasai@sfc.keio.ac.jp