2011年度学術交流資金(国内外でのインターンシップ、フィールドワーク科目支援)研究成果報告書
研究課題名:開発ネットワーク(JANP1)
申請者:総合政策学部 梅垣理郎

研究の目的

本研究はベトナム戦争時に散布された枯葉剤(エージェントオレンジ)の被爆2世・3世の身障児の社会復帰の条件や環境整備の現状を比較検討する。地域社会そのものを従来の隔離政策に代わる復帰トレーニングの舞台とし、地域住民とのインターアクティヴな環境が身障児に与える効果に注目していくことに本研究のオリジナリティがある。地域社会主導型の対策への注目は、ベトナム・ラオスいずれの社会においても中央政府の財源に限りがあり、社会保障制度が未整備であるため、地域に内在する人的・制度的資源の有効利用が不可欠であると考えられる。

背景

枯葉剤の影響で多数の被爆2世・3世代が心身障害者として誕生した。その数は、ベトナム70〜80万、ラオス10〜15万による。しかし、この問題の認知度と対策は、枯葉剤の主たる散布地域であったホーチミントレイルを境に大きく異なる。ベトナム(東)では早くから対策に対応する国家委員会を組織してきたが、ラオス(西)はその端緒についたばかりである。身障児の社会復帰は膨大なコストを伴うため、予算の制約の下での従来型の「隔離」を前提とした職業訓練などでは対応できる障害児の数も限定される。問題の認知レベルが高いベトナムとラオスの村落において、地域社会がどこまで社会復帰に貢献できるのかを評価する必要がある。

これまでHIV感染者の保護を隔離する代わりに居住する地域社会の中で進める、あるいは、各種殺虫剤などの使用を地域社会ぐるみで監視ないしは抑制する事例を検討し、地域社会の役割を明らかにしようとするソーシャル・エピデミオロジー的な研究は数多くなされてきた。しかし、こうした事例研究は、HIVの場合のように、当事者よりも、周辺の人間の福祉の向上を目指すものなど、当事者の存在がもたらす「コスト」tおその低減の条件を検討するものが多い。

いずれも、当事者の福祉改善、当事者の権利の共有から生まれる学習効果、そしていわば「素人集団」である地域社会住民の意識変容などは検討対象とはなっていないのが現状である。むしろ重要なのは地域住民の時間コストの評価など、こうした研究の中では二次的な検討対象としてしか位置づけられていないデータに注目することで、当事者と彼・彼女を取り巻く地域社会との相互交渉と相互変化を見きわめていくことであろう。

研究内容と2011年度の活動

本年度は、ベトナム中部ビンディン省、およびラオス首都ビエンチャン郊外、以上2箇所の集落にて、1)身障児の社会復帰という活動を地域社会の住民の直接参加を促しつつ進めて行く場合に必要と考えられる住民側の意識変化;2)地域社会が有する有形・無形の資産の評価;3)枯葉剤というアグロケミカルが生み出した環境汚染と人体への否定的な影響という「特殊な経験」から得られる「学習」効果の汎用性;4)障害児が復帰するための実践的な行為に移行する段階における、方法・資源・資産などめぐる利害関係を異にする集団間での合意形成の検討;これらの諸点を達成するための予備調査、現地協力機関との交渉等の作業を中心に行った。いずれの地域も、本研究グループが過去数年にわたり枯葉剤被害者関連の調査を展開してきた地域である。ベトナムでは、ベトナム保健省、ハノイ医科大学、フーキャットヘルスセンターなどの諸機関の関係者と協議しつつ、ビンディン省フーキャット地区の集落にて調査を進めた。ラオスでは、ラオス保健省・国防省・農林省幹部と協議しつつ、ラオスにおける枯葉剤被害者の調査を進めた。観察の対象には、障害児、障害児の家族・親族、健常児の家族・親族、地域行政集団、医療専門集団、合作社など協同組合組織、農業関連組織等など、様々な人間集団が含まれる。

今後の予定

次年度より、当該地域における本格的な調査を開始する。また、成果の公開と、その波及をめざしてワークショップ等の開催を行う。



2012.02.28