2011年度学術交流資金(電子教材作成支援)研究成果報告書
講義:ポリシーマネジメント(開発とヒューマンセキュリティ)
作成物:Field Explore ver 2.1.0 (beta) 英語版 (Download Site)
申請者:総合政策学部 梅垣理郎

背景

政策研究の分野において、政策を取り巻く個別的文脈の詳細な把握、あるいは課題の当事者との恊働(コラボレーション)の中から、「解決すべき課題」の特定と解決策を模索する研究スタイルの必要性が高まっている。昨今、多くの政策研究者が上述の研究スタイルとしてのフィールドワークを志すまでに至っているのは、その証左といえよう。教育現場においても、政策研究に求められるフィールドワークのスキル(認識枠組み、規範動作、支援ツール)について適切なトレーニングの機会を提供することが求められている。

中でも、フィールドワークを支援するツールへのニーズは大きい。政策研究者が自身のフィールドワークにおいて採用する実践活動には、たとえば参与観察や定性調査をベースとした「解決すべき課題」の提示から、アクションリサーチや参加型開発に代表される現場恊働型の研究プロジェクトを通じた問題解決プロセスの提示などが挙げられる。このとき、いずれの形の実践(フィールドワーク)においても、時間的・物理的な制約から政策研究者は次の2つの課題に直面する。1つ目は、比較的短期間(延べ2〜3ヶ月程度、長期の場合は半年〜1年)の滞在を重ねながら、如何にして解決すべき政策課題を「厚い記述」へ昇華してゆくかという点である。これは、政策の研究者は「解決すべき政策課題」を短期間のうちにコンスタントに報告し続けることを求められることに起因する。2つ目は、如何にして研究者自身が「解決すべき課題」を認識する枠組み自体を、特に課題の当事者からのフィードバックをもとにして刷新し、フィールドでの規範動作へ反映してゆくかという点である。これは、特に従来の政策研究者が政策課題の当事者に対して取っていた、非対称な立ち位置への反省から求められることに起因する。

政策研究者が直面する、これらの課題を乗り越えるための支援ツールを、デジタルテクノロジーをベースとして提供することで、個々の政策研究者の実践活動の質的向上を図ることが期待できる。具体的に求められる支援ツールは、①マルチメディアデータ(映像、写真、音声メディア)の積極的な収集・活用とその適切な形での構造化・体系化を支援する機能、②収集データのインターネットを介した共有とそれをもとにした適切なフィードバック機能、これらを実装したアプリケーションであり、その規模が、たとえばネットブックに代表されるようなモバイルPC上でも動作する程度のアプリケーションである。そして、このような支援ツールや関連するデジタルデバイスの利用を前提とした諸々のスキルの習得を、特に本研究科にて政策研究を専攻する修士および後期博士課程の留学生へ促すことで、質の高い政策研究者を各国の政策課題の現場へ提供することが期待できる。特に、申請者(梅垣)が担当する「ポリシーマネジメント」の履修者の多くは、途上地域の開発政策等に多大な関心を寄せる、東アジア(中国、韓国、タイ、ベトナム、フィリピン、ラオスなど)からの留学生が多数を占める。これらの留学生のほとんどは、各々の母国の官公庁等での勤務経験を有し、また本研究科を卒業後も地元の行政府の役職に就き、ODAや開発プロジェクトの現場での運用などに携わるケースが多い。本講義における、上述の支援ツールの提供は、これらの留学生に対して、効果的なフィールドワークスキルの習得を促す上でも重要である。

2010年までの成果

本講義では、過去数年に渡って上述の政策研究者によるフィールドワークを支援するツール(Field Explore)の開発を続けてきている。2009年に、マルチメディアデータの概念的に整理する機能を実装した ver.1.0系をリリースした。2010年度は、これに加えて、①Google Map および GPSログと連携して、マルチメディアデータを時間的、空間的かつ概念的に体系化する機能(図1)、②外部書誌データベースと連携した、二次資料(文献や統計資料)に関する情報の取得と体系化を支援する機能(図2)、②DropboxやSkyDrive といった既存のクラウドサービスを介したデータ共有機能(図3)、以上を実装した ver.2.0をリリースした。。

図1:フィールドワークデータを分類・構造化する機能

図2:二次資料(文献・政策資料等)を体系化する機能

図3:インターネットを介してデータを共有する機能

2011年の活動内容と成果

本年度は、本ソフトウェアがどの程度効果があるのか確認するためのモニタリング調査と、その成果の発表を中心に行った。

まず8月と9月に、本講義(ポリシーマネジメント)を履修した学生5人に対して、本ソフトウェアと付属ツールとしてGPSロガーを配布し、彼らの個別のフィールドワークにおいて使用してもらい、使用感・ユーザビリティ等に関するインタビュー調査を行った。各院生・学部生のフィールドワーク先は、ベトナム(中部フエ市、バンメートート)、カンボジア(シェリムアップ)、中国(河口:ベトナム国境地帯)、スペイン(マドリード)などであり、各自約1ヶ月程度の滞在の中で本ソフトウェアと関連ツールを利用したデータ収集・体系化の作業を行ってもらった。

また、本ソフトウェアをポリシーマネジメント以外の講義でも幅広く活用できないか、その可能性を探ることを目的として、報告者(梅垣)が別途担当する京都大学とのジョイント講義であるアジアワークショップを履修する学部生に対しても本ソフトウェアを配布し、使用してもらった。参加者は、慶應・京都大学から合計5名。いずれもフィールドワーク未経験者であったので、本ソフトウェアの使い方と、本ソフトウェアの利用を前提としたフィールドワーク中の動作等に関するチュートリアルを開催した。フィールドワークは12月4日〜5日、慶應の学生は京都で行い、京大の学生は横浜・東京下町で行い、成果をアジアワークショップの講義にて発表してもらった。その後、ソフトウェアの使用感等のインタビュー調査を行った。

そして、上記の一連の調査の状況を、12月14日ー16日まで、アメリカテキサス州ダラスで開催された、IASTED International Conference for Technology for Education にて発表した。発表は、ソフトウェアの設計・開発を行っている、本プロジェクトの研究分担者でもある槌屋洋亮(後期博士課程)が中心となって行い、主にField Explorerのコンセプトおよびアーキテクチャ、実装プログラムの紹介と、上記のモニタリング調査の状況についての報告を行った。参加者とのディスカッション等を通じて、先行する他のアプローチとの関連性や、Field Explorerの他分野(主に観光情報学 Tourism Informaticsなど)での利用可能性等について示唆を得ることができた。

一方で、課題として挙げていたアジア言語での他言語化、およびマニュアル作成はまだ作業の途中にある。これらは、来年度も継続する課題としたい。

図4:開発担当者による、アジアワークショップでのデモの様子

図5:本ソフトウェアの使い方に関するチュートリアルの様子

関連資料



Last Update: 2012.02.28