2011年度学術交流支援資金外国語電子教材作成支援 報告書

 

【研究課題名】 認知科学

【申請者】 環境情報学部教授 諏訪正樹

 

【研究背景】

知能探究の分野においては,従来は,“身体性”を考慮せず研究がなされてきた.知における身体性の重要さが叫ばれた90年代以降も,動作と知覚など身体の側面に終始した研究が増えただけで,身体と意識(思考)の相互作用をダイレクトに扱ったものは皆無といってよい.その最大の原因は,身体が為すことの多くは暗黙知であり,身体に関する本人の意識は客観的に外部計測できないことにある.意識をデータ化するには,本人が身体感覚や思考を言語化する(喋る,書く等)しかない.インタビューですべての意識を補足することは難しく,また本人が書いた言葉(内部観測的なデータ)は客観性に欠けるという批判を恐れ,内部観測的なデータ取得法に関する研究はあまり為されて来なかったのである.

 しかし意識と身体の相互作用を探究するためには,「客観的外部観測データに基づかないと「科学」ではない」という呪縛を捨てる必要がある.諏訪は,自分の身体や意識を振り返って語るメタ認知的言語化に関する研究を行い,メタ認知は身体と意識の関係を探る有効な内部観測手法であることを様々なケーススタディや理論研究で示して来た(例えば(諏訪20052008; 2010)).

 秋学期に開講する「認知科学」は,上記の問題を指摘しつつ,内部観測的なデータ取得法とその扱い方について論じる.履修者には自ら実践的なメタ認知課題を設定させ,日々感じること,考えたこと,また(頭だけでなく)身体が感じること(体性感覚等)を言語化し,そのデータに基づいて分析を行う.

 メタ認知という認知行為は,頭の中で既に言葉になっていることをただ外化するだけに留まらず,身体で感じることをできるだけ言葉にするものである.ややもすると言葉にならずにやりすごしてしまう,いわゆる暗黙性の高い感覚/感性を如何に言葉にするかが興味深い研究テーマである.

 そこで本研究では,オノマトペ(擬音語擬態語)が人間の感性を発掘する手段として機能することに注目し,以下に述べる研究を行った.

 

【目的】

身体は感じているがややもするとやりすごしてしまう暗黙性の高い身体感覚を言語化させ,ユーザのあいだで共有/比較を行うことを支援する「オノマトペ表現支援システム」を構築することを目的とした.本研究では,各人が各対象に対して感じる身体感覚を外化する手段として,「オノマトペ素(unit onomatopoeia)」という考え方を提唱する.本システムは,

l   ユーザにオノマトペ素で対象に関する身体感覚を表現することを促し,

l   オノマトペ素による表現を他者と共有することを通じて,他者との感性的コミュニケーションを促し,

l   自らの感性/身体感覚がどう進化するかを観察することも促し,

l   母国語の異なる人のあいだでも,オノマトペのレベルで感性を議論することを通じて,コミュニケーションを促すものである.

 

【成果】

本システムは,管理者が登録した対象の写真(例えば,車の写真)を見て,その対象にどのような印象をもち,どんな身体感覚が喚起されるかを,オノマトペ素の列で言語化する.図1は,対象に対する身体感覚を表現する入力ページである.この車に対して,あるユーザが「き/り/びょる/つ」と表現したとしよう(図1参照).「き」,「り」,「びょる」,「つ」がオノマトペ素である.そして,各々のオノマトペ素の右横には,そのオノマトペ素にユーザはどのような意味を込めているのかを説明する欄がある.このユーザは,この車から感じる「明らかにキツいフォルムが「き」音を連想させる」という意味を「き」というオノマトペ素に込めている.同様に,「「びょ」で,それでもその感情を表に吐き出すのではなくて,言わずにどこかで堪える感覚があるので最後に「る」で締める.びょるはあくまでも一分節」という意味を「びょる」に込めている.

 複数ユーザがこのシステムに身体感覚を入力することでオノマトペ表現データベースが出来上がっていく.同じユーザが同じ対象に対して,何回データを入力してもよい.このシステムを使い続けることによって,その言語化行為を通して身体感覚自体が進化することは,メタ認知理論[諏訪2005]に照らし合わせると十分に考えられる.

 そのようにしてデータが溜まると,それを閲覧すると面白い.図2は,あるユーザ(識別IDEM4WrC)が過去に入れた全データを閲覧したものである.この例ではまだデータ数が少ないが,自分がどのようなオノマトペ素を頻繁に使うのかに関する傾向を見ることができる.例えば,オノマトペ素「き」を選択すると,「き」をどこかに含むような過去のデータが一覧でき,どういう対象に対してそのオノマトペ素を用いたのかを見ることができる.対象を絞って(例えばベンツ)閲覧も可能である.オノマトペ素,説明文,対象,ユーザ,そのオノマトペ素は何番目に使用されたものかのすべてが,閲覧検索の対象になり得る.

 例えば,対象を絞って自分と他者の比較をすれば,他者の感性に触れ,学ぶきっかけになる.

 日本語,英語を問わず入力を許している.

図2:表現データベースの閲覧ページ

 

 

【今後への発展】

 本システムはデータ入力ページとデータ閲覧ページだけからなるが,すべての登録データをcsvファイルとして書き出すことが可能であり,そのファイルを利用して頻度情報や傾向などを算出する別プログラムを書けば,更に深い分析も可能である.

 本システムは,身体感覚を他者と,もしくは過去の自分と,比較する行為を促す効果があると考えられるため,本システムを長期間利用した生活者の表現自体がどう進化するのかに関する生活実験を行う基盤になる.

 更に,他者のオノマトペ表現に感銘を受けてデータ登録を行った場合には,影響を受けたという関係性をリンクとして登録できるシステムへの改良も試みる.

 

 

【参考文献】

[諏訪 2005]  諏訪正樹. 身体知獲得のツールとしてのメタ認知的言語化,人工知能学会誌, Vol.20, No.5, pp.525-532.2005).

[Suwa 2008] Masaki Suwa. A Cognitive Model of Acquiring Embodied Expertise Through Meta-cognitive Verbalization. Transactions of the Japanese Society for Artificial Intelligence, 23(3), 141-150. (2008).

[諏訪 2010]諏訪正樹,赤石智哉.(2010).身体スキル探究というデザインの術.認知科学, Vol.17, No.3, pp.417-429.

 

【本システムのwebアドレス】

http://metacog.jp/onomatopoeia/

本システムはパスワードによるセキュリティ管理がなされている.

上記アドレスに最初にアクセスすると,user/passwordの入力を求められる.

その情報を入手したい場合は,諏訪(suwa@sfc.keio.ac.jp)に連絡のこと.