環境とビジネスのイノベーション
−気仙沼復興支援プロジェクト−
研究代表者 一ノ瀬友博（環境情報学部・政策・メディア研究科）
研究の概要
2011年度から取り組んでいる気仙沼復興プロジェクトの一部をプロジェクト科目「環境とビジネスのイノベーション」のフィールドワークとして位置づけ実施した。テーマは、気仙沼市の産業の復興と地域コミュニティ再生支援である。産業として主に観光業に着目し、被災の経験を活かした観光振興のあり方を提案した。地域コミュニティ再生支援においては、商店主が地域コミュニティの核になり得ると考え、商店主にインタビューを実施し、それを地域住民と共有できる仕組みをデザインし、実践した。
１．気仙沼市の観光業の復興
１．１ 研究の背景
本研究の研究対象地である宮城県気仙沼市では、漁業に次ぐ産業であった観光業もまた東日本大震災により大きな打撃を被った。しかし、当地域の被災規模の甚大さゆえに住民への緊急支援などに行政能力が割かれ、2012年3月まで観光業の復興政策に関する話し合いが行われなかった。一方で、当地域の復興には観光業の迅速な復興が不可欠であり、観光資源・観光業者に関する復興状況と観光客の被災後の動向の変化を把握し、いち早く観光復興計画を策定する必要があった。
観光振興グループ（代表緒方伊久磨（修士課程2年））では、観光資源・観光業者の被災状況と観光客の受け入れ状況に関する調査を行った上で、気仙沼市の観光復興計画を策定する会議体である「観光戦略会議」に参加し、観光業の復興にむけての研究的支援を行った。
２．２ 被災状況に関する調査
気仙沼市の観光産業の被災状況に関する調査では、観光資源に対する被災後の残存状況及び復旧状況に関する調査と観光業者に対する復旧状況に関する調査を行った。
観光資源に関する調査は、気仙沼市の第2・3・4回観光戦略会議の現地視察と並行して行われ、南部の階上地区、北東部の唐桑地区、東部の大島地区、及び気仙沼市中心部の湾内地区で行われた。本調査では、2011年5月～7月において本研究グループが同様な調査を実施した地域も含まれており、それらの地域においては被災後1年間における観光資源の復旧状況を把握することができた。下に大谷海岸の例を記す。
写真１（左）：2011年5月上旬の大谷海岸の様子（撮影：緒方）
写真２（右）：2012年5月上旬の大谷海岸の様子（撮影：緒方）
市南部に位置する大谷海岸では津波により浜が削られ倒木で埋め尽くされていたが（写真１）、一年後には倒木が撤去され砂浜も回復しつつあることが確認された（写真２）。これを受けて観光戦略会議では大谷海岸を復旧した観光資源の一つとされたが、防潮堤が現在の堤防の位置に建設された場合、観光資源としての魅力が失われかねないと危惧されており、大谷地区では防潮堤の立地見直しに関する要望を市に提出した。
観光施設に関する調査では、各宿泊施設に対し各施設の復旧後の観光客受け入れ状況および観光客受け入れ態勢について聞き取り調査を行った。気仙沼市内では、55軒あった宿泊施設が被災により25軒まで減少した（2011年12月、気仙沼市観光統計）。これにより収容人員も3,619人から2,148人と約6割程度まで低下したが、この人数の観光客を受け入れる状態が整っているわけではなかった。4月の段階の聞きとり調査では、市の宿泊受け入れ可能な上位10の宿泊施設において、復興関連事業者やボランティアなどの宿泊により一般の観光客の宿泊予約を断る状況が発生しているとのことであった。大島マラソンのイベント開催時には、約2週間前から市内で予約が取れない状況となった。このような観光客受け入れに関する状況は、徐々に収まりつつあるものの未だに完全に解消されてはいない。被災宿泊施設の復旧による観光受け入れ可能数の回復はあまり進んでおらず、被災前の20以上の宿泊施設が廃業したとみられている。市では、観光客受け入れ可能数が制限される状況が震災後3年以上続くのではないかとしており、観光戦略会議では、その期間中に観光客回復が進まないことによる観光産業の中期的な打撃について危惧されている。
写真３：被災時のまま放置されている宿泊施設（撮影：緒方、岩井崎付近、2012年6月）
１．３ 被災自治体の観光客受け入れに関する調査
本研究グループでは、被災・復旧状況に関する調査に加え、気仙沼市を含む東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた宮城・岩手県沿岸部の24の自治体に対し、観光客受け入れに関する政策とその状況について電話・メールによるヒアリング調査を行った。24の自治体の内訳は次の表のとおりである。
表1：ヒアリング自治体一覧
|
岩手県 |
洋野町 |
山田町 |
|
宮城県 |
気仙沼市 |
七ヶ浜町 |
|
久慈市 |
釜石市 |
|
南三陸町 |
多賀城市 | ||
|
野田村 |
大船渡市 |
|
石巻市 |
仙台市 | ||
|
普代村 |
陸前高田市 |
|
女川町 |
名取市 | ||
|
田野畑村 |
|
|
東松島市 |
岩沼市 | ||
|
岩泉町 |
|
|
松島町 |
亘理町 | ||
|
宮古市 |
|
|
塩釜市 |
|
被災後の観光誘客は、被災からの既存の観光誘客の回復と被災地観光での誘客の2つによる影響がある。特に、被災地観光は防災教育として修学旅行などの教育旅行誘致と結びつくことが多いため被災前後の教育旅行受け入れ状況の回復および増加傾向の比較を行った。下が教育旅行受け入れ数を比較した図である。
図１：2010年（左）2011年（中）2012年（右）の教育旅行受け入れ数
この比較では、2012年度の教育旅行受け入れ数の統計が集計されていない自治体もあったため、不明地域は報道による確認の有無を記載している。これによると、震災以前は仙台都市圏と三陸南部において教育旅行受け入れが盛んであったが2011年には仙台市を除くほとんどの自治体で受け入れが停止したことが分かる。2012年には、多くの地域で受け入れが再開しており、特に女川町や岩沼市、宮古市などで大きく回復したことが分かった。また震災以前はほぼ受け入れのなかった三陸北部の田野畑村や野田村で受け入れが確認された。これらの地域ではNPOなどが被災地での防災教育の支援活動を行っており、被災により観光政策に関する取り組みが行えない自治体に代わって観光客回復の一助となっていることが分かった。
１．４ 観光政策立案に対する研究的支援
以上のような調査結果を踏まえた上で、2012年3月に設置された宮城県気仙沼市の観光に関する復興計画を策定する観光戦略会議に出席し、観光政策立案の研究的支援を行った。
写真４：第3回観光戦略会議の様子（撮影：緒方、2012年6月）
この観光戦略会議は、本会議と5つの部会に分かれて活動を行っていたが、本研究グループは本会議と「コンテンツ創造部会」「オンリーワン創造部会」を中心に活動を行った。これらの部会では、主に今後の観光戦略としてどのような観光コンテンツを打ち出すのか、また、何を軸として観光戦略を行っていくのかという点について議論が行われた。
部会内で本研究グループは、前述の調査に基づいた発言・情報提供を行うとともに、部会内ワークショップに本グループメンバーや早稲田大学ボランティアセンターの学生を参加させることで「若者目線」や「外部目線」の意見の提供も行った。
写真５：ワークショップでのポストイットトーク（撮影：緒方、2012年8月）
ワークショップにおけるポストイットトークの内容は、テキストマイニングが行われた。そして、どのような意見が多く出されたか、また参加者の属性により意見にどのような差異があったかを分析し、観光戦略会議への提案にまとめられた。本報告書の添付資料に、2013年9月の観光戦略会議にて本研究グループが提出した気仙沼の観光復興の3つのコンテンツ原案を掲載している。この原案は、「コンテンツ創造部会」および「オンリーワン創造部会」にて方針決定される際の参考資料とされた。
１．５ 観光再生のまとめ
本研究では、宮城県気仙沼市を事例として観光復興のための研究的支援を行った。この研究では、観光資源と観光施設の被災・復旧状況や東日本大震災の大規模被災地域における教育旅行の被災前後の動向を把握することができた。また、それに基づいて実際の復興過程における観光政策立案の場でワークショップなどを行うことにより、地震・津波など大規模自然災害によって被災した観光業の復興政策を立案する際の課題なども明らかになった。具体的には、第2節の大谷海岸の防潮堤問題や写真6の第18共徳丸の保存問題などが挙げられる。観光戦略会議において議論が集中したこれらの観光資源に関する問題は、新しい観光戦略を策定するためには観光資源の復旧度合いを考慮するだけでなく被災によって変化した情勢をも鑑みる必要があることを示している。そして、中長期的な視点をもって策定される観光戦略と被災直後の住民感情やインフラ整備などをどう折り合いをつけていくかが重要である。観光施設側の受け入れに関しても、被災直後における復興関連事業者やボランティアによる特需状態から通常の観光客受け入れへの移行をしっかりと考慮に入れた戦略づくりが必要である。残念ながら現在の観光戦略に復興関連事業者やボランティアによる宿泊需要の変化に関する記述はなされていない。しかし、今後3年以上は特需状態が続くと予想されている中で、彼らの動向抜きで戦略を立てることは望ましいことではない。むしろ通称“震災ボランティア”と呼ばれる人々が増えてきているということを踏まえると、震災を機にこの地域に対する彼らの認知度が向上し繋がりが発生したことを利用して新たな観光客層としてのターゲットマーケティングを図るべきである。
本研究は、復興途上の段階の地域を対象として調査をしているため、観光復興に資する要素を完全に明らかにするためには本地域にて継続して調査し続けることが必要であると思われる。また、東日本大震災で被災した他の地域においても同時並行的に調査をすることにより政策の効果を検証することができる。本震災においてこのように観光業の復興に関する知見を蓄積することは、極めて発生の可能性が高いと予測されている東海地震などの被災後の復興に大きく貢献できるのではないかと考えている。
資料１
２．「哲人−おとなりさんの哲学」プロジェクト
２．１ 活動の目的
2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地において、住居移転などに伴う新たな地域コミュニティの形成が進んでいる。住居や事業所が被災し、従来の地域コミュニティを離れて新たな土地で再起を図ることを余儀なくされている被災者も少なくない。彼らにとって近隣の住民との関係性を再構築することは容易でなく、物理的には距離が近いものの、精神的には距離が遠い地域住民同士と、新たに繋がりを深めることが必要とされる。そこで「哲人－おとなりさんの哲学－」プロジェクト（図２）は、地域コミュニティの形成に際して商店主の果たす役割に注目する。地域コミュニティの核となりうる商店主たちが持つ仕事や地域に対する情熱、愛情、ひいては人生哲学についてインタビューし、住民らと共有できる仕組みをデザイン・実践する。住民が普段は知ることの少ない商店主の考えに触れ、商店主の存在をより身近に感じるとともに、住民自らの地域への想いを再考するきっかけを提供することで新たな地域コミュニティ形成およびシビックプライドの醸成支援をめざす。
図２：本プロジェクトのロゴ
様々な哲学（異なる色）をもった気仙沼市の方々が、
２．２ プロジェクトの参加メンバー
「哲人－おとなりさんの哲学－」プロジェクトは、慶應義塾大学諏訪正樹研究室に所属する学生3名（代表者忽滑谷春佳（修士課程1年）、大学院修士課程1名、学部生1名）を中心とし、慶應義塾大学気仙沼復興プロジェクトに参加する学生1名（学部生、2012年4月～8月までインタビュー活動に参加）、慶應義塾大学田中浩也研究室所属の学生１名（修士課程、ポストカードやロゴ等のデザインを担当）、慶應義塾大学SFC所属の学生1名（学部生、2013年1月よりインタビュー時の写真撮影を担当）によって構成される。
２．３ 活動の内容
１）哲人へのインタビュー
本プロジェクトでは宮城県気仙沼市をフィールドとして活動する。気仙沼市の中心産業は漁業であり、住民の約8割が津波により職場を失うなど大震災による甚大な被害を受けた。市内の多くの商店も被災したが、店舗の移転などにより営業を再開しつつある。気仙沼で活躍する商店主らは、自らの仕事に対する流儀や気仙沼復興への想いなど、深い人生哲学を有していると考えられる。本プロジェクトでは商店主らを「哲学を持つ人」という意味をこめて「哲人」と呼び、彼らの人生哲学をインタビューする。プロジェクトメンバーは、2012年2月より、毎月一回の頻度で気仙沼を訪ね、哲人へのインタビューを行った。2013年2月現在、18名のインタビューを完了している。インタビューは哲人の事業所やそれに準ずる場所にて約1時間行う。インタビューに協力していただく哲人の選出は、すでにインタビューを受けた哲人からの紹介をもって決定する。紹介制度を設けることで、偏りのない選出を保持するとともに、普段はあまり目に見えない哲人間のつながりの可視化を目指した。
２）ポストカード制作・設置
哲人の人生哲学をまとめたインタビュー内容を地域住民と共有するメディアとして、ポストカードの作成を行った（図３）。インタビュー記事と哲人の写真を掲載したポストカードを制作し、哲人が働く店頭などに設置する。来店者はポストカードを気軽に手に取り、持ち帰って記事を読むことができる。ポストカードというメディアは形状から店頭への設置や来店者が自宅に持ち帰る際に場所をとらず、多くの人が気軽に手に取ることが出来るというメリットがある。なお哲人へのインタビューは紹介制度をとり、各店舗には商店主である哲人と紹介をした/された前後の哲人の計3名のポストカードを設置する。
<![endif]>
図３：ポストカード例（上：表面 下：裏面）
３）地元高校生との協同活動
本プロジェクトでは、プロジェクトメンバーに加えて、2012年9月より気仙沼市内の高校生との協同でのインタビュー活動を行っている。2012年9月から2013年1月までに4回実施した。気仙沼市在住の高校生を招聘し、我々がこれまでの実践を通して蓄積してきたインタビューや記事の編集方法についての実践知を共有することで、高校生をインタビュアーの一員として活動に加入してもらう。この手法を採用する目的は、以下の2点である。
（１）被災地の高校生らが潜在的に抱えているであろう問題意識に応える
被災地にて、自らがいかに震災後の被災地復興に貢献すべきか,という潜在的な問題意識を抱えつつも、その意識を何らかの行動に転化できずに悶々としている被災者は少なくない。実際に我々は、高校２年次で震災を経験し、今春から市外の大学に進学した娘を持つ母親から、以下のようなエピソードをうかがった。当該学生は、上述した問題意識を抱えたまま市外に移り住むことに躊躇いを覚えたため、大学受験終了後から大学進学までの数ヶ月間で、気仙沼市内で活動する大学生のボランティア活動に参与した。その結果、それまで持っていた問題意識がある程度解消され、晴れやかな心持ちで故郷を後にすることができたという。
（２）非被災者による「外からの復興」から、被災者自身による「内からの復興」体制のモデルケースの提示
震災以来、非被災者による数多くの支援団体が被災地に赴いている。しかし、恒久的に支援団体が被災地に赴き、支援活動を継続することは現実的でない。そこで、支援活動の担い手である我々は、復興支援の在り方として、より相応しい姿を模索する必要がある。非被災者が被災者を直接支援するのではなく、被災者による復興活動を支援・促進する仕掛けを設けることが、被災地における自発的な復興に寄与する。
実際の活動では、毎回インタビュー前／後に１時間のミーティングを設け、高校生が実践的なインタビュー活動から少しでも多くのものごとを心に留め、考え、彼らにとっての学びに繋がるよう努めた。インタビュー前のミーティングでは、その日の役割分担、前回の活動をふまえた各自の目標、インタビュウィー（哲人）に関する事前情報を共有し、インタビューにむけた準備を行う（写真７）。インタビュー中は、各自が決められた役割や目標に基づき、哲人の人生哲学を少しでも多く語っていただけるように協力してインタビューを進める。インタビュー後のミーティングでは、インタビュー内容の振り返りを行いながら、高校生に対して、哲人の哲学に対する自分なりの解釈や問題意識の顕在化を促す（写真８）。インタビューにおける高校生2名の役回りを、回を重ねるごとに、記録係からサブインタビュアー、そしてメインインタビュアーへと役割を昇格させることで、周辺参加から問題意識を持った主体的な行動の醸成を目指す。
写真８：インタビュー後には問題意識をポストイットに書きながら振り返る
2012年2月 宮城県気仙沼市にて活動を開始
2012年3月 気仙沼市内にてインタビュー活動
2012年4月 気仙沼市内にてインタビュー活動
2012年6月 気仙沼市内にてインタビュー活動
2012年7月 気仙沼市内にてインタビュー活動
2012年8月
高校生との協同活動にむけた広報活動として気仙沼高校、気仙沼女子高へ訪問
2012年9月 気仙沼高校の高校２年生２名と協同活動を開始
2012年9月 気仙沼市内にてインタビュー活動および高校生との協同活動
2012年10月 活動状況を告知するメディアとしてfacebookページ、ブログの開設・運営
2012年10月 気仙沼市内にてインタビュー活動および高校生との協同活動
2012年11月 ORFにて活動報告。８名の哲人のポストカードを会場に展示
2012年12月 気仙沼市内にてインタビュー活動および高校生との協同活動
2013年2月
18名の哲人へのインタビューが完了。現在ポストカード作成および哲人による校正を実施
２．４ 成果
2013年2月現在、気仙沼市内で18名の哲人へのインタビューを完了。現在、各哲人のポストカードの作成・校正を行っている。2013年3月には第1弾として8名の哲人のポストカードを哲人の事業所およびそれに準ずる場所に設置する。
２．５ 今後の活動計画
ポストカードの設置を2013年３月に実施し、設置による気仙沼市内の地域住民の方々および哲人の方々の意識変化について調査、設置環境のデザインを行う。ポストカードに記載された哲人の人生哲学を共有することで、哲人と来店者、また哲人同士で互いの存在をこれまで以上に意識したり、挨拶など日常的な会話が生じるなど、一過性に留まらないつながりを醸成する。さらに、哲人自身や住民が、インタビュー記事を読むことにより各々の仕事や気仙沼という土地に対する想いを話し合う自らの気仙沼への想いを再考し、各々の仕事や気仙沼という土地に対する想いを話し合うことを促す。加えて各店舗にその店の店主だけでなく前後の哲人のポストカードを設置することで、来店者は日常からは見えてこない哲人同士のつながりを知り得たり、前後の哲人に対する興味を抱き実際に店舗を訪れるという行為に繋がる。
加えて、活動によって得られた哲人間のネットワークや各哲人の人生哲学をwebページ等にて可視化することで国内や海外に対して気仙沼市の復興や魅力をアピールし、気仙沼市の精神的・経済的活性化を目指す。