2012年度学術交流支援資金外国語電子教材作成支援 報告書

 

【研究課題名】 認知科学

【申請者】 環境情報学部教授 諏訪正樹

 

【研究背景】

知が身体性を有するということが,「認知科学」を貫く主要概念である.その学問において,個人が有する意識データを如何に獲得するかは最重要テーマである.しかし,“意識”は本人にとっても暗黙知であることが多い.「眼前に広がるこの景色に対してあなたはどう感じているか」をことばにしなさいと言われて,それを形容しつくすことは一般人にはなかなかできない.

 メタ認知という認知行為は,そういった暗黙知を外化するための方法論である.メタ認知とは,自分の身体が相対しているモノの世界を列挙するように記述し,そのモノ世界に対して自分がどのような解釈を与えているかを言葉にするという行為である(諏訪2012).

 そのような手法で感じていることを言語化しさえすればすぐに暗黙知が顕在化するわけではない.ことばとして一旦外化することにより,その行為自体が世界の見方を変え,それにより見える(意識を向ける)世界が変わる.それを再度ことばにする.このようなサイクルを何度も繰り返すことにより,次第に,暗黙的であった意識が顕在化するのである.これをメタ認知サイクルと呼ぶ.

 

【目的】

本研究は,メタ認知サイクルにおいて外化されたことばを基にして,それを音楽として本人にフィードバックし(可聴化),次なることば化を促そうとするものである.

 例えば,ある人に車の写真をみせて,その車の印象をできるだけことばで語ってもらう.そして自分の書いたことばを参照しながら,15個の形容詞対でその車の印象を評価してもらう.その評価値を基に,音楽を構成するテンポ,音色,調性,旋律,和音進行が決まり,ひとつの楽曲ができあがる.つまり,その車の印象を体現した楽曲をそのひとは聴くことができるのである.「これが,あなたがこの車に抱いた印象を表す楽曲だよ」というわけである.その楽曲を聴くと,本人のメタ認知は促進されるに違いない.その車に対して観るべき視点が変わり,更に別のことばが外化されるであろう.そして印象が変われば再評価をする.するとまた第二バージョンの楽曲がフィードバックされる.

 本研究では,15個の形容詞対で評価を行ってから楽曲がフィードバックされるまでのプロセスを自動化することはスコープ外である.音楽をテンポ,音色,調性,旋律,和音進行という5つの構成要素に分解するという基本思想に基づき,ユーザの評価値に適したテンポ,音色,調性,旋律,和音進行を選定し,楽曲を生成するというメカニズムを提案することが本研究の目的である.

 

【成果】

本提案のメカニズムを説明する(原, 2012).

l   5つの音楽的要素として,テンポは7種類,音色は11種類,調性は14種類,旋律は25種類のパタン,和音進行は8種類のパタンを用意する.それぞれのテンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンに対して,予め15個の形容詞対で評価しておく.“意識”のデータは個人固有性があるため,多くのひとに共通する評価値というような普遍的なデータベースを用意するのではない.

l   次に,対象物(例えば車)の評価値(形容詞対の15次元ベクトル)と最も近い値をもつテンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンを選ぶ.5つの音楽的要素のそれぞれのテンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンも15次元ベクトルを有しているので,各音楽的要素のなかで最も距離の近いものを選ぶことになる.

l   テンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンが決定されれば,Garage BandというMac上のソフトで楽曲を生成する.目的で述べたように,このプロセスは自動化はしていない.ユーザ自身に楽曲を制作させることも,授業の一環としては重要なプロセスであるかもしれないからである.テンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンさえ決まっていれば,Garage Bandで楽曲を生成する作業は難しくはない.

 

 以下では,テンポ,音色,調性,旋律パタン,和音進行パタンとしてどのような種類を用意したかを概説する.

 

(1)    テンポ

 Largo(幅広く緩やかに:M.M.=50)Adagio(緩やかに:M.M.=67),Andante(歩く様な速さで:M.M.=84),Moderato(中庸の速さで:M.M.=104),Allegretto(やや快速に:M.M.=120),Allegro(快速に陽気に:M.M.=144),Presto(急速に:M.M.=180)の7種類である.

 各テンポを評価する際には,同じ音色(Grand piano),調性(ハ長調),旋律(図1)でユーザに聴かせる.

 

 

 

(2)音色

 Garage Bandに用意されているGrand Piano, Classical Acoustic Guitar, Nylon Shimmer, Horn Sections, Cathedral Organ, Electric Piano, Orchestral Strings, Planetarium, Boscobel Blips, Alto Sax, Pop Fluteの11種類を用いる.いずれも,同じテンポ(Andante),調性(ハ長調),旋律(図1)でユーザに聴かせる.

 

(3)調性

 ハ長調,ト長調,ニ長調,イ長調,ヘ長調,変ロ長調,変ホ長調,イ短調,ホ短調,ロ短調,嬰ヘ短調,ニ短調,ト短調,ハ短調の14種類である.いずれも,同じテンポ(Andante),音色(Grand Piano),旋律(図1)でユーザに聴かせる.

 

(4)旋律パタン

 ひとつの調性のなかでは7個の音があるが,そのすべての音を使わず,主音,第三音,第5音の3つのみを使用して,複数の旋律を構成する.この三つは三和音と言われ,響きが奇麗になるからである.旋律は全部で25種類用意するが,ここでは3つのみを例示する(図2).旋律Aが,図1の基本旋律パタンに該当する.いずれも,同じテンポ(Andante),音色(Grand Piano),調性(ハ長調)でユーザに聴かせる.

 

 

 

 

 

 

 

(5)和音進行

 旋律はメインメロディであるが,それに対する伴奏として,低音の和音進行を加える.音楽理論上,和音にはトニック,サブドミナント,ドミナントという3種類があり,それぞれいくつかの和音が存在する.本研究ではその中から8つの和音進行を用い,4小節からなる和音進行を作成した.例として2つの和音進行を図3に示す.

 

 

 

 

 

 

 

いずれも,同じテンポ(Andante),音色(Grand Piano),調性(ハ長調)でユーザに聴かせる.

 

【今後への発展】

 本メカニズムを使用して,対象物に対する印象をインクリメンタルにことば化し,意識のデータを外化することは,知の探求において今後ますます重要性を増す.様々な対象物で授業も含めて実験を繰り返す.ある対象物の評価値に対応する5つの音楽的要素パタンが選定された際に,楽曲が自動的に生成されるシステムの構築を進めたい.

【参考文献】

[諏訪 2012]  諏訪正樹.(2013).“からだで学ぶ”ことの意味 ―学び・教育における身体性―」.SFC Journal,“学びのための環境デザイン”特集号, Vol.12, No.2, to appear

[2012] 原野枝.(2012).街にマッチする音楽をデザインする手法.慶應義塾大学環境情報学部2012年度卒業制作.

 

【本電子教材のwebアドレス】

http://web.sfc.keio.ac.jp/~suwa/electronicematerial/sd_platform2012.htm

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