学術交流支援資金:海外の大学等との共同学術活動支援(2013年度)報告書

Perceptive Network:

Biologically Inspired Perception Pods and their Networks

 

申請代表者:環境情報学部 高汐 一紀

 

1 本報告書の概要

知覚共有ネットワーク(Perceptive Network)とは,生体の知覚機能を模倣可能な小型ロボット,知覚ポッド(Perception Pod)と,非侵襲型のポータブル感覚ディスプレイ装置,知覚ディスプレイ(Perception Display)とがアドホックに接続される,遠隔コグニティブ・システムである.知覚ポッドからなるネットワークのトポロジは生体の神経網を模した構造をとり,最終的には,人間の知覚能力の空間的拡張,すなわち,物理的な身体構造や物理空間に制約されない論理的な身体感覚の形成を可能とする.申請者は2012年度にミュンヘン工科大学にて,ロボットに装着可能なマルチモーダル感覚センサ・パッドの研究に従事していた.本研究課題では,このテキスタイル装着型センサをベースに,ミュンヘン工科大学Gordon Chen教授らのグループと共同で,知覚共有ネットワークのシステム・アーキテクチャを提案,Perceptive Networkのプロトタイピングを行い,遠隔コグニティブ・システムとしての有用性を議論する.

 

2 研究の背景と目的

Making robots more acceptable..” ミュンヘン工科大学(TUM: Technishe Universität München)で研究機関ICSInstitute for Cognitive Systems)を率いるGordon Cheng教授の言葉である[1]

常時ネットワークに接続された次世代のロボット(Networked Robot)は,自らM2MMachine to Machine)コミュニケーション,M2SMachine to Service)コミュニケーションを駆使する存在として,あるものはユビキタス情報サービスのアクターとして人々と共存し,またあるものは人の身体の一部として機能する.

申請者は,2012年度の1年間, 同研究所(TUM/ICS)にて,マルチモーダル感覚センサ・パッドの研究に従事していた[2].ロボットへの装着を前提とした人工皮膚パッド(Artificial Skin Pad)である.次世代のロボットには高度な社会性(Sociality)が求められるが,ロボット自身が持つ知覚能力は,人とのインタラクションの中でロボットの所作を決定する重要なファクターとなる[3].同センサ・パッドは高度にモジュール化されており,皮下受容細胞に相当する触感センサ(近接,直接の2種),温感センサ,さらには運動感覚,平衡感覚を受容する高精度な動きセンサを備え,複数のパッドを連接して使用することで,人間の皮膚に近いレベルでの実世界情報収集と状況認識が可能となる(図1).ただし,知覚処理そのものは外部システムに依存している.

一方,生体固有の知覚機能の解明も進んでおり[4],コンピュータシステム上で人間の五感を模倣することも可能になりつつある.ロボットが人間と同等の知覚機能を持ち,ネットワークを通してその情報を人間と共有することができるとしたらどうだろうか?必要なとき必要な場所のロボットを適切に選択し,感覚情報の伝達と知覚機能の一部を担うネットワークをダイナミックに構成,ユーザ毎のルールに基づいて知覚機能を支援することができれば,より密なヒューマン・ロボット・インタラクションを実現できるだけでなく,人間の感覚の空間的拡張,すなわち,物理的な身体構造や物理空間に制約されない論理的な身体感覚の形成が可能になる.ロボットを身体性拡張のツールとして使用する代表的な事例としては,サイバネティクス(Cybernetics)やサイバニクス(Cybernics)が存在するが,ロボットと人との感覚の共有,知覚能力の空間的拡張に関しては,まだまだ未知の要素も多く,神経工学の分野で大がかりな侵襲式のブレイン・マシン・インタフェース(BMI)がようやく実験段階にある状況である[5]

 

<!--[if !vml]--><!--[endif]-->   <!--[if !vml]-->説明: 説明: Macintosh HD:Users:kaz:Desktop:DFG Symposium:2012:tg5.jpg<!--[endif]-->

1: マルチモーダル知覚センサ・パッド

 

本研究課題の目標は,前述のマルチモーダル感覚センサ・パッドをベースに,感覚情報のセンシングから知覚コンテクストへの加工までを,小型ロボット上でリアルタイムに処理可能な高機能小型知覚処理ノード,知覚ポッド(Perception Pod)を設計,そのプロトタイプを実装することにある.並行して,人間の皮膚感覚器を弱電流等により刺激することで感覚を伝達することのできる,非侵襲型ポータブル感覚ディスプレイ装置,知覚ディスプレイ(Perception Display)を設計し,生体神経網をモデルとしそれらを有機的に結合する知覚共有ネットワーク(Perceptive network)を提案,プロトタイピングを通してそれらの有用性を議論する.

 

<!--[if !supportLists]-->[1]   <!--[endif]-->http://www.ics.ei.tum.de/

<!--[if !supportLists]-->[2]   <!--[endif]-->http://www.hex-o-skin.eu/

<!--[if !supportLists]-->[3]   <!--[endif]-->P. Mittendorfer and G. Cheng, “3D Surface Reconstruction for Robotic Body Parts with Artificial Skins”, IEEE International Conference on Intelligent Robots and Systems 2012.

<!--[if !supportLists]-->[4]   <!--[endif]-->Calvert GA, Spence C, Stein BE and editors, “The Handbook of Multisensory Processes (Bradford Books)”, A Bradford Book, 2004.

<!--[if !supportLists]-->[5]   <!--[endif]-->吉峰俊樹監修,“日本発!! ブレイン・マシン・インターフェース新時代”,週間医学会新聞, 2959 201212.

 

3 研究の手法と実施内容

本年度は,プラットフォーム実装に関して次に示す3つの目標を設定し,各課題を並行して進めた.さらに,次年度以降につながる準備的な研究として,フィージビリティ・スタディを実施した.

 

プラットフォーム実装

[P-1]. 知覚ポッドのハードウェア要件の整理と知覚アルゴリズムの検討

先行関連研究の分析と問題点の洗い出しを進めるとともに,皮膚感覚情報や運動感覚(自己受容感覚)のセンシングから,知覚コンテクストへの加工(知覚処理)までを,リアルタイムに実行可能な高機能小型ノードの機能要件をハードウェアとソフトウェアの両面から整理し,プロトタイプを実装した.ミュンヘン工科大学ICSInstitute of Cognitive System)が開発中のマルチモーダル感覚センサ・パッドは,高度にモジュール化されており,2種類の触感センサ(近接,直接),温感センサ,さらには高精度な動きセンサを備え,人間の皮膚に近いレベルでの実世界情報収集と状況認識が可能である.このテキスタイル装着型センサをベースに,ローカルでの知覚処理計算リソースとして汎用センサ・ノードSun SPOTを利用,知覚ポッドのプロトタイプとして機能させた.本課題では,ミュンヘン工科大Gordon Chen教授らのグループと情報交換を行いつつ,設計と実装を進めた.

 

[P-2]. 実証実験プラットフォームの構築と評価指標の検討

次年度以降でのPerceptive Network有用性評価への準備として,キャンパス内に小規模実験プラットフォームを構築し,知覚ポッドの各機能を評価検証するためのシナリオの検討と,遠隔コグニティブ・システムとしての評価指標の形式化を行った.知覚ポッドのベースとなるセンサ・パッドは,元来,ヒューマノイドをはじめとするロボットの人工皮膚用として開発されたものであり,知覚ポッドもまた,小型ロボットをターゲット・プラットフォームとして利用可能である.本課題では,申請者らが所有するユビキタス情報空間実験施設(Smart Space Lab. Box-in-the-Box 実験装置)に各種小型ヒューマノイド数台を新規に導入,実験プラットフォームを構築し,知覚ポッド自体の各機能を検証した.これにより,テストベッドたるロボット側の要件,環境としてのユビキタス情報空間に求められる条件が明らかになると期待される.

 

[P-3]. 知覚共有ネットワークの基本設計とプロトタイプ実装

単純化した問題として「知覚ポッド(ロボット)とユーザが多対一で接続されたトポロジ」を想定し,知覚共有ネットワークにおける最も基本的な機能(機能要件)と考えられる次の3機構に関して,実験プラットフォーム上に知覚共有ネットワークのプロトタイプを実装,知覚処理アルゴリズムの基礎的検討を行った.

 ・エリア指定型知覚ポッド検索機構

 ・論理(仮想)知覚共有ネットワークの動的構成機構

 ・中継ノードでの動的フィルタリング機構

申請者はこれまで,“環境設置型センサ・ネットワーク”や,“参加型実世界情報プローブ”の研究開発に従事しており,センシング・クラウド上での論理センサ・ネットワーク構築技術や仮想ネットワーク・センシング技術に関するこれまでの成果を,本課題に適用した.本プロトタイプでのアウトプットは,スマートフォン等の携帯端末画面上にビジュアライズされた感覚情報とし,次年度以降に実装される知覚ディスプレイ(Perception Display)との比較検証用データの取得も行った.

 

フィージビリティ・スタディ

前述のプラットフォーム実装と並行して,

[F-1]. 参加型実世界情報プロービング技術

[F-2]. 大規模分散型知覚ネットワーク構成技術

[F-3]. 高感度コグニティブ・システム構築技術

3点に関して,欧州プロジェクト,米国プロジェクトに関連する諸機関を調査し,比較検討の上,今後の研究開発の具体的な方向性を決定するとともに,本研究課題での注力項目の明確化を図った.

夏期休暇期間(平成258月)には,ミュンヘン工科大学にて集中ワークショップを開催し,本年度の研究開発成果の情報共有ならびに機能間連携作業を行った.

 

<!--[if !vml]--><!--[endif]-->

3-1 夏期ワークショップ期間に開発したSkyplus (R): Sensuous Skype +Robot

 

4 総括

本研究の独創性は第一に,本研究課題で取り組む知覚ポッド(Perception Pod)実装技術と知覚共有ネットワーク(Perceptive Network)構築技術,非侵襲型のポータブル感覚ディスプレイ(Perception Display)実装技術のいずれもが,ロボットへの知覚能力の付与,すなわちSentient Robotの実現のみならず,人間そのものの知覚の空間的エンパワーメントをも可能にする技術であるという点にある.本研究課題により,知覚能力とある種の社会性を備えた次世代ロボットと,それを繋ぐネットワーク,さらには人の五感を模倣し,人の感覚器にアクセスするアクチュエータが現実のものとなる.ユビキタス情報空間への恒常的なアクセス能力を手に入れることで,人間の身体能力はこれまでにも徐々に拡張されてきた.媒体としてのユビキタス情報空間,ソーシャブルなロボット,そして空間的に拡張される人の知覚能力.人々が日常として,遠隔地のロボットを自身のアバターとして操作し,状況を手元で知覚できるようになったとき,それらが三位一体となったインタラクションの研究もまた,新たなフェーズに移行することが期待される.

第二に,ロボットとの協調による分散知覚コンピューティング技術,実世界情報プロービング技術に関する成果が,ヒューマニタリアン・テクノロジ領域への貢献も期待されている点にある.従来のブレイン・マシン・インタフェースも含め,単に制御される存在としてではなく,遠隔地で知覚ポッドを身にまとい,人の感覚器・感覚伝達器としても機能するロボットは,本研究課題が描く新しい世代のロボットの姿である.ヒューマニタリアン・テクノロジは,東日本大震災後の日本ではもちろん,国際学会IEEEが新領域としてそのコミュニティ育成に最も力を入れている,世界中の注目が集まる研究領域である.安全性とユーザビリティを両立しつつ,実世界情報のプロービングを可能とする本研究課題の成果は,紛争地区や災害発生地区等での即時的かつ安全な情報収集基盤技術として有用であると確信する.

本研究課題の成果を,オフィスや家庭,公共空間といった人間の生活環境全般を対象として適用することで,実用的な知的生活空間,ユビキタス情報空間,ロボットとのより自然な共同生活空間の実現に向けて大きなインパクトを与えることが期待できる.

 

5 主な発表論文

<!--[if !supportLists]-->[1]   <!--[endif]-->Yutaro Kyono, Takuro Yonezawa, Hiroki Nozaki, Masaki Ogawa, Tomotaka Ito, Jin Nakazawa, Kazunori Takashio, Hideyuki Tokuda,“EverCopter: Continuous and Adaptive Over-the-Air Sensing with Detachable Wired Flying ObjectsThe 2013 ACM International Joint Conference on Pervasive and Ubiquitous Computing (UbiComp 2013) Video SessionZurich SwitzerlandSept. 2013

<!--[if !supportLists]-->[2]   <!--[endif]-->石黒照朗・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“運動学習におけるフィードバック情報操作の効果に関する研究”,情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会 第40回研究会,201311月.

<!--[if !supportLists]-->[3]   <!--[endif]-->勝治宏基・米澤拓郎・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“Synchrometer:ライフログを利用した日常行動における他者との類似度生成”,情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会 第40回研究会,201311月.

<!--[if !supportLists]-->[4]   <!--[endif]-->安形憲一・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“SlowMAC:長期化した無線起動周期に対応したMACプロトコル”,電子情報通信学会 知的環境とセンサネットワーク研究会(ASN)第4回研究発表会,20141月.

<!--[if !supportLists]-->[5]   <!--[endif]-->豊田智也・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“Directive Flooding:車車間通信における論理的な方向に基づいたマルチホップブロードキャスト手法”,電子情報通信学会知的環境とセンサネットワーク研究会(ASN)第4回研究発表会,20141月.

<!--[if !supportLists]-->[6]   <!--[endif]-->鈴木幸大・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“パケット通信間隔に適応したリンク品質推定手法Aipiの提案”,電子情報通信学会 知的環境とセンサネットワーク研究会(ASN)第4回研究発表会,20141月.

<!--[if !supportLists]-->[7]   <!--[endif]-->Akito ItoJin NakazawaKazunori TakashioHideyuki Tokuda,“F-CODE: A data abstraction approach for Compressive Sensing in Mobile Sensing Application”,電子情報通信学会知的環境とセンサネットワーク研究会(ASN)第4回研究発表会,20141月.

<!--[if !supportLists]-->[8]   <!--[endif]-->西山勇毅・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“ライフログデータを用いたチームの行動変容促進”,情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会 第41回研究会,20143月.

<!--[if !supportLists]-->[9]   <!--[endif]-->興野悠太郎・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“EverCopter: 着脱可能な有線給電式空中センシングプラットフォーム”,情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会 第41回研究会,20143月.

<!--[if !supportLists]-->[10] <!--[endif]-->坂村美奈・中澤仁・高汐一紀・徳田英幸,“Help Me!: 参加型センシングにおける参加機会創出のための情報の価値付けと価値化システム”,情報処理学会 ユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会 第41回研究会,20143月.